第3話


 樹里杏は病気から快復した。この意味は大きい。

 僕はまだ病気の先にある死の深淵がイメージ出来ないでいた。人の痛み、苦しみ、悩み、死のもつ本来の意味が分かる人は、余程の偉人に違いない。ともあれ、僕は二歳児だが、大勢の仲間がいて、大人のなかにも知り合いが出来たので退屈はしない。

 両親のそれぞれの祖父母は、パパやママに対して「秀作の写真を送ってくれ」と電話でよく催促している。この間は遠方の親戚から「秀作君に……」と、バウムクーヘンを届けてくれた。ゼリーやキャンディーをくれる人もいる。

 人から愛されているのを実感するに従って、僕は自分が非力な二歳児に過ぎない事実を失念する。それでいて、二歳児の本分を忘れて大人の味方になって子供たちを虐めたり、彼らの上に君臨したりする思惑は毛頭ない。

 大人の世界には、ビッグボスの言いなりになり、仲間を裏切る小悪党が驚くほどいる。反面、僕は自分に内在する正義感を頼もしく思うと同時に、周囲から人間世界の一員として認められているのに誇らしく思い始めている。

 パパは、僕がもらったバウムクーヘンの大半を食べてしまい「秀作にはこの程度、置いておけば良い」と、一口分だけ残していた。僕に断りもなく、僕のものを盗み取るのはいくら父親でも失礼だ。この点、不平不満はあるが、大人のパパと、二歳児の僕とではお互いの見解が一致しないのは仕方ないともいえる。

 土曜日の出来事だ。天気晴朗に気を良くしたパパが電子カメラの一眼レフを取り出し、僕の方を見て「秀作、可愛く笑ってくれ」とか「立ち上がって、ピースサインをしろ」とか、何かとうるさい。おじいちゃんに送る写真を撮影する。僕は仕方なく、パパがかっこつけて構えるレンズの前に立ち、指示された通りの表情や仕草をした。

 僕は二歳児らしく愛くるしい笑顔を向けて、努力したつもりだ。以前、同じように写真を撮ってもらったときは、メモリカードの容量不足で残念な結果になった。今回はメモリカードが新しく、バッテリーも充電できている。そのため、見事な写真を期待していた。

 今回も、がっかりの結果になった。しばらくしてプリントアウトしたものを見ると、手ブレのせいで満足できる出来栄えではなかった。これだと美学を語る資格がないと思うが……。パパはどんな見立てなのか、写真を手に取り「これはこれで情趣があって見事だ」と一人で頷いている。よせば良いのに、おじいちゃん宛の封書に写真を入れた。

 パパはママのいない台所に行くと、味付け海苔をおやつのように齧ったり、練乳のチューブから絞り出したものをスプーンにのせて舐めたりしている。僕はパパの俗物ぶりに呆れながらも、叱られたくないので見て見ぬふりをしている。

 自称小説家のパパだが、どう見ても思索が深そうにも、優れた芸術センスの持ち主にも見えない。そうして、ちょうどパパが台所から自室に戻ったところへ、ママがやって来て厳しい表情をしたまま座り込んだ。僕は雲行きが怪しくなるのを感じた。

「あなた、ちょっと……」と呼びかける。

 すると、パパは「何の用だ……」と、空とぼけた声を出す。

 ママは「最近は家計が厳しいので、お酒を控えるようにしてほしいのよ」と要望する。

「いや、そんなはずはない。酒を飲みゴルフに行く金なら、腐るほどある」と意に介さない様子だ。ゴルフは批判の対象になっていなかった。

「お金を使いすぎだと思う。それから、味付け海苔と練乳をこっそり食べるのもやめてね」「練乳のチューブ入りのあれだけど……。たいしたものではない」

「練乳のチューブは一か月に五本、味付け海苔は二瓶、毎月このペースで消費する家庭が他にあるのかしら」

 パパはタバコを深く吸うと、吐き出すときに煙の輪を作って眺めた。

「練乳をいくら舐めても月に千円だ。それをやめるよりも、人間は心豊かに暮らす方が大事だ」と言いながら、今度はみっともなく鼻から煙を出して見せた。

「練乳代、海苔代、タバコ代、酒代をそれぞれ節約できれば、もっと豊かな生活ができるわ。よそに比べても、エンゲル係数が高すぎるのよ。それでいて、作家先生としては文化的な暮らしをしていると言って威張れるのかしら」

「エルンスト・エンゲルの社会統計は、うちとは生活集団が異なる発展途上国の暮らしにあてはまる。うちの場合は、食生活全般において豊かでないといけない。それとタバコまで食費に含めてはいけない」

「そんな屁理屈ではなくてね……。無駄な支出を減らしましょう」

 これだと議論が堂々巡りするだけだ。パパとママは喧嘩し始めると、どちらかが折れる進展はない。大人たちは、二歳児の僕らに比べると随分と単細胞に見える。僕ならうまい具合に折り合いをつける。ママは頬を膨らませ、不満げな表情をしていたものの、途中で分からず屋を説得するのを諦めたようにリビングルームに戻った。

 いつもの屁理屈と横柄な態度でママを追い出したあと、この自称・作家先生はパソコンを開くと原稿を書き始めた。

「ミスター・ナイスガイは名前の通り爽やかな男だ。ナイスガイには美系の友人ミスター・ハンサムがいた。だが、彼らの知り合いには、性悪女ミセス・ビシオスネスがいて何かと邪魔立てをする。あるときは、二人に健康を害するから『酒とタバコをやめろ』と言い、あるときは『お金がかかるし、無駄だから美食を禁じる』と言いがかりをつける。まったく困ったものである」

 子供の僕には、到底わけが分からない文章だ。これを小説だと言い切るパパのセンスのなさにも驚くばかりだ。それと、ミセス・ビシオスネスとは、まるでママのように思えてくる。以前、自分で「大作が完成した」と、熱弁を振るっていた「パラレルワールドの暇人たち」の奇々怪々な物語は、結局書くのを断念した。

 パパは日ごろのママへの鬱憤を晴らすかのように、ミセス・ビシオスネスを攻撃する、それでいて頓珍漢な文章を書き続けた。そこへ夢野が例によって例のごとく入ってきた。夢野は、勝手知ったる他人の家で、いつも無遠慮に家の中に上がり込んでくる。

