第52話 言ってはいけない本音
学内行事用の備品が置かれる教室は、まるで倉庫のようになっていて作業スペースは狭くもあるが、4人で縫うには十分な広さだった。
キリヤナギとシルフィが机にかけて丁寧に縫う中で、リーシュはシズルから必死に隠れ、見つからないよう備品の影に隠れて手伝ってくれている。
新人騎士の彼は、手先が不器用なのか、裁断も縫うこともうまくできず、結局護衛として座ってもらうことにした。
「す、すみません……」
「大丈夫。気持ちだけで嬉しいから……」
「殿下がこんなにも器用な方だとは驚きました。ハイドランジア嬢も」
「ふふ、恐れ入ります。ヒイラギ王妃の趣味ですからね」
「うん、ボタンぐらいは自分でつけれれば良いってとこから始まって、母さんが色々作ってるのみてたかな……」
「いたっー!」
悲鳴のような声が聞こえ、キリヤナギがリーシュの様子を見にゆくが、声が聞こえた場所にすでに彼女はいない。
「リーシュ、大丈夫?」
「だだだた、大丈夫です!!」
「誰かおられるのですか?」
「騎士さん、とても恥ずかしがり屋さんなので、気にされないでくださいな」
キリヤナギは鞄から絆創膏を取り出して置いておくことにした。
作業していたらあっという間に時間は過ぎて、いつの間にか教室の前にジンがいた。現れた「タチバナ」に、新人は絶句して去ろうとするが、間も無く大学が閉まる為、今日は3人で帰宅する。
「また、名前聞き忘れた……」
「伺った特徴から、調べておきました。この方ですか?」
それは新人の彼の顔写真とシズル・シラユキと書かれた履歴書のボードだった。シラユキと言う名前に驚き、さらに注釈には祖父の世代から騎士を務め、長くオウカ町に住んでいると書かれている。
この場合、ヴァルサスと同じ「騎士貴族」にあたるのだろう。
「ジンやグランジもそうだけど、やっぱり親子で騎士してる人多いね」
「身元が信頼できますからね。王宮に仕える宮廷騎士は、地元騎士とは違い家柄や信頼性を重視して採用されますから、必然的にそうなります。特にシラユキ卿は祖父の世代から勤めて頂いているので、陛下が子供の頃からの騎士といえるでしょう」
この国の「騎士」には、二つの区分が存在する。一つはその土地の領主へ仕えて治安を守る「地元騎士」、もう一つは、王宮に仕えサー・マントを下ろす位の高い「宮廷騎士」がいる。
「宮廷騎士」は王宮に支えている為、「地元騎士」に比べれば規模は小さいが、位が高く「騎士貴族」としての称号を授与される。
また騎士学校も「地元騎士」は、6年制で18歳で卒業するのに対し「宮廷騎士」は、更に2年通い20歳で卒業となる。
そんなシズルは、今年騎士学校を卒業したばかりで、キリヤナギと同い年である事がわかり親近感も湧いてしまう。
「ミレット卿に伺いにいった所、騎士としては粗が目立つので無礼があれば行ってほしいと」
「全然きにならなかったし、むしろ気楽だったかも」
「殿下ならそうだろうと思ってました」
無礼な態度をとられても特に何も言わないキリヤナギは、子供の頃から騎士や使用人に舐めた態度を取られる事が多く、彼らは「そういうもの」であるとも思っていた。しかし、ここ数年はセシルに敬意を払ってもらい、またシダレ王も問題視してくれて、改善はされたが少しだけ距離が空いた気持ちにもなっていた。
「嫌な気持ちになったら、すぐ相談して下さいね」
「僕のせいで誰か怒られるのやだな……」
「誰かが怒らないと、ずっと我慢する事になります。『王子』を続ける為に、頑張る所は絞りましょう」
セオは遠回しに、頑張らなくて良いと言ってくれている。確かにあまり気持ちを人に話したことはない。話しても無駄だと思っていたし、一時期は「王子」に感情など必要ないのだとも思った事もある。
ただ大切にされるだけの存在に何の意味があるのだろうと思えば、それはただの人形でいい。何も言わず言うことを聞けばいいと割り切ると、気がつけば周りの人々へ何も感じなくなっていた。
全てがどうでも良くなってずっと寝ていたら、ある日セシルが意志を求めてくれた。そして久しぶり叶えられた些細な願いと許された意志に、もう一度前を向きたいと思えたのだ。
着々と「体育大会」の準備が進める中で、キリヤナギは数日ぶりにククリールと二人で空き時間を過ごす。裁縫箱を側に鉢巻を縫うキリヤナギを、ククリールはデバイスを片手に観察していた。
「いつも思うけど、誰かに頼まないの?」
「……悪いし?」
「使用人なら仕事ではないのです?」
「よく言われるけど、嫌な顔されそうだし?」
「どうして?」
「え、やりたくないかなって」
「呆れた、完全に舐められてるじゃない」
「そうかな? でも嫌々やって雑にされる方が、僕は嫌かなって……」
ククリールから返事が返って来ず、キリヤナギは思わず顔をあげた。彼女は少し驚いた表情をしていて、どう返せばいいかわからなくなる。
「信頼してないのね……」
「そ、そんなつもりは、ないけど……」
彼女は何も言わず、裁断された布を手に取り、針に糸を通して手伝ってくれた。キリヤナギよりも手際が良くて思わずじっと眺めてしまう。
「頼りたいって思わないの?」
「ヴァルとか、先輩なら?」
「使用人」
話していいものかとキリヤナギは悩んだ。だが他ならぬククリールが聞いてくれたなら答えたいと思ってしまう。
「……本当は何もして欲しくない。構わないでほしいぐらい」
「どうして?」
「……敵に見える」
「騎士は?」
「セシルは信頼してる。親衛隊のみんなも……でも本当は、ほっといてほしい」
「生きられないじゃない」
「生きなくていいかなって……」
「……贅沢な悩みね」
「うん。だから、誰にも言ってない」
「生きたくないのに、私に告白したの?」
「ククは、他の人とは違ってみえたから、この気持ちが変わるかなっておもったけど、でもそんなの僕の都合だし……」
「……私は、貴方のために生きることなんて、できませんよ?」
「うん。だから追いたいんだと思う。僕が何をしても、その時の正直な気持ちを伝えてくれるから、嬉しくて……」
「……そう。そこまで分かってたのね」
「分析できたのは誕生日の後だから……情け無いけど……」
しばらくの無言にキリヤナギは戸惑っていた。話すべきではなかっただろうかと、少しだけ後悔をしてしまう。
「カレンデュラが王族を嫌いなことも知ってるのね」
「それは……ちょっとだけ? 守れたらなって思ってたけど、迷惑だったなら意味ないし」
王子は確かに守ってくれた。あの時の夜会は、今まで参加したどの夜会よりも気分が良かったからだ。
とても楽しかったのに、ククリールは彼へ酷い言葉を放った。それまでありとあらゆる言葉を受け入れてきた彼へ放ったその言葉は、今を思えば後悔しかないとすら思う。
それはキリヤナギにとってまず「言葉を信じる」事に、一つのハードルがあるのだ。
アレックスの言った通り、この王子はその外面からは考えられないほどに聡明で、周りをよく見ている。そしてその相手に合わせた行動を取り、どんな相手にもそれは変わらない。
騎士や使用人はそれを「都合の良い相手」と捉えた事で、信頼を失ったのだ。逆に敬意を払うセシルには「王子」として、学生に対しては「友達」として、全てが違う。表現するなら、それはまさしく『鏡』と言える。
「貴方の意志はどこにあるの?」
「意志? 今はやりたいことできてるし、こうやってククと話せてるから楽しい」
「そ……。よかったわね」
「…………」
「何?」
「なんかいつものククじゃない気がして」
「皮肉言うのも無駄ってわかったし」
相手を思うが故に相手にとって苦のない自分を作る王子は、それを否定するククリールへ惹かれた。何を言われても折れなかったのは、それが「本心」ではなく、否定されて嬉しかったのだろうと思う。
だが「本心」で告白した時、彼は本来の自分でも相応しくない理解し、別れを告げた。
ククリールは、そんな事に気づきもしなかったが、夜会での彼が本来のキリヤナギなら悪くはないと思う。
「貴方がもっと堂々としてくださるなら、私の好みかもしれませんね」
「え、ほんと?」
「私、意志の弱い人は嫌いだけど、逆に堂々としてる人は惹かれます。王子、別に弱くないみたいだし」
「僕自分の性格よく分かってなかったけど、ククがそう言ってくれるならやってみようかな……」
素直だ。と思うのはきっと今までククリールが、率直に王子へ感想を伝えてきたからだ。その言葉に嘘がないと知れたからこそ、キリヤナギはククリールを誰よりも信頼し、その言葉に答える。
ククリールはようやく理解した。これこそが王子の「好き」なのだと、
「貴方、本当に私の事を好きなのか分からなかったけど、やっと大好きだと理解しました」
「え、ずっと伝えてるのに……」
「そういえば、そうでしたね……」
記憶にないと言う態度にキリヤナギはショックを受けた。固まっている彼へククリールは呆れたように鼻で笑う。
「私自身よりも、貴方の方が私を信頼してくれてたのね」
「それは分からないけど、騎士のみんなはすぐ嘘つくし、ククはそんなことしないから」
「そうですね、嘘をつく必要もないし……」
「セシルになって、それも気遣いだと分かって、気付かないふりをしてたけどもどかしいなって」
「前科あるなら当然ではないですか?」
「……うん、夏の旅行の前に母さんと喧嘩して反省してさ。話してもらう為に僕も信頼を取り戻さないといけない矛盾に気づいて悩んで、考えないようにしてるけど嘘つかれる度にイライラして辛い」
「……大変ね、生きてればそのうちいい事ありますよ」
「やっぱりククがいつもと違う……」
気がつけば手元の鉢巻は全て綺麗に縫われていた。それなりに数があったのに、二人でやると早くて驚く。
「まぁいいわ。私が手伝ったのですから、体育大会頑張ってください。生徒会だからって忖度は許しません」
「そんなつもりなかったけど、みんな楽しめたらいいなって」
「あら、王子殿下はその程度で満足なの?」
「え?」
「私は強い人が好みです。そんな私に、王子がどの程度の強さになるのか、見せてくださるのではないのですか?」
得意げに話すククリールに、キリヤナギは何か火がついたようにも見えた。相手のため、国民のため、誰かのために在りたいと願い続けてきたキリヤナギは、ここで初めて「自分」の為に剣を取る。
「わかった。勝ってくる」
「楽しみにしてますね」
はっきりと返事を返すとククリールは満足気にしていた。ちょうど終業の鐘が鳴って移動しようとした時、テラスの入り口から人の気配がする。
「ククリール嬢。つまりそれは我々にもチャンスはあると言う意味ですね!」
当然現れた黒服の集団に、キリヤナギが思わずククリールの前に立つ。後ろに立った彼女は、驚いてしりごみをしてしまっていた。
「こ、こんにちは?」
「ご機嫌よう、話は聞かせてもらった」
「ルーカス……」
ククリールから出た言葉にキリヤナギは驚く。以前生徒会の名簿でみた三つ目のチームのリーダーの名前だからだ。
「ククリール嬢! 私達は王族を嫌う貴方が、苦痛を抱えながら王子といるのが許せない!!」
「えっ??」
「貴方には関係ないでしょう?」
「そう言う訳には行かない。我らククリール嬢ファンクラブ一同! 今期の体育大会にて、姫に付き纏う王子へと戦線布告をさせてもらう!!」
訳がわからないまま発された叫びに、キリヤナギはどう反応すればいいかわからなくなった。
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