15(外伝)

第48話:過去

 その季節は夏だった。

 屋敷の周辺を駆け回る麦わら帽子の少年は、金髪の少女の手を弾きながら、敷地内の庭園を走り回る。


「どこに行かれるのですか?」

「この先!」


 小さな茂みの向こうは、屋敷の敷地から外で少女は悪いことをしていると不安になる。しかし手を引く彼は、怯むことはなく冒険するように進み、少女はつられるようにどうでも良くなってきていた。

 木漏れ日が差し込む林の中はとても涼しくて、暑さにバテそうになっていた体も落ち着いてくる。

 ふと、少年が止まった。

 その嬉しそうな表情に見惚れていると、先を進む彼を中心に、花畑が広がっていて驚いた。太陽のような笑顔で、再び手を差し出した彼は、入り口で驚く彼女へ言葉を紡ぐ。


「遊ぼう! シルフィ!」


 少女は手を取り、その日は日が暮れるまでずっとそこで遊んでいた。

 これは14年前の出来事だ。

 王子が生まれる以前から続けられているそれは、王妃ヒイラギの実家への帰省で約2週間、ハイドランジア領へ滞在する。それは毎年行われ、この時の王子は6歳だった。

 王妃ヒイラギの兄、クロガネ・ハイドラジアは、既に妻を迎え男児一人と女児一人の兄弟と共に、この広大なハイドランジア領を収めている。

 長男たるツバサ・ハイドランジアは、クロガネの横へと座り一人寛いで本を読んでいた。父の「二人と遊びにいかないのか?」と言う疑問に、ツバサは少し考えて口を開く。


「シルフィが、来てほしくなさそうだったので」

「何故?」

「キリヤナギ殿下が好きだそうです」


 あら、と向かいに座るクロガネの妻が笑う。ヒイラギも微笑む中、ツバサのツンとした態度に彼の父クロガネは戸惑っていた。

 緑豊かなハイドランジア領には、北側の国境沿いへ火山が聳え、その麓には溶岩によって温められた地下水。『温泉』が湧く場所として有名な名所がある。

 中央の主要都市から北側の山沿いには、温泉街があり人々は日々の疲れを癒す為に足を運んでいた。

 12歳になったキリヤナギも、例年通り両親と護衛のタチバナ隊と共に訪れていたが、珍しい街並みに好奇心をくすぐられ迷子になってしまう。

 お忍びで一般に紛れていた為に見つからず、一人で夜歩いていた所を必死に探していた騎士の彼らに保護された。

 キリヤナギはそれでよかったのにアカツキは、王子を見失った事へ責任を問われ王によって親衛隊を降ろされてしまう。

 未だ騎士学校の定期訓練に参加したばかりであり、重い剣を持つことすらままならなかったキリヤナギへ、サーベルの持ち方から、立ち回り、「タチバナ」も教えてくれたのはアカツキで、また彼が率いていた隊員の子供がジン、セオ、グランジであった事もあり、キリヤナギはしばらくそれが受け入れられなかった。

 そんな消沈する中、新たに配属されたのが、クラーク・ミレットだった。彼はまず、キリヤナギに対して国家情勢が思わしくなく、カレンデュラでの領地侵犯が後を立たないことと、隣国ジギリタス連邦国家で起こった国境沿いの内戦から、亡命者に混じった不法入国者がおり、彼らに紛れた工作員が数多国へ侵入していると説明した。

 当時12歳だったキリヤナギにとって、その言葉は殆ど理解ができずにいたが、ミレットの表情から深刻であると言う事だけを理解し、警備が厳重になることに一応は応じた。

 しかし実際に実質されたのは、当時騎士学校に通いつつ自由に出入りしていたグランジを締め出し、外出には必ず大人の騎士がついて、夜はリスクがあるからと王宮からの出入りを禁ずるもので、キリヤナギは困惑してしまう。

 10歳で広い一人部屋をもらえたのに、未だ仕事も見習いのセオ、グランジ、ジンと集まる事もできなくなったキリヤナギは、リビングフロアの外に出て王宮の空き部屋を利用するようになった。

 そうやって集まって遊んでいても、時間になれば迎えがきて夜には自室へ連れ戻される日々が続く。少しずつ煩わしく思え、キリヤナギは次第に身を隠すようになっていった。

 隠れられる場所を探しながら4人で集まっていると、ある日セオとグランジが叱られて参加できなくなり、ジンだけがアカツキに放任されてずっと付き合ってくれていた。しかしそれでも、隠れ家は直ぐに見つかって、何かを境にミレットが叱り、キリヤナギも反抗した。キリヤナギがまだ14歳ぐらいの出来事だった。

