第46話 王子を休む
次に起きた時には窓から日差しが差し込み、横にはもうジンはいなかった。まだ眠いなぁと再び横になると、家屋の入り口から、呼び鈴と大きな声が響いてくる。
「ツキハさーん! ジンさんー! こんにちはー!」
聴き覚えのある声に思わず窓を見に行くと、入り口を入ってくる金髪の青年がいた。バスケットをもつプリムと現れたのは、親衛隊の一人リュウドだ。
「ジンさん、殿下いる?」
「いるいる、朝からどうかした?」
「心配で、ちょっと顔見たくて」
「まだ寝てた気はするけど……」
ジンが階段を仰ぐとちょうど降りてきたキリヤナギがいて、リュウドは手を振ってくれた。プリムは差し入れにとお弁当を持ってきてくれて、ツキハの朝食とプリムの差し入れがある豪華な食卓になる。
「大変お久しぶりですわ。ツキハさん」
「プリムちゃんもリュウド君もいらっしゃいー。賑やかでうれしいわ、ゆっくりしてね」
「みんな心配してる?」
「もうめちゃくちゃ? セシル隊長は安心してたかな?」
「俺も慣れてなくてパニックに……」
「そうなるよねー……」
「ご、ごめん。出る時はすぐ帰ろうって思うんだけど、一度出ると帰りたくないなって思っちゃって」
「わかるわかる。せめて迷子アプリ機能してればよかったんだけどね」
「入れたよ?」
「初回起動しないとダメみたいなんで……ちょっと貸してもらえます?」
ジンに渡すと彼は簡単に触ったあとすぐに返してくれた。王宮にいた時よりも元気になっていて、今日は動きたい気持ちになっている。
「殿下。せっかくここにきたなら道場で遊んでいきます?」
「え、いいの?」
「もう使ってないみたいだし? 軽い掃除からになるけど、それでもよかったら」
「じゃあ、手伝う」
「ジンさん、俺も俺も」
「なら着替えてくるし、リュウド君も落ち着いたらあっちで待ってて」
「ジン兄様、ありがとうございます」
「掃除用具は納屋だっけ? 出しておけばいいかな?」
「助かるけど、けっこう埃がヤバイし? できたらでいいぜ!」
ジンはそう言って食器を片付けて部屋に戻っていった。キリヤナギも片付けて後に続き、動きやすい服に着替えて道場へと向かう。
住居に並ぶように建てられた道場は、キリヤナギとリュウド、ジンには馴染み深く四人は窓を開けて換気しながら積もった埃を掃除した。久しぶりに開けられているその場所に、カツラが覗きに来て笑う。
「懐かしいのう」
「思ったほど寂れてなくて意外」
「ははは、ツキハとハヅキが掃除してくれてたからな」
「おじいちゃん。もう生徒はいない?」
「えぇ、かつては100人を超える門下生を抱えた『タチバナ』ですが、長く平和な世が続き、貴族達も皆が真面目で本当に不要になりましたからなぁ。それでこそ建国から数百年は「王の力」による汚職や悪用が絶えず、その必要性は多大なものとされとりましたが……」
「本当に『タチバナ』名乗れるのってジンさんとアカツキ叔父さんぐらいだしな。他はみんなある程度使えはするけど真似事だし」
「リュウド君も大概だと思うけど」
「どうかな? 俺も最近は上手くやれてる気はしなくて……」
「まぁ、確かに普通じゃないし、無理にやらない方が……」
「もうジン兄様のそう言うところ時々嫌になりますわ!」
「え"っ」
「ははは、すまんな。プリム」
掃除は午前のうちに終わり、リュウドとジン、キリヤナギの3人は数年ぶりに顔を揃え道場で体を動かす。カツラは、忘れかけているキリヤナギとリュウドを再指導してくれた。
ジンはまだ痺れがあるが、『勘』は健在で、ついては行けるが体が動かずキリヤナギにですら上を取られてしまう。
時間がいるなと思いながら、ジンは体を慣らすために手を抜かなかった。
午後を周り、ツキハやプリムがお昼へ呼びにきた頃、リュウドが再び口はを開く。
「殿下って、しばらくここにいるの?」
「……何も考えてなかった」
「よかったらうち来ない? ここでもいいけど、俺の家はオウカ町だし、王宮も近いからみんな安心なんだってさ。せっかくの夏休みだし、いろんな家にいくのもいいだろ?」
「リュウド君、いいの?」
「うん、父さんも歓迎だって、ここほど広くないけどゲームとかいっぱいあるし?」
「楽しそうだけど……」
リュウドの提案に、キリヤナギは即答ができなかった。ここはとても居心地がよくて安らぐが、昨晩のアカツキの話も無視はできないからだ。
「いこう、かな……」
「よかった!」
「じゃ、準備しますね」
「うん」
その後ジンは、キリヤナギの荷物の整頓を始めた。滞在時間は短く、荷物はばらつく事はなく纏めるのにそこまで時間はかからない。
ケースに入っていた外出用の私服に着替えたキリヤナギは、ツキハとハヅキ、カツラに挨拶をするために二人を探す。
裏手の畑の手入れをしていたツキハとハヅキは、キリヤナギを見つけて作業をとめてくれた。
「えー! キリ君もうかえっちゃうの!」
「ごめん。一日だったけどありがとう」
「夏休みなら、最後までいてもよかったのに」
「みんな心配してるし、やっぱりオウカ町がいいと思って」
「そっかぁ、残念」
「ジン! ちゃんと殿下を守るんだよ」
「ばぁちゃん! 大丈夫だって!」
「また来てね」
「うん、ツキハさん、おばあちゃんもありがとう!」
2人に挨拶をした後、キリヤナギはもう一度道場へと戻る。
カツラ・タチバナは奥の掛け軸に向かい合うように正座をして瞑想をしており、キリヤナギは恐る恐る声をかけた。
彼は待っていたかのように目を開けて、優しく応じてくれる。
「そうですか。私も安心です」
「ありがとうございました、先生」
「とんでもない。またいつでも休みに来て下さい」
そんな三人へ挨拶を終えたキリヤナギは、早々に「タチバナ家」をでて、ジン、リュウド、プリムと共にバスをのりつぎ途中でお昼を済ませながら、オウカ町へともどった。
リュウドの自宅は、タチバナ家よりは小規模だが、高度文明の四角いつくりをしたシンプルな一軒家でもある。
「それじゃ、リュウド君。俺はこのまま王宮に戻って仕事してくる」
「はい。ジンさん荷物ありがとう」
「ジン、ありがとう。またね」
「またいつでもお越しくださいな」
ジンは一礼して、王宮の方角へと帰ってゆく。キリヤナギは名残惜しくは思いながらも見えなくなるまで見送っていた。
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