第63話 騎士との相対

 一方で、進軍を始めたキリヤナギとアレックスは、中央の拠点から開けた場所を通りどこから林の中へ入るか考察する。

 人数差があり、正面で当たっても勝率は高くないことから、出来るだけ場から有利に取れるように動きたいと思っていたからだ。


「いい場所は無いか? 王子」

「えーと……」


 キリヤナギは走りながら1週間前の下見のことを思い出す。フラッグが立てられる場所を探す作業で、演習場を隅々まで歩き回っていた時、シルフィと気をつけた方がいいと思った場所があったからだ。


「林の南側の地面が緩かったかも?」

「それは?」

「ぬかるんでる? 湿ってる地面というか……」


 アレックスは少し考え、使えるかもしれないと、林の南側から進軍をすることにした。

 見えてきた林に人の気配がないことを確認していると、ふとキリヤナギが突然立ち止まり、アレックスが驚く。


「どうした? 王子」


 キリヤナギの目線の先には赤の騎士服が揺れていて、皆はしばらくそれを眺めていた。

 肩に羽織るその騎士服を翻した彼は、長いドレッドヘアーを靡かせ、緑の鉢巻を腰に下ろしている。

 

「ご機嫌よう。殿下、お揃いの皆様もはじめまして。宮廷騎士団、ストレリチア隊、大隊長。宮廷特殊親衛隊隊長のセシル・ストレリチアです。お見知り置きを」

「騎士か……大隊長とは」


 皆が眉を顰め、優しく笑うセシルをみる。

 宮廷騎士団において大隊長とは、約千名の兵を束ねる12人の隊長騎士を指す。

 彼らは、騎士団の頂点へと属し通常青の騎士服より色を変え、赤の騎士服を纏って格の違いを誇示する。


「先輩。あと任せていい?」

「王子、これ以上鉢巻を取ることに意味はないぞ?」

「ちょっと戦ってみたくて……」


 アレックスは呆れながらも、キリヤナギのまっすぐなその目に感心もする。

 序盤から指示に従い、確実に役割をこなす王子に「やりたい事」があるなら、それを許せる部下でもありたいと思ったからだ。

 

「仕方がない。呼んだらすぐにきてくれ」

「うん。中断してでもいく。ありがとう」


 キリヤナギを残し、アレックスは皆を連れて林へと向かう。

 目を逸らさずゆっくりと武器を抜いた王子に、セシルも優しい微笑で応じてくれた。


「光栄です、殿下。【服従】の対策はしておられますか?」

「ううん、全然」

「ならばここは使わず、誠心誠意お相手させていただきましょう」


 セシルは2本の武器を持っていた。

 抜かれた武器は模造刀で、キリヤナギと同じ木製の物。もう一本は騎士として役目を果たすための物だと推察する。


 キリヤナギはセシルと戦うのは初めてだった。

 訓練は素手だとグランジ、剣はリュウドがみてくれていて、ストレリチア隊の皆とは殆ど戦った事はない。

 だからこそ、キリヤナギは自分を守る騎士が、果たしてどれほどの実力があるのか興味があった。

 もし強いなら、その力を身をもって知りたいと向かってゆく。

 セシルはまず、真っ向からそれを受けてくれた。受けたあと、連続して繰り出す凪を、全て弾くように応じてくれる。

 テンポがよく、正確に一定のリズムが刻まれていて、キリヤナギは合わせられていると悟った。

 セシルにはまだ余裕があるとわかり、速度を上げる。またフェイントから振らせた後に隙をつこうと攻めたが、左腕に仕込まれていたストッパーでガードされた。

 強いと、キリヤナギの中で気持ちが高揚する。


「お上手です、殿下」


 さらに長く、打ち合いが続く。一見互角にも見える戦いは、セシルにまだまだ十分な余裕があって、キリヤナギの体力が削られているだけだ。

 このままで勝てない。

 だがキリヤナギの繰り出す攻撃の手段は、全ていなされ受けられ、回避される。隙もなく、作らなければと、キリヤナギは腰を落としながら後ろへと回り込み、足を狙った。

 が、屈んだキリヤナギ肩へ体重をかけられ、まるで縄跳びのように回避もされる。

 翻され再びリセットされた対面に、キリヤナギは息切れながらも楽しくて仕方なかった。


「……すごい」

「私はまだ動けますよ」


 キリヤナギもまだ動けると、果敢に向かってゆく。

 そしてその頃、ヴァルサスはルーカスの黄チームと接敵していた。ルーカスもまた、アレックスの読み通り、赤の拠点を目指そうとして鉢合わせしたのだ。


「一人も逃がさねぇ! いくぜ!」

「フラッグは置いてきているな。なら貴様を倒してゆっくり撮りに行く!」


 相変わらず、ヴァルサスの動きは「タチバナ」が邪魔をする。「癖」による動作の遅れに、ルーカスは好機として攻めにくるが、ヴァルサスは以前の自分を思い出しながら、丁寧に対応した。