「また『パラレルワールドの暇人たち』の続きを書いているのか」とパパに聞く。

「あれ以上の大作を書き始めたところだ。そのうち、文学界、思想界の巨人として崇められる予定だよ」僕は、軽薄にして尊大な言動だと思った。

「それで、今度は何を書いている?」

「『盲目的恣意』のタイトルで、二人の男と性悪女の葛藤を書き始めたところだ。登場人物のビシオスネスをとんでもなく性悪に描くつもりだ」

「ビシオスネスは、ギリシャ人の設定なのか? それと主人公が目の悪い男か」夢野は、いつものように思いつきを言葉にする。

「いや、今度もアメリカでニューヨークが舞台だ。それと『盲目的恣意』のタイトルは、ショーペンハウエルの哲学を参考にした」

「ショーペンハウエルか? あれは良い考え方だ。要するに、めくら滅法で我儘な人間が得をする道理はない」

「夢野はショーペンハウエルの『意志と表象としての世界』を読んだのか」

「勿論だよ。自分の意志は表に出して、世界にアピールできる……理論だよな」

「どうも噛み合わない」

「どこが? 簡単な道理じゃないか」

「そもそも、ショーペンハウエルの主張する論理とは違う」

「えーと、ああ、あれだったのか。僕はてっきり……。まあな、あんな哲学は出鱈目だ」

「出鱈目ではない。『意志と表象としての世界』は、唯心論の哲学だよ。世界とは自己自身の表象で、夢に似ている……」

「なるほど、もっともらしいが今一つ、物語の展開が分からない」

「二人の男が性悪女ビシオスネスによる盲目的恣意に邪魔されて、苦悩の人生を強いられる筋書きだ」

「何度聞いても女性らしくない名前だ」

 パパは「まあいい、そう簡単には理解できないのが純文学だ。僕は今から少し外すが、秀作の相手でもしていてくれ」と、夢野の承諾も待たないで出て行った。

 想定外な経緯で、夢野の接待を仰せつかった僕だが、まだ大人の男性のホスト役は経験がなく要領が分からない。そこで、まるく目を見開き、おどけるように夢野に近づいてみた。こうすると大抵の大人たちは、僕を愛くるしいと思うのか、視線が柔らかく優しくなり口元がほころぶ。

 夢野はいたずらっぽく笑うと、僕に「秀作君、おじさんと相撲をとらないか」と尋ねた。いやな予感がした。まるで、弥次郎の威嚇と同じだ。僕は、弥次郎よりも巨体の大人に小突き回され、張り倒されるところをリアルに想像してみた。ああ、早くパパが帰って来ないかと、祈る気持ちになった。

 ところが、夢野はヒョイと僕を持ち上げると「どうだ? 恐れ入っただろ」と勝手なことを言いながら顔色をうかがう。僕はベソをかきそうになった。それを見てなのか、夢野は僕を床に下ろすと「今度は君の番だ。こんな風に、おじさんを突き飛ばしてごらん」と指示すると、僕の手を取り、自分の胸をポンと突くように指図した。

 その通りにすると、夢野は後ろにひっくり返り「秀作君のパワーには、おじさんでも適わないよ。君のパパとは大違いだ」とおだてた。このゲームを僕は気に入った。たとえ、それが夢野の演技によるものであっても、大人を力で圧倒できるのは面白い。しばらく、乱暴だが楽しいゲームを続けていると、夢野は転ぶときに机の角で頭を打った。

「あいたたたた」と大きな声を出した。

 声に驚いた様子で、ママが入ってくる。ママは僕に「何があったの」と聞くと、すぐさま夢野を見て「大丈夫かしら」と心配する。

「秀作君と相撲を取っていたのですが、僕の方が……、あわてて頭を打ち付けてしまいました。大声を上げたのは、秀作君を喜ばせるためのちょっとした演技ですよ」

 何も、今のタイミングで種明かしをしなくて良い。僕はむしろ、少しだけがっかりした。夢野の頭部には、大きめのたん瘤が出来ていた。

 ママは何を勘違いしたのか「普段は優しいし、おとなしい子なのよ。どうしたのかしら」と怪訝そうな表情をした。

「気をつけて遊んでね」

「僕が悪いわけじゃないよ」

「まったく、面目ありません。秀作君をけしかけたのも、わざと転んだのも大人の僕の失態です。どうか、秀作君を叱らないで……」夢野は頭を打った時以上に情けない表情をしていた。だが、気を取り直すと「ところで、頓馬君はどこへ行ったのですかね」とママに話しかける。「さあ、どこでしょう? あの人は、いつも風来坊みたいにふらりと外へ出て、いつの間にか戻ってきている。多分、タバコか週刊誌でも買いに出かけたのでしょう」

「あんな人がご主人だと、奥さんも災難ですよね。逃げ出しようがない」

「まあ、そんなところかもしれません」そう言いながらも、ママは夢野のジョークを理解しかねる素振りをした。

 夢野はさっきの失態を忘れたかのように「最近、頓馬君は創作活動に旺盛に取り組まれている様子ですが、何かの賞を授与されたり、本を出版したりの予定はどうなのですか」と無頓着に聞く。

「まったく、分かりません。仕事が休みの日はテレビでお笑い番組を見たり、台所に来て味付け海苔や練乳をおやつのように食べたりしていますが……。自室に籠っているときは何をしているのでしょう……」とママは余計な内情まで口にした。

「へえ、練乳をおやつ代わりに舐めるのですか」

「海苔や練乳だけではなくてね。この頃は、竹輪や蒲鉾もおやつにしています」

「それは初耳だ」と夢野は驚いた表情をする。

「家計に影響していると言っても、一か月に数千円単位の出費で破綻するわけがない。そんな僅かな収入ではないと、あの人は威張り散らすのです」

「それは、頓馬君の言い分の方が一理あります。バブル崩壊後、現在まで日本のGDPは極端なまでに落ち込んでいます。それは、消費者の購買意欲の低下も影響していますからね。お金に余裕がある家庭は、もっと物を買うべきですよ」

「そんな抽象的な話ではなくて……。たかが、数千円でも、一年で数万円、十年で数十万円です。それを自分の道楽ではなく、子供の教育費にあてた方が余程、有意義ではないでしょうか」

「なるほど、そこまで考えておられましたか。ですがね、家の中でのつまみ食い、盗み食いは道楽ほどのものではない。あれはあれで、悪意も裏表もない良い男ですよ。何も考えていない振りをしてちゃんと先を読んでいます」

「あんな調子で、裏表のある人間だったら到底耐えられません」とママは語気を荒げる。

「まあ、僕の評価では頓馬君は、倹約家のお手本のような人物です。酒やタバコは少々嗜むだけ。博打は誘いに乗らない。女は、奥さん以外に見向きもしない石部金吉タイプです。多少の奇癖は目つぶらないと罰が当たりそうです」と夢野にしては、随分気前よくパパを持ち上げる。

 夢野はパパの泥酔したところを目撃し、最中餡子への片思いの件を知っている。

「あなたは、うちの人とは正反対のタイプですよね」

「頓馬君みたいな人間ばかりなら良いのですが……。今の世の中、生き馬の目を抜くずる賢い連中ばかりです。僕は人生を大いに楽しむべきだと考えています」とはぐらかす。「実は随分、難しそうな本を大量に買い込んで、書棚に並べては眺めています。ろくに読みもしない本を買う考えが私には分かりません」

「本代が嵩むのなら、近くの図書館や古本屋を利用すればいい。僕が言い聞かせてあげましょう」

「あなたが言っても、従う人じゃありません。先日の話ですが、書籍代の節約を申し出ると、記者の仕事も小説の執筆にも手元に豊富な資料があるに越した事はない。幕末の吉田松陰は、一年間で六百冊内外の本を読んだ。英雄ナポレオンも実業家のビルゲイツも人並み外れた読書家だと弁解するのです」

「なるほど、それも一理あります。頓馬君は大量の本を眺めて知っているから、崇拝する人も出てくるわけです。この間、パソコンでインターネット検索していたら、頓馬君を褒める人がいました」

