第27話 大切な仲間

 そして次の日。王子が登校すると学園の雰囲気が少しだけ変わっていた。皆が楽しそうに食堂の方に向かい、人だかりができている。見に行くか悩んでいると、ヴァルサスが突然現れ背中を叩かれた。


「王子やるじゃん!」

「何が?!」

「食堂の卵、復活したってさ!」

「ほんとに??」


 ヴァルサスは、わざわざ食堂前に並びそこへ掲げられていた看板を撮影してきてくれていた。デザインボードへオムライスや親子丼が追加とかかれ、その日はカウンターで対応すると書かれている。


「へぇー、ヤマブキ先輩かな?」

「そうじゃね、意外と話できるんだな」

「私の噂かい?」


 2人で振り返ると、背後にシエロが立っていた。彼は得意げにこちらへ笑みを見せている。


「ヤマブキ先輩、ありがとうございました」

「はは、間違う大前提。とまで言われれば、流石に恥ずかしくなったよ。今までそんなこと言われたの初めてだったから」

「ズ、ズレすぎ……」


 ヴァルサスの苦言にシエロは、笑って返していた。そしてキリヤナギへと右手を差し出してくれる。


「弓のゲームはとても楽しかった。また打ちに来て」

「はい、ありがとうございます」

「あとよかったら、我が社の商品の引換券を受け取って。宣伝のようだけど王室でも試してくれたら嬉しい」


 渡されたのはケーキ店の引換券だった。シリアルナンバーもあり、貴族向けなのが見て取れる。


「大切につかいます」

「じゃ、私は授業だから」


 シエロは手を振ってその場を去って行った。授業を受ける前も、生徒達は食堂の話でもちきりで、キリヤナギも嬉しくなってしまう。


「ヤマブキは折れたか、当然だな」

「アレックス……」


 不機嫌そうに腕を組むアレックスに、ヴァルサスは困惑していた。ククリールも同じく納得がいかないようで目も合わせてくれない。


「あんな人を私は貴族とはみとめません」

「私もだ、前年度に気づいていれば徹底的にやっていただろう。王子だからこそ穏便に済んだな」

「悪意はなかったし……」

「そういう問題ではない」

「アレックスならどうしてたんだよ」

「私ならメーカー総入れ替えの働きかけをしていただろう」

「脅されてたのにか?」

「関係はない。昨日調べたら所、ヤマブキグループのマグノリアでの収益は3割以上をくっていた。切るのはあちらにとってもハイリスク。やるわけがない」

「とんだホラ吹きね」


 聞こえないフリをする王子に、アレックスはそれ以上は言及はしなかった。改めてヴァルサスは、このマグノリアの怖さを周知する。


「こ、こえー……」

「政治貴族と違い、財力貴族は制約がない。我ら政治貴族はこれらを管理する事も一つの役目でもある」

「ふーん、王子はそういうのは分かんの?」


 突然振られ、キリヤナギが言いづらそうにしている。首を振っているのは、答えたくくないようにみえた。


「王子。あえて聞くが、どこまでわかっていた?」

「え、べ、別に……」

「ごまかしてるぞ」

「で、でもほらここ学校だし……生徒が圧力をかけてるのは、想像してなかったかな……?」


 つまり圧力がある可能性を王子は把握していたのだ。あくまで生徒の範囲でできる事を探していたなら確かに生徒会としては妥当だと判断する。


「王子」


 身を震わせて、キリヤナギ恐る恐る振り返った。


「ヤマブキは、単純に王室をビジネス相手にしたいだけだ。そのチケットを渡したのも、王子にいいイメージを植え付けたいだけの戦略に過ぎない」

「が、学校でそういう話はちょっと……」

「王宮で安易に契約すれば、迷惑を被るのは臣下達だ、そこは話しておく」

「王宮は、その辺はあり得ないから……加工前の食品なら買ってたりするかもだけど……」

「何故言い切れる?」

「多分、暗殺、対策、かな……?」


 言いたくないのか、小声で話した王子に、3人は何も返すことができなくなった。アレックスもまた憤慨していて頭から抜けていた事を後悔する。

 

