第8話 龍姫の想い・俺がここにいる理由

「ずるいです!」


食事を終えて城へ帰ってきて、早々に姉のレイラに詰め寄られた。


「龍一様が頑張って、元ノ一条先生の講義を受け、自室でも夜遅くまでお勉強されていらっしゃるから……私も我慢してたのに!  レイリばっかりずるいです!」


久しぶりにレイリに勧められるまま、軽く酒まで飲んできた俺は一気に酔いがさめた。

そしてレイリはいつの間にか、いなくなっていた。

逃げ足の速い奴だ。


「わかった、わかりました、レイラ様にはまた、今度時間を作りますんで、それで」


こりゃなんとかなだめなくてはならない。


「だめです!  龍一様の『また今度』はあてにできません!」

「う~~ん、じゃどうすればいいですかね?」

「龍一様には今日、これからの時間は私と一緒に過ごしてもらいます!」

「はぁ、でも、もう夕食も済ませてしまったし、することありませんよ?」

「龍一様には私と一緒に朝まで過ごしていただきます!  いいですね! これは決定事項です!!」


ビシっっと指差しされた。

普段のおっとり皇女と違い、なかなかに積極的だ。

レイラの後ろに控えている侍女たちも、無言でうなずいている。

こちらもすごいプレッシャーだ。

ふと、レイラの後ろを見ると、壁のスキマからレイリの顔半分がのぞき、ニヤリとし、親指をサムズアップして消えた。


あいつ~~~~~。


「とりあえずですね~、帰ってきたばかりですので、お風呂に入りたいのですが、よろしいでしょうか~」


ヘラヘラしながらへりくだって、レイリに頼み込む。

風呂にてゆっくり、一人脳内作戦会議をしよう。


「わかりました、私の為に、綺麗に汗をお流しくださいませ」


あっさりとOKがでたので


「へへへ、どう~も、ありがとうございますぅ~~」


とペコペコしながらその場をそそくさと離れることにした。


さて、龍之宮城は龍帝国中心にそびえる山頂に存在するが、なんと温泉が豊富に湧き出ているのである。

多分、同じ転移者で日本人でもあった国母の趣味に違いない。

龍人も竜も飛べるので平地にこだわる必要はまったくないしな。

山頂だと他国も攻めるのが大変だろうし。

ま、この世界の最強種、龍と竜だらけの国に攻め込む、無謀なヤツはいないだろうが。

そんで、龍之宮城のみならず、龍之宮市はあちこちに温泉浴場がある。

なかでも、龍之宮城は数々の浴場を備えていて興味深い。

俺は一通り入浴してみた。

広大な露天で景色を眺めながら酒を一杯やったり、戦士用の浴場では、かなり高温の湯に真っ赤になりながら浸かって後、水風呂を堪能したり、木造りの浴場では情緒を味わったりと、日本人の俺はこの異世界でメチャクチャ温泉を堪能している。

これは国母さまさまだな。


しかし、と思う。


この日本の城と中世ヨーロッパの城と半々な龍ノ宮城もしかり、おにぎりなどのコメ料理しかり、温泉しかり、言葉もそうなんだが、異世界転移したばかりの俺に、全く違和感のない次元で元の世界のものが存在していて、それまでこの世界になかったであろうそれらを、もはや異世界人がいない、この世界の住人たちが受け入れ、日常に使用しているのは何か違和感がある。

この、呆れるほどの至れり尽くせりの温泉施設は、多分、国母「龍河れい」の狂おしいほどの郷愁へのこだわりなのではないだろうか。

転移して最初のうちはともかく、一から国を作れる立場になった時、やはり、頼れるのは自分の感覚であり、好みなのだと思う。

勇者と現地人で作り上げた、他国と違い、龍人というまっさらな人種を我が意に使い、元の世界の知識と経験をフル活動して、遂に手に入れた国母の、龍河れいの、龍人と自分だけの安息の場・ユートピアがこの龍帝国なのかもしれない。


そんなことを考えながら、俺は皇族専用の浴場にゆったりと浸かる。

結局ここが一番の特等席で、落ち着く場所だからだ。

城の人間なら誰でも入浴できる、大露天風呂と比べたらこじんまりとしているが、ここもなかなか落ち着いた風情の露天風呂があり、いつまでも浸かっていたいくらいの心地よさだ。


「あ~~~、今日も2重の月がきれいだねぇ~~~」

「今宵は綺麗に黄色と赤に別れていて美しいですね」

「そうそう、あのコントラストが元の世界にはなくて、絵になるよね~~~」

「そうなんですね」


はっ!?


