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第67話 身分違い
「体痛い……」
「まだっすか?」
生徒会の反省会があった次の日、普段より気怠げな表情で、キリヤナギはジンと登校していた。一日で治るだろうと思っていた筋肉痛が続き、動くのが億劫で仕方がない。
体は鍛えていたはずなのに、体育大会は休憩を挟みながらも4時間は動き続けて居た為、未だに体へ響いているのだろうと憶測していた。
ジンは、去年寝込みながらも健康とされているキリヤナギが調子を崩している事へ不思議に思わずには居られない。
「長いっすね」
「うん……なんか続いてる……」
肩を回す彼へジンは、揉んではみるが今一つ効果もみられず2人で首を傾げる。訓練を再開できたのは今年に入ってからだが、その時から数日引きずるようになり気にしても居なかった。
「関係ないですけど、感染症流行ってるので気をつけて下さい」
「そうなんだ」
「騎士棟でもちょくちょく休んでる人いるんで、手洗いうがいっすね」
「わかった。ありがとう」
セオからも、朝から殺菌用の使い捨てお手拭きを渡されて居た。学院にもマスクをしている生徒がそれなりにいて流行っているのだろうと思う。
「王子、なんか調子悪そうじゃん」
教室で座っていたら、同じく登校してきたヴァルサスが横にいた。体もだるく何故か疲れもあって注意力も落ちている。
「そう見える?」
「ぼーっとしてね」
「確かに眠い……」
「出席は?」
「この授業は大体出れてるから……」
何度か早退していて、まずいのは週後半の午後の授業だ。まだ半分も開始されていないが、前期の悲惨さを思い出すと不安にもなってしまう。
「ま、この授業はレポート提出だけだし、きにしなくていいんじゃね」
「そうだっけ……」
「最初の説明で言ってただろ……」
確かにこの授業は、講義を聞いた上で自身の政治的思想やどう言った政策を具体的に行うかについて考えるものでもある。
政治という明確な回答がない分野は、それを受けた大衆から「正解」が返ってくるものだからだ。
「ほんとぼーっとしてんな」
「今日はだめかも……」
やはり調子が悪い。
講義も頭に入ってこず、気がついた頃には机に伏せてしまっていた。ヴァルサスが少し深刻さを感じ、手を引かれるまま医務室へ連れてゆかれると、保険医に体温を測られ、熱があることが分かる。
「罹ってんじゃん……」
「えー……」
「症状は軽いので、感染症では無さそうですね」
「帰るか?」
「やだ……」
「寝るならどこでも一緒だろ??」
悩む前に、ヴァルサスはジンへ連絡をとって居た。入り口を見るとシズルが覗き込んでいて保険医も合わせて固まってしまう。
「じゃ、俺は授業いくぜ」
「僕も……」
「騎士さん、あとよろしく」
彼はシズルと一瞬だけ目を合わせ医務室を出て行ってしまった。朝は身体が痛いだけだったのに、たった数時間での悪化に驚きもしてしまう。
話す気力もなくなり、ぐったりしていたら連絡を受けたらしいジンが迎えにきてくれた。
「殿下、動けます?」
「眠い」
「タチバナ卿。殿下は……」
「朝は元気だったんですけど……」
もう何も考えたくなかった。
正門は目立つ為に、ジンはセシルの自動車を裏口へと回し、キリヤナギをおぶって王宮へと連れ帰る。
感染症ほど熱は上がらず、体の痛みのみであることから、過労からくる風邪だと診断された。
「殿下の風邪って珍しい?」
「そうでもないよ……?」
手をつけられなかったお弁当を代わりに食べるジンへ、セオが昼食を作りながら口を開く。
ジンは知らなかったが、話を聞くと去年からちょくちょく熱を出すことが増えたらしい。
「身体弱くなった?」
「季節の変わり目だし?」
「そういう?」
ジンは丈夫なキリヤナギしか知らず、思わず首を傾げてしまう。しかし夏とは違い、季節が変わって冷えてゆく中、汗をかいて放置していれば確かに風邪を引く。
体育大会のあの日は、秋の初めでもとても冷えて居て、セオはジャージの長袖を用意していたがキリヤナギが着ているところは見ても居なかったからだ。
「俺ら怒られる?」
「ミレット卿ならなんで行かせた? ってなっただろうけど、隊長はなんて?」
「王妃殿下だけに伝えるから、しばらくは安静にって、殿下も納得はされてて……」
「なら大丈夫じゃない?」
確かに王宮は、誰も騒ぐことはなく平和な空気が流れている。
風邪は万病の素ともいうが、適切な対処され取れる此処では、悪化も考えにくいからだ。
キリヤナギが戻ったため、久しぶりに警備兵らしくやれると意気込んでいると、ふと入り口からノックが響き、扉が開く。