「本当ですか」ママの目が輝く。

「どんな内容が書いてありました?」

「類まれな新感覚小説なので不思議な気分に包まれ、読み進むうちにわけが分からない迷路に誘い込まれてしまいますと書いてありましたよ」

「それは褒めているのでしょうか」

「まあ、褒めてはいるのでしょうね」ママはそれを聞いて、少しだけ表情が明るくなった。「書籍の購入は仕事柄、仕方がないにしても、びっくりするほどの変人なのです」

 夢野はそれに頷きながら「変わり者と言えば、変わり者ですね」と調子を合わせる。

「ついこの間も、コンビニで購入したばかりのおにぎりを『腹が減ったから』と、歩きながら頬張り、ペットボトルのお茶で流し込んでいました」

「それじゃあ、まるでホームレス同様ですね」

「周囲の目もあるし、そんな真似はやめてくださいと言っても、江戸時代の旅人は一日に十里を歩き、携行している糒を移動しながら食べていたと言い訳します」

「いずれにしても、凡人には理解できない。遥かに超越しているレベルですね」とやむを得ずといった褒め方をする。

「凡人か非凡かは、常識人の女の私には理解しかねます」

「まあ、凡人よりはましですよ」と、パパの立場を弁護するとママは不服そうに「何が非凡なのですか」と素朴な疑問を投げかける。

「非凡ですか? 何が非凡かは、説明が難しいですね」

「そんないい加減なものなら、凡人の方が余程ましなのじゃ、ありませんか」とママは抗弁する。

「いい加減なものではなくてね。ちゃんとした理由があるのですが、言葉で説明するのが難しいだけです」

「あなたは好き嫌いで、非凡か平凡かを決めているのでしょう?」とママは相手の弱点を攻めようとする。

 夢野は何とか非凡を定義づけなければ、敗北しそうな雲行きとなり必死に思案している様子だ。

「奥さん、戦国時代の名将・織田信長は若いころ、ザンバラ髪で肩ははだけ、腰には八つの瓢箪をぶら下げて往来をのし歩いたようです。つまり、腰に瓢箪をぶら下げて表通りを平気で歩く男を非凡と評価するのです」

「そんな人たちが、今の時代にいるものでしょうか」と怪訝そうな顔で尋ねる。それから「かえって、何が何だか分からなくなりそうです」と観念した。

「そう難しくは、ありません。売れない芸人に冗談を言わせると凡人の悲しさが分かり、天才芸人にまともな話を無理やり言わせると、非凡さが理解できます。頓馬君の場合は、後者の例ですよ」

「そうでしょうか」と首を傾げたものの、やっと少しだけ納得したようにも見える。

「なんだ、まだいたのか」とパパは、帰ってくるなり夢野の隣に座る。

「まだいたのかとは失礼だな。君がすぐに戻るから待っているように指示するから、ここに残っていた」

「いつも、あんな調子なのですよ」とママは夢野の様子を見る。

「さっきまで、君の普段の行状を全部聞かせてもらったよ」

「女は誰にでも愚痴を漏らすから困る。ここにいる秀作ほど、利口で寡黙な人間でないと信用できないな」とパパは僕の頭を撫でてくれた。

「君は味付け海苔や練乳、竹輪や蒲鉾まで盗み食いをする小悪党らしいな」

「まあな、そんな感じかな」とパパは笑いながら「海苔は作柄によって味は違うが、味付け海苔はいつ食べても美味しい」

「味付け海苔をおやつ代わりに食べるのは君しかいない。それより、もうそろそろ翠明が来てもいい頃だな」

「君が翠明を呼んだのか」

「午後三時までに頓馬の家に来るようにメールを送信しておいたからな」

「勝手な事をするな。翠明は何のために来る? 君がここへ呼んだ理由は何だ?」

「実は翠明の要望によるものでな。大学の先生方が集まる研究会で重要な内容を発表する。学生相手のものとは、大分レベルが違う。それで、予行演習をやるから聞いてほしいと頼まれた。それなら、作家気取りの読書家・頓馬先生にも聞いてもらおうと話題になってね。そこで、ここに呼んだ。今回はいつもの屁理屈を並べるだけではなく、ちゃんと聞いてやってほしい」

「君や僕に、稀有壮大にも思える宇宙物理学の理論が正確に分かるとは思えない」と、パパは夢野の身勝手を責める。

「ところがね。翠明先生の扱うテーマが相対性理論や量子論、ビッグバン理論のようなものではなく、君が得意とする分野の話だよ。つまり、演題が『パラレルワールドについての仮説と検証』だから、頓馬先生の出番だ」

「君は詭弁と妄想が趣味の人だからいいけど。僕にそんな壮大な理論を聞いて評価するだけの実力はないよ」

「君のあの名作になる予定だったものの途中で頓挫した『パラレルワールドの暇人たち』の研究が役立つだろ」といつもの調子で、パパを揶揄する。

 ママは笑いながら隣室へと退いた。

 パパは神妙な表情で腕組みをする。

 そこへ予定より八分遅れて翠明が現れた。翠明は明日が本番なのに、カシミヤのコートの下にいつもより上等のスーツを着こなし、散髪したての爽やかな表情で「遅れてすみません」と謝った。

「二人で君が来るのを待って、首を長くしていた。挨拶抜きで、すぐにでも聞かせてもらいたい」

 パパも頷き「そうだな」と同意する。

 翠明はカバンから取り出したペットボトルのお茶を一口飲むと、用意した草稿のコピーを二人に手渡した。交互に顔を見て「遠慮は禁物。忌憚のない意見をお願いします」と、本番さながらに立ち上がり、話し始めた。

「パラレルワールドの仮説は千九百五十年代の終わりころに、アメリカで『多世界解釈』として提唱され始めています。これは一人の人間が別の選択肢を選ぶと、無数の別世界を創造する仮説に基づく理論です。この解釈では今とは別の選択肢を選んだ自分が別の世界に存在します。たとえば、迷路を思い浮かべればたやすく分かるのは、これが入り組んだ構造になっている事実です。

 迷路の場合は、必ず一つの出口にたどり着く仕組みです。ですが、もし複数の出口を用意した場合はどうでしょう。そうすると、一人の人間に複数の可能性が生まれます。それが、パラレルワールドの理論であります。

 つまり、あみだ籤だと思えば良いでしょう。あみだ籤なら、A,B,C,D、E、Fのいずれを選ぶかで、たどり着く先の当たり外れが決まります。さらに、くじで例えるなら、年賀状のお年玉籤、商店街の福引や宝くじなどのケースも当てはまります。特に当選金額の大きい宝くじでは、当落が後の人生を大きく変えてしまいます。さて、ここで考えていただきたいのですが……。宝くじが当選するかどうかは必然的なものでしょうか? それとも偶然によるものでしょうか? 私は偶然だと思います。宝くじの購入者には当落に関する別の可能性が常に用意されています。

 ところで、宝くじの起源は古くはローマ時代に遡ります。この時代、ローマの皇帝アウグストゥスは重税に苦しむ市民を宥めるために、人気取りと歳入を増やす一石二鳥の方法として宝くじを始めます。また、中国では漢の時代に万里の長城の建設資金を調達するために行ったケースがあります。日本では十七世紀に現在の大阪府箕面市にある龍安寺が始めた富くじが起源とされています。目的は……」