「レイラ!?」

「はい?」


一糸まとわぬ姿の皇女がそこにいた。


「いやいや、俺一人で入ってたはずなのに!?」

「お背中をお流ししましょうか?」

「な、なんで、?」


「私たちは婚約してるんです! なのに、ちっとも私にかまってくれなくて……私寂しいです。」


美しく長い金髪をタオルで頭の上にまとめ、うるんだ瞳でこちらをまっすぐ見つめるレイラ。

ずるいぞ美少女!


「そ、そういうことは、結婚してからでもよくね?」

「女の子にここまで言わせて、龍一さまはひどい人です!」


レイラが腕にからみつく。

俺の腕が何とも言えない2つの張りのある弾力の物体に埋もれてしまう。

これは抗えない。これは本気だ。

これは……逃げられない。


「レイラ」

「はい」

「俺は、その、女の人と、この年までお付き合いをしたことがない」

「はい、私もございません」

「だから、その……」

「大丈夫です。私の、身も心も……すべて龍一様に捧げます。貴方の、好きにして下さい」


レイラは言った瞬間、抱きつき俺の唇を奪った。

ここでひよっちゃ男がすたるってもんだ。

俺はやさしくレイラを抱きしめ返した。

そしてのぼせる間際まで、お互い思う存分にイチャイチャした。


◇◇◇



「涼しい風……」


俺の部屋へ移動して今、レイラは窓辺に腰掛け、浴衣姿で静かにうちわで涼んでいる。


「ふふふ、ちょっと、はしゃぎすぎちゃいましたね」


風呂上りのレイラは髪を後ろにまとめている。

うなじがやけに艶っぽい。

キンキンに冷えたビールが飲みたい、と思いながら俺はコーヒー牛乳的なものを一気に飲み干した。


「ふぅ~、国母様には感謝してもしきれないな」

「どうしました? 突然?」


「まったく知らない別の世界へ来て、言葉が通じて、米があり、温泉があり、その、自分の国のおなじみのものがあることがうれしくて、そして……」


「そして?」

「レイラとレイリに出会えたことに、さ」

「龍一さま、そういう時は嘘でも『お前に会えたことに』、て言って下さると女は無上の喜びに包まれるのに、と教えて差し上げますわ」


たしなめられた。


「そうか、今度はそうするよ」

「女の子はね、二人っきりの時は自分のことだけに集中してもらいたいものなのです」

「レイラには教わることがたくさんありそうだ」

「あら、私にも、でしょう?」

「かなわないな、けど、そうに違いない」

「ふふふふふ」


今は心の底からレイラが愛おしく感じる。


「龍一さま、今宵、私は龍一さまに抱かれたく思います」

「ああ、俺もそのつもりだ」

「ですが、その前にお話ししたいことが、二つございます」

「聞こう」


先ほどまでの甘い雰囲気は、なりをひそめ、レイラは物憂げな感じで語り始める。


「まずはお話そびれていた件です。龍一さまがこの世界になぜ、召喚されたのか、です」

「それは、多くの龍人の女性と子作りをするため、だろう?」

「それは単なる動機であって、龍一さまが召喚される必然ではありません」


俺は黙ってレイラの話に耳を傾けることにした。

どうやら複雑な展開になるようだ。


「召喚儀式に関しては以前、ブラウ大陸に覇を成した、かの大帝国ですら成功させるのに二百年かけたと言われていますが、大帝国が滅びた後、その技術は継承されることはありませんでした。

ただ五百名ほどの魔導士が必要だった、と口伝で残っているのみなのですから。

実は魔王大戦以降我が国だけではなく、大陸各国で異世界召喚儀式は研究されていましたが、どの国も成功させたことはありません。

我が国も幾度となく、儀式の研究、実践を行ってきましたが千年に渡り、それは失敗の歴史でもありました。

細かい説明は省きますが、儀式に必要なのは大量の魔力と術式、それと強く願い、結びつく魂なのです。

儀式の場に私がいたのは、私を触媒にして儀式を行うため、なのです。

私は強く、この世界に来てくれる方を想い、願いました。

あなたは偶然、自分が召喚されたとお考えであるかもしれませんが、あなたがこの世界にきたのは私の呼びかける魂に、あなたの魂が応えてくれたからに他ありません。

私たち姉妹は、いえ、私たち龍人は幼いころより国母さまをはじめ、異世界より来た勇者の活躍を寝物語に繰り返し聞いて育ちます。かの方たちのおかげで現在の自分があるのだと感謝の気持ちを教えられ、育つのです。

それ故に多くの龍人が、自分たちも強く異世界より来る方と結ばれることに憧れています。

これは男女関係なく、です。

そして今回は私の願いにあなたが、龍一さまが応えてくれてこの世界に来てくださったのです!

