第55話 暴君従兄弟

 体育大会が3週間前に迫り、生徒会は大学の裏手にある広大な演習場の下見へと向かう。かつての王立の騎士学校を連想させるそこは、現代でも騎士や騎士学校の訓練に使われていて、草原や林、砂地なども再現された、本格的な場所だった。

 生徒は皆、怪我をしないようにプロテクターをつけ、模造刀のみで鉢巻を奪い合うが、鉢巻をつける場所に制約はなく、腕や足、腰のベルトへ引っ掛けてもいいらしい。しかし、【千里眼】を持つ運営部へ見える場所につけなければ失格とされるルールだった。

 

「一応ルールブックにも記載済みですが、頭や首につけるのはリスクがありますので、見つけた際は体につけてほしいと指示を出してください」

「わかった。ルーカス先輩は知ってるかな?」

「彼は去年も参加されていたので、きっと大丈夫ですよ」

「よかった」


 安心した表現をみせるキリヤナギに、シルフィは笑ってくれた。何故笑ったのか分からなくて首を傾げていると彼女は察したのか「ごめんなさい」と謝ってくれる。


「戦線布告をされたと伺っていましたから

、てっきり敵対していると思っていました。やはり王子は王子ですね」

「え、うん。ルーカス先輩もククに関しては僕と同じだから……」

「そうですね。全力でぶつかれば、きっと分かり合えなくとも新しい選択肢が見えることもありますよ」


 シルフィの言葉はいつも安心するものばかりでほっとする。しかし彼女もまた連日の激務で少しだけ顔に疲れが見えてきていて心配になってしまった。


「シルフィは、休めてる?」

「えぇ、忙しいですがちゃんと休めています。『体育大会』がおわれば次は『文化祭』もありますから、王子は体力を温存して下さいな」


 少しだけゾッとしてしまった。「文化祭」はまだまだ先にはなるそうだが、秋は催事が多くて不安にもなる。でもそれでも、キリヤナギはこうして準備に参加できるのがとても新鮮で嬉しかった。

 キリヤナギはその後も、生徒会の皆と共に、集合場所へ白線をひいたり、来賓用のテントの設置を行う。

 それぞれのフィールドにフラッグを持ってゆき、皆で設置場所に問題はないかとか、壊れていないかなどを確認しながら作業を進めていた。

 一通り終えた後、キリヤナギは再びシルフィと倉庫へ向かい、生徒の皆が使うプロテクターの数の確認を行う。

 鉢巻のようにボロボロになっているものは間引き、汚れているものは洗うのを繰り返していると、気がつけば訓練の時間になっていて焦った。


「王子。こちらは大丈夫ですから、練習に参加されてくださいね」

「え、でもまだ半分も終わってないよ」

「破損した分の個数は確認できましたから大丈夫です。それに私はチームリーダーではないので必須ではありませんから」


 チームリーダーでは無いと聞いて驚いた。しかし確かに昨日リーダーを決めるために集まり、それで違う人物になったなら納得できる。


「わかった。じゃあまた終わったらまた戻ってくるね」

「はい。ありがとうございます」


 キリヤナギは後の作業をシルフィへ任せ教室をでた。その日は、ジンとリュウドと待ち合わせをしていてキリヤナギは、大学のエントランスへ現れた二人と合流する。


「二人ともありがとう」

「桜花大、めちゃくちゃ久しぶりだ」

「リュウド君は来たことあるの?」

「去年ちょっとだけ? 何度か様子見に来てたんだよね」

「グランジが休みの時にかな?」

「ふーん」


 騎士が二人で来るタイミングもなかなかない。すれ違う学生達は騎士を見慣れているのか、歩いて居ても特に目立っている気配はなかった。

 キリヤナギは、大学の本館の中を通り中庭をでて二人を体育館へと連れてゆく。教室でこじんまりとやる事を想像していたジンは、場所が本格的に用意されていることに少しだけ驚いて居た。

 

