外伝:①(前編)
「施設訪問?」
「はい、大変久しぶりになるのですが、大丈夫でしょうか?」
騎士の皆の業務が落ち着き、王宮へ再び平和が訪れ始めた頃、学院から帰宅したキリヤナギはセオからスケジュールに関して相談されていた。
毎年行われていた王立の施設行事への視察は、去年の春頃までは定期的にこなしていたが、体調を崩してからというもの、全てキャンセルされて、見送られていたことでもある。
しかし今年の誕生祭を機に、復帰できそうな目処があるとされ、再び取り行うために準備が進められているらしい。
「誕生祭からそれなりに日は経っておりますが、学院との両立でご無理されても本末転倒なので、どちらでも構いません」
「……大丈夫。もう動けるよ。それに元気なの見せたのに行かないのもおかしいし」
「わかりました。では明日には連絡を入れますので、明後日にはお願いします」
「え、早……」
「はい、当日は朝からカナトさんが公式に謁見されて、デバイスの総括システム『アストライア』の視察を……」
「じゅ、授業……」
「王宮から連絡はしておきますので」
セオは目を合わせてもくれず、淡々とスケジュールの朗読をはじめる。
要約すると、朝からカナトの迎えに応じて外資企業の視察へ赴き、食事会を終えた後、午後は王立高校の大会鑑賞、その後は児童養護施設と介護施設を回る内容だった。
誕生祭ほどではないが、相変わらず分刻みのスケジュールに胃が痛くなってくる。
「分けれない……?」
「出席日数に配慮したのですが……」
言われて納得し、キリヤナギはしばらく項垂れていた。しかし、やると言ったならやり切らなければならない。
学院の3人に登校できないとだけ話を入れて、キリヤナギは当日へと望む。早朝から身支度を整え、スーツを着込んだキリヤナギは王宮の謁見室へ現れたカナト・アークヴィーチェと対面した。
全国メディアと共にガーデニアの正装を纏うカナトは、若き王子へ敬意を示して一礼した。
「ご機嫌よう、キリヤナギ殿下。本日は我アークヴィーチェの誘いへ応じて頂き心から感謝を、恐れながらにもこのカナトが、ガーデニアの誇るデバイス総括システム『アストライア』の見学にお供させて頂きます。どうかなんなりとお尋ね下さい」
「アークヴィーチェ卿。ようこそ王宮へ。誘いを受け、私もこの時をとても楽しみにしていました。どうか肩の力をを抜かれ、お互いに有意義な時間を過ごしましょう」
握手をする2人は並び、歩幅を合わせるように謁見室をでる。そして待機していた『自動車』へと乗り込んだ。
扉をあげてくれたのは、運転するのはセシル・ストレリチアと、助手席にはジンが乗りこむ。
後部座席には、外からは覗けないカーテンがあって、キリヤナギはほっと肩を撫で下ろした。
「メディアが苦手なのは、相変わらずだな」
「うん……」
カナトに笑われた少し悔しかった。
足元には、ジンの気遣いなのかボトル飲料があって、少しだけ口に含んで緊張をほぐす。
「あっちにもいる?」
「居るぞ? 我がガーデニアの技術をオウカの王子に知って頂けるのは、この上ない光栄だからな」
「……カナト」
「キリヤナギは自然な方がいい」
少しだけ気が楽になって、ようやく肩の力が抜けるのがわかった。
自動車で訪れた施設は、王宮の北側にある巨大な高度文明の建物で、ガラス張りの背面に白い壁がどこまでも続いている。
キリヤナギはジンとセシルと共に施設内を案内され、その見たことのない建物の構造に驚きながら興味津々にながめていた。
カナトはそんなキリヤナギへ、デバイスは全て無線通信で行われていると錯覚しがちだが、実は街の電波塔は全て地下ケーブルで接続されており、あくまで無線通信はデバイスと電波塔のみであることで、高速化が測れていると解説してくれた。
またウェブにおいては、このケーブルを使って各地にある端末をつなぎ、解放されることで閲覧ができている事も説明される。
「解放されたデバイスのデータをみてる?」
「はい。現代ではデータセンターなどの活用でユーザー間での情報のやり取りが手軽となり、ありとあらゆる情報がこのデバイスだけで手に入ります」