「翠明君パラレルワールド理論とは、どんどんかけ離れた話になっているが大丈夫なのか」と夢野が指摘する。

「勿論です。これは本題に入る前の伏線でして……。もうしばらく、続きを聞いていただけますか? ……それで富くじの件ですが、残念にも明治時代になってから、太政官布告により、一律にこれらのくじは禁止されています」

「なるほどね。よく調べているが、本題から外れているし、話の伏線としては長すぎる」と、パパは眠そうに目をこする。

「まだまだ、話したい研究内容はあるのですが、ご迷惑ならこの辺りで切り上げましょうか」「切り上げるのは君が話の伏線と言っている余計な部分だけでいい。まだ、本題を聞いていないだろ? なあ、頓馬君」と夢野が尋ねると「まあ、そこは翠明に任せるが退屈な内容なら、あまり聞く気がしない」とぼんやりとした返事をする。

「それでは、本題に移らせていただきます」

「できるだけ簡潔に頼むよ」と、夢野は予行演習の意味をはき違えている。

「つまり、パラレルワールドとは、くじ引きのように人が選び取るものによって変化する別世界です。今日の私たちの世界は、先人が選び取った現実の総和として存在しています。同様に私たちの世界の未来は、現在ここに存在するすべての人たちの選択肢によって変化します。それは人の創作によるファンタジーではなく、現実であるだけに重大です」

「影響力は、それぞれ違うだろ」

「その通りですが、個々人の未来への影響力は計算の仕様がないのです」

 翠明の草稿は分厚いもので、まだまだ話が続きそうな感じだったが、夢野がたびたび話を遮るのと、パパの退屈そうな態度に失望し、すべて説明するのを断念し途中で帰宅した。

 数日間は静かに過ぎたが、ある日の夕方、またしても夢野が慌てて飛び込んできた。

 椅子に座ると、突然のごとく口を開き「頑迷固陋の新宿での大失態を知っているか」と、オリンピックで日本人選手が金メダル獲得の号外を知らせに来たような喜びようだ。

「最近は頑迷君に職場でも会う機会がないから知らないよ」とパパは素っ気ない口調で答える。

「今日は君の後輩の頑迷君の失敗談をご報告しようと思ってきた。やはり、君よりも僕の方が早耳だった」

「君の耳の場合は、地獄耳だ。不吉だな。まったく……」

「いや地獄耳ではなくて、君たちのようなボンクラ記者に比べて情報通だよ」

「君が僕よりも敏腕記者だとは社の内外で、誰からも聞いていない」とパパは嘯く。

「先週の金曜日に頑迷君が新宿のイタリアンレストランに取材に行った時だ」

「頑迷は、ここ何回か『飲食店街を歩くシリーズ』のコラム記事を任されていた」

「在日外国人がシェフを務める店の取材を担当しているが、編集長に『イタリアンレストラン“デリジオッソ”の……、つまりはタベルナの取材だ』と命じられた。イタリア語のタベルナの意味を君は知っているか」

「いや、知らないね」

「知らない? 自称作家先生でも案外、無知だな」

「知らないものは知らない」

「タベルナは、イタリア語で大食堂を意味する言葉だ」

「なるほど、それでどうした?」

「頑迷は編集長の指示を誤解して、イタリア人料理人が時間をかけて作った料理を一切、口にしなかった、それで、シェフいや……、クーコが腹を立てて、取材自体が成立しなかった」「食べるなと命令されても、出されたものは喜んで食う子でなければ、務まらない仕事だな」「君のダジャレは、その辺りでやめてもらうとして、その後、イタリア語の堪能な別の記者が取材に行き、謝罪した後、イタリアンをご馳走された。腕の良い料理人でね。かなり、美味しかったそうだ。頑迷はかなり悔しがっていたよ」

「それは気の毒だ」

「気の毒だが、面白い話だろ」

「いずれ、僕の耳にも聞こえてくる話だ。一刻も早く聞かなければならない話ではない。その話ならメールで通信すればいい。むしろ、それを面白く語る、君の暇人ぶり奇人ぶりの方が笑えるね」とパパは、目の前のコーヒーを一口啜ると机の上に戻した。

 ちょうど、その時リビングルームのインターフォンが鳴って、ママが出た。

「どうぞお入りください」と、ママの声がする。相手も女だ。

 パパと夢野はお互いの顔を見て、何事かと黙っている。

 パパを訪ねて、女性客が一人で来るのは皆無だ。女は羽毛のジャンパーを着たまま入って来る。年齢は五十代前半だ。ごつごつした四角張った顔は男性的で、目つきも鋭く、鼻もがっしりと大きく、おかまバーのマダム風である。話し出すとまるで岩石が声を出しているかのようだ。僕はこの女性を他と区別するため、岩石さんと呼ぶつもりである。

 岩石さんは部屋の周囲を見回すと「隅々までよく見ると、ここも立派なお屋敷ですね」と愛想笑いをした。

 パパは嘘をつけと言わんばかりの白けた表情をした。

 夢野は岩石さんの視線が留まっているところを見て「あそこを見ろ、壁紙の一部がめくれかかっているぞ」とパパに指差しながら示した。

「今夏のボーナスでリフォームする予定だ。改修を急がなくても良い」とパパが答えると「せいぜい、会社に直談判でもして、たんまり出してもらえ」と夢野は茶化す。

 岩石さんは苛々している様子で、不機嫌そうな表情をしている。

「あのう、少しお伺いしたい件がありまして、ここに来たのですが」と岩石さんは、また話し始める。

「ああ、そうでしたね。どんな件でしょうか」とパパは、仕方なさそうに質問する。

再び自分に視線を戻せた岩石さんは「私は実業家の玉田の家内でございます。主人が上場企業の代表取締役の他、社会福祉事業を手掛けている玉田と言えばあなたがたもご存じでしょう。この界隈では、知らないものがいないと言われる隣町の屋敷に住んでいるものです」「ああ、あの立派なお屋敷の玉田さんでしたか? 僕なんか、遠隔地からタクシーに乗車したときは『玉田邸の角を曲がってから五百メートル先で止めてくれ』と、目印に使わせてもらっています。これは、これは、いつもどうも」とパパは興味がなさそうに答える。

 こんなときは、尊敬の念を示しておくのが社交辞令だ。

 岩石さんは「会長や社長、顧問などの非常勤先を含めると、うちの人が経営に関係する先はいくつもあります。テレビや新聞などのメディアでも取り上げられていますので……、ご存じかと……」と、どや顔で二人を見る。

 だが、パパは学者や芸術家に憧れて尊敬しているものの、実業家に対する評価はあまり高くない。財テク云々の知識よりも、学芸全般に博覧強記な人間を好み、資産家への関心は希薄だ。

 一方の岩石さんは、素性を明らかにしても恐れ入る様子を見せない様子に不満気だ。岩石さんは今まで「玉田の家内です」と名乗って「はあ、そうですか」と気のない返事をされたり、「家を目印にしています」と言われたりするだけで、まったく驚かない変人に出会ったケースがない様子だ。

