外伝:②(後編)

「そいや殿下、幽霊苦手だっけ?」

「うん。数年前まで心霊現象で困ってる市民の相談をちょくちょく受けられてたから、怖いものって言うのが染み付いちゃったぽい」


 キリヤナギが帰宅し、ことのあらましをグランジから聞いたセオとジンは、自分達も夕食を済ませながら、思い出を辿る。

 ジンは当時から相談を受けていると言う話は聞いていたが、怖くないとも言いながらも、明らかに怖がっている彼にずっと疑問を持っていたからだ。


「殿下、霊感何もないし、本当に聞くだけなんだけど相談者からすれば普通にうれしいし、気持ちが楽になった人も少なからず居たんだよね」

「そうだろうなぁ」

「でも、時々本当ガチな人がきて話したいだけ話して帰ってくから、目も当てられなくなって……」

「今もやってんの?」

「16歳ぐらいまでを最後にやめてるかな……」


 多感な時期に恐怖体験の話を散々されれば、確かにトラウマにもなるだろう。しかし、自身の感情を二の次に国民の手助けをしたいと思うところは、やはり「王子」だとも感心する。


「殿下なりに、出来ることを探してらした時期だね。警備厳しくてあんまり出れなかったから」

「ふーん」


 反対に、よく抜け出していた時期でもあったなぁとジンも学生時代を振り返る。キリヤナギの幽霊嫌いは薄々気づいてはいたが、情け無いと言う自覚はあるらしくジンには何を言われても否定されていた。

 他の騎士にもちゃんと話さず適当に言い訳をつけられていたようだが、その態度から周知の事実でもある。


「ま、殿下は心霊現象には屈しない勇敢なお方だよ。理論的に補完して差し上げれば大丈夫」

「流石我らの殿下」

「敬意を払わないとね」


 2人で笑っていると、キリヤナギがリビングへと戻ってくる。ぐったりしているのはいつものことだが、今日は2人がいることに少しだけ嬉しそうな顔をしていた。


「お疲れ様です、殿下」

「ただいま! あのさ、僕ってバイトってできる?」

「ダメです」


 ……。


「なんで!」

「むしろ何故できると思ったのですか?」

「殿下、誕生祭で狙われてるってわかったんで、一年は無理じゃないっすか?」

「えーー!!」

「それ以前に、何故アルバイトを?」


 その日の出来事を簡単に話すと、3人は、困惑して目を逸らしてしまう。


「王族が家来……」

「傭兵ならやってみたくて……」

「また危険な事を、陛下に言いつけますよ!」

「それは勘弁して!」

「本気ではなさそうだが……」

「電子通貨カードへ特に制限をつけていませんから、数年は我慢してください。これでも隊長がかなり配慮してくださっているのですよ」


 キリヤナギはしばらく黙り、「わかった」とだけ言って自室へと戻ってしまった。

 セオは譲らない構えにジンは少し驚いてしまう。


「そんなダメなの?」

「動機が不順すぎる!」


 最もすぎてジンは何も言えなかった。

 キリヤナギの自室へついてきたグランジは、ベッドで消沈するキリヤナギの着替えを準備してくれる。


「予想していたのでは?」


 グランジの言葉は当たりだった。

 誕生祭が終わりまだ数ヶ月も経っていない。王宮では警備が厳重になり、このフロアの周辺の衛兵も増やされていて、使用人もセオとしか顔を合わせては居ないからだ。

 しかし、去年よりもかなりマシだという感想を思い、学院へ行ける事自体、本来ならあり得なかったのだと思う。


「隊長は、努力してくれると思うが……」

「うーん……」


 セシルはとても柔軟だ。

 キリヤナギのやりたい事を否定せず、ただ護衛をそばに置いて欲しいとだけ願い、今を実現してくれている。彼はきっとその為にとても努力をしているのだろうと思うと、これ以上は贅沢は言えないと思った。


