第43話 列車の帰路
「もう帰るのか、残念だな……」
「ハルト、ごめんね。ティアも」
「いえいえ、少しでしたが、久しぶりでとても嬉しかったです。ククリール嬢やヴァルサスさんにも出会えましたから」
一歩引いてみているククリールに、ティアはそっと歩み寄り、彼女の手を両手で握ってくれた。
「また、連絡させてください」
「……! えぇ、もちろんです」
「マグノリア卿ともまだ話したい事はあったが……」
「何、私は隣の領地だからな。またすぐ会いにくるさ」
「そうか。いつでもきてくれ」
そんな貴族達が別れを済ます最中、ヴァルサスは一人、中庭で時間を潰していた。ティアもハルトも顔を合わせたいと言ってくれたが、以前の空気感はやはりヴァルサスには合わず、別れ際だけでいいとも遠慮する。
預けられた犬のエリィは、整えられた庭園を走り回りヴァルサスはボーってそれを眺めていた。
「アゼリア卿ってお前か」
「ひっ!」
突然響いた声に振り返ると、そこには騎士服の男がいる。茶髪で不適な笑みを見せる彼に思わずこわばってしまった。
「騎士の息子なんだろ? 強いのか?」
「え、つ、強くないです。戦わないし?」
「騎士貴族なのにか? ふーん、つまんね」
「お、俺になんか用ですか?」
「首都から客が来るって聞いて楽しみにしてたんだよ。特に『タチバナ』。試してやろうと思ったのに故障しやがって……」
「ジンさんは……強いですね」
「ほんとか?! ちっ、謙遜しやがって」
「ローズマリーの騎士さん?」
「俺はウィスタリア騎士団。ラインハイト・ネメシアだ。王子の親衛隊がくるってきいて、わざわざタクト坊ちゃんに着いて来たのに試せもしねぇ」
舌打ちをするラインハイトは、まるで都会にいるチンピラのような態度だが、その風貌は紛れもない騎士でギャップを感じてしまう。
「試すって?」
「俺の『王の力』だよ。『タチバナ』にどこまで通じるか試してぇんだ」
「そ、そう言う? と言うか騎士ってそんな手軽に戦えるんですか?」
「売られた喧嘩は買うのが騎士道だろ?」
「ぶ、物騒……」
「ち、西側はみんなそう言いやがる……、サフィニアとかカレンデュラのがまだ話はできるな」
「西側って?」
「川沿いの領地は、いわば内陸だろ? 平和ボケしてんだよ。首都と宮廷は西側でもマシな部類なんだぜ?」
「へー」
「強くなりたいならうちは最高の環境だ。東国の古武道とオウカの『王の力』を組み合わせた訓練をやってるのは、ウィスタリア騎士団だけだからな」
何も話していないことから、これは彼の自慢話になのだろう。しかし強くなりたいと願ってヴァルサスにとっては興味深く、思わず聴き入ってしまう。
「東国の古武道って?」
「『タチバナ』の起源になった『相手の力を利用する』って考えの武道だよ。『タチバナ』は素手だが、剣だけじゃなく、弓とか槍もあるんだ。本人に力がなくても上手く使えりゃ打点になる」
「面白そう」
「だろぉ! 割と話せるな、名前だけでも聞いてやるよ」
「ヴァルサス・アゼリア。大学いってて騎士の事勉強してる」
「学生なのか。なら卒業してから期待だな」
和気藹々とラインハイトの自慢話は続く。
ウィスタリア領は東国と隣接していて文化の浸透が色濃く、武道に対してはかなり意識の高い場所だとも話してくれる。
「ヴァルに友達ができてる」
「……王子!」
「お、王子殿下。ご機嫌よう!」
「そろそろ帰るから呼びにきたんだ。ライト君もウィスタリアからありがとう」
「とんでもないっす!!」
「ライト、ここはローズマリーだぞ?」
「うっす、失礼しました!」
「楽しかったです……!」
ヴァルサスとラインハイトは握手をし、エントランスで待っていた二人と合流する。挨拶を終えた四人は、ローレンスを含めたローズマリー夫婦へ見送られ公爵家を後にした。
そして自動車へ乗り込む前、邸の庭園で待機していた3人と顔を合わせる、それはリーシュとこのローズマリーで何度も顔を合わせた金髪の女性だった。
「セラスさん、リーシュ……!」
「わわわ、ごご、ご機嫌よう! 王子!」
「ご機嫌よう。今夜このローズマリーを旅立れると伺い、参上致しました」
「チケットありがとう。どれも美味しかった」
「よかった。お目通りが叶い光栄でした。またいつでもお越しください。我ツルバキア家は歓迎致します」
「ありがとう。リーシュも前はごめんね」
「いえ、その、えーと、また、来て下さい!!」
「うん。また学校でね」
リーシュは更にパニックを起こしていた。
「宮廷騎士団には、このリーシュの姉となるリーリエもおります。我ツルバキア家は、これからも王家の味方として共に歩んでゆくでしょう」