 さらに、パパは「玉田さんの噂を聞いたか」と夢野に尋ねる。

「知らないわけがないだろ? 玉田さんは僕の父親の親友だよ。この間も食事会に招かれていた」と、大真面目に答える。

「へえ、君のお父さんは何をしている人だ?」

「毎朝日日新聞社の社長だよ」と夢野が答え、パパが何かを言おうとしたときに、岩石さんは「あら、あなたのお父様が毎朝日日新聞社の夢野社長さんでしたか? いつもお世話になっております」と丁寧に頭を下げて見せた。

 夢野は「まあまあ、あんな性分の父ですからね」と、意味不明を言葉にして笑っている。

 パパは何事かと、成り行きを見ている。

「実は夢野様や頓馬様が、神田翠明さんと懇意にされているとお聞きしたものですから……。うちの娘が交際しているので、翠明さんの素行を知りたくてお訪ねしました」

「なるほど、なるほど、そうだったのですか」

「翠明君の個人情報をうちで聞かれてもねえ」とパパは、憮然とした表情で答えた。

「やはり、大事な令嬢ですからね。どんな男と交際しているか、お知りになりたいのは分かります」夢野が岩石さんの気持ちを汲んで機転を利かす。

「もう翠明君とお嬢さんは、結婚を前提とする付き合いなのですかね」

「いえ、まだそこまでは……。うちの娘は縁談が多いので、あせる必要はないと言い聞かせています。親としては、出来る限り好条件の相手を見つけてあげたいのが本音です」と岩石さんはパパを困惑させる。

「神田翠明は、酒飲みの遊び人だと聞いています。私としてはそのような人物と、娘を付き合わせるのは反対なのです」

「それじゃあ、初めからここで翠明君の内情を聞く意味がない」とパパの声に怒気が含まれる。「しかしね、せっかくここに訪ねてきた者を放っておいて、隠し立てするのはいかがなものでしょう?」岩石さんも、むきになって言い返す。

 夢野はまるでテニスを観戦中の客のように、二人の顔を交互に見ては考えあぐねている様子だ。

 僕は玉田家の令嬢を想像し、岩石さんをそのまま若くしたような女性だとしたら、翠明君が気の毒のように思えてきた。

「翠明の酒飲みの遊び人説は、誰から教えられた話ですか」と夢野は思い出したように聞く。「ここの近所の工務店の奥さんからです。奥さんの話では、お正月からここの頓馬太平さんと遊び歩いて、二日酔いに苦しんでいたとの情報でした。飲む、打つ、買うと三拍子揃っているそうじゃあないですか」

「やはり、君が関わっていたのか」

「それは酷い話だ。それに、工務店の奥さんは、以前からいけ好かない」

「あまり詮索しないで、若い二人に任せる方が良いでしょう。お嬢さんにしたって、我々よりも人物鑑識眼が備わっているかも知れないし……」

「僕は、翠明が『打つ』と『買う』とで、散財した話をまったく聞かない。それに、酒も飲まない男は大成しないよ」

「玉田は酒を一切、口にしません。玉田の祖父は、対照的に酒に溺れて肝硬変で若くして死んでいます。そのため、玉田家の家訓には不飲酒戒があるほどです」

「今どき、家訓は古すぎる。不飲酒戒が何かは知らないが……、そんな堅苦しい家の娘を嫁にして、翠明の比類ない才能をつぶすのには反対だな」

「それより、隠し立てせずに翠明君の人となりを説明してあげた方が役に立つ。せっかくの縁談なら、温かく見守り育てるのが道筋だろ」

 岩石さんは、ようやく具体的な質問を始めた。

「翠明さんは大学准教授だと聞いていますが、どんな分野を専攻しているのかしら」

「神田翠明は宇宙物理学を研究しています。スティーブン・ホーキング博士はご存じでしょう? 車いすの天才として注目されていました」とパパは真剣な表情で答える。

 岩石さんには意味が分からないのか「あっそう、そうなのですね」と答えた切り、黙っている。

 そこで、夢野が「イギリスのロックバンド『クイーン』のギタリスト、ブライアン・メイも宇宙物理学者です。ちなみに、翠明君も中学時代からエレキギターを演奏しています。かなりの腕前だと聞いています」と横から口出しした。

 岩石さんは、それには答えず「まさか、ストレスのせいで酒浸りにならないのでしょうね。それに、安月給だと娘が不憫に思えます」と聞く。

「安月給だと不幸になるとでも言いたいのですか? それに、実業家よりも余程ストレスが少ないです」とパパは不愉快そうに答える。

「生活資金の援助ならできますが、不甲斐ない男や遊び人とは関わりになりたくはありませんからね」と岩石さんは無神経な言い方をする。

 パパは夢野の様子を見ながら、いやな顔をしている。

 夢野も「安月給や酒の話に結びつく質問は控えてください」と不機嫌だ。

「それでは、今でも宇宙物理学の研究は、順調に進んでいるのでしょうか」

「先日、翠明君に直接、聞く機会がありましてね。翠明の話では『パラレルワールドについての仮説と検証』の研究結果を物理学会で発表したのです」とパパは本人から知らされた通りに伝える。

「翠明さん自身もパラレルワーカーで、仮設住宅住まいですか? 学者生活がそんなに貧しいとは知りませんでしたね」岩石さんは失望した表情で、知っている限りの言葉を並べて質問する。

「あなたは、無茶苦茶だ」とパパが批判すると、夢野は「あの、ですね。神田翠明はパラレルワーカーでも、ノマドワーカーでもなく、契約社員や派遣社員でもありません。無論、現在のところ被災難民でもありません。大学准教授の要職について、パラレルワールド……、つまり我々の世界の並行宇宙について、壮大な研究を進めているのでして」

「それはいったい、どのような研究なのでしょうか」と、岩石さんは顔色を見ながら確かめている。

 岩石さんの様子を見る限り、パラレルワールドも並行宇宙も皆目、見当がつかない言葉だ。玉田家の奥様としては、無知をさらけ出して恥をかきたくない様子だ。

 僕は大人の意地の張り合いと、浅はかさに少なからずあきれていた。

 パパも夢野も渋面をしている。

「何かほかに日常的で分かりやすい研究をしていませんでしたか」

「そうですね。『ルービックキューブと群論』『やじろべえと動体力学』という子供の玩具を題材に使った論文を完成させていました」

「大学の研究テーマに、子供の玩具のような幼稚なものを使うものなのでしょうか」

「さあね。僕らもその点では無知だから、お答えできませんが、翠明君が関心を持つのだから大きな研究テーマではないでしょうか」と夢野はクールに応答する。

 岩石さんは、学術的命題については何も分からないので、とうとう降参したように、別の話題に転じた。

「翠明さんは年末に風邪をひいて、この正月には後遺症で、熱の花が出来ていたと聞いています」

「ええ、鼻の横がみっともなく赤くなっていましたね」と、パパはそれこそが本来の自分の専門分野でもあるように面白そうに告げる。

「それは、はしたない。そのような姿は学者の方には似合いませんね」

「むしろ、愛嬌がある。花木先生に聞いてほしいものですが、体質なのでしょう。口唇ヘルペスの症状です」と夢野は弁護する。

「治療費も出せないから、熱の花を鼻の横にくっつけているのではないのでしょうか」「それは違う」パパは憮然とする。

 岩石さんはまた質問内容を変える。

「それでは何か、お宅にある写真や手紙、メールのやりとりなどで、神田翠明さんの人となりが分かるものがあれば見せていただきたいものです」

「年賀状などのハガキや、旅行のときの写真ならお見せできますが……。メールやラインのやりとりはご勘弁願いたい。いずれも、個人情報なので取り扱いは厳重にすべきところです」とパパは、ハガキや手紙、写真アルバムを手に抱えて戻ってきた。

