幼馴染と「好き」を言い換えてみる

束白心吏

「好き」の言い換え

「――告白ってあるじゃん」


 年の瀬まで僕の家に居座り、ソファーに並んで座っている幼馴染が急にそんなことを言いだした。


「あるけど……それが?」


 漫画を読んでいた僕は目線を横に向ける。

 幼馴染はテレビに目線を固定したまま言葉を続ける。


「クライマックスとかで『好き』とか『愛してる』って告白して想いを共有し合うけどさ、なんかもう少し捻りがあってもよくない?」

「月が綺麗ですね、みたいな?」

「それも使い古されてるよね」


 確かに……流行ってから結構経つのもあってか最近では耳にしないフレーズだけど、使い古されていると言われると否定は出来ない。


「けどまあ、一番好意が伝わりやすい言葉は『好き』とか『愛してる』じゃないの?」

「そうだけどさぁ……」


 幼馴染は露骨に不機嫌そうな声をだす。

 まあ、彼女の言わんとすることは分かる。


「最近は言葉少なめスキンシップ多めもあるけど、どうせなら言葉で好意を確かめあって欲しいじゃん」

「でも、普通に『好き』や『愛してる』じゃ飽きた、と」

「そゆこと」


 わかってるじゃん。と言いたげな様子で幼馴染はこちらに顔だけを向ける。


「何かある? 新たな告白の言葉」

「そうそう出て来るわけないじゃん」


 それこそ『月が綺麗ですね』とかいいと思うけどなぁ。

 けどそれじゃあ満足しないことは知っている。新しい表現ねぇ。


「以前よりお慕い申し上げておりました、とか?」

「固いし古い。何時の時代の言いまわしよ」

「恋慕の念を抱いております?」

「それ会話で使う難易度高くない? というか同じじゃん」

「そうポンポン思い付くものじゃないし。伝えたいことは一つだからそりゃ意味は同じでしょうが……というか、文句ばっか言わないでそっちも考えてよ」


 僕だってなけなしの知識を総動員しているのに、そう文句ばかり言われては癪に障る。そう思って幼馴染に振って暫く。考えこんだ彼女は突然口を開いた。


「星が綺麗ですね?」

「漱石丸パクリか」


 文句言える立場か貴様――とまでは言わないけど、それに近い事は言いたくなった。

 でもよくよく考えると、案外いいかも……。


「……ちなみに、どうして星?」

「え、理由ないけど」


 前言撤回。全然よくない。

 冗談半分の思考はさておき、新しい告白の言葉、か……。


「また君に恋して――」

「それはアウトだから!」


 食い気味に否定された。解せぬ。

 じゃあ、


「毎日味噌汁を作ってくれ、はどう?」

「古くない? というか自分で作ってるじゃん」


 ごもっとも……? 何か違和感。まあそれはさておき次。


「抱いてくれ! はどう?」

「……直接的すぎるし、何か体目的感あって嫌だ」


 同感。だけどまあこちらはネタ切れである。


「うーん。もう思いつかない。限界。終わりにしない? この話題」

「じゃあ、漱石みたいに人以外の物に例えて告白する、の場合で考える?」

「その方が考えやすいかもね」


 と言ったはいいけれど、そういい表現が見つかる訳もなく……。


「何かないの? 花とかさ」


 暫く唸っていると幼馴染が助け舟を出すかのように言う。

 花なぁ……。


「うーん……花に例えるのはなんか失礼な気がするんだよね」

「どうして?」

「ほら、花って枯れるじゃん? それを踏まえると「お前の美しさは今が最盛期だ」ってニュアンスが含まれるんじゃないかって思ってさ」

「それは後ろ向きに考えすぎなんじゃない? 私は『一番素的な貴女を知っている』みたいな意味にも捉えられると思うけど」


 そこは人それぞれだよなぁ。


「でも意見が食い違うってことは、あまりいい表現って言えないよね」

「駄目かなぁ」


 あんたが陰険すぎるだけだと思うけどねぇ……なんてdisりを拾ってしまったけど無視することにした。僕は一般的な感性を持ってる凡人オブザイヤー受賞者です――って、なんだそりゃ。

 それはさておき。


「じゃあ花で例えるとして……薔薇かな? 貴女は赤い薔薇のように美しい――ひと昔前の少女漫画かな?」

「馬鹿にしてるでしょ?」


 してないけど……王子系キャラなら言うかなって。


「じゃあ桜の花も恥じて花弁を閉時てしまう?」

「意味不明じゃん」


 解せぬ。

 桜は日本神話の美神と名高いコノハナサクヤヒメのご神木でもあるから、神様レベルで美しいという表現なんだけど……くそう駄目か。


「じゃあ白玉のように美しいは?」

「それバッドエンドのやつじゃん。駄目」

「……現代のかぐや姫?」

「それは……最高の褒め言葉ではあるだろうけど、告白の言葉としては縁起悪くない?」


 確かに……んー、もう思いつかないな。

 でもここまで来たら何か考えを絞り出したくなってきた。


「じゃあ、自分の好きな物と比べる、とかどう?」

「ほう?」

「例えば僕なら『家にある書籍よりもお前が大切だ』みたいな」

「あー、大切って言い方もアリだよね」


 反応するところが違う!