「……それならいい」


 王子は、その日誰とも目を合わせなくなってしまった。放課後も屋内テラスには行かず、ぼーっと空を見て過ごしていると、ジンが現れその日も徒歩で帰路へ着く。


「今日早かったですけど、何かありました?」

「たまには……?」


 俯いてしまったキリヤナギにジンは、何かを察し、少しだけ考える。


「俺、殿下送ったら差し入れ買いに行くつもりだったんですけど、よかったら付き合います?」

「差し入れ?」

「小売店行くだけだけど、それでもよければ」


 早めに出て、まだ十分に時間がある。そして今朝シエロからもらったチケットを思い出した。


「これ、今日先輩にもらったんだ。使う?」


 渡されたそれにジンは驚いていた。束になっているそれは、貴族向けの高級ケーキ店の引換券であることがわかり、僅かに目が輝いている。


「い、いいんすか。これめっちゃいいとこ」

「そうなの……? 先輩に宣伝って言ってもらって……」

「何したらもらえるんすか……?」


 話せば長いが、チケットは五枚あって一枚につき2個交換できるという。

 親衛隊の皆はキリヤナギも合わせて9名でちょうど足りる数だった。


「じゃぁ、今から行っていい?」

「分かりました。店を調べてみますね」


 ジンに連れられて向かった場所は、首都の高級五つ星ホテルだった。王宮並みに豪華な内装のそこには、チケットのケーキ店が併設し、見たことが無い形のケーキが並んでいる。

 宮廷騎士の制服を着るジンは、案の定目立っていて、視線を感じたキリヤナギは、手早くケーキを選んで帰路へとついた。

 迷わずに王宮へと戻ってきた2人は、最近電気が消えない事務所へと足を運ぶ。


 そこは死屍累々だった。

 手前にはグランジが珍しく目にクマを作りながら端末に向き合い、奥のリュウドは応接ソファで気絶したように仮眠していて、ヒナギクは何かを呟きながら、鬼の形相でキーボードを叩き、脇にはセシルですらも騎士の帽子を顔に乗せて休んでいる。

 セスナは、机に突っ伏してクッションへ頭を乗せながら寝ていて、ラグドールはぬいぐるみに抱きついて座っていた。

 そして事務所の手洗い場で顔を洗っていたセオが、扉が開いた音に気づいて振り返る。


「ジン……おかえ……殿下!?」


 全員が飛び起きて立ち上がり、キリヤナギの方が驚いて、思わず箱を落としそうになる。

 ジンが支えてくれて全てが無事だった。


「お、おかえりなさい、呼んで頂ければすぐにでも」

「え、殿下? ごめんなさい。ねてました」

「も、申し訳ない。お見苦しいところを……」

「み、みんな大丈夫?」

「タチバナさん! 殿下くるならあらかじめ言って下さい!!」

「両手ふさがってて、すいません。ヒナギクさん」

「い、いまお茶いれますっ!」

「殿下、応接ソファこっちこっち!」

「……」


 やはり気を使わせているようで申し訳なくなったが、空気が暖かくて言われるがままソファへと座らされる。

 お茶を出されて座っていると、ジンもまたキリヤナギと同じ箱をテーブルへ置いた。


「殿下が差し入れ買ってくれたんです」

「差し入れ?」


 開けられた箱に、リュウド、セスナ、ヒナギク、ラグドールが目を輝かせてくれて、キリヤナギは全てがどうでも良くなった。彼らはこちらの好意を素直に喜んでくれたからだ。


「頂いていいんですか!?」

「うん、みんなに」

「休憩しましょう。隊長も」

「あぁ、とてもありがたい。痛み入ります、殿下」


 ラフに騎士服を着るセシルも新鮮で、キリヤナギは何故か安心した。


「私いちごにします」

「僕はチョコレートので」

「あ、俺もチョコレートが良い」

「あはは、じゃんけんですね」

「グランジは何がいいです?」

「なんでもいい」

「殿下は?」


 全員が黙ってこっちを向いて少し緊張した。

 今日は皆の為のケーキで、自分の物はあまり考えていなかったからだ。


「どれでもいいから、皆、先に選んで」

「いいんですか?!」

「うん」

「じゃあチーズにします」

「皆さん、謙虚さがどこかにいってますね……」

「あはは、ここ数日禁欲だからね」

「僕のせいで、ごめんね」


 セシルも皆も食べながら首を振ってくれる。


「総括のせいです!! あの人達が余計な仕事を……」

「お、落ち着いてヒナギクちゃん……」

「美味しいー。ケーキなんて久しぶりですー、隊長、いちごムースありますよ」

「じゃあそれにしようかな」

「あーー、甘いものが染みるー!」


 つられてセオも笑っていた。グランジも果物のジェラートを回してもらい黙々と食べている。

 ジンもティラミスを立ってつまみ、キリヤナギの元には抹茶のものが残った。


「殿下はたべないんです?」

「僕、晩御飯あるから」

「そうでした。先にもらって失礼します」

「仕方ないですね、総括は殿下に免じて許します」

「ありがとう、ヒナギクちゃん……」


 そんな賑やかな事務所を後にして、キリヤナギはセオと共に居室フロアへと戻った。

 元気づけに行ったつもりが、なぜか元気を貰ってしまった気もして自然と笑みがこぼれる。


「みんなすごいね」

「セシル隊長になってから、ずっとあんな感じですね……。私は時々不安になりますが……」

「……辛くない?」

「辛くても何故かどうでも良くなります、皆を見ていたら」

「僕も……」

「よかった。また顔を見せて下さい」

「うん」


 部屋着に着替えていたキリヤナギは、ふとアカツキがここにいてくれていた時代を思い出した。

 彼が隊長だった時、彼もその部下もキリヤナギが事務所を見に行く度に沢山遊んでくれて、そんな彼らの息子たちが、セオやグランジ、ジンだっからだ。

 当時勤めていた親の彼らは、今はもう別の部署にいるものの、楽しかったあの頃が戻ってきたようで嬉しくなる。


「また差し入れするね」

「はい。ありがとうございます」


 今日も一日、平和だった。

 親衛隊の彼らの激務はもうしばらく続く。


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