第66話 大切な

 ジンは連絡入れていて大丈夫だと言うが、夕食に間に合わなかった時の母や父の顔が恐怖で震えてしまう。

 ジンからすれば、ツバサの怒鳴り声や周りのあたりの強さに全く動じないキリヤナギが、唯一両親だけに酷く恐怖感を覚えるのも不思議でならなかった。


「大丈夫ですって」

「それで何度叱られたか、わかんなくて……」


「キーリ……」


 背筋が一気に冷えて硬直する。振り返れば部屋着の王妃がいて、何を返せばいいか分からなくなった。

 謝ればいいだろうかと、遅くなってしまったと、聞かれたなら言葉を撤回した方がいいかと情け無い感情ばかりが浮かんでくる。


「おかえりなさい。優勝おめでとう……」

「……!」

「また明日、詳しく聞かせてくださいね」


 母の優しい微笑みに何を返せばいいか分からない。でも、それは悪い事では無いと肯定され、不安で押しつぶされそうだった心に安心を得た。


「……はい。遅く、なりました。また明日にでも」


 彼女はもう一度笑い、部屋へ戻っていった。しばらく呆然としているキリヤナギを、ジンが引っ張って居室フロアへと連れて行く。

 彼は未だうまく飲み込めていないようで、首を傾げていた。


「褒められてましたよ」

「え、うん。……なんでだろ」

「優勝したからじゃ?」


 余計にわからない様子にジンは困惑していた。優勝したのはこれ以上無いほどに嬉しかったが、王宮で外でやった事を評価された事に実感が湧かず戸惑う。

 今まで、どんなに喜ばれた事をしても、それは正しく無いと否定しかされてこず、ペナルティばかり受けていたからだ。

 衛兵のいるフロアまで戻ってくると、それなりに遅い時間なのに、事務室の電気がついていて、わずかな話し声が漏れている。

 セシルとセスナは、残りの警備をミレット隊へ任せて戻ったと聞いていて、キリヤナギはお礼を言わねばと一度事務所へと足を運んだ。

 ノックから覗くと、ヒナギク、セスナ、ラグドール、セオ、リュウド、グランジ、セシルの全員がいて、昼に録画していたらしい「体育大会」を解説に合わせながら見ている。


「殿下殿下! 殿下まだですか!」

「やっぱりメディア的には『王の力』の青チームが推しなんですね。インタビューうけてますし、……でもヒナギクさん。もうちょっとで殿下映るとおもいますよ」

「アレックスさん、すごいですね。参謀っぽいと言うか」

「というか、なんで走りながらこんな話せるんですか?」

「セオさん、慣れたらいけるよ?」

「ははは、リュウド君も体力おばけだからね」


 恥ずかしくなって、思わずジンの後ろに隠れてしまう。1人遠目でモニターを見ていたグランジが、ようやく気づいて中に入れてくれた。


「お兄様、何気に1番最初に戦ったんですね」

「確かに時間が早めでしたからね。嬉しかったですよ」

「鉢巻はあげたんですか?」

「それがあまりにやる気がないと言うか、話を全く聞いてもらえなかったので、ここで渡すのはよくないなと……」

「……大人気なくないですか? 流石に」

「ぇ」

「挑みにこないならまだ分かるけど、一応、ボーナスキャラだよな?」

「だ、大学ですよ? 学ぶ為にいるのですから……」

「セスナちゃんって意外とケチなんですね」


 ヒナギクが再び画面に戻ってしまい、セスナは真っ白になっていた。机に戻ろうと振り返ったセスナとキリヤナギが目が合い、しばらくフリーズされる。


「殿下!? いつから!!」

「「殿下?!」」

「た、多分最初から……」


 全国メディアは、空を飛べる小さな機器で3つのチームの動きを上空から撮影していた。

 「タチバナ軍」の赤チームが映るたびに、ラグドールとヒナギクは拍手をしてくれて、遊んでいるジンやセシルまで映っている。


「優勝おめでとうございますー! すごいです! 生徒の皆さんも殆ど怪我なくてよかった!」

「ラグ、はしゃぐのは良いですけど、今日お弁当箱と救急箱間違えて持って行ったって聴きましたよ? どうやったら……」

「シュトラールさんが持ってきてくれたのでなんとかなりました! なりましたから! あと怪我人少なかったし!」

「ありがとう……!」

「殿下めちゃくちゃつよいじゃん、【服従】もちゃんと無効化してるし」

「間違いなくMVPですね」

「マグノリア先輩とヴァルのおかげかな」

「【服従】は、相手だからこそでしょうが私も驚きました。なかなかできませんよ」

「ツバサ兄さんだったから、自然とそう思っちゃった。セシルのは無理だと思う」

「恐縮です」

「なんですかこの実況! 青チームばっかりで、全然動きないですよ!! 殿下頑張ってるのに!!」

「ヒナギクさん。一応連覇してたチームっぽいし?」


 結局騎士隊の皆で、その日は一緒に録画を見ていた。いつまでも王子が戻らず衛兵がよびにきて、皆途中から居室フロアでそれを見て過ごす。

 そして次の日。キリヤナギは久しぶりの筋肉痛で、朝からジンにほぐしてもらっていたら、セオが飲み物を持って現れた。


「殿下、従兄妹のツバサ様とシルフィ様が午後からお会いしたいと連絡がきたのですが」

「え、ツバサ兄さん?」

「はい。非公式で」


 謁見ではないのなら、血縁の個人的な物と言う意味合いとれてキリヤナギは驚いた。今まで、顔を合わせること自体「目障り」だと言われていた為に、どう言う風の吹き回しだろうとも思う。


「いいけど……、『王の力』、返してもらったことかなぁ……」

「殿下の判断は間違って居なかったと思いますが……、それぐらいしか思い浮かばないですね……」


 王からは、皆は「王の力」を必要だからこそ貸与されていて、無闇に奪取してはいけないと言われていた。

 またその貸与された「王の力」は、奪取されると、貸主の貸与数が減り、数を戻すためには公爵の元まで足を運ばなければならない。

 また誰が誰に貸したなども書面で管理されていて、奪取する度にそれは報告する必要がある。


「ちゃんと報告しましたか?」

「うん、でも今回はセシルも見てたからもうやってくれてて」

「そうでしたか」

「【服従】なら、サフィニア? ちょっと遠いすね」


 うーんと悩んだが考えてばかりでもいられない。キリヤナギは2人を迎える為、部屋着からシンプルな普段着に着替え、王宮の中庭へ用意されたテーブルへと座った。

 早めに来て待っていたら、奥の庭に動物達が放されていて、思わず頬が緩む。穏やかだなぁと思っていたら、目の前のケーキスタンドに鳥が止まり、キリヤナギは人差し指で撫でたあと、手に乗せて空へと放った。


