第二章:海旅行編

8

第28話 うちの幼馴染がやばい

「なるほど、まぁいいだろう」

「恐縮です。騎士長」


 王宮の敷地内にある騎士棟。今ここに赤の騎士服の男性2人が、執務机を介して向かい合っていた。椅子に座り頬杖をつくのは、茶髪に白髪が混じった男、オウカ宮廷騎士団騎士長アカツキ・タチバナだ。その向かいで少しだけ穏やかな表情をみせるのは、セシル・ストレリチア。彼もまたこの宮廷騎士団の幹部の1人でもある。


「護衛を増やすのは難しかったか」

「直球で、お断りされてしまいました」


 苦笑するセシルにアカツキは、ため息をこぼす。誕生祭での親衛隊の不祥事により、他の騎士から責任を問われセシルは、対策案提出の締め切りを迎えていた。アカツキへと提出した書類は二枚。一枚目は通らず、二枚目は妥協案で承認されようとしている。


「私は『アレ』を外へやる事は反対だったが、ここで『対策案』としてもどせるなら一周回って妥当ともおもえる。『新騎士』一派の反発はあるだろうが……」

「彼の心境が心配ですが……」

「気にしなくていい、『アレ』は勝手にどうにかする」

「ほぅ?」


 セシルは思わず首を傾げてしまった。アカツキが『アレ』と言うのは、一応はこの騎士団にいる騎士のことだが、異例の勅命が降り一人だけ別の場所へと飛ばされた不憫な騎士でもある。


「しかし、奴は著しく協調性に欠ける。面倒なら戻しても構わない」

「はい。お気遣い感謝致します」


 息子の扱いとは思えないなぁと、セシルは顔に出さないまま深く礼をした。そして、話題は今後についての作戦へと移ってゆく。


「例の飛行機器の行方について、進捗は伺えますでしょうか?」

「あぁ、ツルバキア隊の監視員が【千里眼】で追えるところまで追っていた。方向的には、ローズマリー領かウィスタリア領のどちらかへ逃げ込んだとみている。既に地元の騎士団が動いているが、まだ発見はできていないそうだ」

「両方ともとても広い土地です。山岳地帯もありますから、【千里眼】でも難しく思えますが……」

「そうだな……」


 アカツキは、表情を崩さないセシルの態度に感心もしていた。彼がこうして聞いてくるのは、自分の案を出していいかどうかの確認にも等しい。


「アカツキ騎士長。私にご提案があります」


 アカツキは少し困ったように笑みを浮かべていた。



「ふーん。ジン、もうしばらくここにいるんだ?」

「はい。管轄もアークヴィーチェからこっちに」

「なんで?」

「人手足りない? 理由は言われてないんですけど……」


 キリヤナギは、ジンをジト目で睨んでいた。月が変わり、空気が湿ってくる時期を迎え、このオウカの国は夏に向けての準備へと入っている。

 分厚い雨雲が空を覆い雨が降る朝のひと時に、キリヤナギは普段通り朝食の時間を親衛隊と過ごしていた。が、そんな何気ない談笑でジンが話したことは嘘だった。それは宮廷特殊親衛隊隊長、セシル・ストレリチアの「王子を護衛するの対策案」にて、キリヤナギの周辺警護に最も信頼度の高いジンを常駐させるという妥協案が通ったからにある。


「うそつき」

「……」


 この王子は、ジンの嘘をすぐに見抜く。セシルもそれはよくわかっていて正直に話すかはどちらでも良いとは言われていた。余計な心配をさせまいと考えていたのに、言い方を間違えたと後悔もする。


「良いよ別に。セシルなら良いって言ったし……」

「疑わないでくださいよ……」


 ジンだけは「タチバナ」であり、アカツキの息子である事から許されている。

 ここで嘘をつくのは、他ならぬジンがその理由を話したくないからでもあった。

 王宮に潜んでいた身元不明の使用人達は約10名。その殆どが王子のリビング周辺の担当になることを希望し、もう数名が何度かこのフロアに出入りしていた。セシルは、気づいてすぐ王子へ内密で護衛をつけると共に「衣替え」と称して外出中に盗聴器などの機材がないかを徹底的に調査して現在に至る。

