第26話 食の王子

 夜が明け、その日もグランジと共に登校したキリヤナギは、大学の入り口にサーマントを下ろす見慣れない騎士が立ってることへ驚いていた。

 学生を見守るように立っているが、硬い雰囲気も纏っていて思わず緊張してしまう。


「大丈夫か?」


 身を固くしたキリヤナギへ、グランジが気を遣ってくれた。しかし今は心配させるべきではないと、前を向く。


「王子じゃん、グランジさんも」

「ヴァル、おはよう」

「なんか厳重になったな」

「僕の所為かな……」


 少しだけ視線を落とすキリヤナギに、ヴァルサスは視線をこちらによこす。この数週間だけでも、色んなことがあって思い当たる節がいくつもあるからだ。

 傷もう治癒したが、昨日セシルが顔を見せにきたのを思い出して、気が重くなっていく。


「別に当たり前じゃねぇの? 王子なら」

「うん……でも、少しつらくて」

「なんでだよ。守ってくれるんならいいじゃん」

「……」


 色んな感情が込み上げてきて、整理がつかなくなる。伝えるにもどこから話せば良いのが分からなくなりキリヤナギは黙ってしまった。


「騎士が嫌いなのか」

「そうじゃなくて……僕もうまく言えないと言うか」

「ふーん」


 ふとキリヤナギの中にアカツキの顔が思い浮かび懐かしくなる。

 彼はとても強かった。

 今のジンのように、「王の力」を持つ者たちをいなし、まさに一騎当千とも言える実力を持っている。そんな彼に、キリヤナギは幼いながらも憧れて、強くなりたいと願い。歳の近いジンと共に「タチバナ」学んでいた。

 その時はとても楽しかったのに、彼はキリヤナギの側から居なくなってしまった。 「どこに居ても守っている」と何度も説得されたのに、あの時の辛さは今でも忘れられずにいる。



