第45話 断花さん宅

「セオ! 殿下がいねぇ!」

「は?! 寝てたんじゃないの!?」

「部屋のどこ探しても居ないし、どうすんのこれ!」

「とりあえずジンに……ってここにいるじゃん!!」

「落ち着け……」


 グランジに宥められ、ジンは動揺しながらもカナトへ通信をとばす、セオは頭を抱えながら、久しぶりにキリヤナギの脱走リストと書かれたノートを引っ張りだしていた。


「こうならない為に、ジンはカナトさんのとこにいたのにー!!」

「マジで居なくなるなんて思わないって!!」


 グランジは冷静にグループ通信でキリヤナギの抜け出しを報告していた。今日はヒナギクが休日でモール街へ出掛けているらしく、見つけたら保護すると連絡される。

 カナトへ連絡していたジンは、程なくして通信に出てくれた彼へ安堵した。


『ジン、どうした?』

「カナト! 殿下そっちいる?」

『来てないが……』

「マジ?」


 セオがホワイトボードに行先リストを作成し、アークヴィーチェ、公園、大学、モール街、アゼリア卿の自宅と順番に書かれ、一番最初にアークヴィーチェに射線が引かれる。


「グランジ、あと他に候補ある?」

「その前に宮殿内を探さないのか?」


 ジンとセオが我に帰った。


@


「それは継承権を放棄したい、と言う意味ですか?」


 カツラの言葉に、キリヤナギは返答に困った。事務的に言うならそうなのだろうと思う。しかし、キリヤナギは一人息子でそれが不可能だとわかっていた。

 返答に迷っているキリヤナギに、カツラは真剣な顔で続ける。


「続けるようで失礼致しますが、殿下はこのオウカにおいて唯一無二の王族。継承権の破棄を望まれてもそれが実現することはないかと」

「うん……それは、わかってる」

「では何故?」

「誰が敵で、誰が味方か、分からなくて……」

「……!」

「もう誰も疑いたくないから、辞めたら、友達だけが残ってくれるかなって……」


 カツラはどう返答すればいいか分からず、眉を顰めた。そして現王シダレの若い頃を思い出され、心に矢が刺さるような感覚を得る。彼もまた王子であった時代に兄を殺害され、弟を失い、同じような言葉を吐露していたからだ。


