外伝:②(前編)

「この辺かな……」

「マジでいくのか??」

「執行部とは言うが、やはり危険だと思うぞ……」


 暖かい日差しが差し込む王立桜花学院にて、今この国の第一王子たるキリヤナギ・オウカは、2人の友人と共に敷地内を歩いていた。

 片手の通信デバイスで地図を参照し、主に建物の裏手に入り込む形で見回る様子は、警備をする騎士達の目に留まり首すら傾げられてしまう。


「でも、みんな困ってるし……」

「怪我をしたらどうすんだよ……」

「ヴィンセントの件もある、騎士と同行した方がいいのでは?」


 キリヤナギは苦い表情をみせ、同期の一般平民、ヴァルサス・アゼリアと3回生の貴族、アレックス・マグノリアは生徒会の執行部としてのキリヤナギの役割に疑問を持たずにはいられない。

 それも、生徒会で寄せられる困り事、言わば執行部の「やることリスト」に、学内でタバコや酒を飲む生徒がいて彼らの暴言や非行が日々生徒の恐怖になっていると言う相談がきていたからだ。

 その問題を執行部としてどうにかする為、彼らの「溜まり場」へと足を運んでいる。


「話せばわかってもらえないかな? お酒もタバコも体にわるいし……」

「なんでそう言うところだけお花畑なんだよ……」

「王子相手に態度を変える相手とは思えないが……」


 アレックスは彼らに僅かな面識があった。それは生徒会長候補としていた頃、自身が会長になれば最悪酒やタバコは目を瞑るが、派閥内の生徒への危害を加えるのはやめるよう話をつけていたからだ。

 溜まり場も許し、自由にしていればいいとしていたが、会長になり得なかったことで彼らは弱い生徒へ窃盗や暴言は終わらずに続いている。


「お前以外とすげぇのか? アレックス」

「私に聞くな」

「先輩の話を聞いてくれたなら、僕のも聞いてくれないかな?」

「分からないが……」


 アレックスは、当時貸与されていた「王の力」の一つ、【読心】により、家にも学院にも居場所がない彼らへ同情していた。

 半端な貴族は、その在り方は高貴であれど決して資産があると言うわけではない。また先に生まれたか、後に生まれたかの違いからその扱いに格差がうまれ、家に居場所がないことも珍しくはないからだ。

 そんな彼らの「居場所」をアレックスは奪いたいとは思わず、マグノリアの傘下へ入る事で、せめて派閥の生徒へは危害を加えないよう話をつけていた。


 本格の裏、本来なら人が寄りつかないその場所に数名の生徒達は四角のタンクをテーブルにしてタバコを吸いながらカードゲームをしている。

 現金があるのは賭け事だろうか。額は多くなさそうだが、学院でやることではないとキリヤナギは直感する。


「何見てんだ?」


 向かいの生徒が近づいてきたキリヤナギに気付き、手を止めてこちらへと歩いてくる。衣服を着崩した彼は一般生徒に見えた。


「生徒会のキリヤナギ・オウカです。そこでタバコを吸うのは、みんなの迷惑になるからやめてほしい」

「は??」

「吸い殻で芝生に引火したら火事になるかもしれないから、あと賭け事は決まった場所じゃないと……」

「うるせぇ! そんな事言いにきたのかてめぇは!!」

「おい! 無礼だぞ!」

「それがどうしたマグノリア! てめぇも約束破ってこんな奴連れてきやがって、ふざけんな!」

「く……」

「ここにきたなら分かってんだろ? 三万で見逃してやる」

「さんまん?」

「金か」

「僕、電子通貨カードしか……」

「はぁ??」

「間にうけんなよ……」


 ヴァルサスに叱られて困惑してしまった。通貨価値で言えば、据え置きのゲーム機が一台買えるほどでもあり、外でもそれなりに遊べる金額でもある。

 それ以前にキリヤナギは話ができそうで安心していた。


「みんな生徒の怖がってるから、酷い事を言うのはやめてほしい。タバコも喫煙所があるからそっちの方がいいと思う」

「綺麗事ばっかり抜かしやがって……、行けたらすでに行ってんだよ。バカが!」

「そうなの?」

「何が身体に悪いだ?? 相手の為とか言いながら結局は排除したいだけじゃねぇか!! どこに行っても何しててもやめろやめろやめろ! 聞き飽きてんだよ! 俺らの好きにさせやがれ!!」


