第壱部 俺とレイリ

第9話 迎えた朝・龍乙女の闘争心

龍帝国・第二皇女 レイリは超絶不機嫌だった。

理由は言うまでもない、目の前のバカップルが原因である。


「はい、コレ美味しいですよ、あ~~~ん」

「あ~~~ん、んっ! んまい! この魚、いつも美味しいけどレイラタンにあ~~んしてもらうと倍、いや十倍おいし~~~!!」

「うふふ、そんなうれしいことおっしゃられるともっと、もぉ~~と、あ~~んしちゃいたくなりますぅ」

「マジ? レイラタン、もっと、もぉ~~とあ~~んちて欲しいなぁ~」

「あらあら、困った甘えん坊さんですね、はい、あ~~ん」

「あ~~ん」


あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

さっきからイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャとぉ~~~~!!


レイリの心境はもはや大型台風を通り越す、天変地異級の暴風であった

ふと、上座に座る彼女の両親を見ると、ニヤニヤと微笑ましいものでも見守る目でバカップルを眺めている。


「うむ、ワシらの新婚の時を思い出すなぁ~」

「あらあら何十年前のことかしら?」

「ワシもレイランにあ~~~んとして欲しいのぉ~~」

「はぁ?」


龍眼にならずとも、そのするどい目線だけで小動物ならショック死するのではないか、と思われるすさまじい威圧を夫に向けている。

我が母ながら、恐ろしいとレイリは思う。

普段は静かな微笑みを浮かべ父の後を付いていく母だが、一たびその逆鱗に触れると一番厄介なのは母の方だというのが姉妹の共通認識である。


「ほらほらほら~~! この高貴なる我が御手からエサを恵んで欲しいのならそれに応じた態度というものがあるんじゃないのかしらぁ~~~!!」


ダメだ、これは私が見ちゃいけない展開が開始されてしまうヤツだ、とレイリは両親から目を背ける。


「大丈夫ですよ、レイリ様。夫婦も何十年も続くと愛の形も色々変化するものです」


レイリ付の侍女が後ろから小声で助言する。


「そうなの? いや、でも、娘の前で始めることじゃないような……」


レイリも小声で返す。


「うちの両親は今年281歳と233歳ですが、この十年お互い、口を利かず、目を見詰めるだけで会話できるのが究極の愛なのだ、と言っていました。まぁ、その究極の愛とやらも何回も形を変え、提示してくるのでこちらはまたか、好きにしろぐらいの感想しか持ちませんがね」

「あ、愛も色々なのね……」

「はい、ですのでご両親のやり取りはまだ理解ができます」


そんなものなの?と思いながら、両親のほうに恐々視線を戻すと


「あなたが龍帝国最強の龍ですって! 笑ってしまいますわ! あなたは犬よ! 犬コロなのよ!」


いつのまにか、褌一丁の父が四つん這いになり、床の上に置かれた皿に顔を突っ込んで何か食べていた。

もはや何をどう突っ込んでいいのやら、途方にくれてしまうレイリだった。

そして元凶のバカップルに目を移すと、周りのことなどまったく眼中になく、まだ二人の世界でキャッキャうふふとしてる。


  (私だって、私だって兄さまと、龍一さまとキャッキャうふふしたい!)

  (イチャイチャしたい!)

  (あ~~んってしてみたい!)

  (可愛がって欲しい!)

  (前みたいにやさしくなでなでして欲しい! なでなでしてあげたい!)

  (抱きしめたいし抱きしめられたい!)

  (抱きあって朝まで睦みあいたぁ~~~~い!!!!)


