第54話 タチバナを学ぶ

 ヴァルサスとアレックス、ククリールも帰宅してゆき、キリヤナギは1人でその日も門限までテラスで休むことにした。

 沢山動いて眠く、バックを枕にして寝ていたらデバイスのバイブレーションで落ちていた意識が戻る。

 暗くなっていて帰らなければと体を起こすと、向かい側のベンチに見慣れた新人の騎士がいて驚いた。


「お、おはよう御座います」

「……! シラユキ卿?」

「な、名前、はい! シズル・シラユキです。よろしくお願いします!」

「見ててくれた?」

「は、はい。一応は……」

「ありがとう……」


 何故か悪い気はしなかった。

 キリヤナギは、ジンとグランジに連絡をとり、今日はシズルと帰宅すると伝える。


「あの、煩わしければ遠慮なく仰って下さい。控えますから……」

「平気、いつもありがとう……」

「当然です」


 暗い道を2人で歩く。もう少し日が落ちるのが早くなれば、そのうち帰宅も自動車になる。のんびり歩けないなぁと残念に思っていると、黙っていたシズルが突然口を開いた。

 

「騎士がお嫌いだと、伺ったのですが……」

「うん、嫌い」

「え"っ」


 黙っていたらシズルは、立ち止まって慌てていた。少し面白くて観察していると、彼はショックを受けたように再び歩きだす。


「やっぱり、控えます……」

「騎士は嫌いだけど、シズルは嫌いじゃないよ?」

「え……」

「大丈夫」


 少しからかってしまって申し訳なくなった。嘘がなく思ったことを伝えてくれる彼は、何故かとても安心ができたからだ。

 夕食を終えて、居室フロアに戻ってきたキリヤナギは、ジンとリュウドから「タチバナ」の指南書をテーブルへと広げられて感動する。

 古い文字だが、そこには各異能に対応した立ち回りが詳しくかかれ、それぞれの性質までもが細かく分析されていた。


「ジンもリュウドも遅くにありがとう」

「これ持っていいのジンさんだけだからさ、俺も読みたかったんだ」

「別に制約とかないんですけど、一応秘伝? みたいな扱いなんで、本家の人間でしか持てないんですよね」


 指南書と書かれたそれは、確かに教本にも近い役割もあるが、内容の大半は各「王の力」の「性質」であり、その立ち回りこそは「個人の個性」であるものだと占められていた。

 これはつまり、あくまで「基本」は存在するが、その対処法はそれに限らないと言う意味ともとれる。


「結局、『王の力』がどう言う理屈で動いてるかって話で、ここに書いてる立ち回りも確かに有効だけど、あくまで初見だけなんですよ。結局は性質知らないと対応されたらどうしようもないし、それに見合った動きを自分でみつけるのが最適解って事ですね」

「僕、型しか教わってなかった……」

「殿下に父ちゃんが教えたのは、あくまで【素人】向けので、簡単な護身術です」

「真似事は型しかやらないんだよ。でもそれでも【素人】には刺さるから十分だし?」

「分析までガチでやって対策を考えるのは、反逆に近い思考なのであんまり好まれないですね」

「へぇー、でも面白い」

「学生なら型だけで十分? でも殿下が筆頭なら知っといた方がいいと思ったんでもってきました」

「借りていい?」

「それはちょっと、写真なら?」


 キリヤナギはジンの解説を聞きながら、デバイスで写真を撮ってゆく。リュウドも撮影し、2人でそれを読み込んでいた。


「【服従】って、無敵だと思ってたけど、意外と行けそう」

「そうなんですよ。でも、騎士の【服従】は、それをわかって使うので、そもそも効果がないようにさせるのが最適解になるって言う」

「なるほど、確かに」

「対応できると油断すると、必ず上を取られます。使ってリスクのある【未来視】や【身体強化】以外は、使わない理由がないので……」

「もしかして最強は【読心】?」

「そう見えます? 個人的には【身体強化】と【細胞促進】なんですけど……」

「【細胞促進】やっば……死ぬじゃん」


 リュウドの素直な感想に、ジンは感心しているようだった。面白くて読み耽っていると、目の前のジンが恐る恐る口を開く。


「明日、大学に行けばいいんですか?」

「あ、うん! 放課後がいいけどお仕事大丈夫?」

「口実を合わせてくれるなら多分大丈夫です」

「わかった。入り口に迎えにいく」

「俺もいっていい?」

「いいよ」


 セオがキッチンで聞こえない振りをしていた。

 帰りが遅くなるリュウドは、その日ジンの部屋で一泊し朝も一緒に登校する。普段通り早足で教室へ向かっていると、いつも誰もいないグラウンドで練習する集団がいた。

 声を張り上げているのはルーカスで、よく聞いていると「打倒! キリヤナギ!」と叫んで、周りの生徒から「無礼だ」とゴミを投げられていた。慌てていたら、知らない生徒が何故か背中を撫でて立ち去ってゆく。

 ルーカスは素直に掛け声を変えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る