第58話 気を取り直して

 月曜日もまたキリヤナギはテラスには足を運べず、各方面に連絡をとりながら準備を進めてゆく。


「大丈夫ですか?」


 慣れない電子端末の作業で、目がチカチカする。頭痛もあって項垂れていたら、メガネの彼女がボトル飲料を差し入れてくれた。


「ありがとう。ユキさん」

「ユキでいいです。王子」


 3回生の皆は既に帰宅し、キリヤナギはその日完了した業務の確認を行っていた。

 残っているのはキリヤナギのみだと思っていたが、彼女はわざわざ買ってきてくれてのだとわかり嬉しくなる。


「何が手伝えますか?」

「僕ももう帰るつもりだったから気にしないで……」


 ふと視線を感じて、キリヤナギは話しながらそちらを見るとじっとこちらを見る彼が居た。


「お兄ちゃん……!」


 現れたシズルに反応したのはユキだ。

 双子の兄弟の妹、ユキ・シラユキは思わず隠れたシズルに顔を真っ赤にする。


「いつもそんななの! 恥ずかしいよ!」

「ゆ、ユキは殿下のこと知らないからだろ!」


 壁越しで言われても説得力が微塵もなく困ってしまう。しかし久しぶりに感じた穏やかな時間に緊張はほぐれ思わず笑ってしまった。


「王子……」

「殿下……」

「2人ともありがとう。今日はもう一緒に帰ろ」


 門限にはまだ早い。

 しかし、体調をおしてまでやるわけには行かないと思い、キリヤナギその日、出来るだけ早く帰宅して床へつく。

 その次の日からも、朝から全国メディアを受け入れると大学の事務から連絡があり、専用の待機場所を準備したり、ルールを踏まえた休憩の取り方の議論とか、相変わらず生徒会室から出られない作業が続く。

 それでも、賢明に皆へ作業を回し段取りもつけてゆくキリヤナギに、3回生の彼らも着実に作業は終えられて行った。そして「体育大会」の全てのスケジュールが完成し、生徒会は大会へ参加するシルフィとキリヤナギの代わりに当日の総括を決める会議が始まる。

 何度も結論が先延ばしにされてきたそれは、もう日付に後がないのにも関わらず、誰も手を上げないことへキリヤナギはショックを受けた。

 キリヤナギが総括し、生徒会の皆は協力的になったのはそうだが、皆このような催事をやりたくはないと言う気持ちを再確認する。

 リーダーと言う重い責任への失敗を恐れる彼らは、生徒会での実績が欲しいが故に参加し、うまく催事が終わればそれでいいとも思っていたからだ。だからこそシルフィに全てがのしかかり、優しい彼女は潰された。

 今は結果的にまとまり準備はほぼ終わったが、ずっと話していた当日の総括は、結局誰も手をあげず、今日まできて悲しくなる。

 「タチバナ軍」はもう、ヴァルサスが指揮をしていてキリヤナギが居なくても戦えるとも聞いた。

 チームはどうにかなると思えば、捨てるのはそちらだろうと顔を上げた時、並べられた机の一つに手を上げる彼女がいた。


「私、やります。だから、先輩方、手伝って下さい」


 メガネの彼女、ユキ・シラユキの勇気にキリヤナギは救われた思いだった。

 訓練に悩み、生徒会に悩むキリヤナギを見守り、誰よりも協力的だった彼女だが、気弱で意思を示すのが苦手であり、どれほど勇気が必要だったのかと思う。

 そんな彼女がここに来て手を挙げてくれたことに言葉がでず、今はその好意に甘えたいと思った。


「ユキ、ありがとう……」


 会議はそのままユキに決まると思ったが、3回生の彼らが突然立ち上がって驚いた。

 何を言われるのかと思えば、突然頭を下げられ困惑してしまう。


 彼らは全て押し付けて悪かったと謝ってきた。

 シルフィの優しさに甘え、彼女が倒れたのは自分達のせいであるとし、またキリヤナギの想像以上行動力にも甘えようとした自分達が情けなかったと話してくれた。

 今日は元々謝るつもりで居たのに、最後の最後でもタイミングを見失い、未だ2回生の彼女に先に手をあげさせて悪かったと。生徒会の残り作業は、全て自分達がやるので、あとは任せて欲しいと言ってくれた。


