第47話 ローズさん宅
リュウドの自宅は、玄関が広く近代的た内装をしていてキリヤナギは思わず周りを見回してしまう。
「珍しい?」
「うん、最近建てられたのかなって」
「そうそう。父さんがここに引っ越す時に新築したって」
「へぇー」
玄関で話していたら、唐突に金髪の男が廊下へと姿をみせる。彼は、廊下へ立ち塞がるように現れ、まるでリュウドが大人になったかのような顔立ちをしていた。
「殿下! ご機嫌よう」
「父さん、ただいま!」
「おかえりリュウド。ご無沙汰しております。アーヴィング・T ・ローズです。ようこそ我が家へ、ぜひ楽しんで行かれて下さい」
アーヴィングは、私服で迎えてくれてキリヤナギは安心した。気さくな雰囲気のある彼に、何を話そうか戸惑っていると、プリムはまるで無視するように奥へと消え、全員がそれを見送る。
「昨日、父さんがプリムの部屋を勝手掃除して、置いてあった下着も自分のと一緒に洗ったから、怒ってるんだ……」
「女の子は難しい年頃だからなぁ……気にされないでください、殿下」
「そ、そうなんだ……よろしくお願いします」
「畏まらなくていいって、来てもらったのはこっちだから、こっちでお茶しよう!」
手を引かれ、リュウドはリビングへと連れて行ってくれた。案内された部屋には、ソファやテレビ、ダイニングセットもあって、一般的な家庭のイメージそのままで感心すらしてしまう。
「母さんは?」
「俺が休むなら自分は休めないってんで、今日は夜まで仕事だなぁ」
「そっか」
「殿下。コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
「プリム、えーと、じゃあコーヒーでいいかな」
「はい。いまご準備しますね」
「プリム、俺もコーヒー!」
「なら俺は、紅茶で頼む」
「お父様はご自分で入れてくださいな」
つんとするプリムは明らかに父を避けている。アーヴィングはどこか打ちひしがれた雰囲気を見せ、キリヤナギにテーブルへ座るよう勧めてくれた。
出されたコーヒーは舌がヒリヒリする程苦いが、疲れからくる眠気には良く効いてくる。
「殿下、砂糖とかミルクはいいの?」
「少し飲んだらもらうね。ありがとう」
「『タチバナ本家』の方は、皆元気にしておりましたか?」
「うん。アカツキもジンも帰ってきて賑やかだった」
「それはよかった。こちらでも是非くつろいで下さい」
「ありがとう。でも気を遣わせてるみたいだから……」
「そんな事ないって、休んでほしくて呼んだからな。自由にしてくれよ」
少しだけ、言葉に迷ってしまう。気持ちは確かに嬉しいのだが、それに応えられる自信がないからだ。
「所で、殿下は何か趣味などはお持ちですか?」
「趣味?」
「好きなこと? 俺、殿下の趣味って体動かすぐらいしか知らないからさ」
少し考えても思いつかなくて首を傾げてしまった。困惑する二人だが、プリムはキリヤナギの横に座って、ミルクと砂糖、お菓子を持ってきてくれる。
「リュウドとアーヴィングさんは、趣味はあるの?」
「俺は修行かなぁ」
「修行?」
「訓練? 強くなるためなら努力は惜しまない!」
「流石我が息子! 騎士の鏡だな!」
「プリムは?」
「私はお母様に教えていただいた、お裁縫やお菓子作りがとても好きです」
「へぇー」
「俺はー……」
「お父様のはきいておりませんの」
……。
「ぼ、僕が聞きたいから……!」
「殿下、お父様は世代が違うので、参考にならないと思うのですが……」
「プリム……言わせてやってくれよ……頼むから」
プリムのあんまりな態度に、アーヴィングは石になっている。出されたクッキーも、リュウドとキリヤナギには綺麗な形のものが分けられているのに、アーヴィングの皿には切れ端のようなものしか乗って居なかった。
「いいぞ、娘よ。それが愛情表現なら父は甘んじてそれを受ける」
「殿下。趣味は好きな事ですわ。物事にこだわらず最近とても楽しかった事や嬉しかったことでいいのです」