「翠明さんらしさが分かるものを何枚か見せていただければ……」

「それじゃ、僕が良いのを選んであげましょう」と夢野が出しゃばると「これがいい」と、一枚の写真を手渡した。

「おやおや、翠明さんは歌も歌うのですか」と、目を凝らしているが「ネクタイを頭に巻き付けて、マイク片手に踊っているように見えるのですが」

「それは、まったくその通りです。僕らの仲間で忘年会をしたときにカラオケルームで撮影した一枚です。翠明は歌も踊りも、剽軽ぶりもたいしたものですよ。どうです? とても面白い、良い男でしょう?」とパパも上機嫌で笑う。

 そして、次の一枚を見せた。

「これは、翠明君からもらった絵葉書です。どうです? 星の夜空がきれいに描けているでしょう?」

「翠明さんは絵もかくのですか? よく描けていますね」と絵葉書を見ながら「月にウサギが描かれていますね」と頷いている。

「そこに書かれている文章を読んでみてください」と、パパは楽しそうだ。

「満月の夜、USAGIたちは餅をつく。ウサギはUSAのGI(米兵)ではありません。平和な世界の餅つきは、尻もち、やきもち、お金持ち……。餅にも色々あるけれど、嗚呼なりたやリッチマン」

「まったく、意味が分かりません。これは単に、悪ふざけではないでしょうか」と岩石さんは怒り出す。

「これは、これは、どういたしましょう」と、夢野は笑う。

 それを横目に、パパは「神田翠明は、諧謔を理解している。象牙の塔にこもるだけの堅物ではないです」と翠明君の立場をかばう。

「それでは、この一枚は気に入らないでしょうか」と夢野が別の絵葉書を見せる。

 ハガキには、雪景色が描かれている。

「冬のある日。昼の事。時刻は午後二時。雪の地面には道が出来、子供たちは駆け回る。雪だるまの上にはバケツがかぶせられている。世界は輝き、すべては素晴らしい」

「私には何が書かれているのか見当がつきません。こんな様子で、物理学の先生が務まるのでしょうか」と相変わらず、不満な様子だ。

 パパは「これは、ロバート・ブラウニングの詩『春の朝』を模したものです。翠明君には、文学的な知識も備わっている。何も物理学ばかりが学問ではない。神田翠明は、素晴らしいですよ」と真顔で褒める。

 夢野が尚も「それでは、これを見てはどうでしょう」と今度は手紙を一通、手に取ったものの、岩石さんは「いえいえ、もう結構です」と拒んだ。

「これだけみれば、翠明さんが馬鹿ではないのも、ただの偏屈な人間ではないのも分かりました」と告げた。岩石さんは予定していた質問をすべて終えたので「お時間をいただいて恐縮ですが、私がここへ来たのは翠明さんには伝えないで、くれぐれも内密にしてください」と、我儘を要求する。

 翠明の個人情報は根掘り葉掘り聞くが、自分のした探偵ごっこは翠明に対して秘密にしてほしいと願う。僕は弥次郎の「女は恐ろしい」と、指摘する言葉を思い出した。つまり、岩石さんのような身勝手な種類の恐ろしさもある。

 パパも夢野も「ああ、そうですね」と力なく返事をする。

 すると、岩石さんは「いずれ、この埋め合わせは致しますから」と、そこを強調しながら家を出た。

 パパは「まったく、ぬけぬけしくも、ふてぶてしい女だなあ」と嘆息すると「ずうずうしくも恥知らずだ」と、夢野も同調した。

 パパは「僕はあんなにゴツゴツした顔の偉そうな女は気に入らない」と腹立ちまぎれに吐き出すと、夢野も「顔の面積が平凡な女の倍はあるし、肩幅も筋肉質の男なみに広い」と付け足す。

「短手短足で、声も太くて聞き苦しい」

「アザラシの声のようにしわがれている」と面白そうに表現する。

「あれは、かかあ天下で夫を困らせる女だ」とパパはいかにも悔しそうな様子だ。

「多分、ご亭主の趣味が悪いのでなければ、まだ出世する前の年若いころに色仕掛けで騙された」

「同感だ。うぶな男は一途な女の色仕掛けに耐えられるほどの精神力を持っていない」

「玉田社長が哀れだよ。まったくな」

 そこへ、ママが奥から出て来て「あまり酷い陰口ばかり言っていると、バチが当たって工務店の奥さんに告げ口されて、変な風聞を流されてしまいますよ」と注意する。

「陰口が伝わる展開は、まあないでしょうね。奥さん」

「でもね。女性の顔を酷評するのは下品すぎると思います。誰でもあんな男勝りの大きな顔に生まれたいと思って生まれるわけではないでしょう」とママは岩石さんの肩を持つ。

「あんな女は、女性でもなければ、ご婦人とも言えない。俗物志向の愚か者だよ」

「だけどな。玉田夫人はなかなかの女傑だよ」

「まったく、大作家を何と心得ている」

「あれで、人並みには心得ている。あんな人物に尊敬されるには、金持ちになるしか道はない」と夢野は大笑いしながら、ママの顔色を伺う。

「あなたには、大金持ちになれる可能性はないと思う」とママは、パパを見離す。

「お前には理解できないだろうが、人生は何歳になろうとも可能性は枯れてしまわない。伊能忠敬は五十歳で測量技術を学び始め、『大日本沿海輿地全図』の完成前の七十三歳で死んでいる。唐の高僧・鑑真が日本にたどり着いたのは六十五歳のときだ。鑑真はその後、伝戒師として多くの事績を残している。アメリカの画家、グランマ・モーゼスは七十六歳まで本格的に絵を描いた経験がなく、最初の個展を開いたのが八十歳だ、おれにだって……、まだまだ可能性はある」

「あなたにそんな才能なんかあるものですか。練乳を舐め、竹輪を齧っている暇があるのなら、もっと子供の面倒を見たり、掃除や洗濯を手伝ったりしてください」と、ママは所帯じみている。

「それは言いすぎだ。練乳や竹輪のつまみ食いに執着しているから才能を開花出来ないわけではない。日ごろの努力と感性がものをいう世界だ。人の楽しみを奪うものではない。文豪・森鴎外は饅頭に煎茶をかけて“饅頭茶漬け”と名付けて好んで食べていた。お前が人の好物を取り上げようと下らない考えを押し付けるから、文豪になりそこねている。本来なら、あんな女に馬鹿にされる状況はない」と、つまみ食いの責任逃れをする。