 けど僕が言ったことだからその話題に乗ろう。


「親愛の意も含みそうだけど?」

「そこは言い方の問題でしょ」


 かもなぁ……『世界で一番大切』なら好きや愛してるを使わずに好意を表現を出来るわけだし。

 ……関係性にもよるか。


「あ、でもさっきの例えはないと思う」

「時間差で!?」


 というか僕全否定とも取れますが!?

 まあ以前の反応的に何故か僕がラノベを読むのを嫌っているのは知ってるので、言われるかなぁとは思っていたけども。

 だから最近は一緒にいる時間で漫画を読むようにしてたりする。それもジャンルによっては嫌がられるけど……不思議だね。

 幼馴染は満足したのか沈黙し、テレビに向き直る。僕も漫画の続きに意識を戻して会話に一段落といった雰囲気が流れ始めた時、ふと外から大きな音がした。


「お、花火か」


 俺は窓による。寒風が入るのを恐れて窓こそ開けないが、夜空に咲く花々は非常に奇麗に見える。


「もう年越したのね……」

「だな」


 いつの間にか横に並んでいた幼馴染と外の花火を眺めていると、ふと夜闇を明るく照らしてる月が視界に入った。


「月も奇麗だなぁ……半月だけど」

「へぁ!?」

「? なんだよ?」

「な、なんでもない!」

「?」


 突然そう叫んだかと思うと、幼馴染は踵を返してソファーに飛び込むようにダイブして背もたれに顔を埋める。

 不思議な言動をとる幼馴染に何かしてしまったかと自分の行動を振り返る。

 あれ? 僕確かさっき――


「――あ、ち、違う! ただ本当にお月様が奇麗だったから出た言葉で他意はない!」


 慌てて弁明を行う。しかしそれでも不満なのか、クッションで目から下を隠してこちらに非難するような目を向ける。


「……他意はないんだ」

「へ?」


 どこか拗ねた様子に先程とは別の意味で困惑する。

 だってその反応って……別の意味があっても、ってことだよね。

 僕だってそこまで鈍感じゃない。いつも鈍いだの何だのと言われるけれど、露骨な反応をされればわかってしまう。


「私は期待してたのに……」

「……」


 意外過ぎるその言葉に僕は一瞬呼吸の仕方を忘れかけた。いや、身体の動かし方、心臓を動かすことすら忘れてしまったのかもしれない。それくらい大きな衝撃が精神的に襲い掛かって来た。

 何せ僕らは殆どの時間を共にしてきた幼馴染の関係だ。お互いのことは色々な意味で深く知り合っている。知らないことの方が少ないと言い切れるくらいの間柄の僕たちはずっとこんな変な心遣いをしない仲が続くと、惹かれ合うことはないだろうと勝手に思い込んでいた部分はある。だからこそ僕は幼馴染の言葉を事実として易々受け入れることが出来なかった。


「新年早々、止めてくれよ」

「別に嘘じゃないわ」

「……」


 どうにかして声帯を震わせ紡ぎ出した言葉に対する幼馴染の返答は、心臓を杭か何かで刺し貫いたような衝撃を与える。

 その衝撃に言葉を出せずにいる間にも、幼馴染は言葉を紡ぐ。


「何か、言いなさいよ」

「ご、ごめん……えーっと」


 突然のことに固まってしまった頭を無理やり稼働させて思考する。

 しかし脳裏を渦巻くは先の幼馴染の呟きばかり。碌に思考できない間に時間だけがすぎ、それに比例するように気まずさが膨らんでいく。

 そういえば、新年の挨拶をしてないことに気づいた。しかしそれを口にすれば、幼馴染は更に機嫌を悪くするだろうと直感的に覚った。すると自ずと、言うべき言葉が頭の中に浮かんできた気分になった。


「好きだよ、僕も」


 浮かんできた言葉をそのまま口にする。その言葉はとても滑らかに声帯を震わせて外へ漏れ出た。

 非情にありきたりな言葉だと思う。僕も思ったくらいだ。幼馴染がこの言葉に不満を持ったとしても不思議ではない。

 無言を貫く幼馴染にもう一言かけんと口を開きかけた時、幼馴染が閉じていた口をゆっくりと開く。


「さっきの言葉、撤回する」


 顔を背もたれに埋めたまま幼馴染は続ける。


「好きって言われるの、いいもんだね」

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幼馴染と「好き」を言い換えてみる 束白心吏 @ShiYu050766

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