 そんな初めての反抗にミレットは驚き、放置は出来ないとされ動いたのは父だった。

 守ってくれている騎士へなんて事を言うのだと、彼らは誠実に向き合っているのに、それを蔑ろにしているのはお前だといわれ、余計に納得ができなかった。

 友達のに会いたいだけの気持ちが暴走していると諌められ、キリヤナギはそれからしばらく居室フロアからすらも出してもらえなくなった。

 数日ぶりに会ったセオは、とても優しくはあったが、結局ミレットは正しく、今だけの辛抱であるとキリヤナギを説得する。しかしそれからしばらくしてもセオの「今だけ」は終わらず、ずっと気持ちがイライラしてどうすればいいか分からない。

 使用人達はそんな反抗期を迎えている王子へ理解を示しながらも、「王子」であるが故、その振る舞いをよく思わない者も多数存在した。そんな、理解と拒絶が蔓延る王宮で、キリヤナギは気分転換にとベランダへと出る。

 外の空気を吸うだけでも落ち着きほっと肩を撫で下ろしていると、ふと下の庭には誰もいなくて、ベランダもそこまで高くないことを知った。

 リビングにはセオがいて、出かけようとすれば必ず見つかり護衛も呼ばれてしまう。ミレット隊の皆は、出会った時こそ好意的ではあったが、ここ最近は出かける為に相談へゆくと、「かくれんぼには付き合わない」と冗談をいってきたり、散歩をしようものなら「もっといろんな場所にいかないのか?」など、返答に困る事を言われてしまう。

 確かに、グランジやジンと出来るだけ長く遊びたくて隠れるようにしていたのはそうだし、外に出ても何処にゆけばいいか分からず公園ばかりで、店に行くにも電子通貨カードが使えるか分からず不安だと話せば、何故か鼻で笑われて気分転換のつもりがイライラしていた気持ちに滑車がかかった。

 以来、彼らと出かけるのが億劫で王宮内を監視されながらも散歩するだけに落ち着いていた。

 ふとベランダの柵を乗り越えて足をかける。日頃の訓練で体が柔らかく、難なく降りれた時、キリヤナギはまるで解放された気分だった。

 誰もいない気楽な一人の時間を散歩して過ごしていると、探しに来た騎士に見つかって連れ戻されてしまう。

 戻った王宮は大変な騒ぎになっていて、ミレットもすごい剣幕だったが、何故かずっとあったイライラは消え、その日は反省だけできて自分の気持ちの変わりように驚いた。

 一人で外に出るだけでここまで気持ちが解放されて楽しいとは思わず、その日からキリヤナギは不定期に出かけ、騎士学校のジンとグランジへ顔を見せに行ったり、公園にいっては居合わせた同世代と遊んでいた。

 ミレットも最初は見逃してくれていた事に、キリヤナギは気付かず、たまたま居合わせた騎士が、王へ報告した事でミレットからもう無理だと告げられる。

 そこから、抜け出すたびに叱られては、ストレスをどうにかするためにまた抜け出すの繰り返しだった。

 帰宅を嫌がるキリヤナギに、騎士の彼らは「こんな事はしたくはない」と「大人しくしてほしい」と話し、キリヤナギに対する目は、どんどん冷めたものになってゆく。

 そんな、叱られる事にも慣れ始めた頃、キリヤナギの元に手渡しで手紙が届けられた。内容は「王子のファンだが、病気で動けず元気づけてほしい」と日付と待ち合わせ場所だけ書かれていて、キリヤナギは何ができるだろうかと数日悩む。

 それ以前から、自動車に撥ねられた子猫を病院へ連れて行ったり、迷子の親を探したりしていたキリヤナギは、厳重になっている警備を掻い潜りながらも抜け出して、待ち合わせ場所へ向かった。

 しかし、時間になっても誰も現れず、騎士だけがキリヤナギを見つけ連れ戻されてしまう。とてもショックで、待ちぼうけになって居ないか不安になっていて、せめてセオに聞いてもらおうと彼を探しに行った時、見つけたセオが壁際に身を隠している事に気づいた。

 そして、聞いてしまった。

 抜け出した王子を確保すれば特別褒章がでると、ダメ元で手紙をかいたら本当にきたと、病気で動けないと書いてるのに何故来ると思ったのかと、騎士の彼らは笑いながら話していた。

 彼らの話は、取り分で揉めていて、発案は総取りで次うまく行ったら山分けと間で聞いた所でセオが飛び出し彼らを殴った。

 更に殴りに行こうとするセオをとめて、場が凍りつき、とても戸惑ったのは覚えている。

 セオは泣いていて、キリヤナギは「病気で困ってる人がいなくてよかった」とだけ述べて、号泣するセオをずっと慰めていた。

 それを聞いたミレットも絶句して謝りにきたが、セオの涙に既にどうでもよくなり、彼らは「そう言うもの」だと納得してしまう自分もいた。

 ミレットは気を使い、しばらくは干渉を控えるとも言ってもらえたが、何故か何もする気も起こらなくなり、訓練にだけ足を運ぶ日々が続く。

 出かけようと誘われても億劫で、唯一ジンの顔だけは見にゆき、グランジがタチバナ隊へ配属された事だけ知っていた。

 そして17歳の誕生祭には、キリヤナギはほぼ笑わなくなり、顕著だった感情は殆ど見えなくなっていた。

 日々の決められたスケジュールを淡々と無感情にこなす彼に、ミレットは大人になったとは思いながらも、その表情に安心はなく、不安定だった王子へやり過ぎてしまったのかもしれないと反省もしていた。