 パパは今思い出したように「君のお父さんが毎朝日日新聞社の社長なのは、さっきまで知らなかった。今まで聞かなかったけど、事実なのか」と、夢野に尋ねる。

 夢野は、さも得意げに「さっき言った通り事実だよ」と、振り返ると「だけどな。親父は、家にいるときは普段から着物に羽織を着て、手紙を書くときは筆を執る古ぼけた男だ。おまけに正月には論語の素読をしている。よく現代の情報社会で生き抜いてこられたなあと思うよ」と、パパやママの反応を見る。

 ママは首を傾げた後、ニヤッと笑い「今どき、そんな人がいるのかしら」と、訝しむ。「それがね……。本当の本当ですよ。会社や表に出るときはアルマーニのスーツを着込み、クロスのボールペンで書類にサインし、日経新聞を愛読しています。なので、よくいるビジネスマンにしか見えませんが……。いつも、朝は五時に起床して、乾布摩擦で体をしごいた後、竹刀の素振り百回を欠かさず続けています。朝食はいつもお粥と梅干、みそ汁です。常人の理解の範囲を超えていますね。母はいつも『変な人と結婚したので苦労ばかり』とこぼしていますよ」

「それは風変わりだ」

「それどころか、酒に酔うと気が大きくなって小便臭いホームレスの男と肩を組んで連れて帰り、家に泊めて寝床を用意し、翌朝は例のごとくお粥とみそ汁を振舞い、小遣い銭まで持たせて外に送り出す。うちは、先祖代々善徳仏仏寺の檀家だが『そんな境涯になったのも不運のせいだ』と、ホームレスの何人かは親父が入檀料や護持会費を肩代わりした上で、信者にしている。親父からは立派に立ち直ったものもいると聞いている」

「それは、それは……、偉大なお父さんじゃないか」

「いえね。母はいつも嘆いている」

「嘆く必要はない。立派な行いじゃないか」

「実のところ、父は酔って帰るので何もせず、ホームレスの世話はすべて母親にさせている。それでいて、善徳仏仏寺の住職には自分がすべてやったように話す。いつもそんな感じかな」

 ママは「あはははは」と声に出していかにも楽しそうに笑いながら「その人が、新聞社の夢野社長なのですか」

「へっ? 誰ですか」

「ホームレスの世話を押し付けているお父様ですよ」

「いえいえ、父は私立大学で中国哲学を教えているのです。儒学、朱子学、陽明学を学んでいるうちに、昔気質の人間になったのです」と頭を掻いている。

「でも君は、さっきまで毎朝日日新聞社の夢野社長と言っていただろ」

「私も隣の部屋で聞いていました」珍しくパパとママは同意見だ。

「ああ、あれね。あれは口から出まかせですよ。もし、僕が社長子息なら、頓馬君の同僚として出版社の記者なんかしていませんよ。今頃は大新聞社でデスクを任されている」とケロッとして答える。いい気なものである。

「僕は最初から、おかしな話だと思っていたよ」パパは一瞬、不安げな表情をした後で、嬉しそうに笑う。

「よくも、そんな作り話が出来ますねえ。ですが、創作の才能はうちの主人よりも、よっぽどありそうですよ」とママは半ば呆れながらも感心して見せる。

「僕に比べれば、玉田夫人の方が、大分たちが悪い」

「口達者では、まったく負けていませんでしたよ」

「でもね、奥さん。僕の話は、毒のないほら話ですが、あの女の話す内容は邪心と欲の塊の虚栄です。僕のほら話は諧謔の神様に奉納しても喜ばれるでしょうが、玉田夫人の話は人を不愉快な気分にさせるだけです。とてもじゃないが、同じ性質のものではない」

 パパは「どうだろうね。僕は君の話を聞いていて、少し恥ずかしくなったよ」と告げる。

 ママは「どっちも、同じではないですか」と笑う。

 僕は今まで一人で遠出した体験がない。世界の広がりは、テレビを見て想像を膨らませているだけだ。玉田邸がどれほど大きいのか、実業家がどんな贅沢な暮らしをしているのか、正確なところは分からない。しかし、岩石さんが家に訪ねてきて、話を聞くうちに、そこの令嬢を樹里杏と比較した場合に、どちらが美人なのか気になり始めていた。

 当初の予想通り、岩石さんを若くしたような不美人なら、翠明君が気に入らないとも思う。それに、豊かな暮らしぶりは、絵本に出てくる王様と比べたとしたらどうなのかとも考えてみた。万一、岩石さんが嘘つきで薄情な大人だとしたら、傷つくのは宇宙物理学者の翠明先生になる。

 僕は裏口からこっそりと忍び出て、名探偵のように玉田家の様子を調べてみたくなった。家の前の通りをクルマが行き来して、危険な事故に巻き込まれる覚悟が必要だ。それに、どんな悪賢い大人がうろついているか分からない。首尾よくそこまでたどり着けたとしても、どんな風に情報収集しそれをどう伝えたものか? 

 僕は頓馬太平の二歳児の子息秀作だ。知能の高さでは一般的な中高校生に劣るところはないが、人生経験が少ないため、まだ対話能力は低い。大人が幼児に求める可愛らしく、あどけない自分をサービスで演じ続けている。この習慣を今すぐ中止するわけにはいかない。

 一度思い立った勇猛果敢な行いを男たるもの引っ込められない。そこで、道路の隅を歩き、玉田邸まで出向いた。大分、歩いたつもりだが道のりの遠さを実感した。二歳児の僕にとっては、性悪そうな目つきの野良猫でさえも脅威に思える。やはり、体力的にも、現実の展開としても無理だと考えて、途中で自宅に引き返した。

 先ほど通り過ぎた弥次郎の父親が経営する工務店の前に来た時に、岩石さんの話声が聞こえてきた。岩石さんは弥次郎の母親を相手に「あの作家気取りで奇人変人の類の頓馬太平を懲らしめてやりたい」と、憤っている。僕は電信柱の陰に隠れて、立ち話の一部始終に耳を傾けた。

「玉田社長を知らないなんて、非常識な人ですねえ」

「それだけではなく、私を無知な貧乏人と同様にからかうのです。あんな生意気で世間知らずな記者がこの世にいるものでしょうか」

「それは、奥様……。あなたにとっては、大変な災難でしたねえ」

「出版社には、あの人の大学の後輩がいるから、今度、頼んで仕返しをしてやろうと思うのよ」

「本当に、そんな適任者が誰かいるのかしら」

「陳野助三郎と萬野格之進に頼んで虐めてやろうと思う」

 僕は名前を聞いて、変わった名前の人だと内心で驚いた、

「低能な記者には、どうせスクープも名文も書けないでしょうからね」

「この前、助三郎に聞いたけど、会社の後輩から『頓馬さんは、何を行動規範にしているのですか』と尋ねられたところ『僕は君のような後輩の指導には、厳しくあたる方針だ“情けは人の為ならず”と諺にもあるだろ』と教えたようです。本来のこの言葉の意味だと“人に情けをかけておくと、やがて自分にも良い報いとして帰ってくるから、他人に対しても親切であるように”の意味です。あんなにも日本語を理解していない記者がいるものかと、社内では物笑いとなっています」