「我慢する」


 グランジの一礼を見て、キリヤナギは彼を部屋から追い出し、しばらくの間ひとりぼーっとしていた。


 次の日の朝には吹っ切れていて、キリヤナギは普段通り今日はジンと登校する。


「バイトだめだった……」

「マジ? なんでだよ」

「誕生祭のせい」

「なるほど、確かに普通に考えれば数年は無理だな」

「ご愁傷様」

「ユウト君にあやまらないと……」

「気にしすぎだろ……」

「雇う金もなさそうだが、見かけたタイミングでいいと思うぞ」


 昨日の帰り道、キリヤナギはシルフィへ連絡をとり、一応喫煙所の話はつけていた。

 教員を含めた運営部へ連絡が入ったかは分からないが、少なくともシルフィは了承してくれた為、安心している。


「とりあえず、早速いくか階段」

「本当に行くの……」

「王子が持ってきたんだろうが……」


 渋々噂を調べ、4人は学院の本館にある地下の非常階段へと足を運んだ。段数が時間によって増えると言う階段は、まずキリヤナギが数えると20段あることがわかる。


「俺が数えてみるぜ」


 ヴァルサスが声を出して数えると何故か21段になり、キリヤナギが言葉を失う。驚いたように見えるヴァルサスを、ククリールとアレックスが睨んでいた。


「貴様、床も1段として数えていたな」

「くだんなーい」

「えっ」

「ちぇ、ばれたか」

「幼稚だぞ?」


 怪談は数える人によってどこから数えるのか違ってくる。キリヤナギのように1段目から一段と数える人もいれば、ヴァルサスのように設置面を一段と数える人もいる。人の数え方の違いで段数が増えたと噂されていたのなら、怖くなくなって安心した。


「よかった……」

「王子は少し怒ったらどうだ??」


 ヴァルサスは少し悔しそうにしていた。

 その後も美術室に赴き、瞬きをすると言う絵画を探しにゆく。

 部屋の隅にあったそれは、文化祭で過去に使われた可動式のびっくり絵画で、人がいなくても動くように設計されており、スイッチを入れるといかにもらしく動いてゾッとしてしまった。


「スイッチが入れっぱなしになっていたんだろうな」

「すげぇ、凝すぎじゃねこれ」

「動きだけは気持ち悪くて確かにホラーね」

「なんで美術室にあるんだろう……」


 アレックスは、間違えて置かれていたのだろうと推理していた。確かに言われなければただの絵画で、裏面のギミックを見なければ分からないからだ。

 4人はその後も、叫び声が響くと会うクラブ棟の最上階を見にゆく。何度か来たことあるそこで時々響く叫び声は生徒達にとっての周知の事実だった。

 話を聞いて居て「今日はまだ聞こえない」言われた時、屋上の方から甲高い音が響き渡り、思わずヴァルサスの後ろに隠れてしまう。


「めちゃくちゃ怖がってんじゃん」

「無理、怖い、ごめん……」

「叫び声というか、金属のような雰囲気だが」

「情け無いわね、早く見に行きましょう?」

「クク……」


 怖い気持ちを必死に堪え、4人は屋上を目指す、立ち入り禁止になっている屋上は厳重に施錠されていたが、生徒会の権限で鍵を渡されていて、震えるキリヤナギの代わりにヴァルサスが鍵を開けて外へと出た。

 空調の設備が並ぶ屋上で音の元を探すと、設備の側面の金属がはがれ、風でしなり、叫び声のような強烈な音を発していた。

 想像以上に危険で、キリヤナギはすぐに事務所へ連絡をとり業者が呼ばれることとなる。


「よかったぁ……」

「つまんねー」

「オカルトなど、そういうものだ」

「私はなかなか楽しかったわ」


 ククリールが楽しそうにしているのも珍しく、キリヤナギはそちらの方が嬉しかった。

 確かに学院を一周して普段意識していなかった場所までみにいけたからだ。


「おばけいなくて良かった。みんな付き合ってくれてありがとう」

「無理させるべきではないとは思っていたが、この学院へ貢献できたなら何よりだ」

「怖くないなら、今度から一人で大丈夫だな」

「え、無理、ごめん。怖いからまた手伝って!!」

「しゃあねぇなぁ!」

「認めるのね……」

「付き合ってくれたし、嘘つくの嫌だなって……」

「なら良いんじゃない?」

「残りは後一つだが……これは時間が入りそうだな」


 最後の一つは、存在しない扉だった。それは時々現れ、気が付けば消えていて誰も中に入ったことはないと言う。入れば帰って来れないからだとも追記され、やはり少し背筋が冷えた。