 これは未だ親衛隊とタチバナ、ミレットと数十名しか知らない事実だ。

 クラーク・ミレットは、以前不審者が出たという建前の元、大学を騎士で固め【認識阻害】を持つ騎士を使い、王子を秘密裏に護衛していたが、「タチバナ」を知るキリヤナギに気づかれるのも時間の問題であり、ある程度間を置いてからジンが常駐することになった。


「そういえば夏休み、いつからでしたっけ?」

「来月下旬? ヴァルが言ってたけど桜花大の夏休みって長いんだって」

「殿下はどっか遊びに行ったりしないんです?」

「え、行っていいの?」

「だめなんすか?」


 クラーク・ミレットの警備方針は、かなり厳しかったとジンは聞いている。ジンは昔、アカツキ・タチバナが管轄だった頃、彼の同僚との間柄もありよく王宮へ足を運んでいた。しかし、クラーク・ミレットに変わる数年前に騎士学校へ入り、何が起こっていたのか知る機会はなかったのだ。

 当時はまだガーデニアの技術輸入が不完全で、特にカレンデュラからの亡命者や不法入国者が後を立たず、ミレットはそれに合わせて警備を強化せざるえなかったと聞いている。

 王子の外出を昼間のみに抑え、必ず2名以上の護衛をつける。定期的に出かけて居た他領地への旅行もリスクが大きいとして無しになった。

 反抗期が真っ盛り王子はひどく反発したが、彼はそれでも守り切りこの国の未来を守った。現在のこのリビングの間取りから、食事のほとんどは身内が作る方針もミレットが提案したもので、結果的にタチバナ、ミレットはこの国を絶対裏切らないと証明してみせ、その下について居たストレリチアの3人が、王族から絶対的な信頼を得た『三柱』とも呼ばれている。

 その結果を見ると、ジンの数ヶ月は失態続きで情けなくもありセシルからの打診を断る理由などなかった。


「8年? ずっとだめって言われてたし、セシルもそうかなって」

「そんな長かったんすね……。でも今回は作戦もあるみたいなんで」

「作戦?」


 ジンは、セオとグランジが席を外しているのを確認し、先日セシルから聞いた内容をキリヤナギへと話した。


 誕生祭が終わり、工作員の殆どは姿を消したが、王子を攫うために飛来した飛行機器。飛行機の足取りも追われている。【千里眼】での追跡から南の方へと逃げたそれは、おそらくウィスタリア領かローズマリー領に着陸していると考察され、異能を盗んだ【能力者】がのっている可能性も踏まえて調査が進められていた。

 もし逃走した敵が【能力者】だった場合、それを想定した騎士が赴く必要があるが、盗難された異能がより戦闘に適した【身体強化】や【認識阻害】、【未来視】であること考慮し、盗難犯を首都へ護送する事の方がリスクがあるとも言われている。


「付いてきてもらえたらすぐ回収できるって感じです」

「へぇー」


 どれほど厳重に拘束したとしても、【身体強化】によってそれは破られる可能性が高く。移動手段の鉄道で暴れられれば、民間人にも被害が及びかねない。

 つまり騎士の護衛能力に信頼があるならば、王子が直接赴き取り返すことがもっとも安全と言う結論となった。


「名目は20歳の記念旅行? みたいにカモフラージュするって」

「お仕事っぽいけど、遊んでいいの? それ」

「遊んでもいいようしたいって隊長は言ってました。じゃないと旅行に見えないんで」


 反応が薄いようにも見える王子だが、ほぼ10年ぶりとも言える他領地への行けることが嬉しくて堪らないのかこれ以上なく目が輝いている。


「行きたいところあります?」

「海に行きたかったからローズマリーでいいかな……! あ、でもマグノリアとハイドランジア、カレンデュラもいつかは行きたい」

「カレンデュラは、緩衝地帯があるので無理そうっすね」

「かんしょうちたい?」

「隣国と距離おくための何もない場所? かな? ちょっと入っても大丈夫みたいな。最近壁はできましたけど、カナトが不法入国者が多いって言ってましたね」

「ククの領地なのに……」


 不満そうなのは年相応だなと、ジンは思う。北東は、オウカでも敵国と指定しているジギリタス連邦国家に隣接していて、カレンデュラは「王の力」の中でも強力な【身体強化】を司っている。また隣接するサフィニア領より【服従】の力を合わせ、侵入した敵を確実に掃討する。

