第三章:体育大会編

16

第50話 秋学期が始まった

 夏の日差しが落ち着き、秋の気候が見えてくる頃、キリヤナギは夏の長期休校を終えて約1ヶ月半ぶりに大学へと登校していた。

 久しぶり学園は、長袖を羽織る生徒も見え、まさに季節の変わり目とも言えるだろう。キリヤナギもまた護衛のジンと共に登校し、学生達の中へ馴染んでゆく。

 大学は今日から時間割変更だ。

 キリヤナギは春学期に、一回生で取れなかった授業も履修していて、殆ど空き時間はなかったが、秋学期からは2回生の授業のみなりそれなりに余裕がある。

 ククリールと話せる時間が増えるだろうと、期待を寄せながら迎えた日だった。

 初回の授業の大半は、講義の方向性の説明だが、時々測定テストとか何故か自己紹介をさせられる授業もあって緊張する。

 歴史学の反省もふまえて一応一通り予習をしてきたが、開始して始めに配られたレジェメに驚いた。

 「体育大会」と書かれているそれは、教授が主催で参加者を募集しているらしく、生徒の皆も困惑しながら、静聴することになる。


「なんだったんだ……」


 午前の授業を終えたキリヤナギは、席は遠くあれど、受講していたヴァルサスとククリールと合流し、2限を終えてテラスへとやってきていた。アレックスも先に来ていて、四人は旅行以来の再会を果たす。

 ヴァルサスは一限目の講義が、科目とは全く関係の無い「体育大会」の説明であった事に困惑して出た言葉だった。


「僕は教授の学生時代のエピソード聞けて面白かった」

「王子ぐらいだろ、そんな感想……」

「体育大会は、毎年行われている伝統行事だからな」

「伝統行事?」

「知らないのか」

「そいや、去年もあったなぁ。勧誘がウザくて無視してたけど」


 思えば長期休講が始まる前、シルフィが担当顧問の教授へ声をかけてみると話していた。配られたチラシに開催運営は生徒会と書かれていて納得もする。


「年々参加者が減って開催も危うい。去年はついに定員割れを起こって規模が縮小されたほどだ。教授も必死なんだろう」

「そんなもの、続ける意味あるのかしら?!

「ククリール嬢、体育大会学生演習は、かつてこの大学が騎士学校とされていた時の名残でもある。分割されたとはいえ、当時は将来有望な若者が居ると誇示でき、およそ千人の規模で行われていたらしいが……」

「なんで騎士学校でやらないんだよ」

「戦時中の貴族には、政治力だけでなく騎士団を率いる為の指揮官としての役割も求められていたそうだ。この演習で成果をだせば後のキャリアにもいい影響があったという」

「今は?」

「ただの伝統行事だな」

「誰が出るのよ、そんなの」


 皆はそう言うが、キリヤナギは少しだけ興味があった。ルールは300人で100人ずつ3チームに分かれ、フィールドに設置された五本のフラッグを奪い合う。生徒は鉢巻をつけて取られれば脱落し、最終的にフラッグの本数と鉢巻の点数で勝敗が決まり、優勝チームは今期の授業単位が確定とされていた。


「優勝じゃなくて参加だけで単位がとれるなら出たんだがなー」

「そう言う奴はそもそもでないぞ?」

「そうなんだ? でもこれ僕は楽しそうだなって」

「……見るからに好きそうだものね」

「王子はでるのか?」

「まだ決めてないけど、これ生徒会も主催って書いてるから、僕もでれるかきいてみるよ」

「そうか、王子がでるのなら私も考えよう」

「貴方も律儀ね、アレックス」

「一応去年も参加しているからな」


 ヴァルサスもククリールも感心していた。熱心にチラシを読んでいたら、ククリールがじっとこちらを見ていて目があう。

 観察するようなその視線に首を傾げていると彼女は「ふーん」と何かに納得した声を出した。


「一応、応援しておきますね」

「うん! 頑張る」

「良いのか……?」


 そんなお昼を終え、皆三限の授業へ解散してゆき、キリヤナギはその日の放課後、

会議があると言う生徒会室へと向かう。

 その道中で書類を抱えた女性生徒と鉢合わせし、キリヤナギは彼女と荷物を分け合いながら生徒会室へと向かった。


「ありがとうございます。あの。殿下? でいいのでしょうか?」


 ユキ・シラユキと言う彼女は、照れながらも聞いてくれて、キリヤナギは戸惑ってしまう。なんでもいいと思うが「殿下」は王宮での呼ばれ方で混乱してしまう為、合わせてもらえるなら嬉しいと思った。


「呼びやすい名前で大丈夫。一応みんなから『王子』って」

「じゃあ、『王子』で……」


 目は合わせてくれなかったが、話しかけてもらえたことはとても嬉しかった。2人で会議の準備をしていると、入り口から授業を終えたシルフィがはいってくる。

 彼女は久しぶりにみるキリヤナギへ笑顔で応じてくれた。生徒会の議題は、当然のように参加者が年々減っている体育大会で、毎年「王の力」を所持した生徒のいるチームへ参加者が殺到し、均等なチーム戦を行う事が難しくなっているという話だった。


「人数は均等に割り振らなければ、そもそも演習として成り立ちませんから、所属チームの要望は聞けず、決まってから辞退する生徒も後が立ちません」

「『王の力』を持っている人を各チームに均等に割り振るのは?」

「それも去年考案されていたのですが、全員が全員戦える力であるとは限らないので、どうしても不公平になると、また去年の能力者は5名しかおらず、2人づつと一人で割り振られましたが、結局【未来視】と【認識阻害】をもつチームが圧倒的で、とても止めることはできなかったとか」