「ご機嫌よう、王子」


 室内から出てきた彼女に、軽く手を振って応じる。後ろにはクロークを羽織るツバサがいて、バツ悪そうな表情をしていた。


「こんにちは、きてくれてありがとう。2人とも」

「相変わらず、動物にとても好かれていますね。王子は」

「そうかな。かわいいなって思って」


 ツバサはシルフィと共に向かいへと座った。頬杖をつくその様は、怒っているようにも見えなくて首を傾げてしまう。


「ツバサ兄さんは、今日はどうしたの?」


 殺意が込められた目で睨まれ、キリヤナギはフリーズする。


「お兄様。王子が応じて下さいましたから」

「【服従】はとってごめん。あのままだと怪我人が出そうだったから……」

「王子、それは……」

「どうしていつも、そうやって自分を責める?」

「え……、僕にも責任はあると思って」


 言い返してきたツバサに、キリヤナギは上手く答える事ができなかった。今までそれが当たり前だったからだ。


「そう言う所が、嫌いなんだ。僕に仕えてほしいなら、もっと自分の正しさに向き合え、自分の正義を疑うな。相手の正義を切り捨てる覚悟みせろ、そうすれば許す」

「兄さん……?」

「もう、お兄様! 謝りにきたのではないのですか!」

「うるさい! 謝りに来て逆に謝られたら、どちらが悪いかわからなくなる。正しいとおもったならそれを突き通してみせろ」


 ツバサの言葉に、キリヤナギは心の霧が晴れてゆくのを感じる。確かに心には、確固とした正しさは存在して、キリヤナギはそれにそって物事を進めてきた。

 だから起こる弊害も全て受け入れて、向き合って行きたいと思っている。


「ありがとう。ツバサ兄さん、でも僕は、これを間違ってるとは思わない」

「……っ!」

「切り捨てることも必要な時はあるけど、人の気持ちは、大切にしたいから」


 ツバサは頭を抱えてしまった。シルフィはお茶を飲みながら笑ってくれる。


「それが王子の正義なのですね」


 あ、と気づいて恥ずかしくなってしまった。「自分の正義を突き通せ」と言うツバサに「もうやっている」と返してしまったからだ。


「……もういい。よくわかった」

「……」


 何を返せばいいかわからず、言葉に迷ってしまう。ツバサは心底不快だったようで、イライラしているのがわかるからだ。


「シルフィを泣かせるな。そうしたら僕も文句はない」

「……それは?」

「……指揮力の差をクランリリーに見せつけられ、騎士にも負け、【服従】もとられた挙げ句、大会にも負けた。こんな僕をどう思うかは王子の自由だがな」

「僕と居るのが嫌なら……」

「そう言う所が嫌いなんだ!!」


 また怒られたと思っていたら、ツバサが真っ赤になっていた。シルフィは何故か吹き出して笑っていて、キリヤナギはどう返事をすればいいかわからず困惑する。


「王子。ここは王子の意志でいいのです」

「僕?」

「はい。その意向に沿いたいとお兄様は話しているのです」

「……もうどうにでもするといい。僕は負けた、勝ってその正義を示したなら好きにしろ」

「……それなら一緒にいてほしい、かな……。また3人で遊びたい」

「……子供みたいなことを」

「ツバサ兄さんは、僕の目標だったから」


 キリヤナギは、ツバサにあらゆることで勝ったことはなかったのだ。だから負けたくはないと思い、剣を磨くきっかけになった。


 何も言わずにお茶をすする彼に、ツバサは呆れてため息をつく。

 シルフィが倒れた後、彼女から事情をきいたツバサだったが、彼女は「王子は病気だった」と話したのだ。

 ツバサは聞いておらず驚いた。

