第64話 兄弟の確執


 シルフィが敗北した事で、「王の力」青チームの鉢巻も減らされたが、「タチバナ軍」の赤チームも、「無能力」の黄チームとの戦闘も残りわずかだ。よって作戦としては、フラッグを同率としながら、騎士と黄チームを狩る事で鉢巻のポイントで勝利を掴めばいいと考案していたのに、ツバサは終始、王子への酷い執着からずっと戦う機会を伺っていた。

 「勝たせろ」と言う提案に、キリヤナギの壁になれればと協力はしたが、ミルトニアの思う「壁」とは違っていて、どうしても不満が残る。

 このまま何もせず【千里眼】で見続けるのも、ただの傍観者だとおもうと、尚更何のためにいるのか分からないと、ミルトニアは頬を膨らませていた。


「クランリリー……」

「あら」


 気がつけばアレックスの率いる「タチバナ軍」が、ミルトニアを囲っている。

 しかし、残りの「王の力」の青チームは王子討伐のために出てゆき誰もいない。


「ご機嫌よう、マグノリア卿。ここにはもうフラッグはございませんよ」

「あぁ、そうみたいだな。移動したのか?」

「えぇ、ハイドラジア卿は、残りの生徒を連れてキリ様の討伐へ向かうと」

「は? 何故だ? 王子は何も持っていないぞ?」

「私も深くは存じませんが、あなた方の士気を削ぎたいのではと考察しております」

「……ツバサの独断か」

「あら、察しがよろしいのですね」

「ここまでの采配は見事だ、クランリリー。賞賛に値する」

「ふふ、キリ様の壁になれたのなら、この上無い光栄ですわ」

「お前ほど厄介な『壁』はいない。最有力とは名だけではないな」


 王子の婚約者候補生の中でミルトニア・クランリリーは、最有力候補として噂されており、アレックスはその狂人度合いから信じられもしなかったが、この体育大会で【千里眼】の扱いだけでなく、大隊を率いる指揮力や判断力をみれば納得もせざる得ない。

 そしてまたクランリリーは未だ成人にも満たない年齢で、大手事業をいくつも運営する事業家でもあり、運営力だけでなく政治力も兼ね備えまさに理想の貴婦人とも言える。


「私はキリ様に相応しい女になる為に努力したにすぎません。あぁ、キリ様。いまもこの大会を心から楽しんでおられて、ミルトニアはそんな貴方を見るだけでも幸せですわ……」

「……」


 うっとりする彼女に、アレックスは何も言えずにいた。ミルトニアは優秀だが、こちらと戦う気配は微塵も無さそうで尚更対応に困る。


「クランリリー嬢はどうする?」

「ハイドランジア卿からの言伝は終わりましたので、素直に鉢巻をお渡ししようと思っておりましたが」

「そんなに王子が好きなら、捕虜になって生で見ているといい」

「あら!」

「代わりにその通信を聞かせてもらうが構わないか?」

「もちろんですわ! 私のこのチームでの役目は終わりましたし、この目でキリ様を舐めるように見ることができるのはこれ以上ない幸福!! ぜひご一緒させてくださいまし!」

「あ、あぁ、交渉成立だな」

「今こそキリ様の有志をお写真に納めるチャンスですわ! マグノリア卿! お先に失礼しますわー!」

「待てぇぇーー!!」


 全速力で走るミルトニアを、アレックスを含めた生徒達が後を追う。ヴァルサスにもまた、ツバサが率いるチームが動いたと聞き、取られないよう本陣に置いてきたフラッグも持って助っ人へと向かう。


 そんな場が動いて行く中で、キリヤナギはイヤホンを外してセシルとの戦いを楽しんでいた。

 ヴァルサスがフラッグを奪取した事で、青チームのフラッグを奪わなくとも、ほぼ優勝が確定したからだ。あとはキリヤナギがここでセシルを認めさせ、緑の鉢巻を奪えればさらに優勝が近づく。