結局アーヴィングの趣味は聞けていないが、プリムの助言には納得できた。海やマグノリアへの旅行はとても楽しかったが、あれは頻繁にできないことを思うとどれが良いだろうかと迷ってしまう。
「好きな事なら、お昼寝かな? いい天気の日にねると心地いいし……」
皆が呆然として、こちらを見ている。また何かズレたことを言っただろうかと不安になった。
「へ、変かな……?」
「いえ、その……」
「殿下、ボードゲームは? 部屋にたくさんあるし?」
「それも好きだよ。ただ一人だからそんなにやってなくて……趣味とは違うかなって」
「騎士のみんなは?」
「皆お仕事だから流石にゲームには誘えないし……?」
三人はやはり呆然としていて、返事に困ってしまう。
「殿下って、もしかしてあんまり外に出た事ない?」
「え、結構出てるけど……」
「差し支えなければ、大体どちらへ」
「カナト……アークヴィーチェとか、公園とか……?」
「お店は……?」
「カナトと一緒に喫茶店ならいくよ。でも僕一人だと電子通貨が使えるか分からないし、……最近は教えてもらえたケーキ屋さんとか……」
話せば話すほど皆の顔が唖然としたものになってゆく。大学でもそうだが、キリヤナギが普通だと思っていたのは、彼らには普通ではないらしい。
「すみません殿下。俺、殿下の抜け出しっててっきり遊びにいってるのかと……」
「ぼ、僕は遊んでるつもりだったんだけど……」
「殿下、それは遊びではなくただの散歩ですわ」
アーヴィングはなぜか泣いている。机を殴り、立ち上がった彼は天井にむけて叫んだ。
「わかった!! 我が子供達よ! 遊びに行くぞー!!」
「父さん、急な提案じゃん! びっくりしたなぁ」
「もう! ついて行けませんわ!」
「えっえっ……」
リュウドとプリムは何故か突然準備を始め、アーヴィングも外出用の衣服へ着替える。キリヤナギもリュウドの帽子をかぶせられ早々に家から出て自動車へと載せられた。
しばらくのドライブで連れてこられたのは、繁華街にある屋内のレジャー施設で、ボウリングにビリヤードなど、沢山のゲームで遊べる場所がある。
「こんな場所あったんだ……」
「どちらから行きますか?」
「とりあえずボーリングで体動かすか」
「よし、賭けよう。父さん、何にする?」
「お兄様! ここは殿下に選ばせて差し上げて下さいな!」
「き、気にしないで、全くわかんないから……」
バレーやバスケットなどの球技は、騎士学校のスポーツ演習に参加して程度知っていたが、ボーリングはキリヤナギにとって初めてやるものだった。
プリムに教わってもピンと来ないまま、三人が慣れていて上手く、ピンが倒されていくのが爽快で見ていても楽しくなる。
大人気なく全力で勝ちに行こうとするアーヴィングはまるで子供のようで、思わず釣られてピンが倒される度に拍手をしていた。
結局最下位はキリヤナギだったが、夕食作りはプリムが手伝ってもらえることになり、三人はビリヤードやバレーやバスケットなどを楽しみながら、休憩も兼ねてカラオケルームにも入る。
テレビでも流れていた曲を、全力で歌うリュウドとか、ドラマの主題歌を歌うプリムとか、酷く五月蝿い曲を歌うアーヴィングに耳を塞ぎながら笑っていた。
「殿下いれないの?」
「わかんなくて……」
「本当に何もしらないのか?」
「国歌なら……?」
……。
「殿下、今度からおすすめの楽曲おしえるから、また来よう」
「え、うん……」
「殿下。このカラオケルームは、デザートも大変美味ですよ」
「プリム、晩御飯食べれなくなるぞー」
「お父様は黙っててくださいまし」
プリムが手厳しくてフォローにも困ってしまう。デザートはとても惹かれてしまったが、アーヴィングの言う通り晩御飯が控えている為に我慢して、皆は一通り遊んで帰路へついた。
夕食の食材を買いに店へ寄ると、数年前にセオとグランジで買い物にきたのを思い出して、懐かしくなる。当時は3人で、夕食は何にしようかと話しながら選んでいたからだ。