「殿下が何を願おうとも、神より降ろされた力がある限り、殿下に変わりはおりません。どうかその生まれに誇りを持ち、使命を真っ当されて下さい」

「……おじいちゃん」

「……!」

「もう疲れちゃった……」


 どんな時も「はい」としか返答がゆるされない言葉に思わず本音が出てしまう。かつてキリヤナギは、ここでジンと共に「タチバナ」を学んでいた。

 何歳であったかはもう記憶も定かではないが、数年間とても楽しく通っていたのに、ある日、怪我をしてから回数を減らされ、以降は王宮でやることになってしまった。

 それ以降も父と共に顔を見せていたが、警備方針の変更でここに来るにも護衛がふえて来づらくなり、今日は数年ぶりに足を運んだ。


「なら、その疲れが癒えるまで休めばいい」

「え」

「全て捨てることはできません。しかし人は休む事ができます。肩書きを一時的に置き、自由にするのは悪いことではない」

「……そんな事、できるかな?」

「ははは、周りの理解は必要ですがな、その願望を叶えてくれる皆がおれば大丈夫でしょう」

「カツラおじいちゃんは、協力してくれる?」

「私でよろしければ」

「……! ありがとう」


 少しだけ肩の荷が降りる感覚を得た。気持ちが楽になって、空を見上げていると再びツキハがエプロン姿で現れる。


「キリ君。晩御飯たべてく?」

「いいんですか?」

「今おばあちゃんが、サークル終わって買い物してるから、キリ君いるなら多めに買って帰ってくれると思うの」


 ふと母のことを思い出した。キリヤナギはデバイスを取り出したが、連れ戻される未来が見え、そのままポケットへと戻す。


「頂いていいですか?」

「もちろん! ゆっくりしていってね」

「おい、いつまでお名前でお呼びしている。せめて様をつけよ」

「おじいちゃん、僕、そのままがいいから」

「殿下……」

「ここに来たら、少しだけ『王子』を忘れられるきがして、ありがたくて……」

「……そうでしたか。では私もせめてキリ様とお呼びしましょう」

「うん」


 タチバナの家には未だ喧しいほど虫の声が響く。


@


「居ないねぇ」


 一通り王宮を探し終えたセシルは、玄関口で消沈するセオとジンに同情にも近いトーンでのべた。使用人にアナウンスしても見かけたと言う声は届かず、ストレリチア隊の数名に手伝ってもらい自分の目で探したのに見つからない。

 探せば探すほど宮殿内にいない事が証明されて、セオとジンは項垂れるしか無かった。


「メッセージは?」

「しつこく送ってるんですが、見ているか分からず……、迷子用の位置情報アプリもなぜか機能しないんです」

「うーん、これは久しぶりの大捜索かな?」


 ヒナギクもモール街をみて回っていたらしいが結局見当たらず、足取りも全く掴めないため、皆は外へと捜索を広げてみることにした。

 公園や林の中、大学までゆき、アークヴィーチェにも足を運んだがやはりいない。

カナトにアプリが機能しないことを相談すると、初回起動時に位置情報を送信する許可を出さなければいけないらしく、セオはこの上ない失態を悔いた。

 ここで一日見つからなければ、誘拐の可能性もでてきて笑えず、またセシルがどうなるかも分からない。しかし、隊長の彼は特に気にした様子もなく、むしろ疑問に思っているようだった。


「旅行を終えて休まれていたはずの殿下が、何で今になって出かけようと思ったんだろうね? 不満があったのかな?」

「それは?」

「ジンもいるのに声をかけないのは、一人になりたかったのかなって思ってね」


 セシルの推測に、セオとジンはようやく落ち着きが戻ってくる。たしかに、今のキリヤナギはそれなりに自由なはずなのだ。

 旅行にもいけて、セオもジンもグランジも周りにいる。遠慮の壁が限りなく薄い3人へ頼らず出かけるのは、頼りたくないと思える程の何かがあったのか、それとも夜会の時のように「一人になりたかった」からだろう。


「一人になりたい時に行く場所に覚えはない?」


 どこだろうと、3人は必死に考えた。公園は候補にあがるが居なかった。林の中にも居らず、ジンがうーんと悩み込んでいると、ふと子供の頃、実家の縁側に座るシダレ王の記憶がよぎった。アカツキと話す王の隣にカキ氷を食べるキリヤナギがいる。


「俺の実家?」

「タチバナ?」

「いいんじゃない? 連絡してみる価値はあると思うよ」


 ジンはすぐにデバイスを取り出し自分の実家へ連絡を飛ばした。


@


 アカツキは、珍しく定時で業務を終え、自動車で自宅へと戻っていた。ツツジ町にあるタチバナ家は、王宮を構えるオウカ町からそれなりに距離はあるが、自動車があればそこまで時間がかからず帰宅ができる。

