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第62話 逆転された
「お疲れ様です、殿下」
演習場に広く場所をとった一般観覧席で、生徒の家族達はピクニックシートを引いて体育大会を鑑賞する。
キリヤナギもまた休憩にはいり、お弁当を持ってきてくれたセオの元へ、ヴァルサスとアレックスと共に戻っていた。
「まさかフラッグが取られちゃうなんて……」
「悪かったよ……」
「それ以前になんでここなんだ? 屋内じゃないのか?」
「すみません、マグノリア卿。人が多くて座れなかったのでこちらに」
「王子なのにか??」
アレックスの疑問は最もだが、屋内のテーブル席は限られていて参加生徒の家族まで賄える座席はなく、キリヤナギはそれを許容するため演習場の一部を解放し、観覧席として広く取る事にした。
結果的にここには、一般生徒の家族が沢山見にきていて、楽しそうにお昼を過ごしている。
セオは王子が姿を見せた事で、作ってきたおにぎりのお弁当を広げ、早速3人に振る舞ってくれた。
「本当、不甲斐ないぜ。悪い……」
「ヴァル、取り返せばいいし大丈夫だよ」
「しかし、あまり悠長には言っていられないぞ、フラッグを取れない事には、いくら鉢巻を確保しても順位は揺るがないからな」
セオのおにぎりを食べながら、デバイスのアプリで集計結果をみると、「王の力」青チームはフラッグ2本に鉢巻が70本。「タチバナ軍」の赤チームがフラッグが1本に鉢巻が80本。「無能力」の黄チームがフラッグ2本に鉢巻60本だった。
鉢巻の数はずば抜けて多いのに、フラッグが1本に落ち着いた事で最下位となっている。
「残り兵数は青が60名。赤が50名。黄が30名だな。順当にいくのなら、黄チームのフラッグを二本奪うのが無難だとは思うが……」
「……」
集計結果を見ながら考察するアレックスに、ヴァルサスは何も言わずに沈んでいる。
その思い悩む表情へ、キリヤナギはどんな言葉をかければいいか迷った。
「黄色、強かった?」
「いや、俺が『タチバナ』に甘えてたんだ。あと王子が強かったし」
「……懸念した事ではあったが、序盤はあくまで陽動が刺さったのだろう。本陣に残った生徒も皆疲弊していたからな……」
「責めないのかよ」
「ただのゲームで責めてなんになる? これは戦略戦だ。「タチバナ」を学んだとはいえ、たった2週間ではやはり【素人】でしかない。それ前提にできなかった指揮官の敗北だ、気にしなくていい」
キリヤナギは少し感動していた。ヴァルサスもようやく目線が上を向いて、渡されたセオのおにぎりへ口をつける。
「先輩は青チームと戦ってどうだった?」
「あくまで【素人】の感想だが、驚くほど相手に刺さっていた。人数差もあり無茶はできなかったが、僅かに残った防衛軍ならば、十分に相手にできる」
「本当か?」
「うん、『タチバナ』はそんな感じだから、ルーカス先輩の黄チームより、ツバサ兄さんの青チームにフラッグ取りに行く方がいいかも?」
「だがそれでは、ルーカスに後ろを取られかねない。ここは隊を分断して、黄と青の一本づつのフラッグを狙いに行き、挟み撃ちを避けつつ、自陣へ来るのを抑えるのが無難だと思う」
「人数たりなくならないかな?」
「黄は最悪、戦わず引きつけるだけでも十分だ。要はフラッグ一本であり、赤と青のみで戦える状況を作る。二つのチームを同時に相手にする状況だけは避け、優位になる青から一本を奪取できればいい」
「……」
「なんだ?」
「アレックス、お前すごいな」
「元生徒会長候補を舐めるな。だがこの分野は私の専門だ。王子の優勝を目指すなら、全力で手をかそう」
「ありがとう、先輩。頑張るね」
「王子のスペックが想像以上だったのは嬉しい誤算でもある。序盤であれを見せた事で、「タチバナ軍」の指揮は王子は負けないかぎり下がらないだろうからな。勝てそうか?」
「ツバサ兄さんの『王の力』次第かなぁ。【細胞促進】なら殺されそうで怖い……」
「知らないのか? 去年と同じならおそらく【服従】だが……」
「めちゃくちゃ厄介じゃねぇか……」
「前半戦は、青の本陣にも姿が見えなかったが、……後半は流石にでてくるだろう。耳栓はあった方がいいかもな」
騎士ならば【服従】の誤発防止の機器があったとキリヤナギは記憶を辿る。しかしこの学生演習で使うのは反則にも思えて、考えるのはやめた。
アレックスに作戦の詳細をききつつ、セオのおにぎりを楽しんでいたら、周辺を歩いている学生の家族と目があって二度見された。
手を振って応じていると、こちらへ歩いてくる男性に目が留まった。黒髪に青目の彼は、見覚えのある雰囲気でキリヤナギは思わずヴァルサスを見る。
「どうした?」
「あの人似てるなって」
「あ……」
ヴァルサスが手を振ると、こちらへと歩いてくる。長身でそれなりに高貴な服を着ていてキリヤナギはしばらく呆然と見ていた。
「ご機嫌よう、キリヤナギ殿下」
「兄貴、結局来たのかよ……」
ヴァルサスの言葉に男性は微笑をこぼす、兄貴と呼ばれた彼は膝をついてキリヤナギと目を合わせてくれた。
「お兄さん?」
「はじめまして、ヴァルサス・アゼリアの兄、シュトラール・アゼリアです。普段は王宮の医務室にて仕えております」
「こんにちは!」