誰だろうと凝視すると現れたのは、シンプルなドレスを纏う王妃で、ジンとセオは思わず立ち上がって硬直した。
「ひ、ヒイラギ王妃殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌よう、楽にして下さい。キーリは……」
「お部屋へおられます」
「ありがとう。少しだけお願いします」
グランジに扉を開けさせた彼女は、立ち上がった2人へ優しく微笑んでくれて、そのままキリヤナギの自室へと消えていった。
この場所へ他の騎士達が来たがらない理由に「連絡なく王や王妃が現れる」と言うものを思い出し、2人が思わず大きく息をつく。
「お、俺めっちゃ飯食ってた……」
「う、うん。ご愁傷様……」
真っ青になるジンへ、セオが同情してくれる。
しかし、風邪を引いた息子の様子を見に来るのは、冷静に考えるなら家族としては「当たり前」でこれは考えに及ばなかったジンが悪い。
彼は急いで身だしなみを整え戦々恐々としながら警備兵をやっていた。用事を終えた王妃は、しゃんとしたジンへ優しく笑い「仲良くしてくれてありがとう」とだけ言ってフロアを出てゆく。
グランジも付き添ってでてゆき、しばらくは顔に手を当てて項垂れて居た。
そんなキリヤナギが早退したその日、普段通り屋内テラスへ現れたククリールは、いると思って居たキリヤナギがいない事に不満そうな表情をみせていた。
「よ、姫。王子は帰ったぜ」
「風邪だそうだ」
「まだ何もお話していないのですが……」
しかし当たってもいて悔しくも思ってしまう。ククリールは、この2人といる意味はないと判断し身を翻した。
「では特に用事はないので、今日は失礼しますね」
「王子いないなら帰るって、デレデレじゃん姫」
「私は、あくまで王子と『友達』をやり直してるだけで……」
「ほいほい」
「なら、カレンデュラ嬢。久しぶりにこのアレックス・マグノリアとお茶などは如何かだろうか」
席を立ち、一例したアレックスにククリールは意表をつかれた。彼は学生としてではなく「貴族として話さないか?」と誘っている。
選挙以来だと、懐かしくも思え感心もしてしまった。
「アゼリアさんがこないならよろしくてよ」
「あ"?? 言われなくても行かねぇよ!」
「悪いな、ヴァルサス」
「ちっ、貴族は勝手にしやがれ!」
ヴァルサスは怒って荷物をまとめその場から去ってしまった。
その日3人はそこで解散し、アレックスとククリールは放課後、最上階のカフェで待ち合わせをする。
高階層から見下ろせるそこでは木々に囲われる王宮もみえて思わずため息が落ちた。
「遅れてすまない……」
響いた声はアレックスのものだ。
高貴な彼は、ククリールが先に授業を終える事を見越しカフェでの席を確保してくれていた。
退屈もしないようにと歴史に関する本まで用意してくれていて、忘れかけていた貴族としての待遇にククリールも自然と引き締まる。
「お気になさらずに、お誘い光栄ですわ。マグノリア卿」
「歴史が趣味と聞いて用意させたが、楽しめたかな?」
「えぇ、とても」
「ならよかった。応じて頂けて私も光栄に思う」
「今回は私に何か?」
「あぁ、カレンデュラ嬢。貴方が今、王子の事をどう思っているか伺いたくてね」
少し、驚いてしまった。
貴方がそれを聞くのかという率直な感想と共に、冷静になって「そうか」と納得にかわる。
アレックスは、由緒正しきマグノリアの嫡男であり、その地位のまま行けば次期マグノリアの当主となる。それはたとえ公爵のして任命されずとも、かつて領主を任された名家として長く残るものでもあるからだ。
そんな彼がここで、ククリールの「王子への感情」を問うのは、まさに「国の未来」を考えての事で、カレンデュラが「どうするつもり」なのかを聞いてきている。
どう答えようかと、思わず悩んでしまった。しかし、貴族としてなら答えない訳には行かない。
「私もまだまとまってはいないのですが、思っていた人と違っていて、とても戸惑っています……」
「……そうか。私と同じだな」
「え……」
思わず顔を上げてしまう。アレックスはお茶を飲みながら笑っていた。
「私もここに入学するまでは、年に数回の夜会や茶会でしか顔を合わせた事がなかったが、他愛のない話をする程度で本質など見えもしなかった」
どう言葉を返せばいいか分からず、ククリールはもう一度俯いてしまう。優しい彼の態度に、許されていると錯覚してしまいそうになるが、それはきっと違うのだ。
「カレンデュラの事はどこまで知っておられるの?」
「カレンデュラ公爵閣下に関しては、私も詳しくは存じない。父はおそらく昔のよしみで敢えて話さないのだろうが……」