 シルフィの話によると、今回は一つの体育館を二つのチームが使える事になったらしく、半分を「王の力」を使うチーム。もう半分を「タチバナ軍」が使える事になっていた。

 体育館には既に皆が集まっていて、「王の力」チームの彼らも集まって話している。

 そこのリーダーらしき彼は、シルフィと同じ金髪の男性で、見覚えのある雰囲気に、キリヤナギが思わず凝視していた。


「知り合いですか?」

「……」


 ぼーっとみていたら、彼はこちらに気づき歩いてくる。まるで怒っているような表情にキリヤナギはピンときた。


「ツバサ兄さん……!」

「ご機嫌よう。王子」


 美しい金髪を持つ彼は、ツバサ・ハイドランジア。この王立桜花大学院の前生徒会長であり、シルフィの兄にあたるキリヤナギの従兄弟だ。最後に会ったのは18歳の誕生祭でシルフィと同じく2年ぶりの再会になる。


「もしかして、青チームのリーダー?」

「そうだ」

「言ってくれたら良かったのに」

「いう必要がどこにある?」


 攻撃的なツバサの言葉に、ジンとリュウドはただただ驚いていた。たとえ学生であったとしても王子と御曹司である事には変わらずそれは敵対しているともとれるからだ。


「シルフィの事を忘れて居たと聞いたが?」

「それは、久しぶりで雰囲気が違ってわからなくて……」

「あれ程まで寵愛を受けて居たにもかかわらずわからないだと? ふざけるな!」


 キリヤナギは困って押し黙ってしまった。ツバサは、キリヤナギがシルフィと久しぶりに再開した時、キリヤナギが彼女を認識できなかったこと責め立てている。しかしあの時は、普段の夜会での雰囲気の違いとククリールに振られたショックでそれどころではなかったのが本音だった。


「この再会をシルフィがどれほど楽しみにしていたと? 顔を合わせるべきではないと、僕の静止を無視した彼女の気持ちを考えたことはあるか??」

「それは……ごめん。雰囲気が違ってて……ーー」

「言い訳を聞く気はない。だがこれではっきりした。お前は、結局シルフィを不幸にしかしない。これ以上近寄るな。目障りだ!」

「横槍で悪いけどさ。兄さんのアンタが殿下に話したところで、シルフィお嬢様の意思は関係ないんじゃない?」

「これは貴族の会話だ。騎士は黙っていろ」

「リュウド、僕は平気」

「……殿下」


 顔を顰めるリュウドに、場は騒然としていた。王子相手に向けられるあからさまな敵意に、誰もが反応を待つ。


「僕はシルフィに助けてもらった。だから今はその気持ちに答えるだけだよ」

「は、気持ちに答えるだと? 僕は少なくともお前が彼女の『気持ちに答えた』所など見た事はない。守られ、庇われながら、それを存分に享受し、何も返してこなかったのは誰だ??」

「そんなつもりはない」

「言うだけならいくらでも言える。シルフィはそれでも貴様を許すだろうが、僕は許す気はない」

「……兄さん」

「我がハイドランジア公爵家は、公爵としての歴史は浅くとも古くより王家に仕えてきた名家でもある、我が妹のシルフィを唆し、これ以上傷つけるのならば、僕がこの家を継いだ時点でこの縁を切る覚悟だ」


 唐突な絶縁宣言に、周りの生徒達が騒ついた。ハイドランジア公爵家は、古くより北西領に住む地主で、地元では知らぬものは居ないほどの名家でもある。そんな彼らが絶縁を申し出るのは、すでに「王の後ろ盾」が必要ないほどに民からも信頼を得ていると言う意味だろう。


「……ツバサ兄さんがそうしたいなら、僕はそれでも構わない。今更話を聞いてもらえるとは思ってないから」

「潔いな」

「でも、シルフィは巻き込むべきじゃないと思う」

「! 今後に及んで……」

「僕とツバサ兄さんの関係が悪くなって、多分一番悲しむのは、きっとシルフィだから」


 ツバサの息が詰まり皆が黙り込んだ。額に手を当てて苛立っていたその目に、さらに闘志がやどる。


「その傲慢さは昔から変わっていない! 僕はお前が大嫌いだ王子!! 理想ばかりをかたり、自分へ向けられる好意を当然のように享受するその態度に、どれほど妹が傷ついたか……」