プリムにアドバイスされて食材を購入し、帰宅する頃には、もう夜も更けていてリュウドとプリムの母も帰宅している
「ご機嫌よう。殿下。うちの家族がお世話になっています」
「むしろ、僕が仲間にいれてもらってて……」
「母様。お疲れ様ですわ、本日は私と殿下が夕食を準備致しますから、座っておいてくださいな」
「あら、いいのですか?」
「うん。やってみます」
「あ、殿下。今日のボーリングメディアに取られてるぜ、早いな」
「ええぇえー!」
「苦手って言われてるけど、初めてだし仕方ないよなぁ」
恥ずかしくて直視できない。
画面を見ないようにプリムと作業していたら、器用に調理器具が使えていることに彼女は感心してくれていた。料理は、セオと一緒に作っていたことがそれなりにあるからだ。
「殿下ってスポーツもお得意のようですが、こちらもお得意なようですね」
「そうかな? 料理はいつも見てたからなんとなく? でもセオは何も見なくても毎日違う料理つくれるから尊敬してて」
「ええ、ご一緒した時は、本当器用な方で、お優しくて楽しかったですわ。ぜひまたご一緒したいですね」
「はははは、父さん。騎士学校留年したのばれてんじゃん!!」
「最近のメディアはどこからそんな情報を持ってくるんだこれは!!」
リビングも賑やかで、つられて楽しくなってくる。プリムと作った料理はカレーで、彼女はレシピに書いていない調味料や食材をたくさん詰め込み味を整えてくれた。
「殿下。今日はどうだった?」
「楽しかった。ありがとう、リュウド」
「よかった。でも冷静になると厳つい護衛つれてあんな施設行けないよな……」
「うん……目立っちゃうし、隊長がセシルになる前は、セオぐらいしか誘える人もいなくて、……あんな色々できる施設があるのも知らなかったけど」
「実はまだ完成して数年なんだ。それまではボーリングだけで、家族でよく行ってたけど、拡張されて色々できるようになった」
「へぇー」
「今度はジンさんとかと行こう」
「うん」
カレーはとても美味しかった。沢山遊んで夜も更けてゆく中、キリヤナギも入浴を勧められて一人で入る。
タチバナ家のものと同じ、王宮の浴室よりもとても狭くて驚いたが、何故かいつも感じる心の痛みは現れなかった。
広くて誰もいない場所は、一人になりたいと願っていた筈なのに何故か寂しさを呼び込んでくる。しかしここは、そんな気持ちにもならず、ただ湯船の心地良さだけがあって安心した。
そしてずっと頭に残っていたマリアとの別れも受け入れることが出来そうになっていた。彼女が何故、オウカの敵にならなければいけなかったのか、キリヤナギは結局知る事はできず、捉えた首謀者の事ももうおそらく知らされる事はない。その上で、敵である彼らに同情してしまった事実は、普段守ってくれている彼らを裏切ることにもなり、とても相談はできなかった。
しかしもし『王子』をやめて、『騎士』ではなく『友達』になれたなら、わかってもらえるだろうかと淡い期待を抱いて『王子』を辞めたいと望んだ。が、二日過ごしてキリヤナギは『王子』を捨てきれない自分がいて納得した。
結局、この気持ちは誰にも話せておらず、王子でなくともキリヤナギは自分で示した『友達』にすらなれていない。
望んだことなのに、彼らへ心を閉ざしているのは自分だと証明されてしまったのだ。捨てることができないなら意味はないと悟り、ようやく結論がでる。
「明日かえる?」
「うん、沢山ありがとう、リュウド」
リュウドの自室でゆっくり話された言葉に、彼は戸惑っていた。夏休みはまだ2週間はある為、数日はいると思っていたからだ。
「休めた?」
「うん、気持ちの整理もついたし」
「そっか、海旅行。結構大変なこと起こったしな。しょうがないさ」
「……『王子』も辞めたくなったけど、僕、だめだった」
「そうなの?」
「……うん。だから、もう帰ろうとおもう」