 それを聞いた時、キリヤナギはどんな顔をすればいいかわからなくなった。

 込み上げてくる感情を堪えながら、大きく深呼吸をして言葉を絞り出す。


「よろしくお願いします。先輩」


 気がつけば、シズルも教室の外から覗いていた。そしてその生徒会の後。キリヤナギはシズルとユキと共に体育館へと向かう。

 ヴァルサスがリーダーとなった「タチバナ軍」は、アレックスをサブリーダーとして訓練を行なっていた。

 ククリールも見学していて、退屈そうにデバイスを眺めていたが、久しぶりに現れたキリヤナギに顔を上げる。


「遅かったじゃねぇか、王子」

「うん、ごめんね」

「そう簡単にリーダーに戻れると思うなよ、俺ら一応強くなったぜ」

「わかってる」


 キリヤナギは上着を着崩し、模造刀を取った。


「やろう」


 ルールは同じだと思ったとき、生徒の彼らが一人一人向かってくる。

 皆、驚くほど動きがよく早い。だが今はもう迷いはなく、思う存分にやれると武器を振るう。

 皆強くなったが、お粗末で捉えやすく回避も出来れば受けて流すこともできた。

 ジンよりも何倍も遅くてわかりやすい。

 ヴァルサスとアレックスはそれに楽しそうに眺め、再び2人で向かってきた。

 数週間ぶりの三つ巴の戦いは、まるで時間が戻ったようにも思えるが、以前よりも長く撃ち合い、楽しい。アレックスの隙をつき、キリヤナギは重心のかかる足をとって倒す。

 残ったヴァルサスとしばらく打ち合いを楽しんでいたら、彼はそれに気づいたのか闘志を込めた目で睨みつけていた。


「遊んでんな王子!」

「楽しいからね!」


 延々と続くラリーにヴァルサスの体力は削られてゆく。キリヤナギはそれに合わせるように弾いては回避し、受け流して見せた。

 そして、ヴァルサスな大きく息をしたタイミングで持ち手から弾き飛ばす。天高く舞い上がった剣は回転しながらも高音を立てて床へ落ちた。


「優勝!」

「くっそぉぉ!! やりやがったな畜生!」


 思わず素手で殴り込んでくるヴァルサスをキリヤナギは笑いながら回避する。


「一発殴らせろ」

「やだ!」


 キリヤナギは楽しそうに逃げていた。そんな小学生のようなやり取りに、アレックスや皆は呆れ、ククリールも呆然と観察する。


「みんなすごく強いね。びっくりした」

「負けた相手に言われても嬉しくねぇよ」

「えぇー」

「ヴァルサス、そのぐらいにしておけ。生徒会はいいのか? 王子」

「うん、全部終わった。あとは3回生の先輩がなんとかしてくれるって」

「そうか。うまくやったな」

「僕一人じゃ無理だったし、皆のおかげかな」


 3回生のアレックスは、生徒が始動したばかりの頃から生徒会の話を耳にして居た。

 今年の生徒会は、会長が全てやむてくれて楽であると。派閥が一つであり争うこともなかった生徒会は、その恩恵にあやかろうとした生徒が、そのまま当選したと聞いていたからだ。しかし、「体育大会」が近づくにつれて3回生からのキリヤナギとシルフィの陰口が消えてゆき、1週間前は準備に駆られたのか姿も見えなくなっていた。


「あ"〜悔しくて殴りてぇ……!」

「そんなに? やめてよ!」

「やめておけヴァルサス。騎士が黙ってないぞ」


 シズルはユキの隣で手を振っていた。ククリールには、目を逸らされて少しだけショックを受ける。


「リーダー、やれるのか?」

「うん。優勝する」

「一皮向けたな」

「一皮?」

「成長したって意味だよ」

「そうかな? あんまり変わったつもりないけど……」

「本人はそう言うものだ」


 嬉しくなって、キリヤナギはその日、時間ギリギリまで訓練をしていた。「タチバナ」として、「王の力」の情報を共有しながら、限られた時間で攻略方法を考える。

 ヴァルサスの性格に影響されたのか皆は、それなりに強気で沢山提案してくれて嬉しかった。


@


「ふーん、うまくやれたのね」

「うん、遅くなってごめんね」

「私は別に、どちらでもよかったのですが……」


 相変わらずで何故か安心してしまう。久しぶりに話したククリールは、カフェでケーキを奢ると言うと付き合ってくれて、数週間ぶりの2人だけの時間だ。


「ハイドラジア嬢はどうしたの?」

「僕が連絡をとるとツバサ兄さんに怒られそうだから、遠慮してる」

「ふーん。そこだけは同情できるかも」

「同情?」


 ククリールは答えてくれなかった。カフェには、ヴァルサスとアレックスも誘ったが訓練後の2人はヘトヘトで、先に帰ってしまったからだ。


「貴方、意外と体力おばけなのですね」

「そうかな? 誕生祭では持たなかったけど」


 メンタルの持ちようでここまで違うのかと、ククリールは困惑しかできなかった。

 一つ一つ、真面目に取り組んだキリヤナギは、生徒会としてまた一つのことを成し遂げようとしている。

 アレックスを派閥を解体したことに始まり、不審者から生徒を守ったり、いじめの現場を見つけて助けた。

 今はそれだけに留まらず、目の前のククリールの問題にも気づき「優勝」すると言う。

 王子の行動は思い返せば誰よりも勇気に溢れ、どんなに逆境になろうとも自分なりに人を守ろうとし、その行動に一切にブレがないことに今更気づく。


「貴方はやっぱり王子なのですね」

「? ヴァルにも言われたけど、どう言う意味?」

「わからないならいいです」

「??」


 アレックスはおそらく一番見ていたのだろう。ククリールはそもそも興味がなく、気づこうとも思わなかったが、剣を持った王子は、あの場にいた誰よりも輝いて見えて興味が湧いてしまった。


「ククは『体育大会』きてくれる?」

「正直面倒なのだけど……」

「……そっか。全国メディアが来るみたいだから、よかったらそっちで」

「あらそうなの、じゃあそうします」


 しれっと言ってしまった言葉にはっとした。遠回しではあるが「体育大会を見る」とナチュラルに即答してしまったからだ。

 キリヤナギの目が輝いていてククリールは返答に困ってしまう。


「ありがとう、嬉しい」


 口が滑ってしまったことにククリールら後悔もした。家まで送るとも話したキリヤナギだが、護衛が面倒だとも断られ結局その日もシズルと2人で帰宅する。

 王宮にもどり、ジンから「タチバナ」を学びながら訓練をする日々を過ごし、いよいよ「体育大会」が前日に迫った時、キリヤナギはようやく復帰してきた彼女と再会する。

 朝、掲示板で連絡事項をみていたら、声をかけられて嬉しくなった。

 ツバサに生徒会の準備が終わるまで休めと止められていたシルフィは、その日から復帰し、その次の日に「体育大会」が開催される。


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