「じゃあ、僕のも解放されてるってことかな?」
「いいえ、それはセキュリティ問題があるために専用のデバイスでなければ不可能ですが、殿下がサーバーを構築できるほどの知識をお持ちなら可能です」
「魔法みたいな技術で面白そうだけど、まだそんな技術はないかな。やりたくなったらお願いするよ」
「光栄です。いつでもお申し付けを」
楽しそうに話す様をメディアに撮らせ、視察は『アストライア』の実機の元へと向かう。
それは巨大な箱の並びだった。
何列にも並ぶ書棚のような場所には、膨大な基盤が設置されていて、通信を示すランプが小刻みに点滅している。
「これが、アストライア?」
「この機器は、あくまで運用の為のものでシステムはこちらになります」
カナトの手元にある端末に意表を付かれた。要は通信さえできれば、システムには何処からでもアクセスができ、場所を選ばないと言う。
「億単位のアクセスに耐える為、実機はこのように高スペックの機器が必要であり、実機であるからこそ、人の管理が必要なのです」
「すごい……」
「我がアークヴィーチェは、この国の通信の全てを任されたことを誇りに思い、たとえ世代を超えたとしても、引き継ぐことを誓いましょう」
キリヤナギは素直に嬉しくなった。
手元にある小型の端末は、人の手で作られた魔法のようで不思議だと思っていたが、それを維持管理する人々がいると思うと、大切に使いたいと言う気持ちになるからだ。
「ありがとう」
「光栄です」
キリヤナギはその後カナトと食事会を挟み、午後に向けて一度王宮へと戻る。
グランジを隣に乗せて、騎士学校の訓練風景や、王立の高等学校のスポーツの決勝を鑑賞する。
求められた握手に応じながら優しい笑みを浮かべる王子へ、皆は魅入られるように人だかりを作っていた。
「大丈夫ですか?」
手帳をみるジンの気遣いに、キリヤナギは移動する自動車の中で我に帰った。もう午後もとっくに回っているのに、何故かそこまで疲れていないからだ。
「まだ元気かも、カナトの会社。楽しかったし」
「よかったです。じゃあ隊長、次の施設いれますね」
「お願いするよ」
自動車に搭載されるデバイスは、地図が表示できるもので、キリヤナギも思わず覗き込んでくる。
グランジはしばらくそれを観察したあと、キリヤナギを無理やり後部座席へ戻した。
「色んなところにある」
「もうどこでもありますよね」
「はは、興味津々ですね」
「じゃあ俺、施設に連絡します」
「ジン、頼んだよ」
笑われて少し恥ずかしくなったが、この移動時間は、三人共身内で安心していた。
カーテンの隙間から覗くと、歩道にメディアがいて思わず隠れてしまう。
「いっぱいいる……」
「一応公開行事ですからね……」
「殿下が公式に外出されるのは、本当に久しぶりなので、皆気になっているのですよ」
恥ずかしいが、確かにヴァルサスにも言われていた。心配をかけているならむしろ表に出た方がいいのだろうが、酷く疲れる為、今は体力温存する。
「施設まで、どのくらい?」
「混んでいなければ40分ほどでしょうか、話している間につきますよ」
疲れてはいないが自動車の空調が心地よく、思わずうとうとしてしまう。寝てしまおうかとは思ったが、助手席のジンがデバイスを片手に首を傾げていた。
「どうかした?」
「養護施設は繋がってたんですけど、介護施設は何故か繋がらなくて……」
「どう言う風に?」
「コール鳴らないんですよね。電源が入ってないみたいな?」
「何かあったのか……? 行けば分かるだろうけど、一応本部に連絡いれておいて」
「分かりました」
「カナトに聞いてみる?」
「繋がらないのは、まだまだ良くあることです、端末の電源が落ちているだけなら、それは不備でもなんでもないですからね」
「そっか」
流れている景色は見慣れたもので、自動車はいつの間にか大通りから中道へ入り施設のある公道へ入って行った。
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