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第53話 ファンクラブ??

「戦線布告??」


 次の日。ククリールはかつてないほど消沈して項垂れていた。昨日、唐突にテラスへ現れたルーカス・ダリアが率いる男性生徒達は、「非公式ククリールファンクラブ」と名乗り、今回「タチバナ」軍を率いるキリヤナギへ戦線布告をしてきたのだ。

 そもそも三つ巴で争う「体育大会」で「戦線布告」もよくはわからず、冷静になって話を聞くと春からずっとククリールと一緒にいるキリヤナギが煩わしくこの体育大会でククリールを掛けて決着をつけようと言う事だった。


「姫を賭けて決闘……? 漫画の読みすぎじゃね??」

「ルーカス先輩は本気みたいだったけど、それ以前に『ククが嫌がってるからやめて』って言ったら黙って帰っちゃった」

「王子って意外とそう言うのはっきり言うよなぁ、と言うかそんな奴先輩じゃねぇよ。呼び捨てでいいだろ?」

「でも年上だし……」

「問題はそこではないと思うが……」


 ククリールがずっと黙っていて、キリヤナギは心配になってしまう。ファンクラブがあった事にも驚いたが、それが彼女の意思に反していたのも衝撃だったからだ。


「クク、大丈夫?」

「……構わないでください」

「つかぬ事を聞くが、ククリール嬢もアレをどうにかしたかったから王子と居たんじゃないのか?」

「えっ」

「そうですね……」

「あーなるほどなぁ」


 ヴァルサスも何故か納得して、首を傾げるキリヤナギをみる。彼らは今年の春以前からククリールを追いかけていたと話していたのだ。つまりファンクラブ自体は、去年の時点で存在していたことになる。


「ここに居れば彼らもそのうち諦めてくれると思っていました……、まだあったなんて……」

「私も当時、一つの派閥として警戒はしていたが、動きがないまま選挙も終わったので解散したと思っていた」

「元々あった?」

「そそ、王子と居れば付き纏われることもないって魂胆だろ? 俺と同じだな」

「……」

「王子も別に拒否することもなかったのでは?」

「借りを作りたくなかったの、ごめんなさい……」

「本当に反省してんのか……?」


 そっぽを向くククリールをアレックスとヴァルサスが睨んでいるが、キリヤナギは少しだけ不思議な気分だった。もし彼らとキリヤナギが同じなら、かける言葉もないと思っていたのに、彼女は何も言わずとも「必要としてくれていた」からだ。


「僕は、ククの役に立ててたならちょっと嬉しい……」

「王子……」

「ここはちゃんと怒った方がいいぞ……?」


 嬉しかったのに怒った方がいいと言われてもよくわからない。ククリールは目を合わせてくれないが、表情には後悔もみてとれるからだ。


「じゃあ僕、体育大会で優勝してファンクラブ解散させるね」

「お、珍しくはっきり言うじゃん」

「優勝か。大きくでたが『タチバナ軍』なら、ファンクラブと相性が悪くもみえる。手は抜けないな」


 ククリールはテーブルに突っ伏しながら、キリヤナギを観察していた。確かに「優勝しろ」とは言ったが、ファンクラブの解散まで頼んだ覚えないのに、勝手にそれをやろうとしてくれている。

 「らしい」とは思うが、まるで利用しているようにも感じて罪悪感が込み上げてきていた。


「私は、別にそこまで求めていないのだけど……」

「ククが困ってるし」

「『戦線布告』をされたなら同じだろ? 気にするなら『ついで』とでも思っといたら? こいつ折れないだろうし」

「ヴァル、それは失礼だよ……」

「『ついで』でいいです。その方が気楽なので……」

「ククリール嬢。少しは気持ちを汲んでやってもいいのでは?」

「先輩。僕は十分汲んでもらってるから大丈夫。頑張るね」


 アレックスは首を傾げるが、キリヤナギの強気な態度にも感心していた。今日のお弁当には、セオのコロッケが入っていてキリヤナギはとても嬉しくなる。あとで食べようと気を取られ、目の前の彼らが固まっていることにも気づなかった。

 3人が見つめるその影が真後ろに来た時、彼女は突然キリヤナギに抱きついてくる。


「キリ様ーー!!」

「わぁぁぁあ!!」


 がっちりと胴を両手で固定され、逃げられない。暴れても動けず、頬擦りされてパニックになる。


「お久しぶりです、キリ様! 長い間お顔を見せられずごめんなさい。私も多忙でお会いできるタイミングがなく、今しかないと足を運ばせて頂きました。体育大会を主催されているのですね。流石キリ様ですわ! このミルトニア、キリ様が参加されると聞いて全力で応援させていただこうと……」


 突然のマシンガントークに、全員が驚いてフリーズしていた。キリヤナギに至っては驚きが一周まわって気絶しかけている。


「キリ様ー!! 大変ですわ! 今医務室へお連れしますねー!!」

「まてまてまて! 連れて行くなー!」


 アレックスとヴァルサスが必死に止めてくれて、キリヤナギはテラスの柱に隠れながらミルトニアと対面していた。彼女は距離をとりながらも持ってきたカメラで沢山写真を撮っている。

 