「……数年、会ってなくて分からなかったのは僕が悪い。でも、僕はこの生徒会でシルフィを支えると決めた。それにツバサ兄さんの反感を買ってもやめるつもりはない」

「言うだけならいくらでも言える。そんな事できるわけがない。マグノリアと言う秩序を何も知らず壊したお前に何ができる!」

「それは反省してる。でも、間違ってる」

「なんだと……」

「誰かが犠牲になって維持する平和は、本当の平和じゃないと僕は思う」

「マグノリアの気も知らずズカズカとーー」

「ハイドランジア卿!!」


 殴りかかろうとしたツバサの前に、ジンが盾になろうと踏み出す。ツバサは同チームの生徒に止められ、大きく深呼吸をしていた。


「……そこまで言うなら、この体育大会の結果をみて決着をつけるか? 生徒会ならば、この大会を無事開催してみせろ」

「……わかった。勝ちに行く」

「僕に勝った事がない奴がよく言えたものだ」

「確かに勝った事けど、僕はそうやって『勝てる可能性のある条件』をだしてくれるツバサ兄さんが好きだし、努力したいと思うかな?」

「な"っ」

「え??」


 キリヤナギの言葉に緊張していた空気が一気に緩んだ。キリヤナギは、後ろの騎士2人のおどけた声に少し驚いていて、向かいツバサは意味不明の表情をしている。


「僕はお前が大嫌いだ!!」

「え、うん。知ってる……」

「殿下……」


 踵替えしたツバサは、「これ以上の話は無駄だ」と吐き捨て、練習をする集団の元へ戻ってしまった。手を振って見送ったキリヤナギは、ようやく待機していた「タチバナ軍」の皆と合流する。


「みんな遅れてごめんね」

「王子、大丈夫なのか?」

「うん、ツバサ兄さんって昔からあんな感じだし」

「うそだろ……?」

「え?」

「確かに、ハイドランジア卿が穏やかなところは見た事がない。あれでも甘い方だぞ?」


 ヴァルサスは愕然としていた。キリヤナギは、先程ツバサがアレックスの話を持ち出して居た事で少しだけ気になってしまう。


「先輩とツバサ兄さんって仲良い?」

「それなりにな、同じ政治家志願でよく話し合っていた。ハイドランジア卿は、私が生徒のヘイトを稼ぐ事へ思う所があったらしい。凶弾された事に酷く御立腹だったようだが、私は今に満足はしている」

「……!」

「王子の副審なら、不満もない」

「お前、本当ブレねぇなぁ」

「政治家は筋を通してこそのものだからな」


 清々しいとキリヤナギは、ほっとしていた。


「しかし、身内であるはずのハイドランジア卿が、あそこまで王子を嫌悪していたのは驚きだ。何かあったのか?」

「うーん……うろ覚えでこれが原因かもわからないけど、小さい頃にツバサ兄さんはシルフィと遊びたいけど、シルフィは僕と遊びたいって言うのがよくあって……」

「何歳だそれは……」

「6歳ぐらい? 僕は2人とも好きだし、3人でって思ってたけど、ツバサ兄さんだけが帰っちゃったり、兄妹で喧嘩しちゃったり……、気がついたら会いに行っても口聞いてくれなくなって……」

「どっちが子供か分かんねぇ……」

「でも、ツバサ兄さんはシルフィが大事なだけだし?」

「少しは巻き込まれていることを認識した方がいいぞ??」


 首を傾げていると皆に呆れられてしまった。半信半疑のアレックスだったが、会話の発端がシルフィであったことに納得せざる得ない。

 振り返ればツバサはまさにリーダーの顔となっていて、キリヤナギもまた頑張ればならないと気を引き締める。


「殿下って自分にキツイ人には動じませんよね……」

「そかな? 確かに優しい人よりかは信頼できるかなとは思ってるけど……」

「どう言う信頼なんだ??」


 言語化を要求されると難しく、キリヤナギは返答ができなかった。

 気がつけば集まってくれた皆もこちらを見ていて、キリヤナギは彼らにジンとリュウドを自己紹介を促す。本物の「タチバナ」である事に、ジンはあまり歓迎されないとは思っていたものの、キリヤナギが間に入る事で大半の生徒が真面目に話を聞いてくれていた。