「消えてるってどうやってさがすんだよ。広いのに」

「王子、これは保留でいいか?」

「うん、今日確認できた分を報告できれば、生徒会としても十分だと思う。事故も防げたし」

「影になっていて業者も気づかなかったのだろう、よかったな」

「満足しましたし、私は今日は帰ります。皆さん、ご機嫌よう」

「姫、よかったら送るぜ?」

「明るいので結構ですわ。失礼します」


 ククリールはドレスを挙げて一礼し、その日は帰っていった。ヴァルサスもアレックスと共に帰宅してゆき、キリヤナギは生徒会室で一人で執行部の活動日誌もレポートを書く。思いの外書くことが多くて時間がかかり、夜が間近になる黄昏時にようやくそれは終わった。

 軽く添削をする前にリフレッシュをしたいと廊下へ出ると、隣の教室前に珍しい服を着る初老の男性が何かを探すように歩いている。

 教員だろうかとぼーっとみていたら、彼はキリヤナギに気づき優しく笑ってくれた。


「やぁ、こんにちは、ここの生徒さんかな?」

「はい。キリヤナギ・オウカです。こんにちは」

「時々くるんだが、また道に迷ってしまってね。資料室をさがしているんだ。知らないかい?」

「資料室ですか?」

「このフロアだったはずなんだが……」


 資料室などあっただろうかと、キリヤナギはポケットのデバイスを取り出す。しかし、電源が落ちていて、バッテリーが切れたのだろうかと思う。


「素敵な機械をもっているんだね」

「僕の友達がつくったんです。でも今は動かなくて……」


 ボタンを押しても何も起こらず、キリヤナギは仕方なくデバイスを諦め、生徒会室から去年の催事で使ったらしい学内マップを確認する。

 しかしそこにも資料室は見つからず、男性にみせてもそれはわからないとの一点張りだった。


「いつも来ているから、この階で間違いないんだよ」

「……わかりました。探してみますね」

「ありがとう」


 キリヤナギは男性の案内を頼りに教室の全ての扉あけて部屋を確認してゆく。使われていない部屋は施錠されている筈だが、今日は誰もいないのに全て解放されていて幸いに思う。

 男性は一部屋ずつ丁寧に探すキリヤナギへ終始お礼を言い続け、全ての教室を見終わった後も優しく笑っていた。


「ここまでちゃんと探してくれたのは、君が初めてだ。ありがとう」

「僕にできることなら……でも他に教室は……」


 キリヤナギがふと男性の向こうを見た時、奥の廊下へ曲がり角があることに気づいた。その先には両開きの扉があり、男性は「おぉ」と感心した表情で駆け寄ってゆく。


「ここだここだ、ありがとう」

「ここですか! よかった……」


 壁には確かに資料室と書かれていて、キリヤナギも安心する。鍵は当然のように空いていて、男性は入る前にもう一度キリヤナギをみた。


「少しだけ見ていくかい?」

「え、いいんですか?」

「僕のお気に入りの部屋なんだ。普段人は入れないんだが、せめてものお礼だよ」


 ゆっくりと開けられたそこは、膨大な資料がある、まさに言葉通りの資料室だった。紙の地図や古い武器の図があり、思わず見入ってしまう。


「軍師の仕事が得意でね。ここでよく学んだんだ」

「すごい……初めて見ました」

「はは。嬉しいな」


 楽しそうに資料を広げるキリヤナギに、男性は笑みを崩さないまま、座り込んだ彼の肩を撫でてくれる。

 安心できるその大きな手は初めてとは思えずキリヤナギは思わず彼の顔を凝視した。


「そろそろ皆が心配する時間だろう。戻った方がいい……」

「僕、あんまりかえりたくなくて、もう少し見て居たいのですが……」


 男性は首を振り、キリヤナギ手から資料を預かってしまう。手を引くように資料室の出口へ誘導した。


「また、来ればいい。今度きた時にもう一度声をかけよう」

「……分かりました。またお邪魔させて下さい」

「あぁ、今日はありがとう」


 キリヤナギは資料室を出て、ゆっくりと頭を下げた。

 そして扉の閉まる音が聞こえた直後、まるで意識が引き戻されるように、景色が変わる。

 目の前には、完成したレポートファイルを開く端末があり、キリヤナギは思わず周りを見渡した。窓の外は日が落ちて暗く、灯がついた生徒会室はキリヤナギのみで他は誰もいない。


