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第59話 開戦!

 晴天。

 つい先日まで暑かった空気が、心地よくひんやりとしていて季節はまさにスポーツの秋とも言えるその日。

 学生の皆は各々のユニフォームを着て、学院の演習場へと集合していた。

 「体育大会学生演習」と呼ばれるその行事は、毎年行われる伝統行事であり、優秀な若者を求めた貴族達が、来賓として多く見学する。

 大会の始まりを知らせるかのように、三段雷が打ち上げられ、キリヤナギはそれを見て1人拍手をしヴァルサスとアレックスを困惑させていた。


「あれ、僕がお願いしたんだ!」

「そ、そうか。よかったな」

「あー、生徒会な……」


 反応が薄くてキリヤナギは少しショックだったが、毎年打ち上げられているもので、皆は当たり前なのだろうと思う。

 しかし、当たり前を続けることが出来たなら、それは一つの成果だとも思っていた。

 続々と集まってくる生徒の皆へ、生徒会の彼らは本人確認をしながら誘導を行い、キリヤナギのブースにも参加表明をした100名が揃う。

 訓練に参加していない彼らにルール説明を行いながら、鉢巻とプロテクターを装着する。

 「タチバナ」を学んだ彼らをリーダーとして、6名ずつのチームに別れた彼らは、デバイスを介した通信をチェックして準備を終えた。

 

「まず、この中央のフラッグをとりにいくよ、そしたら東側のを確保にいく」

「早速、青チームの付近だけど大丈夫か?」

「『タチバナ』で応戦すれば、大丈夫」


 自信満々のキリヤナギに皆は言葉がないようだった。青チームはツバサが率いる「王の力」をもつチームでもあり、理論上はキリヤナギの率いる「タチバナ」が絶対優位を誇る。

 しかし、在り方と実際にできるかは別の問題であることから、皆は半信半疑でキリヤナギをみていた。


「勝てないとおもったら、無理せず逃げていいからね。怪我しそうって思ったら鉢巻あげてもいいから」

「まじかよ」

「痛い思いするぐらいなら、その方がいいかなって」

「負けるぞ?」

「その分取ればいいし?」

「簡単にいうな……」

「皆、きっと強いから僕は信頼してるよ」


 王子の言葉に皆が驚いていた。訓練に参加したものだけではなく、初めて顔を合わせる生徒も含まれた言葉に、皆の目つきが変わる。

 試合は10時から始まり、12時までが前半戦。1時間の休憩と中間集計のあと、13時から後半戦を15時まで行う。

 間も無く開始される頃、各チームのリーダー呼ばれ、握手をするように促された。

キリヤナギは笑って手を差し出すものの、現れたツバサとルーカスが酷く嫌な顔をしながら応じてくれる。


「我々が勝ったらククリール姫にまとわりつくのはやめてもらう」

「えぇ……ククは嫌がってるのに……」

「シルフィにも二度関わるな」

「それも僕の意思じゃ……」


 2人の敵意におもわず尻込みするが、間に入ってくれた生徒会の先輩のおかげで、なんとか進行はできた。何かした覚えもないのに、理不尽に嫌われていて何故か気分が下がってしまう。


「握手しに行っただけなのに、なんで沈んでんだよ……」

「ぼ、僕何悪いことかしたっけ……」

「言い掛かりを気にしても仕方ないぞ?」


 アレックスの言葉も納得できるが、どちらも一応理由があってもどかしい。3回生の指示を得て、皆は赤チームの待機場所へと向かう。

 『タチバナ軍』たる赤チームは、皆、キリヤナギの指示で鉢巻を腕や腰、足に括り付け準備は万全だった。

 デバイスからイヤホンコードを伸ばして耳へつけると、大会運営からの放送が聞こえて来る。

 通信は運営部とのチャンネルと、チームのみのチャンネルが存在し、基本はチームのみで通信を行うが、アレックスからあえて鉢巻を取らず捕虜が取られる可能性もあり、傍受前提で通信を行うのが良いとされた。