「ご安心くださいませ、キリ様。体育大会を主催されると伺い、私も参加させて頂くことにしましたの」

「ま、マジか?」

「ちょっと【千里眼】あるんでしょう?」

「えぇ、残念ながらこの【千里眼】にて、所属チームは別となってしまいましたが、このミルトニアは『体育大会』にて、キリ様の試練となるべきであると考えました。

たとえ敵となったとしても、倒されることで貴方の糧となれるなら本望です! さぁキリ様、思う存分に戦いましょう!」


 首を振るキリヤナギは、もはや返事すらまともに返せない。しかし人が足りないことを知り、影ながら参加してくれた彼女の気持ちを無碍にはしたくなく、キリヤナギは息を呑みながら口を開く。


「……ミント、ありがとう。がんばろうね……」


 そう言った直後、彼女が突っ込んできた。抱きつかれて押し倒され、軽く頭を打ったキリヤナギは、ショックと痛みで結局医務室に運ばれ、その日の午後の授業は欠席してしまう。

 少し眠っても衝撃抜けきらず項垂れていると、授業を終えたヴァルサスとアレックスが迎えに来てくれてた。


「王子、大丈夫かー?」

「大丈夫……」

「本当か? 自分の名前をいってみろ」

「きりやなぎ」

「正気だな……」

「これから一応集会だろ?」


 「タチバナ軍」が決まり、キリヤナギは共に参加する彼らに「リーダーを決める為に集まりたい」と言う旨を伝えていた。希望者は集まって欲しいとメールで回すと、数十名から返信があり体育館にきてくれる手筈になっている。


「いける……よく寝たし」

「無理すんなよ……」


 医務室の顧問に見てもらっても軽く打っただけで問題ないとされ、3人は体育館へと向かった。そこには模造刀を出して待っている彼らとシルフィのチームもいて安心する。

 顔を見せたとき「本当にきた」とか「本物?」と言う感想に少し驚きながら自己紹介すると「知ってる」と言われて笑われてしまった。

 少しづつ集まり、約束の時間にはメールで聞いていた皆が揃って安心する。


「皆、来てくれてありがとう。キリヤナギです、よろしくお願いします」


 改めて挨拶すると何故か感心された。大勢の前に立つのは苦手だが、この人数なら、普段の使用人の人数と変わらなくて緊張も軽い。脇にはククリールも見学に来てくれていて、少しだけ嬉しくなった。


「早速だけど……」


 皆の視線が少し恥ずかしいと思いながら、キリヤナギは脇に用意された模造刀を手に取る。握りを確認して構え、端的に述べた。


「来て」

「……! どう言う意味だ?」


 アレックスの疑問にキリヤナギは姿勢を崩さない。


「僕に勝った人がリーダーになればいいと思って」

「は?? 本気か。頭うってんだぞ?」

「大丈夫」


 ヴァルサスもアレックスも言葉を失い、集まった生徒も騒ついている。唐突な王子の言葉に皆は模造刀を握った。

 アレックスが一人づつでなければ誰が勝ったかわからないとし、順々にキリヤナギへと向かってゆく。

 その動きは驚く程にしなやかだった。

まるで無駄がなく、体が風に乗るように動いて、生徒はキリヤナギへ一撃すら入れることができない。床へ倒されても果敢に向かってくる相手をいなし、背中を取って叩いてみたり、また武器の持ち手を狙って取り上げる。

 そんなまるで遊ばれているような動作にヴァルサスはため息が落ちた。アレックスもまた愕然として、気がつけば全員床に膝をついている。


「……強すぎだろ」

「飲み物持ってきたから、休んでて」


 生徒の愚痴にキリヤナギは、道中で買ってきた飲料を配る。一人一人にお礼を言って渡していると、彼らは悔しい表情を見せながらもキリヤナギを許しているようにも見えた。


「王子!」


 ヴァルサスの叫びに、キリヤナギが顔を上げる。


「まだ終わってないぜ!」


 模造刀を構えたヴァルサスが向かってくる。前期の護身術の授業で散々打ち合い、お互いに理解している2人は、ここに集まった生徒の誰よりも長くラリーを続け、皆を感心させた。

 

「先輩もきていいよ!」

「余裕だな。ならリベンジさせてもらう」

「なめんな!」


 三つ巴の戦いに、ククリールは目を離せず、生徒の皆もまるでエールを送るように2人を応援していた。

 連戦で体力が削がれているのに、まるで疲れを見せず汗だけが飛んで、それが空中へと散ってゆく。踊るように回避と攻撃を繰り返すキリヤナギは、ある一定のテンポに2人を慣れさせた後、ヴァルサスの足を引っ掛けて倒した。そして、残ったアレックスも背中を取って床へ倒す。


「優勝!」

「あーー!! 畜生!」

「なんて奴だ……」


 思わず皆、拍手をしていた。皆に確認し、キリヤナギは「タチバナ軍」のリーダーとなる。


「怪我してない?」

「びっくりしました。でも全然痛くないです」

「よかった」

「王子、めちゃくちゃ強いんですね」

「僕もまだまだだよ。騎士のみんなはもっと強いから、がんばろ」


 キリヤナギは誰よりも汗だくで既に上着は脱ぎ捨てていた。それでもとても楽しそうに話している様に、ククリールは目が離せなくなる。

 その心境には少しだけ「かっこいい」とと言う言葉が浮かんでいた。本格的に「タチバナ」を学ぶのは明日からとなり、キリヤナギはその日は解散する。


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