リュウドはしばらくこちらを呆然とみていた。何かを言いたげなのが、すこし渋りながらも口を開く。
「休めたらって思ったけど……残念だ」
「え、違う。リュウドのせいじゃなくて、僕の気持ちの問題」
「気持ち?」
「僕が『王子』を捨てれなかった。せっかく協力してくれたのにごめん……」
「殿下……」
「もっと向き合おうと思う。みんなと」
「そっか」
「ありがとう」
リュウドに借りたベットは、小さくてもとても寝心地が良かった。電気が消され、月明かりのみが差し込む部屋でうとうとしていると、扉から物音が響く。
「プリム」
「お兄様、寝れませんの。ご一緒してくださいまし」
「さ、流石に、殿下いるし……?」
「リュウド、ベット使いなよ。僕は床で良いから……」
「それはダメ! 色々と」
「ジンのとこはよかったよ?」
「あっちは畳だから、こっちはフローリング!」
どう違うのか分からず、自分の世間知らずさを悔いる。リュウドは床へ敷かれた布団へ入ろうとするプリムに困っていて、キリヤナギは思わず枕をずらした。
「プリムここくる?」
「殿下でも流石に嫌ですわ。お兄様だからゆるされますの」
「気にするならそもそもここに来るなよ。仕方ないな……」
リュウドは、プリムをベットに寝かせ、自身もその横へと入る。プリムを中心の川の字で流石に狭いが、眠れなくは無さそうだった。
「これでいいだろ?」
「お兄様が真ん中でないのです?」
「プリムが落ちるかもしれないし?」
「むー、わかりましたわ」
「殿下、狭いけどごめん」
「ううん。新鮮で楽しい……」
「そう言うもの……?」
「おやすみなさいませ、殿下、お兄様」
「俺も寝る。おやすみ」
「おやすみ」
疲れていて、狭くても意識はあっという間に落ちていった。プリムは物の数分で寝てしまった二人に驚きながら、安心したように眠りにつく。
@
「皆、ありがとうございました」
「別に夏休み終わるまでいて良かったのに」
「流石に悪いから……」
持ち込んだ荷物を運び出し、ジンとセオは、セシルの自動車でキリヤナギを迎えに来ていた。
リュウドの自宅前には、家族全員が見送りに来てくれて、セシルは持ってきた菓子折りを渡しながらアーヴィングと握手をしている。
「王宮まで殿下を頼む」
「ええ、責任をもって」
「隊長、俺も行った方がいい?」
「リュウド君は、殿下がいた土日は出勤扱いだから、振替にできるよ」
「本当に、じゃあそうする」
「気を遣わせてごめんね」
「『王子』休めなかったのは残念だけど、また同じ事やるなら協力するよ」
「ありがとう」
誘導されて3人は乗り込み、キリヤナギは手を振ってくれる皆と別れた。ジンは隣に座って、ボトル飲料を渡してくれる。
「リュウド君の家どうでした?」
「楽しかった」
「よかった。言ってくれたら良かったのに……」
「……ごめん。一人になりたくて」
「でも、無事でよかったです」
「はは、ここで殿下がみつからなかったら、流石に私も飛ばされてましたね」
「ひ、日付が変わるまでには、連絡するつもりで……」
「遅いです!」
セオが怒っていて、言い返す言葉もない。でもそれは、いつも通りだった。
セオだけが怒って皆は許してくれる。
ミレット隊の時は、ばれて戻ればどうなるか分からず怖かったが、セシルはいつもこうして笑って迎えに来て「よかった」とだけ言ってくれる。それはキリヤナギにとって、数年ぶりの救いだった。
「また『王子』できそうです?」
ジンの疑問に少し返答に渋ったが、結局捨てられないなら同じだと思う。
「頑張る……」
「頑張らなくていいと思うんですけど……」
「何ごとも、自然体が一番ですよ、殿下」
「なんでジンも隊長もそんな甘いんですか……!」
帰りの自動車なのに賑やかで何故か楽しくなってくる。
彼らの為にもしばらくは抜け出しを控えようと、キリヤナギは反省していた。
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