第49話:過去

 セシルは、寝たきりの王子に一度謁見し、セオへ王子と関係の深い騎士はいるかと、また居るならその関係性の根拠を聴きたいと事務所へ現れた。

 セオはまず自分が、3つの頃から仕えていることと、グランジがかつて親衛隊だった騎士の息子だと話す。そして、最後のジンは、キリヤナギがかつてその強さに憧れ「タチバナ」を習ったアカツキの息子だと話した。

 グランジとセオはさておき、特にジンは、大人達の権力に逆らえなかった自分達の代わりに、ずっとキリヤナギと関係性を維持し続け、抑圧あってもなお互いに顔を見せる関係だと続ける。

 それを聞いたセシルはまず、王子を心から心配する三人がいる事に安堵し、その二人をここへ連れてくると言ってくれた。

 しかし、三人では業務を回せない為、自分の隊から数名連れてくるとも話す、セオに断る理由はなく、王子本意の体制が組まれようとしている事に救いであるとすら思えた。

 そして七人で名簿が組まれたところに、王妃はその年に飛び級で騎士学校を卒業したタチバナの名を持つリュウドを指名し、セシル・ストレリチアを隊長とした8名の親衛隊が編成される。

 その結成に合わせるように、寝たきりだった王子は数週間ぶりに話せるまで回復し、セシルはようやく謁見に臨めた。

 久しぶりに起きがった王子は、虚な意識で、ただ跪いたセシルを眺めることしかせず言葉がでなくなる。


「ご機嫌麗しゅう、キリヤナギ殿下。私はセシル・ストレリチアと申します。この度は前隊長のクラーク・ミレットの代わりに新たに配属されました。以後お見知り置きを」

「……」


 王子はこちらの目を見るだけで何も答えてくれる気配はない。戸惑う様子も返事をする気配のない王子は、ただ疲れた生気のない目でセシルをみていた。


「殿下。私は敵ではありません。貴方の騎士として守る為に此処へと参りました」

「……」

「どうか私に、その御身を守らせて下さい」


 言い切った言葉にセオは、息を呑む空気だった。これまでずっと「子供」として扱われてきたキリヤナギに対し、セシルは王族として敬愛を持って接してくれている。

 言葉がでず、セオが必死に感情を抑えていると、無視するか思われた王子が首を振ってようやく口を開いた。


「もうどこにも行かない……」


 その言葉を聞いた時、セシルは直ぐに返事を返せなかった。【読心】を使っていたセスナは、礼だけをして部屋を出てゆき、どれほどの辛さを抱えてきたのだろうと王子の心を思う。

 セシルはキリヤナギの手を取り、困ったように口を開いた。


「お気遣いされず、我々は貴方の従者です。どうかその意志をお伝えください」


 キリヤナギは言葉の意味を考えているようだった。1分ほど待った時、まるで時が動くように声が発される。


「放っておいて……」


 セシルは何も言わず一礼し、その日は謁見を終えた。セオには必要な時しか来ないと話し、抜け出しても大事にはしなくていいと伝えた。

 責任は全てとるので、王子本意の改善する環境を作って欲しいと話すと、セオとグランジは泣きながら「ありがとう」とだけ言ってくれた。

 これまで信頼の改善にと定期的に挨拶にきていたミレットだが、セシルになった事でそれがなくなり、セオとグランジと共に療養する生活へと以降する。

 すでに起き上がれるようになったキリヤナギだが、代わりにずっと堪えていた感情が込み上げ、ボロボロと涙を溢す日々が続いた。


グランジやジンに会えなくて寂しかった。

皆、居るだけで嫌な顔をする。

一人で外に出たいだけだった。

守ると言うのに皆は嫌う。

やりたくないと、守る価値はないと、

お金を稼ぐ道具にされていた。

それでもいいとすら思った。

味方が誰かわからない。

王子の資格がないのに、なぜ守られているのか分からない。

何のためにいるのか。

居ない方がいい。


 キリヤナギは、誰も想像ができないほどに傷つき、その全てを堪えていた。6年間、それは全て蓄積され、はち切れただけだったのだ。

 「王の力」があるのに、なぜ気づかなかったと思ったが、【読心】はそもそも信頼が無ければ心の深層まで読む事はできない。

 セオは存在意義を見失った王子へ、ただ慰めの言葉しかかけることが出来ず、キリヤナギに守られていると伝え、居なくなればゆく場所はないと、説得するように日々を過ごした。