@



「本当に行くの?」

「行くけど……?」


 ヴァルサスは何故か、尻込みしていた。その日の放課後、4人は一度集まりシエロ・ヤマブキがいると言う。クラブ棟へと向かっていた。

 アレックスによると、彼は弓道サークルの部長をしていて放課後にはいつも練習をしているらしい。


「姫もいるし……」

「何が文句あります?」


 今日は珍しく、ククリールが肩を並べてくれていた。珍しいとは思ったが彼女なりにヤマブキグループの御曹司には興味があるらしい。


「ククはなんでヤマブキ先輩が気になるの?」

「聞くのか?」

「別に、お仕事の契約相手になるかもしれないだけです。カレンデュラでは果樹園を運営しているので」

「そうなんだ」

「王子って意外と嫉妬深い?」

「そ、そんなつもりは……なくて」


 想定外の受け取り方で困ってしまった。案内されるがまま向かうと、そこには専用の弓道場があり、ヴァルサスはこの大学の規模に驚いてしまう。

 そっと中を除くと玄関の奥に廊下が見え、茶髪の美男子がそこにいた。周りの女性を釘付けにする彼は、女生徒に促されようやく4人に気づく。


「おや、ご機嫌よう。マグノリア卿」

「ヤマブキ殿。突然現れてすまない」

「そちらは王子殿下にカレンデュラ嬢。ご機嫌麗しゅう」

「こんにちは、少しだけ話してもいいかな?」

「王子殿下からとは断れないな。こちらに和室があるので、どうぞ」


 弓道場の奥には部員達の荷物を置く広い和室があり、4人は女生徒からお茶を出された。

 促されて座ると目の前の彼も最後に座る。


「改めてご機嫌よう。私はシエロ・ヤマブキ。かのヤマブキグループを継ぐ御曹司だ。よろしくね」

「オウカ国第一王子のキリヤナギ・オウカです」

「しってるよ」

「王子……」


 笑われてまたショックを受けてしまう。恥ずかしい気持ちを抑えていたら、切り出してきたのはシエロだった。


「私に何か御用かな?」

「ヤマブキ先輩。この大学って食堂に卵料理ないのですが、理由をご存知ないですか?」


 シエロの表情が戯けしばらく固まっていた。キリヤナギは予想外の反応でしばらく固まってしまう。


「その事か、悪いね。実は私に卵アレルギーがあって食堂で出さないようにお願いしてるんだよ」

「えっ」

「僕が卒業したら、またでるようになるから、我慢して」


 あまりの爽やかな返答に、4人はしばらく返事が出なかった。理解が追いつかずにいるとアレックスが口を開く。


「それは、どう言う意味だ?」

「別にそのままの意味だけど、何が問題ある?」

「大アリだ。アレルギーがあることは確かに気の毒だが、だからと言って他の生徒にまで食べないことを押し付けるのは違う」

「そんなこと言って、私が倒れたら君は責任を取れるの? マグノリアは政治的な貴族だけど、君の領地の店はほとんどヤマブキグループだし、どうなっても知らないよ?」

「そういう問題ではーー」

「アレックス先輩。大丈夫、話にきたのは僕だから」

「おや、王子が責任をとってくれるのかな?」

「メーカーが食堂に卵を卸さない問題と、ヤマブキ先輩のアレルギーは別の問題だと思うんだけど……」

「なら、もし僕が間違って食べたらどうするの?」

「だってそれ、そもそも注文しないんじゃないかなって……」


 シエロが黙り、全員の視線が王子へと向いた。


「シエロ先輩は、絶対に間違えて卵料理をたべるってこと?」

「それは、友達とシェアするかもしれないだろ?」

「卵はいってるってわかってるのに??」


 聞いていた周りの女生徒も唖然としていた。王子の言葉は当たり前であることはそうだが、大企業の御曹司として誰も彼に逆らうことはできなかったのだろう。

 シエロがその権威に甘えていたのなら、それは権力を使った脅しにも近い。


「シエロ先輩のために、メニューに卵が入ってる表記いれたらいいかなって思うけどどうかな?」

「……そんなことで、僕が動く訳が」

「ならどうしたら協力してくれる?」

「どうしたら?」

「僕は生徒会だから、卵料理をどうにかする為にもシエロ先輩の困りごとを解決できればと思うんだけど……」


 これは、一つの交渉を見ているとアレックスは冷静にみていた。

 シエロにはおそらく深い理由はないのだ。卵を卸さないのは個人の都合で理由はない。

 その上でキリヤナギは、彼にきっと理由があるという大前提の質問をすることで、相手の正当化を行い、折れる理由を作ろうとしている。


「私は、卵料理がない今の食堂に満足しているから、特に困ってはいない。『余計なお世話』かな?」

「そっか、うーん……」

「はは、でもこの僕に対してそこまで食いついてきたのは認めよう」

「それは?」

「そうだな。私と弓で戦ってみないか? いい場所へ当てられたら、考えてあげるよ」

「本当、やってみる!」

「待て王子、ヤマブキ。ハンデぐらいあるんだろうな?」

「ハンデ……? そんなもの必要か?」

「先輩、僕は気にしないし大丈夫」


 その後キリヤナギだが、女生徒に連れられ弓道技へと着替えさせられた。練習していた生徒から軽くレクチャーを受けながら、王子は弓のハリを確かめている。


「初めてではないな。王子」

「分かる?」

「策士だね。ちょっと気に入ったよ」

「得意ではないけど、頑張るね」


 弓は、剣の訓練と共に勧められ、去年から始めたスポーツだった。親衛隊の1人、ヒナギク・スノーフレークが、宮廷騎士の中でも珍しい弓士として認定されており、集中力の回復にと息抜きにで軽く指導をうけていた事がある。剣とは全然違うその打ち方に戸惑い、初めは当たらないばかりか、まともに弓すら引けなかったが、初めて命中した時の快感が忘れられず、気が向いた時に打ちに行っていた。


 シエロはしばらく目を瞑り一度精神統一をする。数分そうしていて雑念を払うように目を開けると、ゆっくりと立ち上がり、弓部屋を添えた。

 引かれた矢を引き絞り、極限まで高められた集中力で矢は放たれ、二重線の内側へと命中する。

 女生徒とキリヤナギが拍手をし、今度はキリヤナギの番だ。呼吸を整え目の前の的へと集中する。

 弓道は、ヒナギクから集中力が全てであるとキリヤナギは教わっていた。どんなに達人級の弓師でも、集中力が続かなければ当てることはできず、雑念があれば真っ直ぐにも飛ばないとも教わった。

 ゆっくりと引き、矢を直線になるように構える。

 前を向き、矢を持つ手は顔の後ろにくることからまっすぐに添えられているかは勘しかない。しかしそれでも、キリヤナギはとてもリラックスした状態で矢を放った。


 当たればいいと願った矢は、的の外周ギリギリにあたり、一応は拍手がおきる。


「ま、負けた……」

「お疲れ様。面白かったよ」

「……ヤマブキ先輩。ありがとう」

「はーー? マジかよ、王子!?」

「当てるだけでもなかなかだぞ、ヴァルサス」


 ククリールは、拍手だけをしてその場を静観してくれていた。

 3人はキリヤナギの着替えを待ち、その日は弓道場を後にする。今までの王子の功績から負けることは想像しておらず、ヴァルサスはため息をついてしまった。


「まさか、王子が負けるとは思わなかった」

「僕だって負けるし」

「そうだけどさ……」

「納得はいかないがしょうがない。ヤマブキは、財力貴族としてはかなりの力を持っている。あの態度も珍しくはない」

「私は、話す気も失いました」

「クク……」

「あと2年このままかよ。なげーなぁ……」

「ヴァル、ごめんね」


 ヴァルサスは何故か肩を組んでくれて、キリヤナギは少しだけ嬉しかった。もう少し練習をして挑みに行こうと考えていると、グランジから連絡がきて、その日も2人で帰宅する。


 王宮の廊下を歩いていたら、事務所の方に明かりがついていて、それなりの人数の人影がみえた。


「みんないる?」


 グランジはうんうんと頷いていた。その日は食卓が近く、足を運べなかったがきっと忙殺されているのだろう。

 セシルは尽力していたはずなのに、理不尽であるとキリヤナギは少しだけ複雑な心境を抱いていた。

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