 初日の練習を終えて門限までまだ時間のあったキリヤナギは、生徒会の作業を手伝ってくれると言うシルフィの元へともどる。


「お疲れ様です。王子」

「ただいま」


 教室へ戻ると、シルフィは相変わらずプロテクターの洗浄をしていた。その顔には過労がみえ手元には精力剤も置かれている。


「大丈夫?」

「お気になさらずに」


 向かいの机は編集中の端末のみがあり、誰も座っては居なかった。角の机には様々な備品のレシートを整理するユキ・シラユキもいて、まさに作業空間が広がっている。


「シルフィ、他の人は?」

「皆様、お忙しいので帰られました。私も間も無くひと段落なので、休憩しようかと」

「わかった。僕もやるよ」

「ありがとうございます」


 ジンとリュウドは、二人で入り口に立ち黙って警護をしてくれていた。同じく作業がひと段落したユキが手伝ってくれることになったが、三人のはずなのに思いの外ペースが早くて驚く。


「リーシュって手先器用なんだ?」

「はひ?! なななななんでいるってわかったのですか!?」

「ずっといたよね?」

「い、いい、いました……」


 リーシュは、キリヤナギの視界から死角となる場所で座っていた。皆が黙々と作業を続ける最中、門限が近づいたのを見計らい、リュウドが声をかけてくれる。


「殿下、そろそろ帰らない?」

「あ、うん。帰る……」

「なんで残念そうなんすか……」


 作業は終わりに近くなって居て三人はやり切ってしまおうと手を早めて居た。そんな何気ない準備の様子を眺めて居たリュウドは、ふと素朴な疑問をなげかける。

 

「あのさ、生徒会の他の人は手伝わないの?」

「みんな他の仕事あるんじゃ?」

「どんな仕事?」

「え、」


 問われた言葉に、キリヤナギは答えられなかった。他の皆がこの体育大会において何をしているか全く知らない事に、キリヤナギは意表をつかれてしまう。


「殿下、副会長だっけ?」

「うん、演習場の整備はみんなでやったけど……」

「ハイドラジア嬢は、会長?」

「はい、今季の生徒会は殆どが3回生で、将来の進路に関して考える時期でもあるので……お忙しい方が多く……」

「でもそれ、ハイドラジア嬢も同じなんじゃ……」

「私は、特に気にしていなかったのですが……」

「シルフィ……?」


 少しだけ顔に影を落とす彼女に、キリヤナギは続ける言葉に迷ってしまった。キリヤナギは副会長で、かつ執行部であり雑用はやらなければならないと思っていたが、シルフィはそんなキリヤナギよりも、率先して作業をしている。

 皆がやりたがらない事を背負い、手伝って居ないのには理由があるのだろうか。


「あまり、気にされないでください。ツルバキアさんとシラユキさんもいますので……ー

「ご、ごめん。四人で回るなら余計がお世話だったかな?」

「いえ、騎士さんのお言葉は当然の疑問です。でも私自身が少し頼むのが苦手なだけで、皆に非があるわけではないのです」

「それなら僕からまた先輩達に相談してみるよ」

「ありがとうございます。助かります」


 そうして「体育大会」の準備と「タチバナ」の訓練を続ける日常で、生徒会の彼らも呼びかけに応じ、徐々に雑用を手伝ってくれるようになってゆく。

 大量のプロテクターの整備も終わり本番が迫り来る中、ある日生徒会室でシルフィは腕を枕にして机へと突っ伏していた。


「シルフィ……?」


 嫌な予感がして思わず駆け寄ると、顔が赤くぐったりしてる。額が熱くて驚きキリヤナギは大急ぎで彼女を医務室まで運んだ。


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