「殿下、ここでしたか」

「……ジン?」


 入り口から現れた彼に、キリヤナギが時間を確認するとちょうど帰宅時間にもなっていて尚更混乱する。

 思わず教室から飛び出して廊下を見渡すが、先程あったはずの場所は壁で扉もなくなっていた。


「殿下?」

「資料室があった筈なんだけど……」

「資料室?」


 思わず端末を取り出したジンに、キリヤナギもみると今度は画面がつき時間も表示されている。訳がわからず困惑していたら、ジンもそんな様子に焦っていた。


「何かあったんすか?」

「男の人を資料室に案内したけど、資料室がなくて」

「調べたけど、なかったですよ」

「あれぇ……」

「疲れてたんじゃ……」


 確かに夢のように目覚めて、なんだったのだろうと思う。キリヤナギはその日、文章の添削は諦め、もどかしい気持ちのまま王宮へと帰宅した。

 脳裏には優しい笑みの男性が鮮明にのこり、今更名前を聞き忘れてしまったと後悔する。

 見覚えがあったはずなのに、教員リストにも同じ顔はなく、誰だったのだろうと気になって仕方がなかった。


「学院の資料室ですか?」

「うん、あったはずなのに無くて……」


 もんもんと悩むキリヤナギに、セオは飲み物を置きながら記憶を辿る。そして、まさかとは思いながらも、彼はデバイスから過去の資料を参照してくれた。


「今の学院は、30年ほど前に建て替えられていますが、以前の校舎には一応資料室は存在しましたね」

「本当?!」

「何階ですか?」

「四階?」

「はい。30年前の校舎にならあったようです」


 ますます分からなくなり、キリヤナギが混乱している。


「私の父の話ですが、桜花学院は軍師も輩出していて、その資料が置かれていたと」

「本当に30年前?」

「えぇ、この部屋はかつての王。ヤエ陛下が大変気に入られていたと」


 キリヤナギが絶句し、セオはしばらく言葉を話せなかった。口元に手を当てる仕草に、深刻なことかと思えばそうでもなく見える。


「僕のおじいちゃん……」


 ヤエ・オウカ。彼は現王シダレ・オウカの父にあたり、キリヤナギの実祖父だ。

 祖父はキリヤナギが生まれた後、数年後に天へ登ったと言われていて、顔は写真でしか知らず、どんな人物であったかも知らない。

 キリヤナギがデバイスでかつての王の写真を検索したとき、ずっと押し留めて居たそれが込み上げてきた。

 暖かく大きく感じた手は、きっとまだ生まれたばかりの時に抱かれたもので、会いに来てくれたのだろうと思う。

 夏、先祖が現世へ帰る時期に、彼もまた孫の顔を見に来たのだ。

 誰も入ったことのない資料室へ、唯一招待してくれた祖父は、案内したキリヤナギをこれ以上なく褒め、自由に見る事を許してくれた。

 何故気づかなかったのか分からない。

 だが、彼があえて名前を名乗らなかったのも、幽霊を怖がるキリヤナギへの優しさだったと思うと堪えられず膝を抱えてしまった。


「殿下……」

「ごめん、1人にして……」


 セオは、何も言わず一礼して部屋を出ていった。キリヤナギは感情が言葉にできず、以前枯れたはずの涙をその日は気が済むまで、こぼし続けて居た。


@


「王子」


 テスト期間が迫る中で、キリヤナギは今日も登校し、1限からヴァルサスと合流して席を並べてくれる。


「存在しない扉だっけ? あれ、俺も調べたんだよ。そしたら生徒会室の近くらしくてさ」

「うん。見つけた」

「え?」

「資料室はもうみつけたから、大丈夫。ありがとう。ヴァル」

「資料室??」


 キリヤナギはヴァルサスの疑問にそれ以上は答えなかった。入ったら帰って来れないと言うのはおそらくデマであり、誰も入ったことがない為に、そう言われるようになったのだろう。

 キリヤナギは生徒会へ時々現れる男性だと報告し、見かければ資料室へ案内してあげて欲しいと記録へと残した。


「今日は良いことがありましたか? 王子」

「シルフィ……そう見える?」

「はい。吹っ切れたような、清々しい顔になってますよ」

「怖いなって思ってたものが、怖くないってわかって安心したんだ。また会いたいなって思うぐらい」

「それはそれはよかったです。今季はこれで執行部のお仕事も終わりですから,テスト頑張りましょうね」

「が、頑張る……」


 欠席が多く単位を取れるかは分からない。しかしそれでも、顔を見に来てくれた祖父に情け無い所は見られたくないと思っていた。

 また会えた時、堂々と在れるようキリヤナギは身を引き締めてテスト期間へと挑む。

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