 必ず勝ちたいと思い、集中したいと言うと2人は許してくれた。音声への意識が無くなった事で、キリヤナギの動きにキレが増し、セシルがそれに応えてゆく。

 卑怯な手を使わずに愚直に戦いにくる王子は、セシルの見込み通り誠実で、誰よりも正しい正義をもっている。

 王子と言うよりも騎士に近いその性格に、セシルは勿体ないと思いながらもその意思に応じていた。

 もう何分も打ち合って行く中で、先に動きが鈍ったのは王子だった。ふらついて膝をつき、汗だくになる彼は未だ一回も攻撃がはいらないことが悔しくも嬉しくなる。


「強いぃ……」

「はは、殿下はもう少し体力を温存する立ち回りを意識された方がいいですね」

「やってるー!」

「なら、誘いに乗らないようお気をつけを」


 見に来ていた3回生の審判から水を渡されて、キリヤナギは一気飲みしていた。

 セシルは座り込んでしまった王子をみて、腰の鉢巻に手を触れる。しかし、目の前のキリヤナギはセシルとは違う方向へ目線が向いていた。

 林の方からくる大勢の生徒は、砂埃を上げながらこちらへと真っ直ぐに走ってくる。

 セシルはそんな彼らをみて眉を顰めた。 その迷いのない動作は、自分の意思で動いていないとひと目でわかるからだ。


「【服従】……」

「え、」

「殿下。お気をつけを、そこの方も離れてた方がいい。彼らは今、命令によって自制ができない状態かと思われます」

「【服従】で……?」

「はい。【服従】は、かかりてがその命令を達成したと認識するか、司令塔がその命令を取り下げたり、『王の力』を奪取するぐらいしか解除方法はない。命令によっては体が動かなくなるまで戦い続けます。お気をつけを……」

「騎士さん。これは中止した方が無難ですか?」

「ルール上、可能なことならば『使ったから中止』と言うのも違うとは思うのですが……」

「……ツバサ兄さんだよね」

「……存じません。しかし、殿下お一人では、どうなるかわからない。ここはお仲間と合流された方がいいかと」

「わかった。ありがとう、セシル」


 セシルは腰の鉢巻を解き、王子へと投げ渡してくれた。他ならぬ自身より強い騎士に認められた気がして嬉しくなる。


「私も楽しかったです。ご武運を」

「ありがとう!」


 キリヤナギは一度、イヤホンをつけて連絡をとり、動いていたヴァルサスと合流した。そしてやはりツバサの【服従】によるものだとわかり納得する。


『ヴァルサス、王子と抑えれるか?』

「アレックス。こっちもう10人ぐらいしかいねぇぞ、無茶言うな」

『なら、私が合流するまでだ、王子とどうにかしろ』

「フラッグ取られるぜ?」

「兄さんどこにいるんだろ……」

『ハイドランジア卿は、おそらく一緒にいると思う、私が合流出来れば挟み撃ちができるぞ、やる価値はある』


 少し悩む二人に残った数十名の生徒は、戸惑っていた。ツバサが率いているのは約30名。

 数では明らかに部が悪く普通に戦えば押し負けるのは目に見えているからだ。


「やる!」

「王子……」

『王子の実力に賭けろ。10分、5分だけ耐えてくれ、あとは後ろから押し込む』


 アレックスの隊は殆ど数が減らずのこり25名はいると言う。うまく合流が出来れば十分勝機はあると思うと、何故かキリヤナギはワクワクしていた。

 しかしヴァルサスは逃げればいいのに敢えて戦いに行く王子へ感心する。


『漁夫の利を狙う黄をよくみておけ、おそらくフラッグは本陣、鉢巻を狙って居るはずだ』

「わかった」


 そのはっきりとした返事に、そこにいる全員が背中を押されていた。そして目前にまで迫る「王の力」青チームに向けて、キリヤナギは向かって行く。

 こちらを倒さんと飛び込んでくる青に、キリヤナギは前転する事で、大軍の中へと飛び込み、解けそうな鉢巻を探す。

 しかし、シルフィが率いかつツバサが仕切るチームとして、その結び目は硬いものばかりで、解けるものが殆ど見当たらない。

 よってキリヤナギは、鉢巻を二の次におさえ、武器の握りが甘い生徒から武器を放させて倒しつつ、ヴァルサスの進軍を援護してゆく。

 キリヤナギが飛び込んだ事で、視線を追うように振り向いた前線に「タチバナ軍」は追撃するようにそれを崩していった。


 -王子を倒せ-と命令された彼らは、そのキリヤナギに惹きつけられるように、他に迫る生徒には目もくれず、確実に数を減らされ、その人数の多さから紛れ込んだ黄チームにすら鉢巻を取られて行く。

