第7話 学園見学

「兄さま! 今日は本当に大丈夫なのよね!!」


婚約発表から2か月がたった頃だった。

レイリはまだ十六歳で帝立の学園に通っている。

それを聞いて、龍一はうっかり


「へぇ~、異世界の学校か、一度見てみたいな」


と口を滑らせてしまった。

その言葉を耳にした時のレイリはもうすごかった。

是非、来てみて欲しい! と龍一に迫った。

それはかなり、くどくまとわりつくレイリに、辟易した龍一が


「わかった、わかった今度時間ができたらな」


と降参するくらいにはしつこく。

姉レイラもそうだったが

レイリも龍一に会える時間が極端に少なかった。

皆が皆婚礼に向けて忙しいのもあるが、龍一が朝から晩まで勉強漬けのせいでもある。

自身の為もあろうが、この国の為に頑張ってしてくれていることなのでうれしい反面、やめろとも言えない。

食事もたまにしか一緒にできないくらいで、寂しいと姉妹は感じていた。


(会うたびに目の下にクマを作って疲れた顔をしているし、睡眠時間も少ないと言ってたし、少しでも気晴らしになるといいけど……)


十六歳の少女らしい気遣いなんだが、龍一は気づいているかどうか。


そしてやっと、念願かなって、龍一がレイリの学園へ見学しに来てくれる日がきた。

城の外の広場には馬車が用意されていた。


「へえ、竜じゃないんだ」


龍一が珍しそうにつぶやいた。

この国では何をするにも竜を使う。

もちろん、車的なものも竜が引いてるのが一般的だ。

故に馬の方が珍しい存在だった。

そして少数であるが故に、高価で希少であるので、それが富の証でもある。

この龍都、龍ノ宮市はかなり高い山の上に存在する。

その中心に龍帝の住まう龍ノ宮城が存在し、その城をぐるりと囲むように龍人街が存在し、その一段下に龍人街を囲むように広大な亜人街が存在する。

山頂にあるからこそ、馬より竜の方がより便利で重宝するのだがそこは理屈ではない。


「うふふ、今日は私が兄さまを独り占めね!」


馬車の中でレイリはご機嫌そうだ。


「結婚したら、いくらでも一緒にいられるだろ?」


ぼんやりと気の抜けた龍一が答える。


「兄さま、レディーと一緒の時は、そんな上の空の表情はだめよ」


眠そうに眼をこすりながら龍一は答える。


「ん? ああ、すまない、ふぁ~~あ」


とあくびをする龍一。

向かい合って座っていたレイリは龍一の隣へと座りなおす。


「ん?  おい……」


強引に龍一の頭を、自分の膝の上へ乗せる。


「まったく、兄さまは……学校に着くまでちょっとこうしてお休みなさい」


龍一は抵抗する気力もなかった。

やさしく頭をなでられて、いつしか寝息をたててしまうくらいに……。


……ふふふ可愛い人……


窓の外を見やりながらレイリは一人つぶやく


「早く子作りしたいんですけどね……」


◇◇◇


龍人街は龍之宮城を中心に南区、北区、中央区と別れている。

南区は、富裕層や貴族などの住宅が並ぶ、高級住宅街を中心に、外交用の施設や軍事施設などが立ち並ぶ。

中央区は大通りに広大な公園があり、河が流れ、その左右に色々な宿泊・商業施設が立ち並んでいる。

大きな七大龍神を祀る神社もある。

そして北区には一般住宅街をはじめ雑多な宿泊・商業施設や工業施設が立ち並ぶ。

学校はいくつかあるのだが、レイリの通う龍帝国学園は南区にあり、貴族や富裕層などの子息子女のエリートが通う名門校である。

レイリは御者に頼み、わざとゆっくり進ませ、普段の倍の時間をかけて城から学校へと向かわせた。


「おお~~~~なかなか立派だな」


ちょっと興奮気味に龍一が校舎の感想を言う。


「そう?」


良かった、少しはお休みできたのかしら、とレイリは思う。


「ああ、学校ていうからなんか、こう、もっと味気ないものかと思っていたがなかなかオシャレじゃないか」


龍ノ宮城のように豪華ではなく、どちらかと言えば質素な感じではあるのだが、明治や大正時代風のレトロな雰囲気のある、洒落た建物だった。


「レイリも制服よく似合ってるぞ」


馬車の中で少し寝て、気力が戻ったのであろう、龍一が珍しく軽口をたたいた。


「そうでしょ、兄さまったら、やっと気づいたの?」


今更?  と呆れたような物言いだがレイリも満更でもなさそうである。

しかし、それにしても校内に入り、先ほどから二人で歩いているだけなんだが、周囲の生徒がやたら視線を向けてくるのが龍一は少し気になった。

だがレイリはお姫様だし美人だから人気があるのだろう、と龍一はのんきに思っていた。


「ここが私の教室よ」

「勝手に入っていいのかい?」

「前もって職員室には許可をとってあるので大丈夫よ」

「ふうん、どんな授業をするのか楽しみだな」


かなり広い半円状の教室で、生徒の席はひな壇になっている。

場所は特に決まってなく、自由に座ってもいいらしい。

レイリと龍一が並んで座ってしゃべっていると、だんだん注目が集まってきた。


「……あいつが?……」

「なんだよ、近くで見ても冴えない男じゃねぇか……」


ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


どうやら男子生徒には龍一は良く思われてないらしい。

それはそうであろう。

なんせ突然現れた龍人でもない、どこの誰とも知れない輩が我が国ダントツ人気の美人龍姫姉妹を独り占めするのだから。


(まずいな……)と、龍一は思う。


教室の雰囲気が不穏になってきていることはレイリも感じているらしく表情が固くなってきている。


(レイリ、目、目)


いつのまにか、レイリの目は普段の赤茶系から赤色が濃くなり、龍眼になりつつある。

そのうち我慢できなくなったであろう、数名の男子が龍一の前にやってきた。


「おい、お前……」


その中の代表者ぽい男子生徒が龍一に声かけた瞬間!


「ちょっと、どいて下さらない!」


と、一人の金髪縦ロールのお嬢様が、その男を片手一つで吹き飛ばした。

さすがは龍人、と言うべきか。

吹き飛ばされた男子生徒はマンガのように壁を突き破って見えなくなった。


(ああ、本当に壁って人型に穴が開くんだ……)