 そして、調子の良い日に三人で集まったとき、王子は久しぶりに笑ってくれた。そうやってグランジとセオで、僅かに出かけられるようになりはじめたころ、収まっていた抜け出しが再び起こるようになる。

 セオはセシルに何を言われるかと不安だったが、セシルは王子の調子が戻った事をただ喜んでくれた。

 そして大事にせずにいると、彼は夕食までには部屋に戻り、夜には普段通りに過ごしていて、セオは救われた想いにもなる。


 一度成功したことでその頻度は増して、ひどい時は毎日出かけていたのに、バレても以前のように警備が厳重になることもなく。

 むしろ何故かベランダの周辺は立ち入り禁止になっていることに気づいて驚く。

 不思議におもっていると、休日だった騎士に見つかり、キリヤナギはどうなるのだろうと怯えながら待っていたが、迎えにきたセシルは「無事でよかった」と安堵だけしてくれた。

 その時は久しぶりに軟禁されたが、本当に自由にしていたのもあり、反省して大人しくしていたのに、セシルが間に入ったことでそれが無くなって更に驚く。

 そんな自由な毎日を繰り返しているうちに、バレた時のセシルへ罪悪感が湧いてきていた。見つかるたび、彼は心配していた態度をみせ、笑って迎えにきてくれる。

 「またか」とか「いい加減にしてほしい」という諌める言葉ではなく、「心配していた」と「無事でよかった」と言う身を案じる言葉は「仕事」と言う概念を超えたもので戸惑い、キリヤナギはようやくセシルに興味が湧いた。

 そして、「ほっといてほしい」と言ったキリヤナギに、セシルは確かに干渉せず、ただ「助けてくれる」だけの騎士だと気付く。 

 「自分は味方」と言ったセシルの言葉は「国」の味方ではなく、それはたしかに「キリヤナギ」の味方だったのだ。

 これに気づいたとき、キリヤナギはお礼を言いたいと、大学に復帰する前、彼を招いた。

 セシルは光栄だとしながら、自然体がいいと言ってくれて、その日やった事は出来るだけセオに聞いてもらうようにアドバイスをくれた。

 そんな元気を取り戻してきた王子にセシルは、信頼を得たことで自身が気遣われていることに複雑な感情を得ていた。

 毎日行われた抜け出しは減り、ようやく出かける時に声をかけてくれるようになったが、それはあくまで「セシル」への気遣いで、キリヤナギが「騎士」を信頼したわけではない。

 人が変われば意味はないと憂うが、代わりにセシルだけでなく親衛隊の皆にも心を許しつつあるキリヤナギへ安心もしていた。

 セシルは自分が連れてきた彼らに、自然体でいるように伝えていた。ジンとの関係が「友達」でうまくいっている事から、その態度は敬いながらも同僚であればいいと話す。

 セスナ、ヒナギク、ラグドールの三人は「難しい」と言っていたが、思っていたのとは違う王子の穏やかさに納得していたようだった。

 息が合わない8名は、皆が揃うと常にバラバラだが、自然体であるが故に、キリヤナギも彼らが「仕事」をすることに抵抗がなくなってゆく。

 初めて彼らと出かけた時、何か言われるだろうかと不安だったキリヤナギだが、ヒナギクが突然「喉が渇いた」と言い出し、キリヤナギの分も飲料を買ってきたり、ラグドールが公園に新しくできたアスレチックに目を輝かせながら、一緒に行こうと誘ってくれて、夕方まで遊んだ。

 遅くなってセシルに迎えにきてもらうと、助手席にセスナが乗っていてセシルの運転がいかに上手いか語られたあと、セオから預かった買い物リストが渡され、自動車は四人乗りだと言われてセスナは置いて帰られてしまった。