 騎士の父、サカキ・アゼリアに教わった立ち回りが戻ってくるにつれて、ようやくルーカスの動きに合わせて動ける。

 振られてくる武器を弾き、あえてプロテクターで受けながらガードを繰り返していると、ルーカスの頬へ汗が滲んでいるのがわかった。

 

「なんで姫に付き纏ってんだよ!」

「うるさい、お前たちとは違い、我らは称号も何もないんだ、それで好きな人を崇めて何が悪い!」

「嫌がってんだろうが!」

「ならこの気持ちをどこへやれと言う! 我々は誰にも迷惑をかけずにやってきたのに、それを壊したのはお前達だ!」

「誰と付き合おうが姫の勝手だろ! 本当に好きなら楽しそうにしてるだけで十分だろうが!」

「そうであれば我々も関与はしなかった。彼女は王族が苦手だと我々は誰よりも知っている!」

「お前らが嫌だからつるんでんだよ! 気づけ!」


 埒が開かずヴァルサスは一度押し返して距離を取った。そしてククリールが自身の気持ちを推してまで王子と関わっていた理由もある程度察した。

 他ならぬ誰かの意思を、自分が誰よりも理解していると言う傲慢な思考は、もはや本人の気持ちですら、付け入る隙を与えないのだと、呆れすら覚える。

 ルーカスの立ち筋は想像以上に訓練されていて、ほぼ互角のヴァルサスも時間が経つにつれて動きが鈍る。

 同行してきた生徒達は訓練に非参加のものばかりだが、まず戦い慣れてない者から倒され鉢巻の奪い合いが始まっていた。

 フラッグ何処だと、ルーカスの引き付けながら応戦していると、片耳のイヤホンから、「無能力」の黄チーム本陣にフラッグがないと言う連絡が入ってくる。

 なら誰かが持っていると、ヴァルサスは下がりながら俯瞰して探した。

 

「フラッグはこの中の誰かが持っている。お前にわかるか!?」


 ブラフかと思いながらも、ヴァルサスは距離を取りながらルーカスの体にそれを探す。

 彼はそれを察したように攻めてきて、他に意識が向かないようヴァルサスを引き付けているようだった。抑えられている最中、後ろから鉢巻を狙いにくる生徒に気づき、武器を滑らせて間を潜る事で逃れる。

 一度下がって俯瞰すると、集団から外れ赤の本陣を目指す数名がいた。

 その腰に下げられたフラッグに、ヴァルサスは迷う。

 目の前にはギリギリの中隊戦。

 お互いに兵を削り合う戦いで、副長たる自分が抜ければどうなるかと不安にもなっていた。


「行って下さい副長!」

「いけー!」


 本隊を抑えながら叫ばれた言葉に、ヴァルサスは迷わず駆け出すが、追ってきたルーカスに再び止められる。


「行かせるかぁ!」


 ルーカスの飛び込みをガードし、ヴァルサスは一気にそれを押し返した。


「邪魔すんじゃねぇ!!」


 ルーカスの体が宙に浮き、そのまま一気に畳み掛ける。模造刀の持ち手でプロテクター越しの胸を殴り込み。

 押し倒したヴァルサスは、腕に括られていた鉢巻を一気に解いた。

 それを見て呆然としていた黄の生徒も倒し、ヴァルサスはフラッグを持つ生徒へと捕まえて奪いにゆく。


 先行していた黄の3名は、ヴァルサスを囲い込みながら向かってくるが、彼にはそれが見えていた。

 「タチバナ」などいらないと、サカキ・アゼリアの影をそこに見た時、全員の武器が宙を舞う。

 再び持ち手で生徒を押し倒したヴァルサスは、鉢巻を解いてフラッグを奪った。


「とったぜ!! みんな!!」


 響いた声に応えるように、士気が戻ったヴァルサス率いる一軍は、一気に黄チームを押し返してゆく。


 そして同時刻。

 シルフィは現れたアレックスの位置をミルトニアより連絡を受け、30名の生徒を率いて進軍を開始していた。

 元々指揮が苦手なシルフィは、副長でありながらも、ツバサより【身体強化】の生徒の補助に回るよう指示を受けていたが、先程の口論から遠回しに「目の前から消えろ」と言われたのだろうと思う。

