第60話 遊び相手をさがして

 キリヤナギはどうにか一本のフラッグを確保していた。運営部の通信から、「王の力」の青チームが3本のフラッグを獲得したと知り、「無能力」の黄チームと遊んでしまったことにひどく後悔をする。

しかし、考えでも仕方がなく「タチバナ軍」の赤チーム全員は隊を分断する事なく青チームの拠点へと忙いだ。


「黄チームとしても、本当に勝つ気が有るのならフラッグを狙いに行くはずだ。途中で鉢合わせしないよう慎重に向かうぞ」

「先輩。わかった」

「王子って、個人戦強いのに戦略戦苦手なのか?」

「よくわかってなかった……」

「やっぱりそうかよ!!」

「正直に言ったなら許そう。しかし、人が減らされている。真っ向から向かってもこちらが不利だ。捻るぞ」


 アレックスの後押しが頼もしくて安心する。演習場は広く隅々まで走り回り、ついてきてくれている生徒は汗だくになっていた。

 今にも倒れそうな彼らを、キリヤナギはヴァルサスをリーダーとした防衛軍として本陣へ残し、40名ほどで青チームの拠点へと目指す。


 そしてその頃、西の砂地で「無能力」の黄色たる、ルーカスは1人の男を見つけていた。周辺を確認しながら立ち尽くす茶髪の男は、赤のサーマントをおろしてじっと見ているこちらに気づく。

 肩に緑の鉢巻をかける騎士は、ルーカスへ軽く一礼した。


「どうも。宮廷騎士団、アークヴィーチェ管轄、特殊親衛隊所属のジン・タチバナです。よろしくお願いします」


 「タチバナ」と言う単語に、ルーカスは息を呑み返事ができなかった。そして、その見た事のある顔に思わずデバイスを確認する。


「騎士個人戦第一位。……優勝者か?」


 少し照れたように再び礼をされ、ルーカスは悩んだ。先程の王子との戦いで7割に減らされた生徒は、更に2割が戦意を喪失してしまい、今は本陣で防衛に入っている。

 ここには50名いるが、ここで戦っている間に「タチバナ軍」の赤チームが「王の力」の青チームと接敵すればさらに差をつけられる可能性もある。

 先程接触した時点で、「タチバナ軍」の赤チームとまともに戦えば、負けることは目に見えているからだ。


「みんな、私の隊を残し、全員で赤チームの拠点からフラッグを奪取だ」

「会長。大丈夫ですか?」

「王子にさえ勝てれば悔いはない。ここでフラッグ奪えれば差をつけれる。まかせた」


 10名ほど残し、走り去ってゆく生徒達をジンは感心しながら見ていた。

 向き合った彼らは武器を構え、ジンは答えるように自身の手袋の緩みをなおす。そこからわずかに溢された笑みに、ルーカスはゾッとした。

 戦いの高みに属するものは、その戦闘を義務とせず、戦うことに楽しみを見出して生きているという。この男は間違いなく心から戦闘を楽しみにしてここに居たのだ。


「よろしくお願いします」


 当たり前に交わされた挨拶に、ルーカスはがむしゃらに向かってゆく。


@


 対面した騎士にツバサはその自身の「王の力」を行使していた。

 ツバサに預けられた【服従】は、その声をから脳へ直接信号を送らせ従わせる異能でもある。

 セスナはそれに反応を示し、動かなくなったことで、ツバサはそれが正常に作用したと認識した。が、いつまでも動きを見せず、その確信が揺らいで混乱する。


「ー鉢巻をよこせー」

「ダメですよ。ずるいじゃないですか」


 平然と返された言葉に、ツバサはは動揺した。作用していない【服従】に、言葉が浮かばずに戸惑う。


「確かにルール上は使っていいですけど、せめて実力を見せて頂かないと僕も参加した意味がないですし……」

「何故効かない!」


 ツバサの叫びにセスナは、真っ直ぐに生徒の彼へと向き直る。そして振られた首に耳から伸びるコードに気づいた。

 両耳につけられたそれは耳穴を塞ぐタイプの電子音声端末、イヤホンだからだ。


「我ら宮廷騎士団は、【服従】の誤発に備え、戦闘の際にその特殊波長を防御するシールド式イヤホンを装着しています。【服従】とは、人間の声を介して脳へ直接命令を届ける力。つまり耳からその波長のみをガードできれば無力化します」

