第61話 本当の敵

 そんなツバサが追い込まれる中、キリヤナギは20名ごとに隊を分断しながら、「王の力」を持つ青チームの拠点へと向かっていた。

 防衛軍との交戦は避けられないが、正面から戦えば援軍を呼ばれかねない為に、キリヤナギの隊が囮となり、引き付けているうちに本陣へ乗り込む作戦だ。


『王子がこちらの方が良かったと思うのだが』

「ミントがいるんだよね……」


 アレックスは無言で納得していた。

 林へ近づくと「王の力」の青チームと遭遇し、戦闘が始まる。雪崩れ込むように進軍してくる大軍は、大半が普通の生徒であり、キリヤナギは対策されているのだと察した。

 人数では部が悪いと判断し、散開しながら敵を引き付けて対処する。林と草原の間、開けた場所から後ろを取られないよう気を配り、接近してきた一人一人を確実に倒して鉢巻を回収していった。

 そして、大隊の全てがこちらへ動く挙動を見た時、キリヤナギは兵を引いて退避する。

 そしてその間、アレックスは林を大きく回り込み。「王の力」の青チームの拠点へ、背後から接近を試みていた。【千里眼】を持つミルトニア・クランリリーは、その言動から常にキリヤナギを監視していると思われ、正面から防衛軍の本隊を引き付け、その隙に奪取する策略だ。


 3本のフラッグは3本とも別の位置に置かれているのが、回り込んだ丘上からは一本しか見当たらない。

 飛び出して不意をつけるかと思った時、数十名の青チームが飛び出し囲われた。


「丸見えでしてよ」


 ミルトニアの声に、アレックスは絶望する。現れた生徒の数名は、【認識阻害】を持ち、姿を消してこちらへと突っ込んできた。だが人数は少なく、キリヤナギの囮は作用していると判断し、応戦を始めた。

