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第41話 事件のあと

 唐突に起こった花火大会の火災は、数名の花火師たちが重軽傷を負い、会場には多数の救護車両が集い多くの人々が運ばれてゆく。

 その車両に紛れ、自害や逃走を図った工作員たちも搬送や護送されてゆく中、ヴァルサスもまた、マリアの遺体とともに病院まで付き添い、その行き場のない感情と向き合っていた。

 そしてその日の深夜に、先に別宅へと戻ってきたキリヤナギは、リビングにてヴァルサスと二人だけで共有されていたマリー・ゴールドへの感情を改めてアレックスとククリールへと話す。

 キリヤナギは、許されることでは無いという自覚があり、何を言われても受け止める覚悟ではあったが、2人は真剣にその話を聞きいり真摯に応じてくれた。


「とんだ愚か者としか言いようがない。工作員に肩入れなど、敵の思う壺だとも言いたいが……」

「先輩?」

「そんな正論は、人の感情の前ではただの理想論だと私も理解している」

「……!」


 思わぬ言葉にすぐには返答が出てこなかった。アレックスの柔軟な言葉は、人の不安定な感情を認めるものだからだ。

 変わってククリールは、少し不思議そうにキリヤナギを見つめ素朴な疑問のように述べる。


「……貴方、本質的には従者を嫌っているのでしょう?」


 ククリールの言葉は事実だ。その裏付けに王宮では、セオ以外顔を見せないように配慮され、学園でも関係者は関わってはならないと言うルールも存在する。


「アレックスから聞いたのだけど、そこまで嫌いなのに、何故マリー・ゴールドさんを?」

「僕も、その感情はうまく言葉にできない。でもマリーは少し違う気がしたんだ。どこか無理をしてても優しい彼女に救いの道を探したくなったのかもしれない」

「情緒的だな」

「今はそんな言葉しか出てこない。最悪僕は、マリーが生きてさえいれば道は見つかると思ってた。そこに深い意味はないけど……」


 精神的な未熟さ故の理想論だと言う自覚はあった。しかし、国家的に許されなくとも、もし生きる事ができるなら償うこともできるとおもったからだ。そしてあると信じていた彼女の良心は存在し、彼女はヴァルサスの代わりに犠牲になった。


「……ヴァル」

「ヴァルサスは、本当の意味で愚か者だ。だが、結果的にゴールド嬢の良心を証明したのなら……私も残念に思う」


 キリヤナギは再び溢れそうな涙をぐっと堪えた。ククリールもそれ以上は語らずホットミルクへと口をつける。


「私は、学園でのマリーさんはとても嫌いで、スパイであったなら捕まって良かったぐらいの感覚ではあるのですが……」

「……」

「使用人として国へに支え、その行動に悪意がなかったのなら、私も1人の人間として残念に思います」


 キリヤナギから見ても彼女は明らかに工作員としては未熟だった。その行動の多くは綻びのある嘘に塗れ、迷っていたのだろうと思う。そんな行動に迷う彼女に対し、止まって欲しいと願ってしまったのは、やはり彼女のことを特別視してしまっていたのだろう。

 死んでほしくないと言う感情と学友でありたいと願った未来は、ここに来るまで紡ぐ事できなかった。


「王子の考えは、命を尊ぶという意味で共感はできるのですが……」

「クク?」

「アゼリアさんの心境は、私には到底理解ができません」

「そ、そっか……」

「は、一目惚れなど当事者にならなければ理解はできないさ」

「犯罪者ですよ? 怖い方々なのに何故?」

「それは人間的な本能で、理想の相手をみつける男性的感情だよ」

「せ、先輩??」


 ククリールが絶句して驚いている。じっと見てくるアレックスに頬を染め、目を逸らしてしまった。


「なら貴方達でアゼリアさんをどうにかして下さい。……私は逆撫でしてしまいそうだから」

「クク……。わかった」

「確かにこれは男同士の役目だな。王子は大丈夫か?」

「まだショックだけど、多分一番辛いのはヴァルだから……」


 彼の感情を思うと自分の辛い気持ちが嘘のように客観視ができる。ヴァルサスは、この件での当事者とも言えるからだ。


 間も無く日付がかわる中、ヴァルサスが戻ったと言う報告もされず、3人が休もうと話した時、リビングへノックされセスナが礼をして中へと入ってくる。彼は一礼し跪きながら口を開いた。


