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第44話 懲りない

 王子が旅行から戻り、夏の王宮には数ヶ月ぶりの平和が訪れていた。

 アカツキ・タチバナ主導の王宮での工作員掃討作戦とシダレ王の恩赦があると知った工作員達は、セシルやクラークが怪しんでいた者から順に投降。また回収した飛行機も外装がガーデニア製のものへ偽装されていたことが判明し、危惧されていたガーデニアとの戦争も一先ずは回避される事となった。

 これにより騎士団は、解決には至らずとも一旦収束に向かっていると結論づけ、従者達は久しぶりの平和な業務に励んでいる。

 しかし、安全となった王宮へ戻ってきた王子は驚くほど大人しく、出掛けたいと言う声もなければ、王宮内の散歩にも行きたがらない、これは王子専属の特殊親衛隊達にとっては言わば「仕事のない」日々が続くことと同じだった。

 

 セオとジンは、リビングにグランジを残し二人で事務作業へと励むが、午後になった所でジンが電子端末を前に項垂れる。


「あ"〜、体うごがねぇ……」

「ジン、あんまり無理するものじゃないよ?」


 体うけた毒は、ほぼ体内から排出はされたが、神経毒であったことで未だに両腕に痺れが残っている。

 医師は若いため動かして慣らせば改善するとも言うが、この僅かにのこる痺れのせいで、グランジに勝てないばかりか、事務作業にも倍以上の時間がかかっていた。


「本当、ジンはよくやってくれたよ」

「俺は当たり前と言うか。ヴァルサスさんには、申し訳なかった……」


 ローズマリー領にて敵と対面した時、ジンはヴァルサスを助けられないと最悪諦める覚悟でいた。

 敵が撃たないよう牽制を行いつつ、最悪ヴァルサスが撃たれれば、キリヤナギを担いで逃げるしか無いと考えていたが、彼が撃たれる代わり、敵であったはずの女性、マリアが寝返ったのだ。

 告白の一部始終を見ていたジンだったが、「本当の工作員」だったならあり得ない行動に驚き、救われたヴァルサスの命を無駄にしてはならないと飛び出した。


「グランジさんなら、もう少しうまくやったんだろうなぁ……」


 ジンは、向かっているセシルとセスナに連絡をとるタイミングがなかったのだ。つまり合流を確認する前に飛び出し、一時的にもキリヤナギの護衛から離脱したとも言える。

 うーん、うなだれるジンに、セオは苦笑する。お茶を淹れてくれた彼は、コーヒーを飲まないジンの好みをよく分かっていた。

 

「っていうか、時々部屋に篭るって聞いてたけど、殿下、マジででてこないんだな……」

「……うん。今回はちゃんと食事取ってくれてるからいいかなって」


 旅行から帰ってからと言うもの、キリヤナギは「疲れた」といって、もう1週間は部屋から出てこない。必要最低限の生活はしているが、それ以外の時間はほぼ寝て過ごし、起きている気配もないからだ。


「まさか、本当にずっと寝てるとは思わなかった……」

「起こさないと起きないから、本当ほっといたら死ぬまで寝続けそうで怖いかな……」


 キリヤナギは起きない。

 それでこそ夜眠り、朝起こされ、決められたことをこなしはするが、自由時間の全てを眠って過ごしている。

 普通それだけ眠れば、目が冴えて眠れないと思うのに、まるで関係がないと言うように眠り続けるため、話しか聞いていなかったジンには衝撃だった。


「去年から?」

「うん、……それまでは普通だったから、そっとしてたんだけど、何も食べないままそれなりに日数が経過してことの重大さに気づくっていう」

「なんでほっといたの?」

「誰にも会いたくないって、しばらくほっといてほしいっていわれてたから、僕らも言う事を聞くしか出来ることがなかった。その時は僕もまだここの事務員兼使用人で、グランジもタチバナ隊にいたからね」


