第14話 告白

「どうした?」

明石の声は落ち着いていて心地よい。心配そうにされると思わずドキッとしてしまう。

「あの…えっと…」

いざとなると、どう伝えていいのかわからない。

「…あの…今から言うことを聞いても、普通の…一社員として接して欲しいんですが…」

「……うん、わかった。」

明石は察したようだった。

「社長…じゃなくて…明石さん…」

「………」

「私は…新人だった頃から、明石さんが好きです…。」

菫は明石のを見て伝えた。

「…あ、でも!あの!さっきも言った通り普通にしてほしくて、付き合いたいとか…そういうことは…」「なくて…」「…なくて…」

菫の瞳がうるんで、喉が熱くなった。額の前髪を握るようにキュッと手に力を込めた。

「うん……知ってたよ。」

明石が言った。

「川井さんの気持ちには応えられないからって…知ってて、気づかないふりしてた。卑怯でごめんね。」

菫は首を横に振った。

「…この会社にも、私が入りたいって言って無理矢理入れてもらったし、そうやって近づいて困らせてたのかなって…」

———ハァ…

明石は溜息をいた。

「…そんな風に思ってたんだ。本当は5年前…会社設立の時に連れてきたいくらいだったよ。入りたいって言ってくれて嬉しかった。」

「…本当、ですか…?」

菫は泣きたいのをグッと堪えた。

「ミモザカンパニーは俺が一緒に働きたいって思えるような、商品を大事にしてくれる社員しか雇わないよ。」

「…そうですよね。うん、明石さんてそういう人でした…。私、明石さんに“デザイナーの気持ちを伝えられる、良い営業になれる”って言ってもらえて…今もそれが目標です。」

菫は目に涙を溜めたまま微笑んだ。

「…明石さんに…お願いがあります…」

「ん?」

「…一度だけ…抱きしめてもらえませんか…?」

「………」

明石は黙って菫のを見つめた。

菫の心臓は速いリズムを刻む。

「川井さん」

「はい…」

「ごめんね、そのお願いは聞いてあげられない。」

明石が真剣な表情かおで言った。

「……いいよって言われたら…少しは嫌いになれたんですけど。やっぱり明石さんは、素敵です。」

菫はにこっと笑って言った。

「私、明石さんも好きですけど、香魚あゆさんも大好きなんです。」

「それも知ってる。」

明石は優しく笑った。

「だから…香魚さんを裏切るような人だったら嫌いになれたんですけど、だめでした。」

「…香魚子に誤解されるようなことをしたくないってのもあるけど…川井さんがそれを言う相手は俺じゃないでしょ?」

「………」

「今、自分が大切に想ってる相手に言わないと。」

「…………はい」

「あ、ちなみに、業務に支障が出たら契約解除だからね。」

明石は眉を下げて笑った。

「…はい。」

菫も眉を下げて、照れ臭そうに笑った。


菫は会社を出ると、足早に駅に向かった。

“早く蓮司に会いたい”そんな気持ちで全身が埋め尽くされていた。


蓮司のアトリエに着くと、そこは照明が消えて、しん…と静かだった。

(え…もしかして、私が来たいって言ったの忘れて出かけちゃったのかな…それとも寝てる…?)

菫は恐る恐るインターホンを鳴らした。するとすぐに蓮司が応答した。

「あの…」

『やっと来た。カギ開いてるから、そのまま入って来て。』

(……?真っ暗なのに…?)

———ギィ……

菫はゆっくりとドアを開けた。

アトリエの中は天窓から差し込む月明かりのおかげで、物にぶつからずに歩ける程度には明るかった。

「こっち。」

アトリエの奥から蓮司の声がした。

「ここに立って。」

蓮司に言われた通り、アトリエの奥のスペースの中央に立った。

「そのまま。」

(………?)

「…あの、一澤さ…」

———パチン…

蓮司が照明のスイッチを入れた。


「え……」

一瞬の眩しさに目をつむって、また開いた菫の目に映ったのは壁に飾られた蓮司の絵だった。花やフルーツが描かれたキャンバスが何枚もある。普段は壁に立てかけられたり床に置かれている絵は片付けられ、壁にギャラリーのようにきれいに絵が並んでいる。

「これ…」

「一澤 蓮司の特別展へようこそ。」

蓮司が優しい声で言った。

「え…?」

「“大きいキャンバスにバーンて、カラフルなモチーフがあって元気になる”…だっけ?」

「それ…」

菫が言った言葉だった。

「無条件でスミレちゃんを笑顔にできるスマイリーと違って、俺にできることってこれくらいしかないから。」

(あ…)

蓮司が、“傷ついて”ここに来ている菫を励まそうとしているのだとわかった。

菫の目から、明石の前では堪えられていた涙がこぼれた。

蓮司が優しく溜息をいた。

「明石さんに、ちゃんと言えたんだ?」

菫はうなずいた。

「明石さんも見る目ないな。こんなに…泣いてくれるくらい好きでいてくれるコを振るなんて。」

「あゆさんのほうが…すてきだから…」

「言うと思った。」

蓮司は苦笑いした。

「“優しくて”、“笑顔が素敵で”、“人の中身だけ見てて”、“アユさんのことを話してるときが素敵”って…」

菫が挙げた明石の好きなところを、蓮司がなぞるように挙げた。

「全部俺の、スミレちゃんの好きなとこ。」

菫は泣いたまま蓮司の方を見た。

「だから、笑ってて欲しいよ。」

蓮司が菫のを見て、優しく言った。

『………』

また二人とも無言になった。

「…このなみだは…一澤さんのせいです…。」

「え…」

「こんな風に優しくされると思わなかった…けど、優しいって知ってます…でも…こんな…展覧会…」

うまく言葉がまとまらない。

「…とっくに…一番なんです。来るなって言われても会いたくなっちゃうくらい…いろんな話を最初に聞いて欲しいくらい…一番なんです。スマイリーじゃなくて、一澤さんが」

菫が言い終わるか言い終わらないかというタイミングで、蓮司は菫を抱きしめた。

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