 今日は、たまたま業務が早く終わり長く残っても皆が帰れないと言う判断から、定時には切り上げて帰路へついた。

 日が沈む前に業務をおえるのは久しぶりで、自動車を止めて普段通り帰宅すると居間の方が何故か普段より賑やかで、弟の存在をよぎらせる。

 アカツキの弟、アーヴィング・タチバナは、王宮での事務員として仕えていて週末になると時々顔を見せにくるからだ。


「ただい……」

「おかえりなさい。アカツキさん」


 ツキハの優しい声にアカツキは安心したが、それより先に目があった相手に思わず反応ができなかった。

 ジンと年が近く、穏やかな顔立ちの彼は、祖父と祖母に囲われて夕食をたべている。


「殿下ーー!!」

「キリ君がきてくれたの!」

「アカツキ、おかえり」

「何故おられるのですか!」

「え、遊びに来て……」

「護衛は?」

「僕一人……」


 顔に手を当てる様は、先程のカツラと同じで、キリヤナギは親子だと少し感心した。


「王宮に連絡はされましたか?」

「してない……」

「わかりました、今から私が連絡をして参りますので……」

「えっ、やだ……」

「皆が心配します。ここは無事だけでも……」


 話している間に、タチバナ家の固定デバイスが呼び鈴を鳴らし、ツキハが取りにいった。相手はジンで、彼女は楽しそうに話している。


「キリ君。ジンが今日帰ってくるって」

「えぇー……」

「そうなるだろうな。ジンに伝わったなら大丈夫だろう」

「帰りたくない……」

「殿下。皆心配していますから、ここは」

「『王子』お休みするから」


 目を合わせなくなり、アカツキは呆然としていた。見ていたカツラは思わず吹き出して笑う。


「『王子』をやるのが疲れたそうだ。多少ならいいんじゃないか?」

「父さんそれは……」

「アンタも硬くなったねぇ。休みたいって言ってるなら休ませてあげてもいいじゃないか」

「母さん、そう言う意味ではなく……」


 戸惑うアカツキに、キリヤナギは未だ目を合わせようとしない。彼は真剣にキリヤナギと向き合いながら、堂々と口を開く。


「例え『王子』を休まれたとしても、『敵』にとって貴方は、この国にいるだった一人の『王子』なのです。何かあれば国が滅ぶどころでは済まず多くの人々が……」

「よせ、アカツキ」

「父さん……?」

「わかっておるよ。その子は」


 ふとキリヤナギをみると、その態度はまるで諦めたような雰囲気もあり、アカツキは続ける言葉が思いつかなくなった。

 当たり前の決まりを当たり前に指摘され、結局抗えないのだという表情は、ちょうど去年、寝込んでしまっていた時と同じだったからだ。

 だが、騎士である限り、アカツキは「そう」としか言えず、彼は一度、キリヤナギを放して居間を出ていった。そして部屋着に着替えて戻ってくる。


「言うべき事は話しました。あとは貴方とジンの判断に任せます」

「アカツキ……?」

「それでいい」


 テーブルの上には、祖母のハヅキがお酒を出してくれる。アカツキはキリヤナギの隣に腰を下ろし、配膳された夕食へと手をつけた。


「ありがとう」

「……我々騎士は、こうして『騎士』という称号を脱ぐ事ができますが……殿下には、それがありません」

「……!」

「ここで羽を伸ばせるのならどうか存分に、選んでいただけたなら光栄です」

「うん……」


 ふとお味噌汁を啜ると、久しぶりに味がしてとても美味しかった。

 夕食をおえて、キリヤナギは四人と共にお茶を飲みながらテレビをみていると、賑やかなクイズ番組が終わって、ニュース番組が始まる。今日の出来事が一通り解説された後、突然明るい雰囲気になって、先日の旅行時のビーチバレー動画が放送されて固まった。

 「視聴者提供」と書かれていて、思わず顔が真っ赤になる。


「は、恥ずかしい……」

「キリ君かっこいいー!」


 直感で選んだ水着だったのに、ブランドはどことか、庶民派などとも解説されていて戸惑った。ラグドールやセシルの経歴まで解説されていて、直視できなくなる。


「チャンネル変えるか……」

「このアナウンサー、王室のファンだからね」

「そうなの〜! だからキリ君元気かなって」

「ははは、ニュース番組で生存確認もなかなかないのぅ」


 アカツキは気を遣ってチャンネルを変えてくれた。水着だと分からないと言われたのに、帽子を取らなければ良かったとも今更後悔する。恥ずかしさが抜け切らないまま堪えていると、突然、入り口から引き戸を開ける音が聞こえ、足音が響いてきた。