 宮廷特殊親衛隊は、騎士団とは別枠として扱われており、その地位は、所属すれば使用人であっても騎士階級として扱われる。

 つまり去年までのセオは、騎士ではなく使用人としてキリヤナギに仕えていたために、前任の親衛隊の騎士達に逆らうことができなかったのだ。

 去年の今頃のグランジ、セオ、ジンは、キリヤナギの幼馴染でありながらも、三人とも違う場所にいて、それをまとめたのはセシルだ。

 彼は3人をまとめ直し、自身の隊の穏やかで偏見のないセスナと妹のラグドール、ヒナギクを連れてきた。当時7人とされていたところへ、王妃がジンの従兄弟にあたるもう1人の幼馴染、リュウドを抜粋し8名の親衛隊が揃う。


「つーか、よく俺の存在知ってたなって、普通えらばなくね? 仲良いの知ってるのセオとグランジさんぐらいだったし?」

「それは僕のせいかな、編成する前に殿下と親しい騎士を教えろってここに来てくれたんだよ。でも3人じゃ流石に大変だからって他に四人ぐらい連れてくるけど許せって」

「へぇー……」

「タチバナ隊のグランジを引き抜いてくれたのは感謝しかないかな」

「俺も外国にいたのに……」


 本来騎士学校を卒業すればそのまま何処かの隊へ配属されるのに、ジンはどこにも配属されず、何故か王妃の勅命だとアークヴィーチェになった。

 それでこそジンの父アカツキは、かつて王直属の親衛隊に配属されていたのに、ジンだけはまるで扱いが左遷のようで聞いた時はそこそこショックだった。

 キリヤナギの事情を聞いても建前にしか思えず、騎士長を世襲させないために根回しをされたのだろうと思っていたが、想像以上に抜け出してカナトへ会いにくる彼に当時は驚きもしていた。


 右手はまだ痺れているが、キリヤナギの辛さを思うと何ができるだろうと思う。

 キリヤナギは敵であったマリアの良心をずっと信じていたのだ。彼女にはきっと理由があるとし、その気持ちをヴァルサスだけに話して助けようとしていた。

 騎士なら話されても確かに誰も納得しないだろう。命を狙われた相手に同情するなど、本来ならあってはならず近づけてはならないと言う判断もされかねない。だが、そんな危惧を裏切るかのように、マリアは自分からヴァルサスを庇って犠牲になった。

 きっと良心があり救いたいと願っていた彼女が、大切な友達を庇って死んだ現実に、ジンはどれほどの辛さがあったか想像も出来ない。


「殿下。訓練誘ったらきてくれるかな?」

「僕は説得力ないけど、ジンなら来てくれるんじゃないかな? 体戻すためって言えば断れないだろうし、気分転換になるかも」

「じゃ、ちょっと中庭にいってくる」

「殿下も訛ってるだろうし、無理させないでね」


 ジンはそう言って上着を羽織り、事務所をでてリビングへと向かった。リビングにはグランジがいて、一人待機して本を読んでいる。

 気にせず謁見にむかうものの、ノックしても返事はなくそっと中へ入った。寝ているのだろうとベッドへ向かうと、膨らみはいつも脇に置かれているクッションで、そこには誰も寝ていない。

 焦って部屋を見回し、浴室やクローゼットに隠れてもおらず唯一窓の鍵が開いていて衝撃を受けた。ジンは一気に背筋が冷え、グランジと共に大急ぎで事務所へと戻る。


@


 キリヤナギは、久しぶりに抜け出して街にいた。

 旅行から帰ってからずっと眠くて、眠りたいだけ寝ていたのだが、今日はとてもいい天気で少しだけ外の空気を吸いたいとも思ったのだ。

 久しぶりに行きたい場所も思い出し、洋装に着替えたキリヤナギは、ベランダから下の階の手すりに足をかけて降りる、植木の間から宮殿の裏手に出るとロックが雑な通用口があり、そこを通って城壁の外へとでた。数日寝てばかりいて身体はかなり訛ってはいたが、外に出るととても気持ちが軽くなる。ジンや親衛隊の皆には悪いが、今日は誰にも邪魔されず一人で出かけたかった。