ああ!  私は! ……私がどれほどの感謝を、あなたに……」


長く重ね続けた熱い想いが、とうとうあふれ出したのだろう、感極まったレイラは嗚咽をもらした。

だが気丈にも、すぐ俺に向き直り、目じりをぬぐいながら続ける。


「失礼しました。過去には触媒となった者が亡くなることもございましたし、亡くなるまでいかなくても精神に異常をきたしたり、五体満足ではいられなくなったりした方がいらっしゃったりと、如何な丈夫な龍人とはいえ、非常に危険な儀式でもあります。もし、私に何かあった場合は多分、次はレイリが触媒になったことでしょう。

私もレイリもそれだけの覚悟で今回の儀式に向かった、ということは覚えて下さるとうれしいです」


俺は思わずレイラを強く抱きしめた。


「龍一さま……」

「レイラ、俺を、見つけてくれて、ありがとう……」


彼女の強い想いに俺はそれだけ、やっとしぼりだすように言えた。


しばらく俺の胸の中でじっとしていたレイラが両手で軽く押しのけ、言う。


「あともう一つのお話です」

「ああ」


俺は短く返事を返す。

なるべく彼女の語らいを遮ることのないように。

彼女はおもむろに浴衣をはだける。

月明かりのなかで浮かび上がる彼女の裸体が美しい。

先ほどまで浴場で堪能した、その肢体は自分の部屋で改めて披露されると、また違う官能的な気分になる。

レイリの時と同じように、レイラは淡く赤く発光し、龍人の証である、角や翼、しっぽを出し、第一形態へと変化を遂げる。


「龍人第一形態だな」


俺が真剣な顔で言うと、完全な龍眼になったレイラが首をかしげる。


「龍人第一形態?ああ、レイリですね。あの娘はまったく……ふふ、今、学校でそういう言い方が流行っているのかしら?」

「違うのか?」

「この状態は龍人の真体と言います。龍になった時は龍体、と表現しますね」


あいつ……十六歳にもなって厨二言語かよ!

いい雰囲気がぶちこわしだよ!


「龍人の真体はレイリが先に披露したと聞きましたが、これからお見せするのは皇族にしかお見せできないものです」


そう言うレイラの身体のあちこちになにやら紋様が赤く浮かび上がってきた。


「この龍紋は額、胸、腹、腰、両手の甲、両足の甲、全部で八つあります」


紋様と目を赤く光らせる龍人の真体、その姿はもう、神秘そのものとしか表現できない。

すごい、としか言いようがなく、圧倒された俺は思わず見とれ、体は硬直し、声を発することもできない。

レイラの身体は、そのうちゆっくりと龍紋は消え、真体も元の龍人に、ただの美しい裸体に戻った。


「この紋様は龍紋と言いまして異能の力の源となり、紋様を多く持つほどに、多くの能力が使える、ということです。

今お見せした八つの龍紋が次期龍帝・またはその正室の印です。龍人は生まれた時から一つか、二つ、龍紋を頂いています。現れる場所も個人、個人によって異なります。数も貴族でも多くて三つくらいでしょうか。

私も龍一さまが現れるまで龍紋は三つでしたがこの度、龍一さまとの婚姻が決まり、新たに五つの龍紋を龍神様より授かりました。

そして、私は龍一さまとの子に、次の龍帝にこの紋様を受け継げなくてはなりません。このことも、忘れないでいて下さいね」


俺に伝えなければいけないことは全て、吐き出したのであろう、レイラはスッキリしたいい笑顔になっていた。


俺は力が抜けたように、よろよろとベッドへ腰かけた。

気が付けば全身が汗でベトベトだった。


「ふぅ……なんと言うか、すごいな……」


全裸のレイラが横に腰掛け、俺の浴衣を脱がし、汗を拭いてくれる。


「申し訳ございません。すこし刺激が強すぎたようです」


息の荒い、俺にレイラはすまなそうに言う。


「真体はともかく、八つの龍紋までだすと魔力があふれ出し、それだけで周囲に影響を与えてしまうのです。今あなたさまは少し魔力に当てられ、お体がビックリしているだけなのです」


親身にやさしく、俺の身体を拭きながらレイラは説明してくれる。

いつのまにか、俺も全裸になっていた。

徐々に体も硬直が解けてくる。これも龍人の持つ力なのだろうか?

レイラのほの甘い香りと、体の柔らかさと体温が段々リアルに感じられてきて、体の奥底からの抑えられない衝動が沸き上がって体中が熱くなり、思わずレイラの目を見詰める。


「あなた、初めてなので、やさしくお願いしますね……」


微笑むレイラに俺はもう、なにも遠慮することはなかった。


今晩ほど夜が明けないで欲しいと強く願ったことはない。

俺たちは明け方まで何回も体がとろけるほど愛しあった。

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