 キリヤナギは黙って聞いていた。今にも殴りかかってきそうな相手に怯まず、少しだけ考えた仕草をみせる。


「僕は、居なくなってほしいとは思ってない。でも、このままだとダメだと思う」

「はぁ?」

「このまま何かが起きれば、君はもっと辛い目に遭う。そうはなって欲しくない」

「……!」

「僕は執行部だから、生徒のみんなの困り事どうにかするのが仕事だし、喫煙所使えるように掛け合ってみるよ。何か言われても、『生徒会が良いって言った』って話せばなんとかなるかな?」

「そんなんで言う事を聞くと思ってんのか!!」

「え、だめ? 他にもあるなら……」

「うるせぇ、うぜぇんだよ! 帰れ!」


 突然の感情論に、相手が困っているのがわかる。アレックスの時もそうだったが、彼らは今までまとも話を聞いてもらえた事がなかっただけなのだ。


「どうしたら、やめてくれる?」

「は、そうだな。俺の家来になるなら考えてやるよ」


 アレックスとヴァルサスが、息を飲むがキリヤナギは涼しい顔をしていた。


「家来って、騎士とか使用人みたいな?」

「そうだな。絶対服従、文句ないだろ」

「へぇー」

「王子、何言われてるかわかってんのか?」

「だって、家来って雇用されるって事だし……」


 ……。


「は??」

「この場合だと傭兵になるのかな?」

「何訳わかんねぇこと……」

「個人契約ならバイトみたいになる? ちょっとやってみたいかも」


 冷え切った空気に、キリヤナギは首を傾げている。しかし貴族であるアレックスは、その発言は全て正論であると笑みすら溢れた。

 通常家来と呼ばれる人々は「君主へ仕えるもの」であるとされているが、その関係性は極論的に言うならば雇用主と労働者の関係にも近く、雇用主は労働者が役目を果たす為、その環境を整えれるだけの給与を最低限支払わなければならない。

 つまり生きるため、身なりを整え、人としての生活を保証して初めて、雇用主は人を家来とできる。


「家来じゃねえ! 奴隷だ!」

「ど、奴隷!?」

「奴隷の方が面倒だぞ、雇用なら人として勝手に生きるが、奴隷は人ではない。つまり所有物となり、常時世話をする必要がある。面倒をみず食事を与えないままでは餓死するぞ?」

「ぐっ……」


 王子は感心していた。

 奴隷も家来も結局は生きていてこそのものであり、主人はそんな彼らの生活の保証するのは義務とされる。


「僕、王宮帰んないと流石に連れ戻されそうだから家来がいいかも」

「なんで真面目に考えてるんだよ」

「そもそもバイトできるのか??」


 相手はもう何も言えず固まっていた。後ろで聞いていた生徒達は腹を抱えて笑っていて恥ずかしくなってしまう。


「ユウト、もういいじゃん。確かにここ雨の日使えないし、喫煙所使えるなら助かるし」

「はー?! なんだよてめぇら!」

「王子サマ面白ろすぎ! 初めて生で見たし、握手して!」

「え、いいけど……」

「遊ぶんじゃねぇ! 俺らを追い出しに来たんだぞ!!」

「そんなつもりはないんだけど……」


 気がつけば写真まで撮られていて恥ずかしくなる。ユウトと呼ばれた彼は、収支がつかなくなったのか、酷く悔しそうにこちらを睨んできた。


「くっそ、今日は勘弁してやる!」

「喫煙所いる?」

「いる!! お前ら、行くぞ!」

「はーい!」

「王子サマ、またねー!」


 ユウトは皆を連れてその場を離れていった。残された3人はユウト達が散らかしていた吸い殻やテーブルらしきものを片付け、その日の活動を終える。

 そんな事の成り行きを聞いたククリールは、度し難い表情で王子を睨んでいた。


「貴方本当、バカなのか頭いいのかわかんないわね」

「え??」

「王子、私の時はどう受け取ったんだ?」

「実はよくわかってなくて……、先輩の思う通りでいいかなって」

「なるほど、これはやられたな」

「わかってたのか?」

「何が?」

「ヴァルサス、一応王子だぞ?」


 アレックスの言葉にヴァルサスは納得した。一般平民とは違い、キリヤナギは生まれた頃から騎士や使用人に囲われ、周りの人々が当たり前に雇用されていた空間で生活してきたのだ。