 デバイスで時刻表をしらべ、キリヤナギは電子通貨カードでバスへと乗り込む。ラグドールにもらった帽子をかぶると、うまく紛れ込めたのか、皆キリヤナギに気づいた様子はなく警戒しながらも慎重にバスを乗り継いだ。

 そして1時間ほどゆられた場所は、首都にありながらも未だオウカの文化家屋のこるツツジ町。ここは畑も沢山ある住宅街で、道は未だ舗装されていない場所もそこそこある、言わば都市部の田舎と言う表現が近い場所だ。

 畑沿いをデバイスの地図を見ながら歩いていると、虫網を持った少年と少女とすれ違ったり、遠くの丘を見つめる老人。畑の作物の手入れをする大人達もいる。

 畑や田んぼにより開けた空は、都会の息苦しさから解放された気分にもなって心も落ち着いた。そしてバス停から15分ほど歩いた場所に、石の壁が現れ大きな門へと辿り着く。


 キリヤナギにとってここはとても久しぶりだった。ある日を堺にあまり来てはいけないと言われた場所だが、それでも父に連れられてきた記憶が沢山ある。表札に【断花】と書かれた門の呼び鈴を鳴らすと、女性の声で「どうぞー」と返事が響いた。

 大きな門であるにもかかわらず、扉は全開で奥には引き戸の入り口があるそこは、タチバナ家の本家。ジン・タチバナの実家だった。


 キリヤナギは門を慎重に跨ぎながら、引き戸を開け中へ入る。すると奥から女性が現れ、キリヤナギの顔を見て目を見開いた。


「え、キリ君!?」

「こんにちは……」

「久しぶり! お父さんいる?」

「ううん、僕一人……」

「本当に?! とりあえず上がって、おじいちゃーん! キリ君がきたー!」


 家屋全体に響く声にキリヤナギは恥ずかしくなったが、彼女は昔のままでとても安心した。ツキハ・タチバナと言う彼女は、ジンの実母でアカツキの妻でもある。

 上がってと言われた為、音を立てないように靴を脱いで上がると古い建物ならではの匂いがしてとても懐かしい。正面の玄関の古風なパーティションをぬけて、キリヤナギは和室へと向かうと、まるで怒鳴るような声が聞こえてきた。


「ツキハ! 真昼間から冗談は……」


 正座してそっと仕切りを開けると、そこに言葉を発した老人がいた。雑誌を見ていた彼は、キリヤナギと目を合わせた瞬間メガネを外して確認する。


「殿下……?」

「こんにちは……カツラおじいちゃん」


 カツラ・タチバナは、思わず傍に置いてある写真とキリヤナギを見比べ、言葉を失っている。しばらくじっと見つめ、座布団を弾いたカツラは、キリヤナギを和室へと引き込み向かいへと座らせた。


「騎士は?」

「僕一人で……」

「何故ここへ?」

「相談したいことあって……」


 カツラはテーブルに肘をついて頭を抱えている。彼はキリヤナギの両肩を掴み詰め寄るように述べた。


「殿下! 我がタチバナはたしかに代々に仕える騎士の家系ではありますが、今この本家で戦えるのは、アカツキとジンのみでーー」

「キリ君、カキ氷食べる?」


 突然入ってきたツキハに頷くと彼女は笑顔で再びキッチンへ戻っていった。向かいのカツラはキリヤナギを放してため息をつく。


「まぁ、ゆっくりしていきなされ」


 カツラは諦めたように笑ってくれた。

 縁側に座り、夏の日差しを受けながら食べるカキ氷は冷たくて懐かしくもなる。

ボーっと空を見上げるキリヤナギは、ここでの記憶をすこしだけ思い出していた。


「それで、相談とは?」


 後ろからカツラに問われキリヤナギはしばらくは答えなかったが、空に飛ぶ鳥を見て我に帰り、口を開く。


「王子、辞めたいなって……」


 縁側に吊るされる風鈴は風に靡いて美しい音色を奏でていた。

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