「……! ……ずるいのはどちらだ?」

「あはは、確かにどちらか分かりませんが、戦わず奪取するのはどうかと思いますよ。一応僕たちは鉢巻をあげるつもりできてるのに、誠意がないと言うか……」


 話していたら、ツバサが踏切ってくる。セスナは右腕に仕込んだ小手でガードして止めた。


「ならその自慢の機器を破壊してやる……!」

「いいですよ。でもそれなら、僕から全力で鉢巻を奪って下さい。ここで『誠意』で渡すことは、貴方にとっても良くはなさそうですから」

「よこせぇ!!」


 乱暴に接敵してくるツバサに、セスナはスピアの代わりに持ってきた模造刀を抜いた。

 横へ振り抜いてきたそれへ、ツバサが一度引いて、セスナの顔を狙って突く。的確に回避をする騎士は、まるてツバサの動きがわかるかのようにしなやかに動き、無駄がなく、かすりもしない。


「くそっ」

「そうだ、言い忘れました」

「……!」

「貴方と同じく、僕もシダレ陛下から【読心】を借り受けていまして……」

「なん……」

「まずは心を落ち着け、読ませないところから頑張ってください」


 がむしゃらに飛び込んでくるツバサの動きは筒抜けだった。攻撃も遅くはない。動きも的確なその動作に、セスナは動じる事なく回避を続ける。

 やっと武器を止めたセスナだが、カウンターのように押し戻して床へ倒した。


「立ち回りはとても上手いです。でもまだ読みやすい」

「黙れ!!」


 止まらない木製の武器の打ち合いが、林の中へ一定のテンポで響いて行く。相手が学生であることから、セスナはツバサという「生徒」に対して「教員」であるべきだと思っていた。

 騎士と言う身分で参加するのなら、その本分たる戦いの心得を学んでもらえれば良いと思っていたのに、彼はセスナのアドバイスに耳を傾ける気配もなく、敵意をこめ、倒すために強引に攻めてくる。

 【読心】の所持者に対してこれは、感情を剥き出しにしていることから、読まれやすく逆効果であり、まず感情を殺し心を落ち着けることがこの「王の力」を封じるための第一歩となる。

 この騎士との戦いにおいて、掲示された「課題」にすら乗らない彼は、まずこちらから学ぶ気はないとも取れて、セスナは戦うことに意味を見いだせなくなっていった。


「対策されないのですか?」

「必要ない!」


 突っ込んできたツバサに、セスナは回避の動作へ移るが、ツバサがイヤホンコードを模造刀の先に絡めとらせ、外された。


「-負けろ!!-」


 声の波動が、林へと響く。動きを止めたツバサは勝ったと言う確信を得るが、


「すみません。僕にはもう、セシル隊長という心に決めた人がいるので……」


 【服従】はすでにかかっていた場合、重複してかかることはない。

 騎士が【服従】にかかれば、チームの味方となってしまう可能性があるとして、セスナはこの大会中の間、セシルから【服従】を行使されていた。

 どんな命令がくるのかととても楽しみにしていたのに、「ちゃんと真面目に見本をみせること」と言われ、その複雑な命令にかかっているのに、かかった気がしない状態に陥ってガッカリしていたものだが、真面目に向き合いイヤホンを外されてた為、セスナはまぁいいかと鉢巻を解こうとする。

 その直後、ツバサは突然逆上して武器を振り込んできた。その余の剣幕に、セスナは心情を分析しながら、放置はできないと向き治る。


「一度、頭を冷やした方が良さそうですね」 

「黙れぇえ!!」


 連続で振り込まれてくる打撃を、セスナはすべて弾き、いなす。ツバサがどんなに隙をつこうとも、相手が早く、読まれ、受けられて入らない。

 更に舌打ち、速度を上げようとした時、手元から武器が飛んだ。無残にも大地へ転がった模造刀に、ツバサは呆けて膝をつく。


「少し落ち着いてから、もう一度ここに来てください。今の貴方では僕に勝てない」


 ツバサは動かなかった。セスナはこれ以上の会話は無意味と悟り、一度その場から、姿を消す。

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