第13話 一番
翌週、菫は鹿児島に出張に来ていた。
今回も展示会で接客をするのと、普段はなかなか来られない鹿児島の店舗回りをする。
地方の展示会は来場者が東京や大阪ほどは多くないため、ミモザカンパニーのような人員の少ない会社は営業一人で接客をする。
鹿児島でも、蓮司の商品はとても評判が良い。
「こっちでも人気ですよ。展示会でもお店でも。」
菫は蓮司に電話で伝えた。
『こっちって…一人で鹿児島まで出張行くんだ、すごいね。』
「入社のときにどこでも行くって約束したので。鹿児島は桜島が迫力あって良い所ですよ。」
『へぇ。食べ物も美味しそうだしね。』
「はい。さすがに毎日良い物は食べれないですけどね。あの、それで…お土産、何がいいですか?」
『え…』
「考えすぎてよくわかんなくなっちゃって…」
『…その連絡って社用スマホからしていいの?』
「仕事でお付き合いのある方へのお土産なので、いいかなって思ったんですけど…」
『スマイリーへのお土産じゃないの?』
蓮司が電話越しに笑った。
「あ、そうでした。」
『スマイリーに聞こうか?』
「またそうやって
『別になんでも、スミレちゃんが選んだものなら嬉しいよ。ってスマイリーが言ってる。』
「答えになってない…」
それから少し出張先での出来事を話して電話を切った。
出張中、一人の時間が多くなった菫は、自分の“一番”について考えていた。
出張先で一番最初に声が聞きたくなった人
出張先での出来事を一番最初に伝えたい人
お土産を選ぶ時に一番最初に顔が浮かぶ人
出張から帰ったら、一番最初に会いたい人
思い浮かぶのは全部同じ顔だった。
菫は出張から帰ると、空港からその足で蓮司のアトリエに向かった。
「…で、お土産が
「だから、考えすぎてよくわかんなくなっちゃったって言ってるじゃないですか!」
菫は恥ずかしそうに言った。
「なんかあるでしょ、チョコとかクッキーとか。」
「チョコはスマイリーが食べられないです…」
「でも鰹節って…色気ないな〜!」
蓮司は言いながら笑っていた。
「すっげースミレちゃんらしいけど。」
「鹿児島の名産みたいです。塩分控えめな、猫もOKな鰹節を選んだんですよ。」
「ありがとう、スマイリーのご飯が豪華になった…ふっ…」
蓮司は肩を震わせている。
「笑いすぎです!」
「でもなんか帰ってきたって感じがします。スマイリー、またちょっと大きくなりましたね。」
「毎日見てると気づかないけどね。」
菫には、出張中に決めたことがあった。
「一澤さん。」
「なに?真面目な顔して。」
「私…社長に気持ちを伝えようと思います。」
「え…なんで急に。」
「鹿児島で一人だったのでいろいろ考えました。あの…泣いちゃった日、気持ちに一区切りついたので、もうすっきりしたいな…って。」
「別に告らないで気持ちを忘れてもいいと思うけど?」
蓮司は少し心配そうに言った。
「それも考えたんですけど…5年間くらい好きだったので、曖昧にして終わりたくないなって思って決めました。」
「ふーん。」
「もう胃がキュ…ってなってます…」
菫はお腹に手をあてた。
「いつ言うか決めてんの?」
蓮司が聞いた。
「平日は…次の日気まずくなっちゃうと嫌なので、来週の金曜に言おうと思います。それでその日…」
「ん?」
「ここに来てもいいですか?」
「………」
「あ、えっと…きっと落ち込んじゃうので、話を聞いてほしいなって…」
菫が言った。
「いいよ。いつでも来ていいって言ったでしょ。」
蓮司が優しい声で言った。
翌週金曜の夕方、菫は明石と一緒にカンズという大型雑貨チェーンの本部商談に臨んでいた。
大型のチェーン店では、本部や商品部と呼ばれる部署でバイヤーが各メーカーと商談し、チェーン店全体のどのくらいの店舗に、どれだけ商品を導入するかを決める。
「いいですね、一澤 蓮司。うちでもフレームアートがよく動いてますよ。これから確実に伸びていく若手作家ですよね。」
バイヤーの
「もうすぐ発売のハンドクリームにもイラストが使われてるんですよ。これも売れそうだから大量注文済みです。」
そう言って、乾はハンドクリームのチューブを商談テーブルに並べた。
「か、かわいい〜っ!!」
菫は思わず声をあげた。銀色のチューブに蓮司の鮮やかなイラスト入りのラベルが巻かれた、輸入品のようなデザインのハンドクリームだ。
(こんな仕事もしてたんだ…。)
「川井さんいい反応。」
乾が笑った。
「ステーショナリーが発売したら、部門を飛び越えた一澤 蓮司フェアとかやってもいいかもしれないですね。」
乾が言った。部門とは商品ジャンルのことで、ステーショナリー、コスメ、食品などにわかれている。
「それはありがたいです。」
明石が言った。
「それにしても、よく一澤 蓮司と契約できましたね。他のメーカーさんは“狙ってるけどなかなか契約できない”って言ってましたよ。気難しい方なんですか?」
「え…。」
菫は蓮司のことを思い浮かべた。
「うーん…アーティストっぽいところもありますけど、気さくな良い方ですよ。」
(猫に甘くて…意地悪なようで優しい…)
そう答えた菫の表情を、明石は横目で見ていた。
二人は商談を終えて会社に戻った。
「川井さん、もう一人で本部商談できそうだね。条件面もちゃんと説明できてた。」
「本当ですか?まだ少し緊張しちゃいますけど、嬉しいです。」
「にしても商談長引いたなー。」
他の社員は退社していて、社内には二人だけだった。
「あの、社長…」
「ん?」
「えっと…大事なお話しがあって…この後少しお時間いいですか?」
「え、まさか辞めたいとかそういう…」
明石の言葉に菫はぶんぶんと首を振った。
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