第12話 土曜日

蓮司に説明した通り、翌週から菫のスケジュールは商談や展示会でビッシリ埋まっていた。今回の商談が蓮司の絵を使った商品のお披露目となる。


今日は菫と明石が展示会に立っている。

「え!一澤 蓮司!ミモザから発売するの!?これ全部注文する。」

(わぁ…また全部注文…)

「一澤 蓮司、いいですよね。弊社内にもファンが多くて。」

菫が笑顔で接客する。

「絶対クるわよ〜!さすがミモザカンパニー、センスいいわね!」

展示会のブースに今回発売する商品を一挙に並べていると、とくにおしゃれな雑貨店のバイヤーが迷わず全商品を注文していく。それを見て、菫はなんとなく誇らしい気持ちになっていた。

「反応いいね、一澤 蓮司。」

明石が言った。

「はい。全員注文してくれるわけじゃないですけど、一澤 蓮司を知ってる人も知らない人も注文してくれますね。全部注文ってお客様も多いです。」

「色がいいからね。川井さんが頑張ってくれたおかげ。」

そう言って菫を褒める明石に、菫は相変わらず照れてしまう。

「私は全然なにも…相間さんと一澤さんが難しいところはほとんど全部やってくれたので…。」

「川井さんじゃなかったら、そもそも契約できてないよ。」

(それだって社長が助けてくれたからだけど…。)

「……ありがとうございます。」



「って感じで一澤さんの商品、大大大好評でした!展示会の売り上げが目標の120%だったんですよ!」

「それはなにより…で、なんでここにいんの?」

土曜日、菫は蓮司のアトリエにいた。

「今日は仕事が休みなので…」

「俺が言った意味わかってないの?」

「それは…でも…最初にいつでも来ていいって…言ってたし…」

———はぁ…

蓮司は溜息をいた。

「わかってるよ、スマイリーに会いに来たんだよね。ったく、休めるようにしてあげてんのに。」

蓮司がボヤくように言った。

「………」

(…今日はスマイリーより、一澤さんに展示会の報告したい気持ちが強かったかも。)

蓮司の前で泣きながら明石への気持ちを吐露とろして以来、菫は蓮司に対して心の壁のようなものが無くなったと感じていた。

「…ここに来た方が疲れが取れる気がします…。」

菫が呟くように言った。

「へぇ。それって、スマイリーだけの力?」

蓮司がニヤッとして聞いた。

「……その顔、です…。」

菫はぶすっとした顔になった。

「…けど、一澤さんとお話しするのも…最近ちょっとだけ楽しいです。」

「ちょっと、ね。」

「ほんのちょっと、です。」

菫の素直じゃない言い方に蓮司は笑った。


「で、“アユさん”の商品とどっちが好評?」

蓮司が聞いた。

「え?」

「言ったじゃん、アユさんより売れるって。」

「香魚さんは固定ファンが多いので…単純比較はできないです…」

蓮司は不機嫌そうな顔になった。

「俺の方がアユさんより売れたら、スミレちゃんの一番になれるでしょ。」

「そんなことで一番とか決めてないです…」

「じゃあどうしたら一番になれんの?」

蓮司が菫のを見て聞いた。

「え…」

菫は顔を赤らめたが“一番”という言葉に、脳裏には明石の顔が浮かんでいた。

「…今、明石さんのこと考えた。」

(え!?なんで!?)

「図星。」

「……ひどいです…」

明石のことを話題に出されても、蓮司の前では菫はもう泣くことはなかった。

「だいたい明石さんて何歳いくつだよ。」

「たしか…39歳?」

「おっさんじゃん。」

「おっさんじゃないです!!」

こんな風に明石の話ができることが信じられない。

(一番…かぁ…)


「…また来てもいいですか?」

帰り際、菫は蓮司に聞いた。

「俺に会いに?」

「スマイリーに会いに。」

「もうちょっと素直になるなら来てもいいよ。」

「………」

「まぁそれは半分冗談だけど、無理しないなら来ていいよ。俺もスミレちゃんがいた方が描けるし。」

声色が優しくなった蓮司に、菫の頬がほんのり赤くなる。

『………』

お互い無言になって、変なができてしまった。

「あ、えっと…今度出張に行くので、お土産買ってきますね……えっと、スマイリーに!」

「うん、スマイリーにね。楽しみにしてる。…スマイリーが。」

菫は照れ臭そうに笑ってアトリエを後にした。

(一番…いちばん…)

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