「名前の通り、頓馬で能天気な人ですね」

「それに、あの夢野も、嘘つきです。あんな男の実父が毎朝日日新聞社の社長様であるわけがないでしょう」

 ここまでの話で、不思議にも翠明君の悪口は一言もなく、僕はむしろ不気味に感じた。しばらくすると、工務店の門扉の開く音に気付いた。

 そこへ回り込むと、若い女の声が聞こえてきた。岩石さんの声に似ている。翠明君を誘惑し、岩石さんを探偵活動に出させた張本人ではないかと疑ってみた。門扉が開かれると、女はすぐに外に出てきたものの自分のいる場所からは顔かたちが分からない。若い女の声はよく聞こえるが、相手の声が聞こえないのはスマホで話しているものと推測できた。玉田の令嬢は、メイドか執事に何か頼んでいる。

「江尻、明日のガールズバンドの件だけど……、ああ、あの件だよ――ロックコンサートの予約は取れたのか? チケット二枚取っとけと、二日前にも指示したが――取れなかったって?――それを取るのがお前の役目だろ……、――急に取れないって?―― 冗談じゃない―― 腰塚に言えと指図するのか?――腰塚はお前より、馬鹿だろうが――江尻、お前、玉田家のお嬢様の頼みごとを拒む権利がどこにある――あーっ、ふざけるなよ。なっ、聞こえているのかよ」電話は江尻から切ったのか、途中で返事がなくなった。

 再び工務店の門扉が開く音がした。弥次郎の父親で、この工務店の経営者だ、耳を澄ませて聞いていると「奥様、お嬢様、玉田社長がお呼びです」と二人に声をかけた。

 それぞれ、少し離れたところにいた二人が近づいてきた。

 ご令嬢は「ふん、面倒くさい。うちの下請けを任せているから、少しは気を使ってうまく断ってちょうだい」とつっけんどんに答える。

 岩石さんは横を通りかかり、令嬢に「あなたも早くいらっしゃい」と言いながら、家の中へと歩いて行った。

「で、私に何の用事?」

「神田翠明さんの件で、相談したいそうです」と、工務店の社長は機嫌を損ねまいと優しい口調で伝える。

「何よ、馬鹿馬鹿しい。あんな人、翠明か神明か知らないけど――つまらない男だわ。生焼けの餃子みたいな顔をして」

 本人が目の前にいないのを幸いに、あまりにも失礼な言い方だ。

「偉そうにただの下請けのくせに……」

「申し訳ございません。お嬢様のおっしゃる話は分かりますが、玉田社長の意向にも逆らえないのです」

「だいたい、お前には上等のスーツは似合わないし、畏まった話し方がうまく言えるほど利口じゃない。でもな、大企業の令嬢には気を遣うのが礼儀だろ……。こいつ、分かっているのか、まったく」

 僕は弥次郎が常々、言葉にしている「女は恐ろしい」の思想的背景に、この玉田家のお転婆娘の影響を感じていた。目の前の事態の展開が読みにくいので、次にどのような言葉が飛び出てくるのか注意を集中していた。

 すると、家の中から「香蓮、香蓮、早く来い」と、大きな声で玉田社長が令嬢を呼ぶ。令嬢はやむを得ずといった風に「はあい」と答えると、家の中に入っていった。後ろをシベリアンハスキーが付いて行く。この犬は物陰に隠れていた僕の存在を鋭い嗅覚で感知していたが、こちらを一瞥しただけだ。それでも恐ろしくなり、僕は急いで我が家に帰った。偵察は十分過ぎる成果だと思う。

 家に帰ると、夢野はまだ居座っている。タバコを吹かしながら、熱弁を振るっている様子だ。客観的にみると、物書きよりも大企業の経営者の方が偉いように思えてくる。いつ来たのか、噂の中心人物である翠明君の姿がそこにあった。パパは天井の木目を眺めながら思案している。どこかしら、浮世離れしたメンバーの会合である。

「翠明君、例のご令嬢の件だが、そろそろ僕らに話しても良いだろ」と夢野は無遠慮に聞く。

「自分に関する状況だけなら、お伝えしたいのですが、先方に失礼になると良くないし、まだ話ができないのです」

「まだ、時期じゃないのか」

「そうです。実は彼女にも他言しない約束したものですから」

「近頃では、滅多やたらに聞き出そうとすると、個人情報がどうとかうるさいしなあ。君にしたって先方との約束不履行となると、ただではすまない」

「まあ、そうですね」と、翠明君はペイズリー柄のネクタイをいじくっている。

 パパは「まるで、ゾウリムシみたいな模様だな」と、揶揄する。

 パパは玉田事件についてより、目の前の出来事に関心がある。

「頓馬の言ったとおりだ。ゾウリムシは単細胞生物で、いわゆる繊毛虫だ。生物的にはレベルが低い。君にしては悪趣味だな」と、夢野まで余計なことを教える。

「おっしゃる話は分かる気もするのですが、ペイズリー柄は草花をモチーフにしたものと思っていました。それに、このネクタイが良く似合うと褒めてくれる人がいますので……」「そんな不見識を押し通すのは誰だろ」とパパは大きな声で尋ねた。

「ある女性なのです」

 夢野は「学者先生に、単細胞のゾウリムシ柄のネクタイをすすめるとは馬鹿な女だな」と、嘲笑う。

「どうだ、あててやろうか? 多分、大きな顔をした女の娘だろ」

「えっ? 何の話ですか」と翠明は狐につままれた顔をする。

「玉田家の奥様、つまり大顔さんが、このうちに訪ねてきた。俺たちは驚いたよな。頓馬君」「ああ、まあな」とパパは冷めかけたお茶を飲む。

「ふーん、そうなのですね」と翠明君は、普段と変わらない様子で答える。

「少しは君が驚くものかと思っていたよ」

「私に、あの令嬢を嫁にもらってくれと依頼しに来たのでしょう?」

「ところが、実際は君の予想とは大違いだった。玉田夫人は見た目通りに大きな顔をして帰って行ったよ」

 それを聞いていたママが隣の部屋で楽しそうに笑いだす。

「ところで、君は顔の大きな人間がどんな性格か知っているのか」

「いえ、見当もつきません」

「顔の白い犬は尾も白いように、顔の大きい女は態度もでかい。どうだ? 面白いダジャレだろ」

「それは、ダジャレでしかないですよね」

「翠明君は令嬢が、玉田夫人と同様に巨顔ではないと思うだろうが、遺伝的特徴がもっと後で顕著になる可能性がある。つまり、何かのきっかけで膨張し小顔から巨顔に変身している。頓馬君も同意見だよねえ」

「そりゃあ、あんな女の娘を誰が嫁にもらうものか。翠明君も人を見る目を養えば、あんな奴らの短所はすぐに気づく」と強弁する。

 僕も賛成したくなり、足を踏み鳴らして気を引こうとしたが三人とも気づかない。

「ご意見はご意見として拝聴しておきますが、もし別れでもしたら、彼女がそれを苦にして深く傷つくのではないかと心配なのです」

「心臓に毛が生えていそうな女の娘だ。傷つく繊細さとは無縁だ」と夢野は不機嫌そうに言い放つ。

 そのとき、外で物音がして「お嬢様はそんなお方ではないぞ。物書き風情に何が分かる」とはやし立てる声が届いた。

 パパは「誰だ!」と叫ぶと慌てて外に飛び出した。しばらくして、戻ってきたが「どこにも人影はなかった」と告げた。

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