現マグノリア当主エドワードとカレンデュラの当主クリストファーは、シダレ王のかつての学友であり、これは他の貴族達との周知の事実だ。
アレックスもまたその関係性について知らされており、マグノリアからみればカレンデュラは信頼がおけることから、交易を長く行う擁護派の貴族でもあった。よってアレックスがカレンデュラへ偏見を持たぬよう。カレンデュラ家と王族オウカ家との溝については詳しくは聞かされては居ない。
「そう、ですか……」
「よければ知っている範囲でいいので、聞かせてもらえるなら嬉しい」
「……そうですね。おそらくきっかけは数年前のジギリダスでの内戦でした。難民が大量にながれこんで、領内へ居座り、付近の街を荒らして不法なことばかりやりだして、それはガーデニアからの技術が追いついて居ないカレンデュラではとても対応が追いつかなかった。拘束しようにも人数が多すぎて収容もできず、工作員がいるかもしれないって国は受け入れようともしない。そんな半端な状況が数年続いて土地がめちゃくちゃになって、やっと難民としてを受け入れができるとおもったら、他の貴族はみんなカレンデュラを使命を果たせていないと攻め立ててきた。お父様はずっとシダレ陛下に守っても貰えずに今まで来たから、私はそのせいだと思ってます」
「難民は送り返せなかったのか?」
「送り返せたらとっくに返せた。どんなに追い返しても、ジギリダスは音信不通で難民は国境沿いに移動するだけ、騎士団の目の届かない小さな街はいつのまにか乗っ取られるぐらい深刻な状況なのに、王族は現場を知らない半端な宮廷騎士ばかりをよこして、こっちも好き勝手……もうどちらが味方かわからなくて酷いものだった」
「……」
「そんな時、王子が首都で王宮を抜け出しては遊び呆けてるって聞いて、一泡吹かせてやりたいって思っちゃったの。一度どん底に叩き落としてやりたいって……。でも、ここで出会ったあの人は、私以上に沢山の敵に囲まれて居た。カレンデュラが使命を果たせなかったせいで、もう何十年も命の危機があったのだとわかって、私は貴族としてなんて事したんだろうって」
「……そうか」
「……白い目で見られても仕方がないことだって、ここに来てやっとわかったの。私、王子に自己中って言ったのに、これじゃあどちらが自己中か分からないですね……」
目を合わせずに苦笑する彼女を、アレックスは無言でみていた。王子への襲撃は今年に入ってから顕著だとは言われているが、水面下では年に数回は起こっており、中には王子本人が遭遇して撃退したとされるものもある。
内戦との関係性は不明瞭ではあるが、敵は確実に距離を詰め、誕生祭の事件にまで至った事は、国として「あってはならない」ことであり、それを許した貴族は公爵として相応しくないとも言える。
「なるほど、カレンデュラはよく理解した。もう一つ伺ってもいいかい?」
「? なんでしょう?」
「ククリール嬢。私は今一度、貴方と婚約出来ればと思っている」
「え……」
真っ直ぐな目に、ククリールは思わずカップを落としそうになる。意味が理解できた直後、考えて居たことが吹っ飛び固まってしまった。
「じょ、冗談……」
「まさか。貴方が一年の時からずっとこの気持ちは変わらない」
「……そんなの」
アレックスは笑っている。しかしその目は真剣でもあり、ククリールは本気だと理解した。突然の告白に返す言葉もなく押し黙ってしまう。
「このタイミングで悪いとは思っている。だが、今でなければならないとも思ったんだ。貴方が王子の感情へ悩み、決断をする前に、もう一つの選択肢として私も候補であって欲しいと」
「……こ、こんな貴族の立場も危うい私に何のメリットが……」
「どうでもいい」
「は……」
「王子と同じように、忖度なく自分の気持ちを伝えてくれる女性は貴方ぐらいだからな。見合いでもってこられる女性は皆は従順すぎて誰も惹かれなかった」
尚更パニックになり、ククリールは顔を真っ赤にしている。
「ごめんなさい、すぐ、答えは、出せない……」
「えぇ、むしろゆっくりと考えて欲しい。これで王子と対等になれた」
「対等……?」
「誕生祭の時点で告白するのは、フェアではないと思っていたんだ」
「……! 律儀なのね」
「王子が挽回できなければ、頃合いを見て話すつもりだったが、早めに切り出せてありがたい。良い返事を待っています」
アレックスはそう言って一礼し、ククリールの前から去っていった。しばらく呆然としていたククリールは、その事実を理解する為に数十分1人で項垂れる。
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