 そしてキリヤナギが大軍を抜け、大きく 

外周を走っていると、外れた場所からゆっくり歩いてくる生徒に気づいた。

 模造刀を引きずり、2本のフラッグを持つ彼は、キリヤナギを見て嬉しそうな笑みをみせる。


「ご機嫌よう、王子。会いたかったよ」

「ツバサ兄さん。【服従】を解いて、ゲームにならない」

「僕に指図するな、王子には仕えないと言ったはずだ」

「そうじゃなくて、このままじゃツバサ兄さんも勝てないよ?」

「黙れ! 余計なお世話だ!」


 話していても、生徒の彼らがキリヤナギへ向かってくる。その武器の振りは、プロテクター越しではなく、頭や脇などを狙われていて、キリヤナギの表情が変わった。

 そして鉢巻を取られた生徒ですらも制御が効かず、審判に笛を鳴らされている。


「ハイドランジア卿。今すぐ【服従】の解除を!」

「五月蝿い! 【服従】は今から使うんだ。よく見ておけ!!」

「っ! 王子! 耳を塞げ!!」


「-跪け! 王子!!-」


 叫ばれた声の波動は、その場にいる全員へと響き渡り皆がそこへと視線をおくる。

 その一連の出来事は、確実にキリヤナギへ【服従】が付与された事を意味し「タチバナ軍」の柱が壊された事に同義するからだ。

 ゆっくりと膝をつき、武器を下ろしたキリヤナギに向けて、未だ【服従】により「王子を倒せ」と命令された彼らが、輪となって襲いかかる。

 試合でもゲームでもなく、個人の解釈に委ねられたその「倒せ」は、「気絶」だけでなく「殺す」ことも視野に入っている可能性がありセシルは背筋が冷えた。

 しかし、行動は遅く間に合わない。盾になるしかないと、セシルが数歩進んだ時、動かないと思われた王子が、動いた。

 前転しギリギリで前に出たキリヤナギは、中央へ雪崩れ込む生徒を後ろに、ツバサへと走り込む。


「何故だ! 何故動ける! キリヤナギ!」


 ツバサの動揺にキリヤナギは動じずに攻めにゆく。持ち前の速さで振り抜く武器をツバサは動揺から、受けてガードすることしかできない。

 これにはセシルも唖然とするしかなかった。

  7つの「王の力」の一つ【服従】は、声の命令を直接脳の神経系へ届ける事で、相手を従わせるものだが、その命令はあくまで【言葉】であり、その意味の解釈によって個人差が発生する。

 つまり、【服従】によって「倒せ」と命令されたならば、その個人によって、相手を「気絶」させるか、それとも「殺す」なのか解釈が分かれ、行動に違いがでる。

 キリヤナギはこれを利用し、ツバサの「跪け」を「騎士の礼」として解釈した事で、その硬直はあくまで一礼として遂行され、掻い潜ったのだろうと考察した。

 

「何故だ! 王子!」

「【服従】を解いてくれたら教える!!」


 その余に想定外の出来事に、ヴァルサスも一瞬呆然としたが、王子を倒せなかった事で、再び向かってゆく集団を即座に止めにゆく。

 また、異常を聞きつけたジンとセスナも駆けつけ、いつでも介入出来るよう待機していた。

 

「ヴァルサス!」

「アレックス!! 頼む!!」


 ようやく合流した「タチバナ軍」の赤チームの本隊が加勢に入り、その波は止まったが、その制圧をのがれ数名がキリヤナギへと走っていった。

 ヴァルサスは追おうとするものの、静観していた黄チームの彼らに抑えられて驚く。


「力を奪取しろ!! 王子!」


 アレックスの叫びに、キリヤナギは答えるようにツバサを押し込む。しかし、ツバサの太刀筋は重く、他の生徒のように簡単に武器を放すことができなかった。

 振り込みの際に甘くなりがちな握りは、しっかりとしていて、狙っても簡単には外せず、弾き合いが続く。

 抑え込み、攻防が止まった段階でキリヤナギは更に叫んだ。


「僕と兄さんの問題に、みんなを巻き込むのは間違ってる!」

「黙れ! お前なんかに僕のことがわかってたまるかぁ!!」

「兄さん、やめて!!」


「-負けろ!! 王子!-」


 再び発された命令に、再びその場が凍りついた。模造刀の音が止まり、抑えていたキリヤナギの力が緩んで離されて行く。

 その一連の動作に、ヴァルサス、アレックスですらも、唇を噛んで目を逸らす。

 ツバサは笑みをこぼし、ようやく終わったとしながら、審判がキリヤナギの様子を見に来た時、動くはずのない彼の口が動いた。


「ツバサ兄さん」

「っ!」

「僕は、もうずっとツバサ兄さんに負けてる」


 俯いていた顔が上がり、ツバサはただ絶句していた。


「鬼ごっこでも勝った事ないし、ボードゲームも負けてばっかりだし、この体育大会でも、マグノリア先輩がいなかったら何もできなかった」

「……」

「……だから、僕はもうずっと兄さんに負けてる。……だけど」


 その時のキリヤナギの踏み込みに、ツバサは対応ができなかった。

 武器を離され一気に床へ倒したキリヤナギは、ツバサの首元へ模造刀を突き立てる。


「……剣だけは絶対負けたくない!」

「……!」

「-オウカの王子。キリヤナギの名の下に、貴殿の力【服従】を返却せよ!!-」


 紡がれた王族の命令に、ツバサからその「王の力」が消えて行く。【服従】の拘束力を失った彼らが、一気に正気にもどり、嵐のような空気がまるで解けるように穏やかになっていった。

 そして、愕然とするツバサを心配しながらも、キリヤナギは、鉢巻を解きフラッグを一本を入手する。 

 これにより「王の力」の青チームの総長と副長2名が脱落、または捕虜になったことで続行が不可能になったことと、「無能力」の黄チームもまた「降伏」を表面したことから、フラッグを3本を手に入れた「タチバナ軍」が輝かしい活躍をのこし、優勝した。


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