 普段から兄ツバサは、思い通りにならないことがあると逆上し、キリヤナギだけではなく他の生徒にまであの様な態度を取る。

 かつて幼いシルフィは、そんな兄が恐怖であり、活発であれど穏やかで優しいキリヤナギに逃げていたのだろうと、反省していた。

 激怒する兄に動じず、冷静に言葉を理解する王子は、その本心がシルフィを大切に思う故の言葉だと、誰よりも理解して嫌いではないと言ってくれる。

 大好きな兄が、どんなに辛い言葉を投げかけても、その態度が変わらない王子に救われていたのはシルフィだった。

 兄を受け入れてくれるのがキリヤナギしか居ないと思うと、シルフィにもまたキリヤナギしか居ない。しかしそれは、押し付けであることもシルフィは理解していた。


 ミルトニアの指示に従い、シルフィは防衛戦を貼るために南側へと急ぐ。

 キリヤナギが来ないと聞き、何故かホッとした自分もいて情け無いと思いながらも、目の前に現れる敵の元へ向かった。

 そして、岩の上に堂々と立つ金髪の男をみて驚く。

 アレックス・マグノリアは、岩の上に立ち上がり、まるで狙ってくれと言わんばかりにそこに立っている。

 シルフィは囲い込もうと前に出た時、先に進んだ生徒が大地のぬかるみに滑って転んだ。

 驚いて足元をみると、まるで雨上がりのように大地が湿っていて驚く。そして、アレックスに気を取られ、判断を誤った自分に後悔した。

 

 途端周辺から、赤の鉢巻を持つ「タチバナ軍」赤チームが続々と姿を見せ、畳み込まれてゆく。

 【認識阻害】の生徒も鉢巻を奪われ、【身体強化】を持つ数名も、使う前に足を取られて脱落していった。

 唯一、「無能力」の生徒が互角にやり合いながらも、能力者から順に倒されてゆきシルフィは混乱する。

 そして、目の前にいた筈のアレックスがいつの間にか消えていて、更に驚いた。


「生徒が少ない。他は本陣か?」

「……はい」


 いつのまにか後ろに回られていて、シルフィはため息が落ちた。今年の体育大会は、去年以上に役割がなかったと悔いも残る。


「あまりいい判断とは思えないが……」

「お兄様は、いつも通りですよ。指揮のほとんどはクランリリー嬢がとっていました」

「そうか、ここには何故一人で?」

「お兄様に、頭を冷やせと……」

「それがいつも通りか……?」

「はい。今日は機嫌が悪いようです」


 淡々と話す辛そうなシルフィに、アレックスは言葉に迷った。しかし、このまま彼女を捕虜や本陣に返しても、尚更辛い事があると判断する。

 

「私は大丈夫です、自由に」

「なら、先に終わって待っているといい」

「ありがとう。アレックス」


 アレックスは、シルフィの鉢巻を丁寧に解き、「王の力」青チームの防衛戦を突破する。

 その報告を受けたツバサは、シルフィが脱落した事にさらに眉間に皺を寄せ、鬼の形相でミルトニアを睨みつけていた。


「シルフィ……何故だ」

「大地のぬかるみをうまく利用されたようでした。ハイドラジア嬢は元々指揮が苦手と仰っておりましたが……」

「黙れ、クランリリー!」

「お言葉ですがハイドラジア卿。マグノリア卿がここへ辿り着けば、我々は明らかに不利。ここは残党の黄チームのフラッグを奪い、鉢巻を回収するのが無難かと、また残った騎士、セスナ・ベルガモット卿へ再戦を」

「どちらにせよ、鉢巻が足りないならフラッグと一緒に誘き寄せればいい話だ」

「? それは?」


 ツバサは周りに立つ防衛軍となった生徒を見る。彼らは向けられた目線に恐怖を覚えたのか震えていた。


「僕の声を聞け、-王子を倒せ-」


 紡がれた【服従】に、ミルトニアは驚いた。そして、2本のフラッグを持って歩き出すツバサを目で追う。


「クランリリー、お前はここに残り、マグノリアに伝えるんだ。僕はフラッグを持って王子の元へゆくと、【服従】の兵が王子を倒しに向かうと、そうなれば散らばっていた鉢巻も纏めて回収できるだろう?」

「最善とは思えませんが、確かにハイドラジア卿。貴方であればその借り受けた力で、不可能ではないかと」

「僕の力は【服従】。王子を含め全てを従わせればいいだけだ」

「なるほど、かしこまりました。お気をつけて」


 立ち去って行くツバサに、ミルトニアは表情を崩さず見送った。


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