 どうなるかに思えた接敵だが「タチバナ」を学んだ事で、アレックスは近づいてくる「影」のみの存在に、笑みが溢れる。

 見えざるとも存在する敵は、こちらの鉢巻を狙いにくるが、見えない事に驕るその動きは、ただ「殴りにくるだけ」であり、回避は容易で、アレックスは足を引っ掛けて倒した。

 そこ動作で、見られているとわかった生徒は怯み、他の「タチバナ」の生徒へ押し込まれて倒されてゆく。


 いける。という確信を得て、後ろから来た【未来視】らしき異能をもつ生徒が、フェイントに誘われた回避を、逆手に取られて倒れる。

 この一連の成り行きで「タチバナ」の強さを知った生徒の彼らは、「王の力」への畏怖を跳ね除け、向かってきた生徒をどんどん押し返していった。

士気が戻った事で、手薄な本陣へと雪崩れ込んだアレックスは、待機していた「王の力」の青チームのシルフィやミルトニアと対面する。


「マグノリア卿。邪魔しないで下さいな」

「お前が一番厄介だな、クランリリー!」


 この令嬢は、キリヤナギばかりを見る言動が目立つが、自身の役割を誰よりも理解している。

 【千里眼】による戦況の俯瞰から、支持を出しているのはおそらく彼女であると、アレックスは考察していた。

 彼はついてきた生徒の彼らへ、フラッグを探すように指示を出し、ミルトニアを退場させるために前に出る。

 しかし、傍から飛び込んできた生徒にそれは阻止され足を止めた。

 【身体強化】を持つ生徒は、ミルトニアをを守るように立ちながら、更に他の生徒へ、アレックスを囲わせる。


「貴方を捕えれば、キリ様はきっときてくださいます。どうか私とお茶でも如何ですか?」

「本命がいる夫人と遊ぶ程、私はだらしなくはない!」


 【身体強化】を持った生徒が攻めにきて、アレックスは一度さがった。

 周辺を囲っていた生徒は、更に後ろにいた「タチバナ軍」の赤チームを崩され、アレックスは隙間から退避する。

 そして片耳のイヤホンから、フラッグを確保したと報告されたのと、また【身体強化】の厄介さから、相手にするのは早いと判断して、赤チームは一旦撤退した。

 キリヤナギもまた、その報告を受けて距離をとりながら、アレックスと合流する手筈をとる。


『王子!』

「ヴァル、そっちどう?」

『それが黄色が攻めてきてもたねぇ、半分やられた』

『黄か。王子は本陣へもどれ! 後から向かう』

「先輩逃げれる?」


 キリヤナギは撤退しながら自陣へと急ぐが、青チームの本隊は、フラッグが奪われた事でアレックスを探して林へ捜索の為に戻ってゆく。


『大丈夫だ。巻きながら向かうので心配するな』


 少しホッとしながらも、キリヤナギは残った生徒共に自陣へと急ぐ。


@


 ルーカスは「タチバナ」の騎士の驚異的な強さに、どう言葉を紡げばいいかわからなくなっていた。

 十数名の生徒に対して、たった1人の騎士は、向かっていけばステップを踏むように回避して、膝を折らせて倒し、体当たりがこれば腕を掴んで投げる。

 振り込めば手首をつかんで、武器を離させ背中を叩いて床へ倒す。

 まるで全ての立ち回りをわかっているかのように軽やかに迷いがなく、触れることすらできなかった。

 また生徒の皆は、倒されながらも立ち上がり向かって行くが、それもわかったかのように反応して避けては、怪我をしない程度の打撃で再び倒されていた。

 武器を持った相手に対しても全く引けを取らない素手の騎士は、右腰に銃を吊りながらも抜く気配はない。

 まるで遊びのようなそのやりとりに、ルーカスはため息をつきながらも、王子の圧倒的な運動力を見て納得もしていた。


「王子の近衛兵か?」

「はい」


 即答された事でルーカスは更に返答ができなくなり、王子の強さの根源を知る。倒せるだろうかと武器を構え、踏み込んで向かっていった。

 盾を持たない騎士は受けることはできず動作は回避に限定される。ならここでの勝利は、腰の銃を抜かせるか、一撃をいれるかのどちらかだろう。


「つまり、貴方を、倒せれば、王子に勝てるの、ですね!」

「え、多分?」


 武器を振りながらの会話に、ジンはきょとんとしていた。その間も他の生徒が起き上がって向かって行くも、前転から後ろに回り込まれて逃げられる。

 一旦距離を取ると振り出しに戻ったかのように見えるが、ルーカスを含めた皆は汗だくで肩で息をしていた。

 騎士は攻撃してこず、それどころかポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。


「そろそろ休憩?」


 ルーカスも時間をみると間も無く12時が近く中間集計の時間だ。フラッグを奪取に行った彼らが間に合うのか不安にも駆られる。


「はい、それまでに倒せればと……」


 ジンは少し照れながら、時計をポケットにしまい再び生徒へと向き直った。その改まった動作にルーカスを含めた生徒の皆が姿勢を整える。


「じゃあオレにタッチできたら、鉢巻あげるので……」

「それは……」

「いりません?」

「いや、願ってもない……。近衛兵なら王子軍へ渡したいのではと……」

「殿下は多分遊んでくれないんで……、挑んでくれて嬉しかったし」

「遊ぶとは……」

「え……その、戦いに来てくれて嬉しかっただけです。去年は誰も挑みにこなかったって聞いてたし」


 ルーカスが「遊んでくれない」と言う意味を少しだけ察して、皆は再び騎士へと向き直った。

 確かに去年は、序盤から一つのチームが全てのフラッグを奪取し、その時点で他のチームが戦意を喪失して状況が動かなかったと聞いている。

 ツバサが率いていたその一軍は、挑めば【服従】によって軍が動かなくなり、他軍が自軍の鉢巻を守るの選択肢しか取れなくなったからだ。

 しかし今回は、挑みに行った「タチバナ軍」赤チームがそれに怯んだ様子もなく。

 耳元から「王の力」をもつ青チームのフラッグが1本奪取されたと連絡がくる。

 赤へ赴いた「無能力」の黄もほぼ同数の戦いで善戦をしているらしく、間も無くフラッグが奪取できるとするなら、ここで緑の鉢巻を入手することで優勝も視野に入るだろう。

 チャンスがあるなら取るしかないと思い、ルーカスは全員で騎士へ突撃してゆく。

 まるで風のように早く、水のように囚われない動きに、誰も当てることはできないが、ルーカスが振り抜き、腰が落とされたタイミングで倒された生徒が這いずってジンの足を掴んだ。


「覚悟!」


 全力に殴りに行くルーカスだが、腕を取られて掴まれた足を軸に投げられて床へ転がった。

 卑怯な手すら通じない強さに、思わず手の甲で顔を覆うが、突然、布が降ってきて驚く。

 投げ渡された緑の鉢巻に、ルーカスはしばらく呆然としていた。


「こ、これは」

「足掴まれてタッチされたので……」


 倒れた生徒も呆然としていた。


「結構楽しかったです。頑張って下さい」


 自然に笑う騎士の後ろで、ルーカスを含めた彼らは、皆歓喜してハイタッチをしていた。


@


 そして、自陣の防衛をしていたヴァルサスは前半戦の制限時間を目前にしながら、再度進軍してきた「無能力」の黄チームに苦戦する。

 そして戦いながら『タチバナ』を学んだ事での弊害を実感していた。

 対異能力を想定された『タチバナ』は、当然その独自の立ち回りとなるが、それを訓練した事で「癖」がつき、通常の戦いにおいて無駄な動作が発生してしまうのだ。

 対【認識阻害】のために覚えた「影の動き」を見なくてもいいのに見てしまったり、飛び交う敵の「倒せ」や「進め」の指示が【服従】かもしれないと錯覚をおこす、また【未来視】への時間差のフェイントもそれを持たない彼らには効かない。

 そう言う事かと、ヴァルサスは『タチバナ』を誤解していたと反省する。

 それは万能ではなく、あくまで基本を皆伝した「玄人」向けの武術なのだと理解して、どうにか「癖」だけでも抑えようと動くが、染み込んだそれは安易に消えるものではなく、遅れをとって行くばかりだった。

 自陣目前まで迫る「無能力」の黄チームを必死に抑える「タチバナ軍」赤チームは、元々疲弊していた生徒の集まりでもあり、どんどん防衛線が崩されて行く。

 また他の生徒も「タチバナ」の訓練によってついた癖で、うまく動けず序盤の王子の揺動の強さを思い知っていた。

 後ろに心配がなく、進軍のみの黄チームは、余裕から数名を隊の奥へ回り込ませる。


「アゼリア卿! フラッグとられた!」

「嘘だろ!」


 フラッグを取られまいと持ち出していた生徒が鉢巻をとられ、そこから一気に黄チームが撤退して行く。

 お追うと駆け出したとき、突然後ろから抑えられて驚いた。


「放せ!」

「ヴァル、間に合わなくてごめん! もう終わりだから!」


 ヴァルサスを止めたのは、戻ってきた王子だった。「無能力」の黄チームは彼らの合流を察して即座に撤退したのだろうと思う。

 キリヤナギもまた全力疾走で走ってきたのか、ひどく息が切れていて、肩の力を抜いた。


「くっそぉぉ!」


 何もできなかったと、ヴァルサスは思わず床を殴りつける。



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