 キリヤナギはシルフィの隣で黙って話を聞いていた。人が遠のいてしまった原因に誰も意見が出せずにいるが、キリヤナギは、1人首を傾げる。

 「王の力」に蹂躙されているのなら、対極になる「それ」をぶつければいいと思うからだ。


「あの『タチバナ』は、使わないんですか?」


 全員が一斉にこちらを見て、キリヤナギは驚いた。そして口に出してから「それ」は自分自身の否定につながると気づいて、言葉に詰まる。

 「王の力」を総括している王族のキリヤナギが、「タチバナ」という反逆の力を提案したからだ。


「王子……」

「え、ダメなの、かな?」

「……いえ、私達にとっては『タチバナ』はタブーともされていましたから、驚かせてすみません」

「そ、そうなんだ。僕、普通に習ってるから知らなくて」


 更にざわついて少し怖くなった。しかし、冷静になれば当然の反応でもあって、パニックになってしまう。


「えっと、別に疑ってるとかじゃなくて、付き合いの長い騎士が『タチバナ』だから……」

「ふふ、大丈夫ですよ。『タチバナ』は、オウカ家の名門騎士ですから当然です」

「シルフィ……僕も、まだ真似事だからそんなだけどね」

「もし王子が『タチバナ』を率い「王の力」を持つ我々の『刺客』として動いて頂けるなら、この『体育大会』にとって新しい風になれるかもしれませんね」

「いいのですか? 会長」

「このまま開催したとしても、おそらくチーム分けの時点で辞退者でるだけでしょう。それなら、やってみる価値はあると思います」


 シルフィの言葉に誰も意を返さなかった。彼女は横へ座るキリヤナギをもう一度みる。


「王子」

「はいっ」

「『タチバナ』軍を集めることはできますか?」


 キリヤナギは返答に渋ってしまった。机の上のチラシには100人と書かれていて、そんなに人はくるのだろうかと不安はある。しかし、何もせず中止になるなら試して中止になる方が潔いとも思えた。


「100人も集まるかは分からないけど、やってみる」

「『タチバナ』は家系ではないのですか?」

「家の名前でもあるんだけど、流派でもあるんだ。だから教えることもできる。受け入れてもらえるかは分からないけど……」

「これは、王子にしか出来ないことです。今まで私達が踏み入れなかった場所へ、王族の貴方が行くことはとても大きな意味になる。なんでも協力致しますから、頑張りましょう」

「ありがとう。シルフィ」


 キリヤナギはその日「タチバナ」の概要について生徒会の皆へと説明することにした。「王の力」となる七つの異能に対して、絶対的な優位を誇る「タチバナ」ではあるが、反対に「異能のない人」には意味がないと話すと皆は意表をつかれたように驚いて聞き入ってくれる。

 そこから三つのチームのうち、一つは「王の力」を持つチームとして、もう一つは「タチバナのチーム」、最後は「何も持たないチーム」の三すくみで開催する方向性が固められた。

 キリヤナギは『タチバナ軍』を率いることになったが、三つ目のチームに魅力がなくキリヤナギは不安な気持ちに駆られる。


「集まるかなぁ」

「あとは天命に任せましょう。丁寧に説明すれば、きっと大丈夫ですよ」

「シルフィ、ありがとう。やってみる」


 議題はまとまった為、生徒会はその日はもう解散した。キリヤナギは相変わらず王宮へ帰りたい気持ちになれず、一人でテラスに残り募集チラシのデザインを考えることにする。

 しかし、キリヤナギが考えたものはどれも綺麗には見えず「タチバナ」の説明だけで文字ばかりになり、チラシと言うよりもらただの説明書で、うーん顔を顰めていた。

 考えつつ色々書いていると、テラスの入り口に1人の男性騎士が隠れるようにこちらを見ていた。目があって戸惑うその表情に、キリヤナギもどう反応していいか分からず困惑してしまう。


「ご、ご機嫌よう」

「え、こんにちは」


 騎士は隠れたまま挨拶だけしてくれた。陰から出てくる様子もなく、距離を保ったまま続ける。


「……王宮にもどられないのですか?」


 まるで当然の言葉に、キリヤナギは返事ができなかった。時間は既に授業の全て終わり、残っているのはサークル活動をする学生のみで、間も無く日も暮れる。

 キリヤナギは1人でテラスにいて、教科書を広げずただノートに何かを書いているだけなら、確かに騎士は声もかけたくなるだろう。しかし当然、本心は「帰りたくない」が、声をかけてくれた騎士の彼は若く、まるでこちらを恐れるように遠慮がちで悪い気は感じなかった。


「帰った方がいい?」

「え、いえ、いつも最後までおられるので、つい不思議で……気にされないでください」

「ずっとみてたんだ」

「え"、す、すみません。陰ながら、護衛できればと……」


 しどろもどろしてる彼は、何か装う気もなさそうで少しだけ安心した。こんな時、騎士は、はぐらかそうと「たまたま立ち寄った」とか「休憩時間だった」と言うが、そんな事あり得ない場所で何度も鉢合わせしてきたからだ。

 探しに来て監視したいならそう言えばいいのに「嘘」をつかれれば、何を信じればいいかわからなくなる。


「ありがとう……。僕、帰らないと騎士さんが怒られたりする?」

「え、多分それはないと思います。でも、殿下に何かあれば怒られるかも知れません」

「……そっか。じゃあ何かないように一緒に帰ってくれる?」

「は、はい! ご一緒します!」


 その日キリヤナギは、いつもより少しだけ早い時間に王宮へと帰宅した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る