「殿下に公爵家の皆様、夜に無礼を承知ですが、ご報告にまいりました」

「セスナ、ありがとう。どうなってる?」

「ローズマリー騎士団からの報告によると、ジンさんが【身体強化】をもつ異能盗難犯と接敵し負傷。病院に搬送されました」

「……ジンが?」

「ご安心を、命に別状はありません。しかし敵は麻酔と毒を含ませたナイフを使用し、体に多くの傷をつけられたようです」

「どういう毒だ?」

「怪我をしても気づかせず、消耗を誘うものだそうです。幸い全ての傷が浅いですが、殿下に使用されたものと成分が合致した為、しばらくは熱が出るだろうと……」

「……」


 誕生祭で飲んだ毒は、体力を消耗していた為か数日間熱で苦しみ改善するまでに1週間はかかった。ジンも同じものを浴びたのなら同じ症状がでる可能性があり、キリヤナギは思わず俯いてしまう。


「経過観察で数日は入院となり、現在はローズマリー領の病院にて休まれています」

「お見舞いいける?」

「はい。しかしーー」

「何かあるの?」

「我々は、未だ異能盗難犯を捕えきれず、現在も逃走を許しています。周辺に潜伏の可能性がある以上、警備が厳重になることはお許しください」

「これ程騎士がいるにも関わらず捕えきれないだと?」

「お恥ずかしい限りですが……別働隊は飛行機を追っており、能力者がこちらにきているのは想定外でした。私、『セスナを認識した敵』の心の声を昼間に拾えた事で、周辺に存在する『敵』を認知することができたのです」

「……なるほど」

「結局、何人居たの?」

「主犯を含め12名でしょうか。6名が死亡し主犯のみ逃走しております」

「それならば、大した戦果だな……我々の護衛だけでも人数が裂かれる。『タチバナ』はよくやった」

「ジンさんは、対面した時点で敵が主犯だと分かったそうです。マリア嬢が亡くなり、敵が1人になった時点で囮として全てを引き受けた。ジンさんが異能犯を引き付けなければ、我々は殿下や貴方すらも守れなかったでしょう。今回の英雄とも言えます」

「私が直接話して賞賛しよう」

「先輩、それ多分ジンが困るから……」

「何故だ?」

「褒められるの苦手みたい?」

「ふむ? そうなのか?」

「騎士の誉でしょう? 珍しい方ですね」


 昼間セシルに賞賛されたジンが調子を崩して居たのが思い出される。おそらく、その時の気分と受け取り方にあるのだろうが、これはおそらく「照れ」ではないかとキリヤナギは考察していた。


 過酷だったローズマリーの夜は更けてゆくなか、サカキと共にマリアの病院へ付き添ったヴァルサスは、黒いカバーに入れられたマリアから離れられずに居た。容疑者でありその所持物や身につけていたものは整頓して並べられている。

 一般平民であるヴァルサスは、そこへ宮廷騎士の父の権限を借りて特別に中へと入る事ができた。

 サカキは、ローズマリー騎士団との打ち合わせがあり、ヴァルサスへ好きなだけここに居ていいとも伝え、気が済んだらタクシーで別宅に戻ればいいと現金も渡していたが、打ち合わせを終え再び見にきたサカキは、日付が変わったにも関わらずそこへ立ち尽くす息子に驚く。

