第25話 龍之下条家

現在、本丸御殿の後宮は急ピッチで龍一専用に改装されている。

龍一が召喚されてから工事はスタートして直に完成というとこだったが、時間に少し余裕ができたので皇女姉妹の意向でちょこちょこ手直しをしている。

そして計画当初になかった建物が二つある。

後宮の広大な敷地の中の、比較的広い場所に池を作り、お宮が造られた。

もちろん雷龍、水龍のお社である。

昨日に完成したその真新しい木の匂いが漂うお社を前にして朝から雷龍、水龍、龍一が建物や周辺をアチコチ確認している。


「ふ~~ん、ま、いいんじゃない?」と雷龍

「わっちは主さまと睦みごとができるなら別にお宮などどうでもいいでありんすがこの池はまぁいい感じに仕上がったでありんすな」


水龍はあまり建物には興味なさそうだ。


しかし池造りには随分工事関係者に無理を言ったようだ


「あまり無茶言うなよ、けどこれで良かった。お前たちが炎龍様のお社にいつまでも居候してるからけっこうな苦情がきてたんだぞ」


龍一はやれやれ、といったように言う。


「けどこれでいつでも僕たちと一緒に夜を過ごせるね!」

「そうでありんす。これでもあの姉妹のために今まで我慢してましたがもういいでありんす」

「ふふふ、いっぱい楽しもうね、龍一君」


龍一に雷龍が絡みついてくる。


「あ~……そのことなんだけどな」


歯切れが悪そうに龍一が言う。


「なんでありんす?」

「実は2日後から、その、例の貴族たちの館に行かなきゃなんなくてさ、しばらく留守にするよ」


言ったとたんピシャァァァァぁぁと文字通り、雷が走った。


「……龍一くぅ~ん……」


眼の座った雷龍が龍一ににじみよる。


「じゃぁ、もう時間がないね! 今から僕と社に籠ろう! 水龍、明日には交代するから。」

「ちょ、おま、まだ朝……」


龍一の言葉など耳に貸さず、雷龍が龍一の襟首をつかみ、ピシャアと光が走ったかと思うと、もう雷龍と龍一の姿は消えていた。

遠くで雷龍の社からバタンと派手に扉の閉まる音が聞こえた。


「あれあれ、雷龍は仕方ないででありんす。ま、お楽しみは後の方が楽しみが大きいでありんすな」


と言いうとペロリと水龍は舌なめずりした。


◇◇◇



龍之下条家は龍人街の南区に館を構えている。

そんなに大きくはないが洋風のモダンな建物だ。

庭もそんなに広くはないが、今は多くの人が入り乱れ、数台の竜車が用意されていて賑やかだ。

明日からはお屋敷のお嬢様と次期龍帝が領地視察に出発するというので城から護衛の近衛隊も来ている。

そんな賑やかしいお屋敷の一室で龍一は自分の側室となる、その屋敷のご令嬢、龍之下条カナエと二人、向かい合っていた。


龍之下条カナエ、当年とって39歳。髪を短くし、スラッとした美人だが長年近衛隊にいたのでそれなりに鍛えられて肉付きがいい。


これでも龍之下条家一族の女性の中では一番の年少だが、この年でご令嬢……と龍一は思っていた。

しかし見た目はどう見ても十代しか見えず、レイラ達と比べても遜色ないほどの自然な肌のつやだ。

龍一の第一印象はクール美人、だ。

お披露目時と違い今はシックな黒いシャツとタイトスカート姿だ。


「あなたも物好きねぇ。こんな面倒くさいことしないで、わたしらをとっととお城に入れて毎日腰振ってりゃいいのに」


あ~、そう言えばレイリが最初そんなこと言ってたな、と龍一は懐かしく思った。

最初玄関で家人と一緒に出迎えた時はそれはもうザ・貴族のご令嬢という雰囲気だったが二人っきりになって本性を現した。


「そうかい? ま、君らには悪いと思っているよ、でも俺も何もわからないで君たちを側室をとるのはいやなんだ。面倒くさいかもしれないけど付き合ってもらうよ」

「若いわね、そして青臭い。わたし達だって皆、お家に逆らえず、でも覚悟を決めてきたのに。とっとと後宮に入れてくれればお家のことも忘れることもできたのに」

「頼むよ」

「はぁ~、面倒くさい」


その時部屋のドアがノックされ、この館の侍女がご会食のご用意が整いました、と呼びに来た。


