第10話 ご学友
学園に行き、教室に入ると、レイリの元にわらわらと男子生徒が寄ってきた。
「殿下! 昨日お側にいた者が異世界人だというのは本当ですか!?」
「納得できません! あれは姫殿下にふさわしくありません!!」
「え~我が校レイリ皇女殿下親衛隊最高幹部会といたしましては今回のご婚約に関しまして再度ご検討を要請し、できましたら婚約中止の方向でお願いしたく……」
「婚約反対!! 婚約反対!」
「姫様、結婚しないで下さい! むしろ俺と結婚して下さい!」
あっと言う間に取り囲まれて、詰め寄られるレイリ。
「ちょっと待って、皆、落ち着いて!」
段々増えるかに思えた男子生徒の輪に、どかん、どかんと音がし、その度に輪の外郭の男子生徒が宙を舞い、はるか彼方へと飛んでいく。
「やばい、風竜寺だ! 逃げろっ!!」
そう誰かが叫ぶが早いか、男子生徒達はサッーと消えていった。
「ごきげんよう皇女殿下」
昨日の金髪縦ロールが、あいさつにきた。
「男子たちを追っ払ってくれたのは、感謝するけど、礼儀を弁えない人間には、あいさつはしないわ」
昨日のことは忘れてないぞ、と言わんばかりにブスっとレイリは答える。
金髪縦ロールこと、風竜寺アヤネはかまわず続ける。
「あなた、昨日はどうされちゃったの?」
「なんのことよ」
「ふぅ~、ちょっと私にお付き合いくださいな」
ツンツンしながらも、レイリはおとなしくアヤネに付き従う。
アヤネは人気のないところまでレイリを連れ出す。
「それで、なによ、なんか用?」
はぁ~と一息つきながらアヤネが尋ねる。
「では単刀直入にお聞きします。あなた、なぜ昨日、異世界の君、佐藤様を学園にお連れしたのかしら?」
「異世界の君? なにそれ?」
「あら、ご存知ないのかしら? 今、龍人街のご婦人達の間で佐藤様の事はこう呼ばれてますわ。なにせ、一般人はそのお姿もお名前もご存知ないのですから。この世界の人間なら、異世界の方に皆強い憧れを抱いているのは、あなたもご存知ですわね? そんなお方が我が国に突然現れ、我が国の美姫二人との婚約ですもの、あれこれロマンスを想像してしまうのは、仕方のないことではなくて?」
「くだらない」
レイラが切り捨てるように言う。
「当事者であるあなたがそう思うのは、仕方のないことかもしませんが、民草に夢を見せるのも皇女たる、あなたのお仕事の一つですわよ」
「あんたに言われなくても、そんなことぐらい、わかってるわよ!」
「それで、どうして佐藤様をこの学園にお連れされたの?」
「あんたが、兄さまのことを相談した時に外へ連れ出せって言ったんでしょう!」
「ええ、根つめてこの世界のことを研究されて、お部屋にこもりっきりだとおっしゃるから気分転換もかねてお城の外へお連れしてはどうかしら、とご提案さしあげましたわ」
「そしたらあんた、いきなり子作りしましょう! てどういうつもりなのよ!」
「落ち着きくださいな、皇女殿下ともあろうお方が、はしたなくてよ」
「落ちつけってあんたっ!」
段々興奮して噛みついてくる皇女を、アヤネはいつものことのように、軽くあしらいながらなだめる。
「いいですか、殿下。私はお城の外に連れ出せ、とは云いましたが学園に連れて来い、とは言いませんでしたよ」
「そ!……それは……」
「それに、あのような特別なお方を、この学園に御連れして、混乱が起こると想像できなかったのですか?」
「だって、学園にきたら、誰も兄さまの顔は知らないはずだし、職員室にも異世界人とか隠して見学の申請したし、私が通っているところも見て欲しかったし……」
やれやれ、といった調子でアヤネは続ける。
「殿下は成績優秀ですし、時として大人顔負けの判断力や戦闘力を発揮することもありますが、色恋に関してはお子様といいますか、周りが見えてないといいますか……」
「なによ! 本当に、あんなことになるとは思ってなかったのよ!」
「私があんなことにしたんですわ!」
やれやれという仕草をするアヤネにレイリは食ってかかる。
「はっ? どういうことよ」
「いいですか? 私は佐藤様のお姿は始めてお見かけしましたが、龍之宮城ではすでに多くの方に、目撃されているのですわね?」
「まぁ、そうね。でも、ごくわずかな侍女と侍従や、あとは警護の兵とか一部の貴族たちと……あと儀式に関わった魔術師たち、くらいかしら?」
「充分ですわ。それだけの人物が関わっているとしたら、その十倍の人間がすでに佐藤様の人と成りをご存知と考えて間違いないですわ」
「……」