 「王の力」の一つ【服従】は、力の所持者が相手に「畏怖」を覚えなければ無力化できない。つまりその場で初めて会う敵は、これを持つ人間と対峙した時点で戦えなくなるのだ。

 【服従】に対しての「タチバナ」は、この「無力化」を実現させるため、騎士大会などで確実に勝ち、強さを示す必要があるともいわれているが、ジンは優勝はしていても、それが「畏怖」に通じているものとは思えなかった。それは「タチバナ」が体術でありコツにすぎず、話されるだけではとても「畏怖」を覚えるとは思えないからだ。

 その上でジンは、「タチバナ」であるが故に、その弱点も理解していた。それはオウカの国では、「異能を持つ人間」には絶対優位とされてはいるが、反対に「異能を持たない人間」には、全く意味はない技術でもあるからだ。

 それは、その独特の動きが本来の武道としては「無駄な動き」であることに由来する。つまり無能力の人間に対してはただの肉弾戦で、国内の能力者には強くとも外の敵とは戦えるほど強くはない。

 誕生祭で遭遇した敵は「王の力」の使い方は理解していても異能を持った上での「タチバナ」の対策は、できてはいないようには見えた。これは敵はまだ「王の力」ばかりをみて「タチバナ」の存在は知ってはいるが、理解に及んではいないとも言える。

 ジンは、自分の技術が振るえることを嬉しくも思いつつ複雑な心境を得ていた。


「大学の騎士って、セシルの?」

「ミレット閣下のらしいですよ」

「なんで?」

「さ、さぁ……」

「誰のか知ってるのに、理由知らないのなんで?」

「……」


 この王子を言いくるめるのは無理だとジンは反省した。衣替えがされ夏服となったキリヤナギは、ジンに大学まで送り届けられ登校する。

 相変わらず騎士達が歩いていて落ち着かないが、間も無くテスト期間で気にしてもいられない。苦手な歴史学はノートは持ち込めず、キリヤナギは3人に欠席分のノートを写させてもらいながら昼食をとっていた。


「王子、結構休んでるしなぁ」

「量が多い……」

「そろそろ返して頂いてもよろしくて?」

「ごめんなさいごめんなさい」

「そう言う言動は、時々王子なのか疑わしくなるのでやめた方がいいぞ?」


 アレックスのアドバイスは最もだが、皆とは違って出席日数が足りるのかどうかも怪しい。一回生の時も進級できたのが奇跡だった為、真面目にテスト対策をしなければ、今度こそ留年は免れないからだ。


「ガーデニアとオウカが一つの国だった頃の名前は?」

「えっ、えーと……」

「ヘブンリーガーデン。ガーデニアの名前はここからきてるの、全然覚えておられないのね」

「う“……」


 書くだけでは全く頭にはいってこない。心が折れそうな気持ちでノートを写していると、隣のヴァルサスふと口を開く。


「ふと思い出したけどさ、マリーちゃん全く見なくなったな」

「……うん」

「大学きてんのかなぁ」

「メイドの彼女か? 規則の所為では」

「規則?」

「王宮の関係者は、大学で王子に触れてはならないと」

「なんで?」

「僕の希望。ほっといてほしくて……」

「マリーちゃんはよかったじゃん」

「僕基準だから、なぁなぁにされてたんだと思う……」

「なんだよそれ……姫は何かしらねぇの?」

「何のお話ですか?」

「マリー・ゴールドちゃんだよ。しらねぇ?」

「あぁ、あのとても鬱陶しい方ですね。しつこく詰め寄ってこられたので、もう話しかけないで下さいと言いました」

「しつこかった?」

「えぇ、私を尊敬しているといいながら、どこを尊敬しているかとか、何故そう思ったのか、一切口にされなかったので嘘つきな方と言う認識でしたね」


 思い出せばククリールと居る時、マリーは姿を見せなかった。

 ずっと監視していた彼女は、キリヤナギへ話しかける前、ククリールを味方につけようと動いていたのだろう。しかし、ククリールはマリーが思う以上に硬派で嘘が見抜かれてしまうと危惧したのか。