突然の出来事に、龍一はアホな感想しか思いつかなかった。

吹き飛ばした張本人は、その相手を気にする風でもなく、龍一にスカートの端を持ち上げ挨拶を始める。


「お初にお目にかかります。私、龍帝国一の風竜寺財閥、長女・風竜寺アヤネと申します。誠に失礼ですが異世界人様でいらっしゃいますか?」


「ご、ご丁寧にどうも。異世界から来た、佐藤龍一です」

「まぁ、やはり! 皇女殿下とご一緒ですから、もしかしてと思い、お声をかけさせていただきました」

「それは、どうも」

「私、実は佐藤様にたってのお願いがございますの。是非お聞き届け、くださいませ」

「はぁ、なんでしょうか?」

「皇族様方や、お貴族様のあとで構いませんので私と子作りをお願いしたいのです」

「はぁ?」

「ちょっと風竜寺! ひかえなさい!」


それまで黙って、やり取りを見ていたレイリが立ち上がった。

角こそ出してないが、真っ赤な龍眼をし、口から牙が出てる。

ご丁寧に口の端からチカチカと火花まで見える。


だが、今度はその風竜寺を押しのけて、ナイスバデイなポニテの眼鏡っ子が来た。


「わ、私第一龍武士団 司令が娘、古敷龍カエデです!  私も異世界人様と子作りがしたいです!  剣が得意です!!」


「あの~私は海運でおなじみ、双竜士財閥の娘、双竜士ララで~す! 子作りクルーズでお願いしま~~~す。波に揺られてスローな子作り~~しちゃおぅ~~」


「はい! はい! はい! 私、モデルやってます!  小白竜ツカサです! はっきり言って超モテますが処女です! 子作り願いしまっす!!」


「私!  私!  私はなんの取り柄もない、男爵家の娘ですが委員長です!  いっぱい尽くします!  子作りも尽くします!」


「ん、ん!  私は生徒会長をしております。紅剣龍アズサと申します!  是非! わが校のためにも私と清き子作りを!!!」


金髪縦ロールをきっかけに、我も我もと女子生徒が押し掛けてきた。

もう、その後は収集がつかなくなってしまった。

なかなか広めだと思っていた教室が、龍一との子作りを求める女性徒で埋め尽くされたのだ。

男子生徒たちは早々に退散したらしい。

龍一とレイリは、もみくちゃにされて数名の教師が来て、なんとか、治めるまで騒動は続いた。

その後、二人は校長室でたっぷり絞られた。


「皇女殿下は成績優秀で、人格もおありで慕う生徒も多く……」


校長先生も、こんなまわりくどい説教など、したくはなかったろう。

その後、他の生徒に目立たないように、校舎を裏口から体よく追い出された。

もちろん、これ以上の混乱をさけるため、見学はさせてくれないらしい。


二人は校舎裏庭のベンチで一息ついた。


「はぁ~あ、まさかあんな騒動になるなんて……思いもしなかったわ」

「はは、ははははは、あ~~~~はっは」


龍一は、なにが可笑しいのか、さきほどから盛大に笑い続けている。


「兄さま、笑い事じゃないわ」

「はっはっは、いやあぁ、すまん、すまん、ちょっと、おかしくって、、こりゃ、最初にレイリが言ってたみたいに、国中の女性に狙われちゃうな」


レイリは腹を抱えて、泣き笑いまでしてる龍一に不満をぶつける。


「もう、不謹慎よ!」

「いやぁ~、俺もさ、若い時に学校に行ってたが、あんな風に女の子に囲まれたことなんてなかったよ」