「私は先ほど、はじめて佐藤様をお見かけしたと申しましたがウチのトップの者たちには、すでに佐藤様のお名前とどのような人物なのかくらいは伝わっておりますわ」
「そうなの?」
「ええ。この学園にも、もちろん間違った情報も多いでしょうが、そういった、なんとなく知ってる人間は多いと思われますわ」
「なんでよ!」
「それだけ、あのお方が注目を浴びていて、皆の関心が高いからですわ。まぁその動機のほとんどが好奇心ではありますが」
「そして姫殿下、あなたはあなたが思ってる以上に、この学園では人気がございますわ」
「そうでもないわ」
ふふんと少し得意げにレイリは言う。
「そうでもあるんですわ! その証拠にいきなり、佐藤様にからんで行こうとした男子生徒がいたでしょう?」
「……まぁ……」
「先ほどもあなたに婚約反対と叫ぶ輩もおりましたし、大勢の男子生徒が、もしも暴力沙汰を起こしたら最悪佐藤様のお命が危なくなっていまいますわ。我々が少々力を入れて手で押しただけで簡単に人は肉塊に変貌するんですわよ。我々、龍人と違い、それほど人とはもろい生物なのですわ」
出来の悪い生徒に教えるように、かみ砕いてアヤネは説明を続ける。
「だから、男子生徒を押しのけて子作り大合唱させたの? 兄さまを守るために?」
レイリにもなんとなく察しが付いてきた。
「ご存知のように、私の周りの娘たちが協力してくださいましたが……佐藤様の人気は想像以上でしたわ」
「ふふん、兄さまは特別な人なのよ!」
なぜかレイリが胸を張る。
「あなたも、学園なんかに連れてこないで普通に龍人街でデートじゃいけなかったんですの? あの後そうしたのでしょう?」
「だって、学園に連れてくくらいしか、城の外へ連れ出す口実が見つかんなかったし……って、なんで学園出た後のことまで知ってるのよ! あんた尾行でも付けたの!?」
「殿下……」
残念そうな目でアヤネはレイリを見る。
「あなた方が立ち寄ったお店はほとんどウチの系列店でしてよ……」
「あっ!」
この街で流行のオシャレであったり、高級店にいけば大体が彼女の財閥傘下の店舗に行き当たってしまうのにレイリは気がついた。
「ふぅ~~。ちょっと隙が多すぎましてよ殿下! 普段はあんなにシャキっとなさってらしゃっるのに……」
レイリはうなだれてあやねに謝罪する。
「そうね、確かにうかつだったわ……。ちょっと周りが見えてなかったかも。迷惑をかけたわね、ごめんなさい」
長い付き合いだが、レイリは自分に非があると感じたら素直に謝罪できる。
そういうとこが好感が持てる、とアヤネは思っている。
なんせ、多くの龍人の貴族ときたら自分の間違いを認めたら死ぬんじゃないか、というくらい謝罪などは滅多にしない。
そもそも非を認めることなどしない。
頭の先からつま先までプライドでできているのだ。
「いえ、別に私とあなたの仲ですし、友人が困る事態になりそうなのをほおっておけませんわ」
いい人だ! 心の中でレイリは友情に感謝する。
感謝ついでに懇願してみる。
この際恥じは掻き捨てよう!
「……謝罪ついでに相談に乗って欲しいことがあるんだけど……」
両肩をすくめ、アヤネはこの際乗りかかった船だし、最後まで面倒みよう、という心境で尋ねる。
「どうせ佐藤様のことですわね、よろしいですわ。でも今度は暴走しないでくださいまし」
話を聞く姿勢はとるが、先のことに関してレイリの行動にクギを刺しとく。
「実は……姉さまと彼が結ばれてしまったの!!」
レイリがぶっちゃけた。
アヤネは頭を抱えたくなる。
だが動揺する姿を見せてはならない。
それは親友の前であろうとも、彼女のプライドが許さない。
「……そ、それはおめでとうございますわ。ですが今、ここでその話をするのはふさわしくありませんわ。放課後場所をあらためて席を設けましょう」
かろうじて、それだけレイリに伝える。
誰の耳に入るかどうかもわからない場所で、国家の一大事を女子高生の恋愛話のノリだけで会話するわけにはいかない。
いや、内容は、どうつくろっても女子高生の恋バナ以外の何物でもないのだが、レイリのそれは一言一言が国家機密に相当しかねない。
「そ、そうね、もう授業も始まるし! ほら、早く行きましょう!」
なぜかスッキリした顔で、無邪気にレイリが走り出す。
アヤネはそのレイリの後姿を眺めながら、この美しくも幼い皇女が異世界人と無事結ばれるよう、その淡い恋心を成就させるよう、影ながら助言し、導くのがこの国のためであり、自身の使命なのだと自分に言い聞かせる。
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