 「王の力」の青チームから順番に、開始を是非を問うアナウンスが流れる。

 シルフィの声の後に、ルーカスの「無能力」の黄チームも返答し、最後は「タチバナ軍」の赤チームだ。


『赤チーム。いけますか?』


 先輩のはっきりした声に、嬉しくなる。意気揚々とキリヤナギは声を上げた。


「行けます!」

『はい。全チームの準備完了を確認しました。これより第121回王立桜花学院での体育大会学生演習を開始します』


 定刻。

 打ち上げられた雷と共に、三つのチームが動きだす。

 五本のフラッグは、北東、南東、中央、北西、南西の五ヶ所にあり、チームの配置は、西に「王の力」の青チーム、下中央に「タチバナ軍」の赤チーム、西に「無能力」の黄チームだ。

 毎年の中央に配置されたチームは、隊を分断して、中央と南東か南西のフラッグを確保するため、隊を3つに分断するのがセオリーだが、キリヤナギは安全策として全員で進軍を開始する。

 アレックスによると、基本的に出だしの各軍は、一番近くフラッグを安全に確保しようと動くために、分断する方が鉢合わせ時に兵を失いかねないとして、ここは集団で進軍するのがいいと言う作戦だった。

 広い演習場だが、フラッグは持ち運びやすいように小型でもあり、倒れている可能性もあって見つけにくい。

 どの辺りだろうかと、見回していると遠くに動く集団が、ものすごい勢いでこちらへと走ってくる。全員で殺意を込めた目で向かってくるのは、頭に必勝の鉢巻を撒いたルーカスだった。


「王子覚悟ー!!」

「ええぇ! なんでー!」


 フラッグを確保したとは思えない接敵に、キリヤナギは判断に迷いながら、叫ぶ。


「戦うか?!」

「ヴァルの皆はフラッグにいって!!」

「了解」

「先輩。戦うよ!」

「わかった!」


 開始から突っ込んできたルーカスの「無能力」黄チームは、隊を分断しているかと思えば全員出来ているように見えて驚く。

 しかし、戦いに来てくれたなら全力で受けようとキリヤナギは堂々と対峙した。

 そして、向かってきたルーカスの肩を足場にして飛び越え、その身を敵の大軍の中へと投じる。着地したキリヤナギは、一旦円状に退避した彼らを見据えていた。

 王子が立ち上がったのを確認した「無能力」、黄チームの彼らは囲われる王子へと突進を開始する。

 キリヤナギは、そんな大勢の足元を前転で潜り、目前の足に緩く結ばれている鉢巻を解いた。

 そして捕えようとしてくる手から風のように逃れ、足や腰、腕や、肩にかけられた鉢巻を解いてゆく。その無駄のない動きに、ルーカスの一軍は動揺し、前方から交戦するアレックスを抑えきれず下がってゆく。

 キリヤナギを探せば攻めが甘くなり、攻めに注視すればキリヤナギが蹂躙する。

 どうにかしなければと、目の前の大軍と向き合った時、黄チームの一軍から声が上がり、ルーカスは振り向いた。

 生徒の肩を足場に跳躍したキリヤナギは、その手に何十本もの鉢巻を握っていて絶句する。

 後方には、数名の伸びた生徒といつのまにか鉢巻が消えている生徒が大勢いて、危機感を得た。

 黄チームはそんな王子の揺動に、目の前の敵へ集中ができず、隙をつかれてどんどん鉢巻を奪われている。また鉢巻を奪い返さんとキリヤナギへ向かってゆく生徒たちは、まるで受け流すように勢いを逆手に取られ、解かれては抜かれ、倒されていった。