内面の感情は言葉にはでず、しかしハンカチをムキーー! と噛みしめてることで、自分たちに夢中な二組のバカップルはともかく、侍女、侍従たちには丸わかりだった。


思えば、昨晩は自室のベッドにもぐりこんではみたが、一睡も出来なかった。

もちろん、二人がうまいこと、幸せに結ばれることを願ってのことだ。

姉の幸せを願うことに,うそ偽りはないが、打算的な気持ちも、ないことはない。

なぜなら、姉の『初めて』はいずれ迎えるであろう自分自身の『初めて』を占う、重要なイベントであることは間違いないからだ。

初日に下着姿で迫ってみて、龍一がちょろそうなのは確認済みだし、あとは実践あるのみなのだ。

布団の中でレイリは久しぶりに


「龍神様、お願いします。姉さまと兄さまがちゃんと結ばれますように……うまいこといきますように……ついでに私ともとっとと結ばれますように……」


と神頼みを繰り返していいるうちに、夜が明けた。


朝一番で彼の部屋までいって、様子を伺い、出てきた二人を見た時は本当にうれしかった。


まばゆい朝日の中を、二人で幸せそうにくっついて現れた姿は(ああ、ふたりはきちんと結ばれたんだ)と感じるのに十分な光景だったからである。


「お姉さま!!」


レイリは思わずレイラに抱きつく。


「……レイリ、お早うございます」


妹をやさしく抱き返し、あいさつをする姉。


「結ばれたのね! 姉さま! 兄さまとちゃんと結ばれたのですね! 姉さま!」


自然と涙が溢れだした。

ついに姉妹の長年の悲願が叶ったのだ。


「ええ、龍一さまは私にちゃんと向き合い、応えてくださいました」


姉の目じりにもうっすらと涙が浮かぶ。


「おめでとう、おめでとうございます、姉さま!」


妹の頭をやさしく、なでながら姉も応える。


「レイリ、次はあなたの番ですよ。私たち姉妹は彼のものになり、彼は私たちのかけがいのない大切なお方となるのです」


「ははは」


傍らで目の下に相変わらず隈を作ってしまりのない顔でヘラヘラ笑うだけの人形になった龍一にちょっとムっとして向う脛をける。


「いてえ!」


人形が廊下に響き渡る声で痛がる。


「目は覚めたかしら兄さま、童貞卒業おめでとう!」

「ははは」


まったく効いてない。


そんな朝一の感動も、この朝の食卓で高速で吹き飛んでしまった。

昨日は朝から晩まで龍一を独り占めできて多少溜飲が下がったレイリだったが、そんなのはお子様のままごとだったと、夜のうちに姉に全てを持っていかれたのだと今、目の前の二人を見てるとイヤでも思い知らされる。


もう少しで頭から角でも生えそうなレイリに対しやれやれ、少しやりすぎたかしら、と思いながら姉が声をかける。


「レイリもこっちにいらっしゃい。一緒に龍一様にあ~~んしましょう?」

「けっこうです!」


と言いながら勢いよく、立ち上がり、スタスタと大股で長いテーブルをぐるりと回ってドカっと姉とは反対側の龍一の隣に座る。


「けっこうです。じゃなかったのか?」

「あ~んはしません! 隣には座ります!」


頬杖をついてブスっと答える。


「レイリさん! 頬杖なんて、お行儀が悪いわよ!!」


いつのまにか、ボンテージスーツに身を包み、四つん這いの父の上に座る母が注意する。


「母上……」


いやあんたに言われたくないよと心の中で突っ込む。

ギロリと微動だにせず母が睨む。


「わかりました」


降参したレイリは素直に両手をテーブルの下へとやる。


「ところで皆様、本日はどのようなご予定なのでしょう?」母が子らに問う。

「ワシ公務!」

「犬がワンと以外鳴くのは許しません!」


ピチイ! とムチがしなり龍帝の尻に打ち付けられる。


「わ、ワン~~~!」


もちろん、そんなやりとりは見て見ないふりでレイラがまず答える。


「私は龍紋の調整でしばらくお社に籠らなくてはなりません。もっと龍一さまと交わりたいのに残念です」

「それは残念だなぁ~さみしいなぁ~」


龍一が心の底からに残念そうに言うのでレイリは「ちっ」と舌打ちして足を踏む。


「うっ! たたっ、私はいつも通り、元ノ一条先生の講義を受けます」


龍一が言う。


「この国のための頑張り、本当にありがとうございます。皇妃として御礼申し上げます」

「けど今朝は疲れているので午後からにと伝令をお願いしてます」

「あら、あらあらうふふ、昨晩はとてもがんばったのですね、二人ともいい子です。龍一さま、本日くらいは講義をお休みしてはいかが?」

「いえ、昨日はさぼってしまいましたので、今日は講義を受けたいです」

「頑張り屋さんなのですね。わかりました。期待しています。ですがご無理はなさらないようにして下さい。我が娘たちとの時間も大切にしてくださいませ」

「はい」

「私はいつも通り登校しま~~す」


皆のやりとりを関心なさそうにレイリが手を挙げながら席を立つ。


「大丈夫か? 昨日あんなことになって」


龍一が気遣ってくれる。


昨日の学園に行ったことは一応、覚えているようだ。

二人だけの出来事なのでほんの少しうれしく思い、レイリは口元が緩む。


「お気遣いありがとう兄さま。でも平気よ。あんなの、たいしたことないわ」

「ふふ、頼もしいな」

「そうよ、龍人は強いのよ、とくに女はね! アン! 馬車を廻すよう伝えてちょうだい、もう行くわ」


アンと呼ばれた侍女が丁寧に応える。


「もうご登校の準備は整っております」

「ありがとう、では母上、姉さま、兄さま、行ってまいります」

「わ、わん!」

「父様もほどほどにね!」


侍従から鞄を受け取るとレイリは颯爽と廊下にでて馬車に向かう。


(私だって彼と、兄さまと素敵な朝を迎えるんだから!!)


龍乙女の闘争心は燃えたぎっていた。

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