 シルフィにある程度聞いて、そんな病気があってたまるかとも思ったものだが、ツバサもまた子供の頃との態度の違いに少し衝撃をうけたが、何かあったとだけ理解すれば良いと、ツバサは考えるのはやめた。


「まぁいい、今回は勝ちに免じて許してやる」

「いいのかなって思うけど、ありがとう」


 そこからは3人で、昔のことを話していた。ツバサの影響で始めたボードゲームの話とか、勉強もやれている話とか、久しぶりに話せて居ることに嬉しくて、どんどん言葉がでてくる。

 結局夕方頃まで話し、2人とはまた学院で会おうと別れた。


 そんな休日を終えて、今日もグランジと登校したキリヤナギは、入り口で配られていた新聞を渡されて絶句した。

 そこには体育祭の結果と共に、ルーカスの「打倒! 王子!」と書かれた一般向けの広告が一面に刷られていたからだ。


「なんでーー!!」

「だから言ったんだよ」

「そうきたか。まぁ注釈に許可済みと書いてあるのでいいのでは」

「誤解ー!」


 思わず叫んでうなだれていたら、ククリールに取り上げられてしまった。彼女は詳細の幹部一覧に目を通して、今日は横に座ってくれる。


「これ、もしかして私から王子に移っただけ?」

「え、うん……」

「ファンクラブはやめるんだってさ」

「ふーん」


 まじまじと記事を見るククリールに、キリヤナギは何故か緊張していた。彼女に話していた事とは、ある程度相違がある気もしたからだ。


「ありがとう」

「え……」

「お、姫が珍しくデレ期じゃん」

「……これで気楽にやれます」

「よかった……」

「何故安心なんだ……?」


 ヴァルサスは、今日も兄シュトラールが作ったであろうお弁当を食べている。気にしなかった事でも、真実を知ると面白いと思いを馳せた。

 そしてふと目線を上げると、入り口からじっと見ていたミルトニアと目が合いキリヤナギはしばらくフリーズする。


「キリ様ーー!!」

「わぁぁあ!!」


 条件反射で逃げ出したらアレックスとヴァルサスに捕まえられひっくり返った。背中から抱きつかれがっちりと捕まった王子は、身動きが全く取れなくなる。


「体育大会お疲れ様でした。優勝おめでとうございます! 当日はお会いできずとても寂しくて胸が裂ける思いでしたが、ミルトニアは貴方の『壁』になれたでしょうか」


 キリヤナギは動かなくなっていた。

 気がついた頃には、医務室で寝ていて、様子を見ていてくれたシズルと共に四限から授業へ参加する。

 その日の授業を終えたあとはシズルと共に生徒会室へと向かった。


「殿下すごかったです! まさに一騎当千の強さでした!」

「ありがとう。でも鉢巻だったから出来た事だし、倒すのは無理かなぁ」

「ご謙遜を、なかなか出来ない事ですよ。私も参加したくなりました」

「じゃあ、来年は助っ人にきてくれる?」

「いいんですか! でも隊長許してくれるかなぁ」

「僕も生徒会に居るか分からないけど、引き継ぎできたら聞いておくね」

「嬉しいです、是非よろしくお願いします!」


 今日の生徒会では「体育大会」の反省会がある。初めての催事でうまくやれただろうかと不安にもなるが、皆楽しそうにしてくれていてキリヤナギはやり切った思いだった。


「王子」


 生徒会室には普段通りシルフィがいた。彼女は今日も誰よりも早くきて、今日も会議の準備をしてくれている。


「ご機嫌よう。宜しければ準備を手伝って下さいますか?」

「もちろん!」


 そんな平和な日常がもどり、キリヤナギは再び生徒会として文化祭の準備へと挑む。



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