「めっちゃいい子だったのにさぁ」

「マリー、家族の危篤で退職してたから僕もよく知らないんだ。地元にかえったなら転校したのかも」

「マジ??」

「なるほど、我が領地はさておき他領地はまだまだ医療費は高額だ。仕方がない」


 アレックスの言う通りでオウカは、土地によって受けられる福祉が違い、特に税率の低い土地では、医療費がかなり高額なケースもある。

 マリーは工作員ではあったが、医療の問題は国として取り掛かる必要があると議会でよく話し合われて居た。


 いつの間にかノートを取る手が止まっていて、キリヤナギは端末で写真を撮りながら勉強を続ける。市民向けの政治の殆どは七公爵が担ってくれているが、外国との関係性や国の方向性を決めていくのは、王や王子の役目だ。特にガーデニアとは、友好的ではありつつも油断してはならないと大臣の間で何度も言われている。

 隣の大国ガーデニアは、今でこそ和平を結び様々な公益を行なっているが、その本心は北東のもう一つの大国。ジギリタズ連邦国家の防波堤としてオウカ国が機能してほしいとしているからでもある。それはガーデニアにとっての彼の国は、このマカドミア大陸で唯一互換の戦力を有するとされてもいるからだ。


「王子、どうした?」


 アレックスに声をかけられ、キリヤナギは我に帰った。考えだすと止まらなくなる自分へと反省する。


「なんでもない……」


 休憩時間はもう少しある為、キリヤナギが再びノートを読み直している中、屋内テラスの方へ歩いてくる女性がいた。

 長い銀髪の先を巻き、リボンで結ぶ彼女はその美しさですれ違う女性生徒まで魅了してゆく。キリヤナギは集中していて、彼女が近づいてきているのに気づかなかった。また3人も各々で教科書をひらき、勉強とお昼を両立する空間で銀髪の女性が足を止める。キリヤナギは、ようやく気配に気づきそちらを見て彼女と目が会った。そして、一気に青ざめ体の全てがフリーズする。


「キリ様! ご機嫌よう!!」


 高らかに発された声に、キリヤナギは我にかえり音を立てて逃げ出した。しかし、椅子に足を引っ掛けて転んでしまう。


「王子??」

「あら、お怪我はありませんか?」

「ミント……」

「ずっとお会いしたかったです! 体調を崩されたと伺い心配しておりました」

「知り合いなのか?」


 アレックスとククリールは、キリヤナギと同じく固まっていた。なぜなら2人は、キリヤナギの誕生祭で顔をあわせていたからだ。


「おい、誰だよ。このお嬢様……」

「あら、こんにちは。初めてみるお方ですがキリ様の従者ですか?」

「従者は親父だよ。俺は友達、ヴァルサスだ」

「あら、アゼリア卿の? 光栄ですわ」

「知ってるのか?」

「えぇ、申し遅れました。私はこの首都を収めるクランリリー公爵家の長女。ミルトニア・クランリリーですわ。キリ様の婚約者候補生の1人です。どうか親しくミントとお呼び下さい」

「は……」


 クランリリーと聞いてヴァルサスはようやく理解が及び、言葉に詰まる。クランリリー公爵家は、オウカ領の貴族たちの中で最も財力があり、王よりこの首都を任される大貴族だ。発言力が強く、また「王の力」の一つ【千里眼】を預けられていて、常時この国土の全てを監視していると言われている。


「そんな公爵令嬢様が、なんでこんなとこに……」

「我が愛しのキリ様へ謁見が叶わず早2年。長く恋焦がれ、お会いできる日をを楽しみにしておりました。さあキリ様、私と一緒に暖かい家庭をーー」


 ミルトニアが振り返ると尻餅をついていた筈のキリヤナギが、忽然と姿を消していた。3人も気づいて思わずテラスを見渡すが、どこにもない。


「どこ行ったの……?」

「ご安心を、私はお父様より【千里眼】をお借りしています。キリ様のお友達でしたら、一緒にお迎えに参りましょう」

「ま、待て、【千里眼】はその特性上、王族は見えないと聞いているが……」


 アレックスの言葉にミルトニアは美しい笑みで笑う。彼女は自信満々に続けた。


「御心配なく、我が愛の深さによってその様な特性は私に存在致しません。よってこの眼は常にキリ様をみております。さぁ皆様、キリ様を探しに参りましょう!」


 3人は、キリヤナギが逃げた理由を察した。ミルトニアが語る愛は間違いないが、ここまであからさまに押し付けられれば、とても受け入れることはできない。

 探しに行くと言う彼女に恐怖を感じつつも3人にはミルトニアの後に続いていた。



 キリヤナギは中庭の花壇を眺めていた。可愛らしい花を眺めていると心が落ち着き、先程感じた恐怖も薄れてゆく。

 ミルトニアは、キリヤナギの知る幼馴染の一人だった。首都を納めるクランリリー公爵家は、シダレ王と深い親交があり幼い頃から定期的に顔を合わせていたからだ。

 

 それでこそ子供の頃はよく遊んだものだが、彼女は徐々にキリヤナギへ執着するようになり、王宮へ大量のプレゼントを運び込んでは、愛妻弁当を称したものとか、朝起きればリビングに彼女がいたりなどが頻発し、キリヤナギは怖くなって部屋から出られなくなった。また体調を崩した時も、三か月ぐらい毎日手書きの手紙が届けられ、気づいたセオが止めてくれたとは聞いたが、去年自室のゴミを積載場にもっていくと、捨てられたそれが山積みにされていて罪悪感と恐怖でしばらく寝込んだ。

 また地位が高く、彼女は止められる人間が殆どいない為、会おうと思えばいつでも会いに来られる。ここ2年は体調不良を理由に断り続けていたのに、久しぶりに見た顔で思わず逃げ出してしまった。

 思い出せば思い出すほど恐怖が募り、胃が痛くなって座り込んでしまう。


「キリ様ー!!」


 その高い声はもう何度聞いたが分からない。動けなくなっていると、ヴァルサスが駆け寄ってきて泣きそうになってしまう。


「大丈夫か? 王子」

「ヴァル〜……!」

「あらキリ様。そんなにも照れないで下さいな」

「どう見たらそう見えるんだ……?」

「ご安心下さい。私は今年から一回生としてこの大学に通うことになりました。これで毎日お会いできますね」

「……ひっ」


 キリヤナギが震えていて、アレックスですらも言葉がなく青い顔をしている。


「い、嫌がってるじゃないの! もう少し相手のことを考えたら如何ですか?!」


 ククリールですらも声を張り上げ、キリヤナギは救われた気持ちにもなったが、ミルトニアはポケットから扇子をだし口を隠して小さく笑う。


「あら、カレンデュラ嬢。貴方にキリ様の何がお分かりなのでしょう?」

「は?」

「この私は【千里眼】において、キリ様の全てを見て参りました。この十数年でどれほどお辛い思いをされていたか、貴方は知らないのではなくって」

「えっえっ」

「キリ様、ご安心くださいませ。このミルトニアは貴方の味方です! この身の全ては貴方の為に、愛を注ぎます」


 狂っている。

 キリヤナギは恐怖に耐えられず、また逃げ出してしまった。走っても走っても足音が消えず、ようやく裏手に逃げ込んだら、後ろには誰も居なくて安心した。

 気が動転して冷静になれないのも情け無いが、彼女の存在そのものがもうトラウマにもなっていて、目の前にいるだけで平静が保てない。

 間も無く昼休憩も終わるため、キリヤナギは3人に連絡を取ろうとポケットからデバイス取り出した。

 テラスに戻ることを入力していると、傍からわずかな話し声が聞こえてきて、誰かいるのだろうとこっそり覗き込む。そこには、数名の生徒がいてひとりを囲って威圧的な態度をとっていた。