 誰もいない場所で立ち尽くすヴァルサスの目は腫れていて、サカキは否定も肯定もせずただ歩み寄って言葉だけを紡いだ。


「落ち着いたか……?」


 急かすつもりのない言葉だが、息子からは返事が返ってこない。サカキは少し困りながら続けた。


「休んだ方がいいと思うが……」

「……怒んねーの? 俺の行動」

「付き合うなら止めていたと思う。でも亡くなった相手を否定する気はない」

「……」

「その身を対価に人を救える相手を邪険にも出来ないからだ」


 そう言って、サカキはマリアの遺体を前にして跪いた。胸に手を当てまるで騎士の礼のように言葉を紡ぐ。


「私の息子を、救ってくれて感謝します。ありがとう、マリア・ロセット。貴殿は私に幸いを残してくれた。この恩は騎士として死ぬまで忘れないでしょう」


 ヴァルサスの止まっていた涙が、再び頬を伝ってゆく。しかし、もう泣きたくは無いとぐっと歯を食いしばって堪えた。


「ありがとう、親父……」

「一緒に帰るか?」

「帰る……」


 サカキは、ヴァルサスの頭をなで彼が幼い頃を思い出していた。




「全く、どいつもこいつもくだらん揺動に引っかかるものだな」

「はは、若いなら多少は仕方ないですよ」

「若造じゃないぞ、子持ちだ」

「は、それは擁護できませんなぁ」


 ローズマリー領の主要都市にて日付が変わる頃、居酒屋で酒を飲み、つまみを煽る初老の男性がいる。子綺麗なカッターシャツにネクタイを締めているのは、仕事終わりのようにも見え、向かい側の亭主が笑いで答えていた。

 客の注文に合わせて料理をするその人は、顔のみにフルフェイス甲冑を被り手際よく調理をする。


「貴様は相変わらずだな。それは外さんのか?」

「ご冗談を、これがなきゃ恥ずかしくて会話もできやしませんよ」


 ははは、と笑う甲冑の男に男性は呆れて酒を煽る。この二人は、いわば戦友だった。片方の初老の男性は現役で騎士団員であり、フルフェイス甲冑の男はすでに引退している。


「クラークさんが足を運んでくれると聞いて久しぶりで嬉しくて、毎日甲冑を磨いてこの通りですよ。どう? ピカピカでしょう!」

「そうだな。灯りにに反射して眩しいので変えてくれんか?」


 甲冑の男はショックを受け、一度バックヤードに戻るとお面で戻ってきた。


「手厳しいのは相変わらずですなぁ」

「貴様に言われたくは無いぞ、アデリット」

「はは、それでさっきの話は何かあったんです?」

「あぁ、今回の容疑者の確保の為に勅命を受けローズマリーへと兵を派遣したが、村から見事に逃げられ、飛行機にも釣られ、またも王子に接近を許す始末だ」

「人命は救われたのでしょう?」

「多少はな、だがあの場所の住民は、無意味に旧文化に拘るものばかりで、病院は遠いと拒んでは、ボケもすすんで『宮廷』と聞いただけで話もきかん。また『宮廷』に放火の疑いをふれ回る始末だ。救えん」

「本音で出ますよ」


 クラークは咳払いをしていた。


「王宮から逃げた工作員は、今日さっき確保したと連絡はあったが、主犯が逃走したらしい」

「なるほど」

「こんな老兵すらも、若輩騎士の尻拭いに使う国だ。許されていいか?」

「クラークさんは愛国心の塊だと思ってますよ」


 ふんっと、クラークは酒を煽る。そして店の入り口が突然開き、1人の男が入ってきた。アデリットは自らで水を汲み、新しく入ってきた客へと出す。

 その店は不思議な空気感で満たされていた。

 時刻は深夜、この時間の飲み屋は終電を逃し、朝まで時間を潰す客のみが残る時間帯。だが観光地でもあり、地元の住民がすくなく空いている店も殆どない場所だった。


「何にします?」

「おすすめはありますか?」

「じゃ、うち自前のコロコロステーキどうです?」

「お願いします」


 アデリットは親指を立て、フライパンで調理を始める。


「アデリット」

「なんですか? クラークさん」

「さっき花火大会で事故があってな。テロの可能性もあるので、気をつけろ」

「テロですか? 物騒な世の中なりましたなぁ」

「相手にした騎士の目撃情報は……黒髪に、サングラスか」


 クラークが、その客を睨みつけた直後。アロイスは懐から、投機短剣を取り出して投げてきた。彼は座ったまま体を揺らし綺麗にそのナイフを避ける。

 そして、間をおかず殴りにきたアロイスの腕を掴んだ。


「【身体強化】を使って、体はぼろぼろだろう?」

「……!」

「治してやろう」


 触れられた場所から、じんわりと体中に熱が帯びる。繊維の破壊によって痛みに支配されていた体は、【細胞促進】によって治癒され、アロイスは衝撃を受けていた。

 だが、突然後ろから金属が擦れるような音が響き、入り口と窓へシャッターが降りてゆく。


「まんまと誘い込まれましたね……」

「飲んでたとこに勝手に入ってきたのはお前だ、仕事増やしやがって……」


 クラーク・ミレット。彼は年齢もあり、アロイスの確保は作戦指揮のみのつもりでローズマリー領へと訪れていた。しかし、連れてきた隊は、作戦を人命救助へ切り替えて、飛行機の捜索に回った事から隊の殆どが揺動された形になってしまった。