 まだ序盤であるにも関わらず、これ以上減らされるのはまずいと判断したルーカスは唇を噛みながら叫ぷ。


「一旦撤退する! 全員北西のフラッグへ動け!」


 ルーカスの指示に、アレックス追わずに見送った。

 キリヤナギが確保した鉢巻は15本。

 本隊も15本前後は確保していて、取られていた分を差し引いても、十分な成果だった。


「勝った!」


 本隊で15本しか確保出来なかったものを一人で抜いてきた王子に、全員が絶句していて引いている。


「元々とんでもないとは思っていたが、本当にとんでもないな……王子」

「得意分野なんだ」


 確保した鉢巻はチームの拠点に運んで集計される。その前にヴァルサスは大丈夫だろうかと連絡を飛ばした。


『わりぃ王子。フラッグだめだった』

「えっ!」

『青チームが大人数で確保しにきてて、こっちの人数じゃとても』

「えぇ、どうしよう」

「仕方がない。ルーカスが逃げたのは北東だな、南東のフラッグを見に行こう」

「わ、わかった」


 キリヤナギが焦っている様に、アレックスは呆れながらもキリヤナギへ続く。


 一方。「王の力」青チームの拠点。

 ツバサは、自分のチームが3本のフラッグを確保できたと聞いて、ほっと息をついていた。

 運営部からの情報で中央で「タチバナ軍」の赤と「無能力」の黄が接敵したと聞いて苛立ちが募る。

 赤は自分達が徹底的に潰したかったのに、邪魔をするなとも言いたいが、ツバサそれよりも、横にいる彼女に何もいえずにいた。


「キリ様ー!! なんて凛々しいのでしょう! たったお一人で鉢巻を15本も確保されるなんて、流石殿下ですわ。このミルトニア! この演習場で貴方とお会いできるのをとても楽しみに待っておりますー!!」


 うるさくて耳を塞ぎたくなるが、「タチバナ軍」たる赤チームの動きが常時わかり、黙れともいえずツバサはただ頭を抱えるばかりだ。

 横にいるシルフィは、ミルトニアの言動を参考にメモをとりながら動きを記録している。


「王子はこれから南東のフラッグの確保に動くのでしょう」

「つまらないが、それしか出来ないだろう。シルフィ、フラッグが回収できたら守りを固めるが、任せれるか?」

「分かりました。お兄様」

「すぐ戻ってくる。クランリリー嬢。そのまま王子の事を語っておいてくれ」

「私はキリ様の試練の為に、立ちはだかる壁となりましょう! キリ様ー! 待ってますわー!」


 シルフィは何故か拍手をしていた。そしてツバサは1人、林の中を歩いてゆく。

 この体育大会学生演習には、監視員として3人の騎士が東、中央、西へ配置されている。

 騎士は基本みているだけだが、学生が望めば戦闘にも応じてくれて、善戦が出来れば緑の鉢巻を進呈されるからだ。

 青、赤、黄の鉢巻とは違う、緑の鉢巻は他の色の10本分の点数となり、フラッグが同数になった際に大きく貢献する。

 ツバサは、シルフィの防衛に期待してはいなかった。聖母のように優しいシルフィは、そもそもこのような戦いは得意ではなく。参加も「生徒会長だから」と言う義務感から出場しているからだ。

 だからこそ、ツバサはキリヤナギが尚更許せなくなる。弟のように思われながら、その配慮に甘え続け、何も気づこうとしないキリヤナギが、誰よりも憎く思えてイライラしていた。

 シルフィは、気遣いを押し付けるのは良くないとしながらも、その行動に幾度となく傷つく様を見て、ツバサは居ても立っても居られなかった。


「おや?」


 林の中へ佇む青の影。

 騎士服をクロークのように肩から羽織るその様は、隊長、または副隊長の身なりだった。青髪の彼は、目の前に闘志をこめて現れた学生に身を翻して礼をする。


「ご機嫌よう。初めまして、ストレリチア隊。また宮廷特殊親衛隊所属、副隊長のセスナ・ベルガモットです。以後お見知り置きを」


 優しい笑顔で応じる騎士に、ツバサはしばらく黙っていた。騎士らしく礼儀正しい彼は、腰に緑の鉢巻を下ろしていて、挨拶をする事なくそれは口にされる。


「-その鉢巻をよこせ-」


 その【服従】の声に、セスナの身が硬直するのを感じた。

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