「ありがとう。リーリエにもお母さんに会ったって伝えておくね」
「はい」
「ま、また秋にでも……」
そうして貴族達は自動車へと乗り込み、ローズマリー公爵家を出てゆく。手を振って見送るセラスとリーシュの隣には、フルフェイス甲冑のが男性もいて、大振りで手を振ってくれていた。
窓から見えなくなるまで観察していたヴァルサスは、思わず隣の王子へと口を開く。
「あの鎧の人、騎士さん?」
「かな? セラスさんと一緒にいたし」
「今時珍しいですね……」
セオまでわかっておらずセシルは、運転をしながら笑いを堪えていた。鎧の彼はかのミレット卿の同胞たる、アデリット・ツルバキア。現ツルバキア家の当主でもあるからだ。
セシルはアデリットの恥ずかしがり屋な性格をよく知る為、ここはあえて話さず静観する。
「列車の発車まで、まだ時間があります。それまではまだご自由にお過ごしください」
「ありがとう、セシル」
「なんか名残惜しいなぁ」
離れてゆく海にも見送られ、一行はローズマリー領の主要都市にて、旅の最後の時間を過ごす、王子はその日もジンに誘われ、ヴァルサスとグランジと共に温泉銭湯へ行ったり、土産ショップを覗いたりと庶民に紛れた観光を行っていた。
そして皆が列車へと乗り込む頃、王子は疲れ切り、エリィと共に個室で眠りにつく。
静かに走り出した列車は、皆が休む間にローズマリー領を進み、マグノリアへと戻ってゆく。その日の見張りとしてダイニングにいたセシルとセオは、テレビで王子の映像を見ながら寛いでいた。
「隊長、色々とありがとうございました」
「何がだい?」
「この旅行で、殿下は今までやりたかった事の殆どを経験されたと思います」
「それならよかった」
人並みに憧れ続けた王子は、今まで庶民とは一線を引いた人生を送ってきた。貴族は貴族として一般は一般としてそこには大きな壁があったが、この旅行はその壁を超えた人並みこそ重視した旅行だったといっていい。
「とても良き思い出となったでしょう」
「もう成人されたんだ。殿下が望みを僕らは叶えるだけだよ」
「ありがとうございます」
セオは心から感謝するように、セシルへ夜食を提供していた。
そして朝となり、早々に降車を迫られた王子は、エリィとヴァルサスとセオに叩き起こされ、マグノリアの街へ放り出されてしまう。
「ね、眠い……」
「本当に朝が苦手なんだな」
「付き合ってられませんね。私は朝食に行きます」
「お嬢様、ご一緒しますね」
「王子はどうするよ」
「寝たい……」
「うちに来るか?」
アレックスの提案にも悪いと思ってしまう。朝食に行くと言ったククリールはもう居らず、出遅れた王子は仕方なく駅の中の喫茶店で済ますことにした。
セオとリュウドとプリムは、買い出しへと向かい。アゼリア隊は午後の見張りに備え、準備をしてくれている。
「セシルは大丈夫?」
「出発次第、休ませて頂きます。お気遣いなく」
「何かあれば僕がお知らせしますので、ご安心下さい」
「セスナもありがとう」
「つーか、アレックスって首都に帰んの?」
「残念だが、私はここで降りる。首都に戻っても、学校がないならいる意味もないからな。安心しろ、旅費は首都までだしてやる」
「もうその話すんな!」
「先輩。来てくれてありがとう」
「こちらも楽しかった。また来てくれ」
「うん」
ジンとグランジも少し離れた席で朝食をとっている。のんびりしていたら残り三時間ほどで、キリヤナギはその日もエリィと都市を散歩して過ごしていた。ローズマリー領とは違うお土産は興味深く、父と母にも数個購入しようとしていると何故か色紙を持ってこられ、サインもさせられていた。
「サインって何に使うの?」
「飾るんだろ?」
「は、恥ずかしい……!」
「王子なら来ただけでブランドになるからな」
そう言うものなのだろうかと、キリヤナギは首を傾げていた。
間も無く発車時刻の正午に迫り、ククリールとも合流した四人は、マグノリア行きの列車への連結作業を静観する。乗り入れが可能になると、騎士達は再び準備を始めた。
「リュウドとプリムもおかえり」
「プリム、もどりましたわ。せっかくなので、色々見てまいりました。沢山駅弁をかってきたので、後で皆様で食べましょう!」
「リュウド、駅弁って?」
「各駅に売ってる弁当だよ。個性があっていいよ」
「へぇー」
ダイニングには、さまざまお弁当が積まれていた。駅にはアレックスの迎えも現れ、騎士達は彼らへ握手をすると数人の使用人へアレックスの荷物を預けてゆく。
「では3人とも、10日間とても楽しかった。また学園で会おう」
「うん。先輩。来てくれてありがとう」