 そんな必要な時以外、寝てばかりとなった王子へある日、王妃が足を運び、大学へ通ってみないかと声をかけにきた。そして、ジンをアークヴィーチェ邸に配属し、好きに行っていいと話されたが、王妃の前で王子の感情が動いた気配はなく、彼は数日後に大学にいってみる旨を王妃へ伝えた。

 時々護衛をつけながらカナトへ会いにきたり、抜け出してジンへ顔を見せに行くようになったキリヤナギへ、周りは少しだけ王子が元気になったと安心する。

 このまま大学へ行ければいいと、周囲の空気が前向きになり始めた頃、外出が増えることを想定し、本来20歳で渡す予定だったデバイスを一年早く持たせたいとして騎士と王妃で話が進められていた。

 キリヤナギはそれを聞いた時、皆と同じことができると少しだけ嬉しそうにしながら、デザインのカタログを眺める。

 そして、入学試験を介し学力に問題無いとされたキリヤナギは、大学の入学式に出た後、ずっと悩んでいたデバイスのデザインを決めた。

 王妃にそれを話すため、食卓へ持って行った時、聞いていた王が表情を変える。その全ては他ならぬ王へ伏せられていた事であり、王妃と騎士達でのみ話を進められていた事だったのだ。

 食卓の席でキリヤナギが口走った事で、王の顔色が変わり唐突に怒鳴られ、キリヤナギは何が起こったか理解できなかった。

 それまでの反抗や抜け出しの頻度を騎士達から報告され、さらに家族のルールを破ろうとしたことで逆上した王は「約束を守れない人間に育てた覚えはない」と、「こんな事も守れない奴が王になる資格はない」と罵倒し、キリヤナギは初めて王に殴られた。

 王妃は激怒しそこからかつてないほどの大喧嘩へ発展し、ミレットやストレリチアが止めに入ってようやくその場は収まったが、使用人に手当をされながらも王子は涙すら流さず、それをきっかけにしてその目の生気は消えた。

 復帰しかけた王子は、再び部屋へ籠り、誰にも会いたくないと初めて部屋に鍵をかけられた。

 セオは不憫すぎる彼へ感情を堪えきれず、一晩中グランジに話を聞いてもらっていた。

 誰よりも穏やかで優しい王子は、抑え込まれながらも反抗したのは一度きりであり、抜け出しも結局は「仕事をしたくない騎士の為」である事実を知ろうとする者は誰もいない。

 また、外に出ても落とし物を届けたり、公園で困っている人々を助けていただけで、それは皆が噂する「遊び」とはかけ離れているとは誰も思わない。

 唯一ジンだけが、キリヤナギ一人では手に負えない事を手伝いそれを聞いたセオとグランジのみが、この理不尽な環境に何もできない無力さを嘆いていた。

 

 そこから三日経っても、王子は出てこなかった。ミレットと合鍵を使って中へ入るべきか相談されたが、誰もこれ以上王子を傷つけることは望まず、もう少しだけ様子を見る判断がなされる。

 誰も受け入れられないその数日間、親衛隊の彼らは王子に反応がなくなった事で、誰が原因なのかとこれまでの言葉を振り返っていた。

 その余りに心のない言葉の数々にセオは激怒していたが、キリヤナギはそんな言葉の全てを受け入れ、ただ愚直に向き合い、その辛さを外に出る事で発散していただけだったのだ。

 その上で誰かの役に立ちたいと、公園で子供と遊んだり住民の些細な困り事をジンと二人で解決していた。

 時々見かける王子は、住民達の中では有名人で、本人はバレたくないと否定しながらも、皆は周知の事実だったのだ。

 そして五日目の朝。セオがミレット共に様子を見にゆくと、彼は眠りながらもひどく衰弱していて、直ぐに医師が呼ばれ対処が為された。心身的な限界がきたのだろうと言われて、セオはずっとキリヤナギの横で謝っていた。

 王と王妃は、寝たきりになる彼を見て反省し、王に至っては合わせる顔もないと、使用人達は初めて王の涙をみた。

 王妃は、やり方は厳しかれど王子を守り切ったことへミレットを賞賛し、変わってほしいと懇願した。

 ミレットは拒否せず、かつて副隊長とし、更に地位を並べる実績を上げていたセシル・ストレリチアを後任へと抜擢する。

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