「あら、では二の丸様、ご一緒に参りましょう」


と、カナエは先ほどとは打って変わったやさしい微笑みを浮かべ、俺の手をとった。


東竜町は龍之宮市から南へ伸びる街道沿いにある町である。

龍之宮市より竜車で1時間程度の距離にあり、街道沿いで物流もよく、それなりに栄え、洒落た造りで女性たちに人気のある町だ。


「つまらない町よ」


カナエは吐き捨てるようにそう言った。

竜車の中で町の景色を見ながら龍一は答える。


「そうかな? 人も多く活気があるように見えるけど」


「街道沿いだから旅人も多いし、それなりに人もいるわ。適度に便利で龍都にも近いから最近では龍都からのんびり暮らしたいと移り住む人も増えてるようね。有名店の支店も多いわ」


「ふ~ん、詳しいじゃん」

「当たり前でしょ、生まれ育った場所なんだから」


東竜町の龍之下条家の居館は龍都のそれとは違って年代も古そうな純和風の建物だった。

おお~、いい佇まいだ、と龍一が庭に入り「武家屋敷、がぴったりだな」ボソリとつぶやく。

と、くぇ~くるるるるると奥の方から竜の鳴き声がした。


「キリー!!」


現れた2メートルほどの竜にかなえが飛びつき、愛撫する。「ただいま、今帰ったわ!」


「可愛いでしょ。私が生まれる前からいるのよ」


キリーがかなえに頭をグイグイ押し付ける。

しかし龍一はキリーを撫でるカナエを見て、初めて素の笑顔を見た気がした。


「あはは、コラ、やめてよキリー、この子はね、賢くてね、よく遊んで貰ったわ。乗竜も竜騎戦も皆この子に教わったのよ」

「その闘竜は小さいころ、きりーきりーと鳴いてましてな、かなえの母がキリーと名付けましてな」


立派な髭を蓄えた老人が現れた。


「お爺様……私の祖父です、こちら次期龍帝様 龍之宮龍一様です」かなえが言う。

「お初にお目にかかります。自分は前近衛隊司令、龍之下条雲仙と申す。二の丸様のご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」


老人ながら長年しみついたであろうピシっとした姿勢で雲仙は挨拶をする。


「初めまして、龍之宮龍一です。自分は今はまだ、ただの皇女殿下の夫という存在でしかありません、堅苦しい挨拶は抜きでお願いします」

「ハっこれはご無礼いたしました。なにせ今国中で話題の異世界の君ですからな、いずれ我らの頂きに立つお方、年甲斐もなく緊張しますわい。ささ、立ち話もなんですし我が屋敷へ参りましょう、さ、かなえ案内しなさい」


その夜龍一は龍之下条家本宅で歓待を受けた。


「おお~異世界の君は酒もイケる口ですな! ささ、どうぞ、どうぞ、ほら、おつぎしろ」


龍一の隣に座った芸者みたいな恰好の侍女が次々と龍一の盃に徳利を傾けてくる。


「我が龍之下条家は代々、皇家をお守りする近衛の家でしてな、今師団長をしてるのは甥っ子ですじゃ。ヤツがの、二の丸様のことをアレコレ言っておりましたが、いや、今日は愉快じゃがはははははは!」


酔った老人の話は元の世界もここも取り留めのないものだなぁ~と龍一は誘われるまま酒を飲む。


カナエは食卓についてから、いや、屋敷に入ってからずっとおとなしい。

むしろ龍一はこの老人と会話している方が多い。


「くふぅ~~、いやぁ異世界人様とこのように酒を交わせるなど、いやいや長生きはするもんですな! がははははは!」


そのセリフ今日何度目だろうか? と龍一は思うが悪い気はしなかった。

幼い時、父がまだ生きてる頃、一度だけ遠い田舎の父の実家に連れて行ってくれて夜、近くの親戚が集まりワイワイと酒のみが始まった。

襖をとっぱらい、部屋をつなげ、テーブルをつなげ、大皿の料理が溢れてた。

窓の外から鈴虫が泣き、誰も見ていないTVではナイター中継をしていた。

父の膝の上でちょこちょこ何か食べてたと思うが、今、酔ってご機嫌のこの老人が、あの時集まって騒いでいた大人たちと重なる。

この畳の部屋で窓や襖を空け、夜空が見えるからだろうか?

今日はあの2重の月が出てない。

そんな少し郷愁を感じている龍一だったが老人は気にしない。


でやぁ~~、とぉあああ~~~ ワシの槍さばき御覧あれ! と老人は上半身をはだけ、おもむろに槍を振り回し始めた。


「お爺様、ほどほどに」背筋を伸ばし正座で座るカナエの目の前をヒュっと剥き身の槍先がかすりそうになるが冷静に一言述べる。

「おお、そうか」


と、言い一息ついて汗だくの雲仙は座る。


「お見事でした」


手を叩いて龍一は素直な感想を言う。


「はっはっは、まだまだ若い龍には負けませんぞ! さて二の丸様、この地は、街道町というぐらいで大した特色はございませんが、この街をさらに南にいったところに近衛の総本山とでも言うべき駐屯地がござる。是非ご見学をお願いたく」

「そうですか、それは楽しみです。是非お伺いしましょう」


龍一がそう答えると奥の襖が開いてこの家の女中が現れた。


「お館様、ご用意が整いました」


女中が頭を下げ、伝える。


「おお~そうか、そうか、では龍一様、お湯をどうぞ、異世界の君は露天風呂がお好きだとか、当家自慢の露天も是非お試しあれ」


龍一は突然の提案に戸惑う。


「しかし……」

「ささ、どうぞどうぞ、ご遠慮なく、ハナ! 早くお連れせんか!」

「わ、わかりました、ではご案内お願いします」と女中に頼む。

「こちらでございます」


と女中が龍一を案内し、襖が閉まる。


とたん、先ほどまで肩で息をしていた老人の息が整い、急速に体の汗も引く。


「で、どうだ、あの者は御せそうか?」


雲仙が先ほどまでの好々爺然とした様相から一変、まさに龍がごとく、の表情でカナエに尋ねる。

カナエは背筋を伸ばし正座のまま一口自分のお猪口に口を付け、答える。


「は、問題なく」


と短く返事をする。


◇◇◇


俺はそのご自慢の露天にいた。

なるほど自慢するだけあってこじんまりとしているが趣味のいい味付けだ。

瓢箪型の湯舟の周りには、白い細かい石が敷き詰めてあり、丈の短い庭木が揃えられていて、3つほどの灯篭にぼんやり火がともり、明るくもなく、暗くもなく、いい雰囲気だ。

浴槽そばの東屋のベンチもちょうどいいな。少しのぼせ気味になったらあそこで涼んで・・・体を洗おう。


「あ~それにしても気持ちいいな……」


と声を出したら扉があいて誰かが入ってきた。


「失礼いたします」


と声がしたかと思ったら、さっき風呂まで案内してくれたハナと呼ばれてた女中の娘が入ってきたよ!

湯あみ着っての? 体にピチっとしたの着て、いやいや、それ隠せてないよ、色々……。


「二の丸様のお世話をするよう言いつかっております」

「いやいやいや、けっこうです、大丈夫です!」

「二の丸様、私は人族ですのでお気にせずお、お好きにお使いくださってけっこうですよ。お背中をお流ししましょうか? それとも露天酒でもいたしましょうか? それとも・・・・」


なに? この人、めちゃ色っぽいんですけど。


「いや、なにもしなくて大丈夫だって、」

「しかし、それでは困りましたね、お世話できないとなると、私がお館様にお叱りを受けてしまいます……ここを追い出されたら私、何処にも行くところが……」


え? 泣き落とし? これヤバイ案件なんじゃね? ハニトラ?


「わ、わかりました。ではちょうど体を洗うとこなんで背中をお願いします」

「はい、よろしくお願いいたします」


とっとと洗って上がっちまおう、なんかやばいぞ、これ。

俺は腰掛け、泡を付け、体を洗い始めると「失礼しまぁ~す」と、背中に柔らかいもの二つ、プニっと押し付けられた。

それがゆっくり上から下へ、下から上へ移動する。

コ、コイツ、やり慣れてやがる!


「二の丸様、逞しいお背中ですねぇ~、うふふ」


な、なんとヤツの両手が俺の脇を通り、背中に胸を押し付けながら、太ももをなで始めやがった。これはたまらん! 次々と繰り出されるヤツの攻撃!

しかし! 今度は俺の攻撃だ! 俺は頭から水を被る! ヤツにも当たるように!


「あっ冷たいっ!」

「あ、ゴメンゴメン! 俺、締めに水被るの好きでさ!」


と数回派手に水を頭から掛けるとヤツが離れた!チャンス!!


「ふぅ~~気持ち良かったよ! じゃ上がろうかな!」

「あ、二の丸様! お待ちください!」


女中を置いてとっとと脱衣所に向かった。


素早く服を着ながら思う。

これはやばいぞ、奴ら龍都の館ではおとなしかったけどあからさまに仕掛けてきやがった!

これは気が抜けない。

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