「アレックス。お疲れー」
「ご機嫌よう、また学校で」
彼は後ろ手をふり自身の実家へと帰ってゆく。3人は再び騎士隊とアゼリア隊と共に、首都行きの列車へと乗り込んだ。
様々な種類がある駅弁は、惣菜がとても豪華で皆が感動して感想を言い合う中、王子は聞いていても反応が薄くヴァルサスは困惑してしまう。
「王子もなんか言えよ」
「え、すごいなって、綺麗だし」
「味は?」
「多分、美味しい?」
「なんで疑問系なんだよ」
セオはお茶を淹れながら、王子に同情していた。19歳で倒れて以降、王子は緊張すると味覚障害が起こるようになり、それは現在でも顕著に残っているからだ。夏旅行で発生するのは、驚きでもあるが感情の問題は説明できるものではないと結論付ける。
「ヴァルサスさんも、お弁当は余分にございますので沢山お召し上がり下さい」
「嬉しいけど、俺はもう腹一杯だしいいや、ありがとうセオさん」
再び動き出した列車は、巨大な駅を後にして、マグノリア領から首都を目指す。行きとは違う乗り継ぎの旅は思っていたよりも長く退屈と疲れが重なったのか、キリヤナギとヴァルサスはプレイルームで意識を落としていた。
食事を終えたククリールも個室でお茶を飲みながら景色を楽しみ、王子の夏の旅行が幕を閉じてゆく。
そしてマグノリアから数時間。列車は日が暮れつつある首都へ列車は辿り着き、国内最大の首都クランリリー駅へと入っていった。
そこには、先に戻ったらしいクラーク・ミレットとククリールの迎えが勢揃いしていて、ヴァルサスは絶句して尻込みしていた。
「こ、こわ」
「……」
遠くからみたクラークは、キリヤナギと目が合うと深く頭を下げてくれる。怪我をしている様子もない彼は、本当に戦ったのだろうかと疑問に思えるぐらいだった。
セシルはまずカレンデュラ家の使用人達へ礼をし握手と挨拶を行う。
「それでは、キリヤナギ殿下にアゼリアさん、とてもたのしかったですわ。また会いましょう、ご機嫌よう」
「うん、ククきてくれてありがとう」
「色々ありましたので、二人ともお身体をご自愛下さいな」
キリヤナギはしばらく呆然としていたが、彼女はスカートを翻し、そのまま使用人と共に帰ってしまった。
彼女の思わぬ気遣いの言葉に、キリヤナギとヴァルサスは返事のタイミングを失ってしまった。
「ヴァルサス」
列車のホームにて呆然としていたら、後ろから声が聞こえ、サカキが顔を見せた。親子である二人は一緒に帰ることはできるのだろうが、彼は隊での業務がまだ残っているようにも見える。
「ヴァルサス、私は一度王宮にもどる。遅くなりそうだが着いてくるか?」
「どうするかな……?」
「僕の部屋で遊ぶ?」
「殿下、光栄ですが時間が時間ですので……」
ホームの時計をみると間も無く19時を指し、確かに友人の家にゆくには少し失礼な時間だとヴァルサスも納得した。
「乗りっぱなしで疲れたし、先に帰るわ」
「わかった。遅くなると母さんにも伝えてくれ」
「ちゃんと帰ってこいよ」
「日付が変わる前には戻る」
ヴァルサスはサカキから、タクシー代として現金を渡されていた。親子らしいやり取りが新鮮でキリヤナギはじっとみてしまう。
「ヴァルも来てくれてありがとう。またね」
「うんまぁ、あんまり抱え込むなよ」
「……僕は大丈夫。ヴァルも無理しないでね」
「……その件は感謝してるよ。辛かったけどさ……」
「?」
「お陰で前を向けた、フォローサンキュ」
「こちらこそ」
ヴァルサスはそう言って、手を振りながらホームを出て行った。
その後キリヤナギは、騎士隊と共に自動車へ誘導され、セシル・ストレリチアと共にクラーク・ミレットも同席する自動車にのって帰宅してゆく。
10日ぶりの首都は見慣れた光景なのに、何故か懐かしく見えて思わずずっと凝視していた。横の座席にはセシルが得意気に座っていて、キリヤナギもまた彼が無事仕事を終えられた事に安堵する。
「クラーク」
突然名を呼んだ王子に、彼は少し驚いていた。車内であり目を合わせない事は前提で続ける。
「ありがとう。旅行、とても楽しめた」
「……何よりです」
セシルは驚きの表情をみせ横で座りながら代わりに礼をしていた。
自動車の専用通路から戻った王宮は、その豪華な内装に帰ってきた実感が湧いてくる。
少しだけ新鮮な気分で歩いていたら、廊下の先に両親が待っていた。機嫌がいいのか、その安心した表情にキリヤナギもほっとする。
「ただいま」
多くの思い出を作った海旅行は、キリヤナギが無事首都へ戻った事で終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます