第51話 タチバナを学ぶ

 ジンとグランジが迎えに行く前に帰ってきて3人は驚いたが、若い新人の騎士に送ってもらえたと聞いて安心する。


「名前聞き忘れちゃった……」

「また伺っておきましょう、学園ならミレット隊の方でしょうが……」

「殿下、珍しいすね。いつも嫌がるのに」

「なんか、気にしてくれてたし……? 心配してくれてたから」


 早めに帰って時間ができ、キリヤナギはリビングで少しだけ時間を潰す。セオのお弁当を洗う音を聞きながら、キリヤナギは向かいのジンへ口を開いた。


「ジンって『タチバナ』を、誰かに教えたりできる?」

「え? 一応? じぃちゃんにはいいって言われてるけど……」


 キリヤナギはポケットのチラシを広げ、今日の生徒会での事を話した。2人は驚いてしばらく固まっていたが、ほどなくして感心した表情にもなる。

 「王の力」を否定するその力を、その筆頭たるキリヤナギが率いようとしているからだ。

 

「俺はいいけど、いいの? セオ」

「前例無いけどいいんじゃない? 歴史的な偏見あるから生徒が巻き込まれないか心配だけど」

「やっぱりリスクはあるかな?」

「真似事なら別に、って感じのとこありますけどね。ある程度ちゃんとやらないと押し切られることもあるし……ピンポイントで対面できるならいいんですけど、そんな事ないと思うんで」


 まず『タチバナ』は「相手が7つの異能の中でどの力を持っているか」と言う分析から入るのが必須とされる。つまりどれを持っているか正確に把握できなければ、適切な対応ができないからだ。


「難しいのは【読心】、【服従】、【身体強化】です。【読心】は対面から想定ではもう遅いし、【身体強化】は耐えるか、きついなら身を隠すのが賢明だし?」

「【服従】は?」

「ちょっとでも怖がってくれたらいいんですけど……」


 「うーん」と本職の彼が言うのは、やはり難しい事なのだと再確認する。そもそも能力者が何人参加するのか、実際に戦って見なければわからない。

 キリヤナギは生徒会側で参加生徒の「王の力」の有無も確認はできるが、隠し持つことも不可能ではないからだ。


「体育大会で思い出したのですが、今年も助っ人要請きますかね」

「助っ人?」

「生徒の皆さんがヒートアップしすぎないように、毎年の親衛隊から監視員として数名派遣しているのです。端的に言えばボーナスキャラですね。鉢巻が高得点で、騎士は鉢巻を取らないのでノーリスク」

「へぇー」

「この部署って、他に比べて非番なタイミングが多いので、こう言う仕事が結構くるんですよ。去年は、ヒナギクさんとグランジとリュウド君が参加していましたが、誰も挑みに来なくて暇だったそうです」

「こ、こわい……」

「ですよね」


 リュウドはまだしもヒナギクとグランジは、騎士独特のオーラがある為に、戦いに行くのには勇気がいる。特にヒナギクは、マグノリアでの浴場の経験上、何が起こるかわからない恐怖がキリヤナギにはあった。


「リュウド君に至っては、歩いてたらいじめの現場に遭遇して、生徒を守って退場になっていたので、今年から出禁になってしまいました」

「なんか、想像しやすい……」


 悪いことはしていない為、リュウドなら後悔していないのだろうと思う。3人が既に出ているなら、残りはセシル、セスナ、セオ、ラグドール、ジンとなるが、セオとラグドールが戦闘向きではないと思うと、セシル、セスナ、ジンになる。

 ピンポイントで【服従】、【読心】、「タチバナ」の3人で、今年はボーナスキャラとしては強すぎるのではと言う気持ちにもなってきた。


「セスナなら勝てるかな……」

「殿下。彼らは精鋭ですから、舐めてかかるのはよくないですよ」


 セオの言う通りで、彼らは普段から有事に備えて体を鍛える戦闘のプロだ。

 特にジンは、春の騎士大会の個人戦を二連覇しており、とても敵うとは思えない。


「……勝てる気しない」

「勝たなくていいんじゃないっけ?」

「そうですね。騎士が鉢巻を持ち続ける意味はないので、頑張ったならくれるとおもいますよ」

「へぇー、でも僕がもらったら頑張っても疑われそう」

「毎年【千里眼】持ちの運営部がみていますから、ご心配なさらず」


 便利なものだと感心してしまった。

 ジンが教えてもいいと言ってくれるなら、あとは仲間と場所を確保しなければならないと思い、キリヤナギは早速シルフィと相談して参加者を募る活動から始めることにした。

 お弁当を食べながら熱心にチラシのデザインを考える王子に、集まった3人も興味深く眺めていた。


「王子って、いつも思うけどそう言うところ真面目だよな……」

「何が?」

「文字ばかりですね、もう少し見やすくしたらどうかしら?」

「クク、やっぱりそうだよね。どうしようかな……」

「両面で刷ればいいんじゃないか? 裏に説明を書けばいい」

「そんなのできるんだ!」

「広告ならもっとでかい文字でドーンと書けばいいんじゃね?」

「ど、どーん?」


 抽象的すぎて全く分からない。

 鉛筆で書いても線が細くて迫力もでず、教授から配られたものよりも何倍にも地味だからだ。アレックスはチラシとして書かれたその紙に顔を顰めながら目を通してくれる。


「情報がおおいな。もう少し絞った方がいいと思うが」

「うーん……」


 どうしようと時間ばかりが過ぎてゆく。

 シルフィと話すと、無理に用意する必要もなく口で話せばいいとも言ってくれているが、「タチバナ」の在り方が特殊でもあって難しい。

 どんな謳い文句があるだろうと考えていると、ふと入り口に人の気配を感じ振り返った。そこには見覚えのある二人組がいて、数ヶ月ぶりの再会に懐かしくなる。


「王子ー! 久しぶりー!」

「誰だお前ら?」

「確か、新聞部の……」

「居たわね。そんな人達……」

「覚えててくれてるの王子だけじゃーん! 体育大会主催するんだろ?」

「うん、生徒会で……」

「人居ないってきいたぜ、ついに俺らの出番かなっておもって」

「ほぅ、なるほど」


 アレックスが感心していて、キリヤナギもようやく気づいた。大学の新聞を書く彼らは、広告においては得意分野だからだ。


「新聞で全力でプッシュするぜ! 王子が大将やるのか?」

「えっ、そうなのかな? まだわからないけど、手伝ってくれるなら助かるかも」

「だろだろ、任せろ」

「え! タチバナ軍ってまじ? すげぇ」


 アレックスが既にキリヤナギの書いた紙を渡していた。読まれると少し恥ずかしいが、学内の新聞と言う一つのメディアに書いてもらえるなら、それは十分な影響力はあるだろう。


「貴様ら意外と筋は通すんだな。感心したぞ」

「当たり前じゃん。俺らなんだかんだで王子に命救われてるし?」

「オリバーもやる気満々なんだ。また見にきてくれよ」

「そうだったんだ。みんな元気そうでよかった」

「あら、王子的には体育大会に参加して下さる方が嬉しいのではなくて?」

「え"っ、それは……」

「俺ら、喧嘩は苦手で……」

「気にしないで、僕はこう言うの好きなだけだし、手伝ってくれるだけで嬉しいから……」

「王子ー!」


 ククリールは何故か蔑むような目で二人を睨んでいて、キリヤナギも返す言葉に困った。参加者の募集は新聞部が引き受けてくれる事となり、キリヤナギは次の日から、再びシルフィと共に参加者を募る活動を始める。

 毎年使われている体育大会の参加者募集の「のぼり」を掲げ、参加表明の書類を配っていると、突然脇に置かれている箱からごっそり用紙を持ってゆく生徒がいて驚いた。

 シルフィが笑顔で見送っていたが、別の場所で配ってくれるのだろうと自分へ言い聞かせておく。

 日付が変わり募集が開始されると、生徒会室には続々と参加者の書類が集まってきていた。

 まだ100枚にも届かないそれは、大半が「王の力」を所持するチームへの希望者だが、1割程に「タチバナ」のチームへと希望が書かれていて嬉しくなる。このまま300人集まればいいなぁと期待していると、次の日に週一回の学内新聞が出回り、一気に提出書類が増えた。

 「王子」が「王の力」へ反逆。「タチバナ」で立ち向かう猛者は集え。と書かれていて誤解を招かないか不安に駆られたが、アレックスにはそう言うものだと何故か納得されて震えた。


「めちゃくちゃ面白そうじゃん」

「ご、誤解……」

「どこが間違ってるかわからないのですが……」


 そもそも反逆ではなく「タチバナ」はそういうもので、王族にとって信頼が厚く「反逆」はあり得ないことでもあって言葉が違うと思ってしまう。

 矛盾にうなだれているキリヤナギを、アレックスが宥め、ヴァルサスは王子のメディアへの耐性の無さに呆れていた。


「これって王子に出せばいいのか?」

「え? ヴァルもでてくれるの?」


 ヴァルサスから渡された参加用紙にキリヤナギは心が躍る気分だった。アレックスの参加は聞いていたが、元々消極的だったヴァルサスから参加したいと言われるとは思わなかったから、


「楽しそうだし? 『タチバナ』教えてくれるんだろ?」

「うん。一応ジンも来てくれるって」

「俺、ローズマリーで強くなるって決めたからさ。この機会に本気でやってみたいんだよ。ジンさん強いし」

「『タチバナ』ってちょっと普通の武道とは違うとこあるから勧めにくいけど……」

「そうなのか?」

「うん、でもやってみる価値はあると思う」

「じゃ決まりだな」

「同じチームになれるかわからないけど、人数合わなかったら許してね」

「しょうがねぇなぁ、そうなったら手加減しねぇぞ」

「うん、僕も頑張る」

 

 ヴァルサスの参加表明を受けた後も、どんどん書類が集まり、締め切り間際には300人を超える枚数が集まって驚いた。

 シルフィや生徒会の皆と整理を行い、一度書かれた全員に希望チーム参加へ抽選となる事と、移ってもいいチームと参加できないなら辞退するのかと言うアンケートをメールで出しながら分ける。

 一人一人の希望を聞きながら丁寧に対応していたら、どうにか300人の整頓ができて、終わる頃には生徒会の皆でげっそりしていた。


「お疲れ様です。王子」

「シルフィもお疲れ様。沢山ありがとう」

「それはこちらのセリフです。盛り上がりそうなのは王子のおかげですから、ありがとうございます」


 渡された飲み物は温かくて安心する。開催も危うかった体育大会が、こうして定員が溢れるのは想定外で十分なやりがいを感じているからだ。


「シルフィ、この大学って体育館とか使っても大丈夫なのかな?」

「体育館ですか? 申請すれば使えるとは思いますが……」

「チームのリーダーを決めるのに使いたくて」

「なるほど、それでしたら私も一緒に使わせて頂きたいので、明後日の放課後に使えるようにしましょうか」

「本当に! ありがとう。じゃあお願いしていいかな?」

「えぇ、是非よろしくお願いします」

「もう一つとチームの人にも声をかけた方がいい?」

「それでしたら、既に名乗り出た方がおられて、こちらでやるので気にせずとも良いと先日連絡が」

「そうなんだ……?」

「ええ、少し不安だったのでメンバーの方にも確認をしたのですが、問題はなかったのでお任せすることにしました」


 三つ目の「無能力」チームは、確かに生徒会の外で動きがあり、キリヤナギを含めた皆も驚いていたが、これから本格的に準備へ入る生徒会にとっては、とてもありがたいことでもあった。

 リーダーの名前はルーカス・ダリア。既に連絡先まで記載されていて、生徒会では決定事項となっている。


「貴族ではなく一般の方ではありますが、大変丁寧な方だったのでお任せしました。また王子の元にも挨拶へ行くともお話していましたから、お会いできるといいですね」


 シルフィの言葉はどれも安心するものばかりだが、甘えていいものだろうかとキリヤナギは不安も得ていた。彼女はその優しさ故に全てを抱え込んでしまうことが多々あったからだ。

 事務をひと通り終えた2人は、その日の次の作業をやるために備品の片付けに入る。生徒会の机を見回すと変わらず書記の机に端末だけ置かれていて、リーシュも手伝ってくれていたのに気づいた。


「リーシュ、ありがとう」

「ひぇ、きょきょ、恐縮です!」


 彼女は真後ろの供託の裏へと隠れていた。

 シルフィにも死角になる位置で感心もしていると、入り口の方にも人影がありこっそりこちらを覗く騎士がいる。

 忙しくて忘れていたが、以前テラスで覗いていた新人の騎士で、思わずシルフィと固まった。


「あ、あの何か?」

「え、いえ、お気になさらず! お忙しそうだったので……」


 彼もまたリーシュと同じように、扉の向こう側に隠れてしまったが、立ち去る気はないようで、キリヤナギも流石にどうしようと悩んでしまう。ここ数日は、門限ギリギリまで学校にいて、ジンとグランジに迎えにくるタイミングで帰宅していた。

 2人はキリヤナギの「帰りたくない」事情に合わせ、夕食に間に合う時間にきてくれるが、新人の彼はきっとまた「たまたま」見つけてしまったのだと思う。

 そう信頼できるのも、ここ数日はキリヤナギがテラスにいる時間はそこまでなく、書類整理や大会の機材確保のために職員室や生徒会室、会議室なども往復して入り浸るという状況もなかっていたからだ。

 ずっと監視しているのなら毎日会ってもおかしくないのに、数日ぶりに出会ったのを見れば、疑うのも野暮だと思う。


「僕、これからシルフィと鉢巻縫うんだけど……」

「そ、そうなんですね。あの、よかったらご一緒していいですか? 手伝いますよ!」

「お仕事は大丈夫なのですか?」

「え、はい! 多分、大丈夫です」


 不安になるが、本人がいいなら良いのだろうか。

 毎年使われている鉢巻は、何年も使いまわされていて、泥だらけのものもあれば、ほつれておるもの、破れてしまったものまである。それらを間引き、置かれている布を裁断しながら縫う作業は、縫い物が好きなシルフィが1人で2年間やっていた。

 キリヤナギも気にしなくて良いと言われたが、主催で執行部だと思えばやらないのは申し訳なく思え席を並べながら作業を始める。

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