 不安になっていたらご機嫌なセスナが再びセシルと現れ、セシルが買い物した後に迎えにきてくれたと自慢してくれた。

 以前とは違う賑やかさと空気に安心して、またセスナに似合いそうな女性ものの服を探すヒナギクとラグドールに自然と笑いが込み上げてくる。


「間も無く休学期間が終わるのですが復帰できそうです?」


 セオの徐な言葉にキリヤナギは不安になっていたことを思い出した。病気で休むことになり、一回生の前期は通えないとし休学の手続きをしていたのだ。

 キリヤナギはもう起きて動けるまで回復していて、出かけたい気持ちにもなっている為に、復学なら願ってもないことだとは思う。


「たぶん、大丈夫。留年しないか不安だけど……」

「最悪単位は足りなくても、授業後期の単位をちゃんととれれば仮進級はできますから」


 少しだけ安心した。

 もし留年しても学び直せるならいいと前向きになり、キリヤナギは秋から大学へ復帰する。

 ククリールと再会したが、話しかけてもほぼ無視してくる彼女とは深く関わる事はできずにいた。

 そして時期は冬を越え、年が明けて春になってゆく。20歳になり皆はその日を迎えられた事にとても喜んでくれた。

 父は、一年前に殴ったことへ頭を下げて謝ってくれた。騎士達に裏切られて来たことを知った王は、キリヤナギへの評価を改め大人として扱うと言う。

 不器用な自分を認め、不甲斐なくて悪かったと、父として何ができるかと考えていただけだっと告げられた。

 キリヤナギは約束をやぶり、ずっと自分が悪いと思っていたために衝撃で、どう返事をすればいいな分からなかったが、父には辛くあって欲しくない思いが先立ち、「大丈夫です」としか答えることができなかった。

 頼み事があれば聞くともいわれ「母さんと喧嘩ないで」と返すと、付き添っていた周りの使用人とセシルが思わず吹き出していた。

 そんな長かった親子の関係が修復をはじめ、初めて友人と旅行へ行ったキリヤナギは、無事帰宅して2回生の夏休み後半へと入ってゆく。

 自室でセオが珍しい服を持ってきて着替えると、桜と柳の柄が入った浴衣だった。


「涼しいー」

「桜はやはり少し女性向きでしたね。すみません」

「ううん。綺麗だから好きだよ」

「よかったです。一応皆で行きますが逸れないように気をつけてください」

「大丈夫。デバイスあるし」


 いつも遊びに行く公園で、今日は夏祭りがある。去年までは行けなかった盆踊りとか、出店なども出ているらしく、キリヤナギはとても楽しみにしていた。

 リビングには騎士隊の皆も浴衣で揃っていて新鮮に感じる。


「ちょっと待って下さい!! なんで僕こんな花柄なんですか!!」

「セスナちゃん、かわいいですよ」

「お兄様、似合ってるー!」

「セスナさん、マジで着たんですか……」

「ジンさん! 誤解しないでください! 更衣室はいって服を脱いだら、脱いだ服を抜かれて出られなくなって……」

「めちゃくちゃ嵌められてるじゃないですか」

「ははは、かわいいね」

「隊長までーー! 僕は男ですーー!!」

「……」


 グランジは相変わらず無口だが、出てきたキリヤナギに一番最初に気づいてくれた。女性ものの浴衣を着るセスナは男性なのに華奢で、ヒナギクにリボンをつけられている。


「セスナ、僕も花柄だよ」

「殿下のはなんでちゃんとメンズなんですかー!」

「殿下にそう言う趣味はないので……」

「ねぇねぇ、写真撮っていい? ククとかに見せたい」

「いいですよー」

「わかりました。少々おまちを」

「女性は大変だなぁ、プリムもそうだったけど」


 頭に花飾りをつけるラグドールは第一印象で可愛らしく、ヒナギクは長い髪をアップにしてこちらも大人びた印象だった。

 男性の彼らもとても個性豊かでとても面白い。ミラーを見て整えた二人に、セオはキリヤナギのデバイスへ時間撮影機能を設定し、皆で数枚撮影する。

 早速学院の四人へ送ると、ヴァルサスから、ラグドールとヒナギクの感想が長文で送られてきて、ククリールとアレックスが引いていた。

 ククリールには友達をやめると言われていて不安になるが、アレックスが治めて平和に済む。

 数年ぶりにきた夏祭りはとても賑やかだった。皆が楽しそうに踊り、屋台で遊んだり、焼きそばやリンゴ飴などを楽しんでいる。

 キリヤナギは先に行ったヒナギクに、最近流行のキャラクターお面を渡されて人だかりへ紛れ込んだ。

 子供の頃に食べたリンゴ飴は、大きくて以前は食べきれなかったが、大人になって全然きにならなくて美味しい。

 ジンの射的を見たり、リュウドの金魚掬いをみていたら、花火も上がり始めた。

 ローズマリーで見たものとは違う首都の花火は、別物に見えて感動する。


「首都のもすごい……!」

「今上がったの、お面のキャラらしいすよ?」

「全然にてなくない??」

「リュウド君厳しい……」


 デバイスを見ればヴァルサスからこっちに合流すると言う個人メッセージが届いていた。突然で戸惑うが一緒に回れるなら楽しそうだと思う。


 もうすぐ夏も終わり、新しい季節がくる。秋からも楽しめればいいと、キリヤナギはリンゴ飴に舌鼓をうっていた。

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