「お疲れ様です。シュトラールさん」
「ツバキ殿。いつもお世話になっている」
「セオも知り合いなの?」
「医務室の室長ですからね」
「へぇー」
「王宮勤めなのに、知らないのか?」
「私は去年、配属されたばかりですから、無理はないかと」
「兄貴は何しに来たんだよ」
「救護班の助っ人だ。ベルガモット嬢が救急箱を忘れたと聞いたので届けに来た。そんな事より、お昼は適当に済ますと言いながらずうずうしいぞ、ヴァルサス」
「うるせぇよ」
「殿下から元々伺っておりましたから、気にされず」
「申し訳ない。弟が世話になっている」
シュトラールが持ち込んだバスケットには、作ってきたのか数人分のお昼が入っていた。ヴァルサスはバツ悪そうにしながらもシュトラールが持ってきた水筒からお茶を飲む。
「もう食えねぇよ」
「全く……」
「シュトラールさん。間も無く騎士も休憩にくるので、そちらでわけても構いませんか?」
「えぇ、それならば助かる。……ヴァルサス。私はこれから持ち場に着くが、あまりですぎた事をするんじゃないぞ?」
「うるせぇ!! わかってるよ」
シュトラールはそう言って、バスケットだけを残して去ってしまった。持ってこられたそれは、ヴァルサスのために作られたのサンドイッチでキリヤナギもまた納得する。
「ヴァルのお弁当ってお兄さんが作ってたんだ」
「そうだぜ。うちは母さんが料理苦手だから」
「へぇ……」
「使用人がつくらないのか?」
「うるせぇ! お前らと一緒にすんな、一般なんだよ」
「でも兄弟って羨ましい。楽しそうだし」
「チビの頃は楽しかったけど、今は鬱陶しいだせだぜ、こんな感じに」
「賑やかでいいじゃん」
楽しそうに話すキリヤナギは、シュトラールのお昼も味見して楽しんでいた。後からはジンとセスナも顔を見せ、しばらく休憩をした後、再び3人は「タチバナ軍」赤チームとして、持ち場へと戻る。
機嫌が治ったヴァルサスだったが、定位置に行く途中で立ち止まり、慎重に口を開いた。
「王子」
「? どうかした?」
「俺、ルーカスのとこにフラッグを取り返しに行く」
「え」
休憩時間で決めた作戦は、キリヤナギがルーカスの黄チームへ向かい、ミルトニアの監視を逸らしながら戦おうと話していた。
「タチバナ」の経験が長く「癖」もほぼないキリヤナギなら、抑えることができると判断だ。
「俺がやらかした責任をとってくる。フラッグも」
「無理に取らなくてもいいんだぞ?」
「このまま負けっぱなしでいられねぇんだよ。頼む」
キリヤナギは思わず周りの皆を見回した。彼らは別にキリヤナギでなくともいいと言ってくれて、安心もできる。
「わかった。無理しないでね」
「助かる」
「なら王子はもう一度青だな。クランリリーが懸念に残るが……」
「それなんだけど、僕の名前だしていいよ……」
「……いいのか?」
「……うん。頑張る」
顔を青くする王子に、アレックスは不安になるが、ミルトニアの意識を反らせるならそれはたしかに活路になるだろう。
【千里眼】の戦況の俯瞰は、どの部隊がどこにいるかを時差が発生せず正確に指揮を取れる。つまり彼女がいる限り、不意打ちが効果を発揮することはないと言える。
キリヤナギは酷く苦手だが、彼女を脱落させなければ、この体育大会で優勝はないだろうとすら思うと戦うしかないのだと腹を括った。
脱落した生徒から応援を受け、キリヤナギは皆の鉢巻を確認したのち、開始の合図と共に二手に分かれて走り出す。
そしてその頃「王の力」を持つ青チームは、休憩を終えても酷くイライラしているツバサにみな戦々恐々としていた。
シルフィはそんな彼の横で、かすり傷を負った生徒や【身体強化】を使った生徒を【細胞促進】で治癒を行う。
「【身体強化】は最後までとっておけと言ったはずだ!!」
「ひぃ、すみません。ハイドランジア卿」
「お兄様、彼はクランリリー嬢を守っただけです」
「ちっ、動けなかったら承知しない……」
「だめです。一時的とは言え繊維がぼろぼろになってはリスクが大きい。ここは他の生徒に交代がよろしいかと」
「シルフィは甘すぎる! これは戦いなんだ、妥協は許さない」
「演習ではありますが、これはゲームです! 身を犠牲にして何の意味があるのですか!」
「甘えるな!!」
「おやめくださいな、ハイドランジア御兄妹。どちらも正しいですわ」
「クランリリー……」
「現状において、我がチームは十分な成果をあげております。そこに争う意味があるとは思えませんが……」
黙って目を背ける兄弟の口論はそこで終わる。ミルトニアは扇子で口を隠しながら楽しそうに笑う。
「あぁ、愛しのキリ様。ミルトニアは壁になれているでしょうか。この身の全ては貴方の為に、どうか乗り越えて下さいまし!」
シルフィは苦笑しながらもそんなミルトニアに安心もしていた。ツバサは苛立ちを隠せず未だぶつぶつと何かを呟いている。
「あら、キリ様は隊を分割されるようですね。よほど『タチバナ』に自信があるのでしょう」
「近づけさせるな。シルフィ、半分の生徒を連れて迎えうて」
「……分かりました」
「お気をつけて、ハイドランジア嬢」
シルフィは小さくため息をつきながらも、任された生徒と共に迎撃へとむかう。
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