 家来と言う言葉の意味を、誰よりも正確に理解していたのなら、当然の返答だとも言える。


「僕、バイトしていいのかな。聞いてみよ」

「ダメということは無さそうだが……」


 生徒会の「やることリスト」は毎月数件あり、この他にもゴミの投棄が後を経たない場所へ、看板を立てる事で近くのゴミ箱へ誘導したり、学内で面倒を見られていた子猫を病院につれてゆき、新しい飼い主をさがしたりと小さな案件をこなしていた。

 天然に見える王子は、今回のことも然り持ち前の機転で次々と解決していて、ヴァルサスもアレックスも感心せずにはいられない。


「今期の案件はあと一つだが」

「え、うん……」

「やらないのか?」


 今日の出来事をレポートに書いていたキリヤナギは、アレックスの素朴な疑問にあからさまに嫌そうな表情をみせる。

 今までそんな顔など見たことなかったのに、意外性すら感じていた。


「ぜ、全部やる必要ないっていうし……」

「それはそうだが……」

「どんな奴なんだよ」


 ヴァルサスがリストを覗き込むと学院に流れている「噂」の信憑性を確かめるもので、目が動く肖像画とか、段数が増える階段とか、叫び声が聞こえる屋上、存在しない部屋の有無など、オカルトじみたものが箇条書きにされていた。


「王子、オカルトダメなのか?」

「お、オカルト?」

「この手の人智に及ばない不思議な出来事を総じてオカルトという」

「そう言うのじゃ……」

「怖がりなのね」

「ちが、よくわからないだけ!」

「怖がってんじゃん」


 ククリールに言われ、少し恥ずかしく思ってしまう。


「ほら、夏ってご先祖様帰ってくるっていうから、邪魔したらだめだし……」

「マジ信じてんのかよ。ウケる」

「ヴァルサス。これは王族にとってはデリケートな分野だ。不敬だぞ」


 アレックスに嗜められ、ヴァルサスが不貞腐れる。「王の力」を臣下へ貸与するこ王族は、先祖が天に昇ることによりその力を下ろしたとされているからだ。

 「天に登る」と言う言葉の詳細は、もはや誰にもわからないが「寿命を終えた王族の死」とするなら、天へ向かった段階で「意識」があるとも取れ、「死んだ後」の存在が肯定されることになる。


「王宮にも時々、怪奇現象で困ってる人が来て相談にのってたし……」

「気持ちは分かるがお門違いでは?」

「ぶぁははは! 祓ってやれよ、アレックスの時みたいに」

「『王の力』を悪霊みたいに言うな! 不敬だぞ!」

「あれは返してもらうだけだから!」

「大変ね。霊媒師にでもなればいいのに」

「えっ、無理……」


 しかし、行動を起こさなければ執行部としての役割が果たせない。いつかやらなければならない事実に項垂れるキリヤナギへ、ようやく大笑いしていたヴァルサスが息をついた。


「しょうがねぇな。付き合ってやるし、やろうぜ」

「え、やだ……」

「そうだな。今やらなくともいつかやらなければならないのだろう? 来季は催事も多いのでやる暇がないのでは」

「そ、そんなに忙しいのかな?」

「毎年、夜までは帰れないとは聞く」


 真っ青になるキリヤナギに、ヴァルサスは終始にやにやしていて悔しさすら感じてしまう。


「アゼリアさんは楽しそうね」

「こいつどんな反応するか楽しみすぎね?」

「怖くないし!!」

「私からすれば無礼すぎて言葉もないが……」


 この王子に敬意を払うのも違う気がするアレックスもいた。

 しかしその日はもう日が暮れており、4人は明日の放課後から活動を始めることを約束し、キリヤナギも王宮へ帰宅する。

 帰り道から何かに悩む様子を見せるキリヤナギに、迎えに来たグランジは無言で「どうした?」と聞くように見てきた。


「な、何もないよ」


 尚更じっと見られ、圧を感じる。何も言わないのに、片目だからこそ感じる眼力があるからだ。


「学院の怪談を、どうにか、する事になって……」

「……!」


 恥ずかしいとうなだれてしまう。情け無いと思われるだろうかと目を合わせずにいると、グランジは肩の力を抜いたように口を開いた。


「悪いものとは限らない」

「え」

「悪意のない存在は、悪意から守ってくれることもあると、俺は思う」


 うんうんと頷く彼は、ポカンとしているキリヤナギに笑ってくれていた。確かに何が悪いことをするならそれは「怖いもの」だが、何もしてこないならそれは怖くはない。ただそこに不可視な存在として在るだけなら、害になることもないからだ。

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