「本当?兄さま、もてそうなのに」

「いやいやいや、もてるどころか、女の子と会話することもほとんどなかったよ」

「そうなの? ……彼女とかいたんじゃない?」


レイリは気になることを、ズバリ聞いてみる。


「まさかだろ、ウチは貧乏でさ、学校行きながらバイトもしてたから恋愛どころじゃなかったしね」

「ふ~~ん。苦労してたのね……」

「いやいや普通だよ。俺の時代はメチャクチャ貧富の差が激しくてさ、金持ちか貧乏人しかいないんだよ、超少子化だし。俺のまわりも皆、貧乏だったよ」


レイリは珍しく、自分の身の上を語る龍一の話を黙って聞く。


「金持ちは高校や大学も行けるし、恋愛や結婚もできるけど、まぁ貧乏人は一生貧乏人、恋愛はバーチャルで。そんな世界だよ、俺がいた世界は……。父親は早くに事故でなくして、母親がなんとか育ててくれたんだけど、貧乏で中学を出て、すぐ働かなくちゃいけなかったしね」


外に出た解放感からか、饒舌に話す龍一。


「社会人になってもさ、仕事はAIが全て……まぁ重要な仕事は全部機械がやるから、偉い人と下働きみたいな、二極化しちゃってね。でもそんな仕事でもしがみついて、なんとか認められるようにがむしゃらに働いてさ、けっこうがんばってたんだぜ」

「……戻りたい?」

「どうだろうな、郷愁はあるけど、こっちの世界にも大分なじんできたし、こんな可愛い婚約者もできたしね」

「ふふん、ずいぶんお口がお上手になったわね、こっちに来たときはあんなにオドオドしてたくせに!」

「ははは、そうだな、ま、もう帰れないし開き直るしかないからな」

「……そうね」


その帰れない理由に心当たりのある、レイリはバツが悪そうにうつむく。


「ははっ、気にするなよ、もう元の世界に帰ることには、こだわってないよ」

「本当?」

「ああ本当だよ」


言いながら、ちょっとちぢこまって上目使いで様子を伺う、レイリの頭を龍一がやさしくなでる。


「レイリ、今日はありがとう。最近詰め込み気味な俺を気遣って、外へ連れ出してくれたんだろう? いい気分転換になったよ」


素直な感謝の言葉を言われた瞬間、レイリは顔から火がでたのかと思った。

久しく口からも出してないのに。


「な、なによ!  兄さまのくせに!」


真っ赤な顔でレイリは答える。


「ふっ、なんじゃそら」


「なんでもないわ!  今日は約束通り、夜まで私に付き合ってもらうわよ!  残念ながら大量の女生徒に兄さまがもみくちゃにされて、学園見学はなくなっちゃったけど!  これからオシャレーなレストランでお昼を食べましょう!  それから買い物をして、オシャレーなカフェでお茶して……」


今後の予定をまくしたてるレイリに龍一は仰々しくひざまづき、手を差し出す。


「ははぁ!  この佐藤龍一、本日はレイリ皇女殿下の下僕となり、精一杯御供させていただきます」


レイリは反り返って左手を口に添え、右手で龍一の手を取り、応える。


「ふっふ~~ん、おわかりになったのならよろしくてよ」


言いながら二人で顔を見合わせ、皇族としてははしたないとレイリは思ったが大声で気持ちよく心から笑った。

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