 囲う彼らは貴族だろう。囲われる彼は「税金徴収」といわれてお金を出せと迫られている。そんな制度はこの学校にはなく税金は払い方にも手順があるはずで、キリヤナギはしばらく話を聞いていた。もうお金はないと、両親が一生懸命働いて通わせてもらっているのに、そのお金は渡せないと抵抗していた。

 囲う彼らは、それなら一回生の妹をどうするかわからないと脅していた。無礼だと、下民なら言うことを聞けと言われていてキリヤナギは黙っていられなかった。

 何も言わず、建物の影からでると6人はこちらを見て驚く。


「王子……」

「何してたの?」


 彼らは動揺していた。当たり前なのだろうと、キリヤナギは思う。


「税金徴収です、ほらこの大学の……」

「そんなの無いよ、ここは学費だけのはず」

「生徒間の取り決めなんです。ほら一般は守ってやんないと……」

「個人的にお金をとるのは間違ってる。それに脅すのは違う」

「……!」

「返してあげて」


 冷静に話すと生徒は、捨てる様に現金を床へぶちまけた。一瞬安心した時、6人いたはずの生徒が5人になっている事に気づき、後ろから羽交締めで押さえつけられてしまう。


「王子でも、ここじゃ『学生』なんだろ??」

「離して!」

「その綺麗な顔、傷ついたらどうなるんだろうな? ニュースになるか?」


 どうなるだろうと、キリヤナギは一度考えた。ジンと朝に話した事が思い出されて、思わず押し黙ってしまう。また責任を負わされるだろうか。だがもし『学生間』が通るのなら、恐らく大事にはならない。


「きっと、何も起こらない」

「そりゃ好都合だな!」


 両腕が動かずガードができないと思った時、唐突に相手が体当たりをされて吹っ飛んだ。突っ込んできた黒髪の彼は、一旦は距離を取って構える?


「今回は間に合ったぜ! 王子!」

「ヴァル!」


 現れたヴァルサスに、キリヤナギは驚いた。後ろから続々と騎士が現れ、生徒達を囲う。


「王子を解放しろ、それは大変な無礼となる」

「ちっ」


 アレックスの言葉に、抑えていた生徒は放してくれた。騎士が現れても舌打ちをする彼らに、ヴァルサスは冷静に対峙する。


「やんのか? 喧嘩なら受けてやるぜ?」

「そんな無駄な体力は使わねぇ、よかったな、王子サマ」

「殿下に暴力を振るおうとした現場はみている。話を聞くために事務所まで同行を」


 生徒は再び舌打ちをして、6名は騎士と共に去っていった。お金を取られていた生徒は泣き出してしまい。何度も何度もお礼を言ってくれる。


「俺、どうしようもなくて今年入学した妹に何されるか不安で」

「そうだよね。よかった。ヴァル、先輩。ありがとう」

「あら、私には何もないのですか?」

「ククもありがとう。でも何でここが……」


 3人が顔を顰め後ろを見る。彼らの視線の先の彼女にキリヤナギは、再びフリーズした。飛びつく様に抱きつかれ、床へ座り込んでしまう。


「キリ様ー! ご無事で何よりですわ。もう少し待っていただければ、私が守って差し上げましたのに、アゼリアさんが先に行かれてしまい……」

「み、ミント……」

「今回は、クランリリー嬢に助けられたな……」

「お怪我はございませんか? 殿下に何かあれば私は……」

「大丈夫、ありがとう……ミント。避けててごめんね……」


 キリヤナギの微笑をみたミルトニアがまるで雷が落ちた様な衝撃をうけ、ふわりと気を失った。3人はしばらく動揺しながらも、医務室へ彼女を運びこみ三人は三限目に向けて一度解散する。