 襖を勢いよく開けたのは、騎士服にサーマントを下ろすジン。


「殿下いたぁー!!」

「もう少し静かに歩けんのか! ジン!!」

「じ、じぃちゃん、ごめんって」


 思わず座り込んで項垂れるジンに、アカツキが困った表情で迎える。同情した目に変わるのは、一応同じ騎士だからだろう。

 久しぶりに帰宅したジンに、ツキハは嬉しそうに笑う。


「ジンおかえり、晩御飯は?」

「まだだけど、買って帰ってきたから、大丈夫……」

「ジン、一度本部へ連絡をした方が」

「今するする」


 ジンは何故か、大量の荷物をもっていた。ボストンバックとか、箱が入った紙袋。玄関をみるとトランクケースまであって、まるで旅行帰りにも見える。


 ジンは一度席を外し、キリヤナギがいたことをメッセージで送ると皆とても安心していて、ようやくジンも肩を撫で下ろした。

 手を洗いにゆき、何も言わず買ってきた夕食を広げる彼は、本当にただ帰ってきただけに見えて驚く。


「ジンは王宮もどるの?」

「ん? 戻んないですよ」

「え、」

「母ちゃんから、休みたいって聞いたし……?」

「いいの?」

「いいのか?」

「シダレ陛下の説得大変だったけど、ヒイラギ王妃殿下が怒って何とか? 俺が付き添いで父ちゃんもいるならいいって」

「……!」

「寂しいなら帰ります? 一応着替えとか持ってきたんですけど」


 キリヤナギへ首を振った。その嬉しそうな表情にジンも安心する。


「ジン、ありがとう!」

「はい。じぃちゃん、これ陛下からの菓子折り」

「はは、相変わらず律儀なお方だ」


 ジンが渡している紙袋に、アカツキはしばらく言葉に迷っていた。キリヤナギが宿泊するお礼のつもりなのだろうが、距離感がずれていると呆れてしまう。


「本当に王宮に戻らないのか?」

「時間遅いし? 移動のリスクのがあるって隊長が、騎士長が許さないなら車で送ってもらえって」

「悪いがもう酒をのんだ。ストレリチア卿がそう言うならそれでいい」

「父ちゃんはなんか問題あるの?」

「王宮内はどうにかなったが、このツツジ町は敵の拠点が存在した場所だ。まだあるかもしれない」

「敵?」

「スパイです。まだどこにアジトがあるかわかんなくて……」

「このツツジ町は、タチバナが構えてはいますが、私が常時いるわけでもなく、雲隠れもしやすいのです」

「危険ってこと?」

「理論上は? 警備が甘いって感じですね……でもここって大体何があれば、みんな報告にきてくれるしいいかなって……」

「甘い。すでに住民として馴染んでいる可能性もある、一人の時を狙われればどうにもできないぞ?」

「そういうの別に目を離さなければいいじゃんって思うんだけど……」

「はははっ、本当にジンはアカツキの若い頃そのままだな!」

「これは真面目な話ですよ!」

「殿下、おやつも買ってきたんですけどいります?」

「いる。でも、本当に帰らなくていい?」

「俺と父ちゃんがいるなら良いって言われたし?」

「……しょうがない。陛下が折れたなら何も言えませんよ」


 渡されたおやつは初めて見るものだった。一旦は帰らなくていいことが分かり、キリヤナギは何故か心が躍る気分になる。


「ありがとう」

「ゆっくり休んで下さい」


 そんな久しぶりにきたタチバナ家は、ジンの部屋も片付けられていて、布団もベッドではなく畳に敷くものだった。

 懐かしい畳の匂いに落ち着き、ジンと2人でその日の布団へカバーをかけながら準備をする。


「ジンの部屋、こんなに物が少なかったっけ?」

「騎士学校に入学してから、気に入ったものは全部移動させてるんですよね」

「そっか、ジンは住み込みだから」

「そうそう。でも漫画とか多少あるし自由に読んでください」

「ありがとう……」


 初めて泊まったタチバナ家は、家が古い為か殆どの家具の使い方が違っていて、キリヤナギはデバイスで調べながら一通り使わせてもらった。

 それなりに大きな家で個室もあったが、何故か暗くて怖くなり今日はジンの部屋で休むことになる。疲れたのか、ジンはキリヤナギが入浴からもどると既に電気をつけたまま寝ていた。

 キリヤナギもその日は布団にもぐり、そのまま休む。

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