 その日の四限は、キリヤナギとククリールは履修しておらず、2人で屋内テラスへ残り勉強をしていた。


「変わった幼馴染がおられるのね」

「ミントは、昔からあんな感じで僕もどうしようもなくて……」

「ちゃんと断っておられるの?」

「うん。でも、父さんがクランリリー公爵と仲良くて、無碍にもできないというか」


 胸を押さえているのは、胃が痛むのだろう。ククリールも両親の知り合いに苦手な人間がおり、あからさまな態度を取ると叱られた事がある。


「お話ができるなら、いいと思いますけどね」

「う、うん。情け無い所見せてごめん……」


 ククリールからみたアレックスのような関係だと理解する。彼は誰よりもククリールの性格を理解しているが、ミルトニアは突き抜けていて、何故か同情してしまった。


「オウカ国の建国時の王の名前は?」

「え、さくらおう?」

「やっと覚えられましたね」


 少しだけ笑ってくれる彼女に、キリヤナギは嬉しそうにしていた。さくらの意味するこの国は、かつて植物を愛した初代王が貴族たちにそれを授けた事に由来する。

 静かに勉強を続ける最中、再び入り口から気配を感じキリヤナギまたも体が硬直した。


「キリ様ー! ミルトニアは元気になりました! 御心配をおかけいたしました!」

「み、ミント!?」


 思わず体が動いて席を立つが、まるで押し倒されるように抱きつかれ、ククリールが引いた目で観察する。


「医務室に運んで頂きありがとうございました。

「相変わらずのお優しさで一層愛が深まりました……」

「ミント……元気になって、よかった。で、でも離して……」


 離されても顔が近くて、目が合わせられない。しかし、目の前にいるククリールに対し、ミルトニアは何かを察したのか再び扇子を開いて口にした。


「カレンデュラ嬢とのお時間をお邪魔したようで失礼致しました。しかしこのミルトニア。キリ様にお伝えしたい事があり、再びお尋ねした次第ですわ」

「僕に?」

「えぇ、先日の誕生祭は大変素晴らしいものでした。特にエンディングで飛んだ飛行機はフィナーレに相応しい演出で感動致しましたわ」


 キリヤナギは絶句し、ククリールも言葉を失っている。ミルトニアは小さく笑いつつ続けた。


「しかしあの後、ローズマリーまで飛ぶとはおもわず、まさか平地に降りるのは私も予想外でした。搭乗されていた方の体調が心配です」

「……」

「ご安心ください。既に宮廷騎士の方へ感想を沢山お伝えしておきました。キリ様のお手間を取らせることはありませんわ」

「……ありがとう。ミント」

「お役に立てたなら光栄です」


 ミルトニアは目を輝かせ、再び腕に抱きついてきた。散々頬擦りされるのを耐えていたら不意に写真をとられる。


「数年ぶりのお写真ありがとうございます! このミルトニアこの後は自宅にて用事がありますので、本日はこれで失礼致しますわ」

「わかった。お疲れ様……」

「それでは、またお会いしましょう! ご機嫌よう!」


 弾丸のように、彼女は迎えにきたバトラーと去っていった。残されたククリールとキリヤナギは、彼女の話していた言葉について顔を見合わせる。


「どうされるの?」

「まだ、結論はでてないけど、『王の力』を盗まれたなら取り返さないといけないかなって」

「それは、貴方の仕事ではないでしょう?」

「取り返す事は僕にしかできない。それに、まだずっと引っかかることもあって」

「……引っかかる?」


 キリヤナギは、ククリールへ話すことはできなかった。彼女は公爵令嬢であり、とても理解されるとは思えなかったからだ。

 黙ってしまったキリヤナギへ、ククリールは見せていたノートを片付けると席を立つ。


「……今日は帰ります」

「! ……ノートありがとう。お疲れ様」

「貴方と感情論でお話しするのは、まだ時間がかかりそうですね……」


 立ち去ってゆくククリールにキリヤナギは、少しだけ後悔もしていた。

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