 本隊到着から遅れてローズマリー領へとついたクラークは、敵が戻ってきた時のために王家の別宅から最も近い繁華街で過ごしていたが、その予想は的中し、ストレリチア隊と協力して対処にあたっていた。

 この花火事故が、ただの事故であったならば、おそらくクラークも出番はなかったのだろう。しかし、セスナ・ベルガモットの【読心】により、それはテロ事件であると断定された。

 そして事が起こり、『タチバナ』を相手にして【身体強化】を使ったアロイスは、そのぼろぼろの体を少しでも治癒する為、食事か休息ができる場所を探すと考察し、深夜以降に開店する店をすべて閉めさせ、その日はアデリットのいるこの店へ誘導した。


「お年を召されているようですが?」

「気にするな。こんなクソ親父が死んでも王子が喜ぶ。だが騎士である以上やることはやらせてもらう」

「ならなぜ治癒を?」

「本気を出し切った方が、悔いはないだろう?」

「なるほど、仰る通りですね」

「ステーキ焼けましたよ」

「……」

「食うなら待つぞ?」

「なら、あなた方2人の死体を見ながら楽しませて貰いますね」


 アロイスは、再び【身体強化】を使用し、両手に短剣を構えクラークへと飛び込んだ。

 深夜の狭い居酒屋で始まった戦闘は、数時間続き、朝になるころには多くの騎士団車両がそこを囲んでいた。



「え、犯人捕まった?」

「はい。今朝連絡が入り本日、『王の力』の回収をお願いしたいと」

「誰がやったの?」

「ミレット卿、ご本人だそうです」


 キリヤナギは、1人遅めの朝食を取って絶句していた。この件はクラーク・ミレットが担当するとは聞いていたが、まさか本人が動くとは思わなかったからだ。

 

「1人……?」

「詳しくは存じませんが、隊は飛行機の捜索へ向かったと聞いているので、お一人の可能性はありますね」


 どこから突っ込めばいいか分からず、理解が追いつかない。

 昨晩の出来事から、キリヤナギはなかなか眠れずようやく眠って起きるともう午後になっていた。今朝確保したのなら、【身体強化】の場合、拘束が破られる可能性もある為、急がねばならないとも思ってしまう。


「それが、焦らなくても構わないようです」

「え……」

「容疑者はすでに戦意を喪失していると」

「え、こ、こわい……」

「お、お気持ちは分かります」


 なぜか不安にもなるが、もう襲いにくる必要がないと思うと安心はできる。クラーク・ミレットは、もう60代で戦うのも辛いはずなのに、安心を提供してくれたと思うと頭が下がる思いだが、ジンを追い込む程の敵が、どうしたらそうなるのか全く想像もつかないからだ。


 誰もいない食卓は、もうキリヤナギしかおらずグランジとセスナが警備にと残ってくれている。

 ククリールとアレックスは、なかなか起きてこない王子に呆れ先に町の観光へと向かってしまったらしい。


「ヴァルは?」

「昨晩、殿下が休まれた後に戻っておられました。先に起きられ海を見に行くと仰っていましたが……」

「えっ……」

「不穏な雰囲気はありませんでしたが……」


 一晩での情報量が多すぎて感覚が麻痺しかけている。冷静になる為、キリヤナギは夕方の奪取の儀式だけ頭にいれて、海に出かけたと言うヴァルサスの元へと急いだ。


 日が上り切った真夏の空は、まるで昨日の悲劇を洗い流してくれそうなほど青く美しく澄んでいる。海魚を狙いに来たカモメ達の群れを眺め、キリヤナギがグランジと共に歩いていると堤防の先にある灯台の元に人影が見える。

 ボーっと海を眺める男性は、近づくとヴァルサスだとわかった。どのくらいそこへ座っていたのだろうと思うと、それはきっとマリーへの思いの強さだったのだろう。


 キリヤナギは何も言わず、ヴァルサスの隣へ座った。

 横から見た彼の表情はやはり疲れていて、どんな言葉をかければいいか分からなくなる。何も言わずと空を仰いでいると、ヴァルサスの方から口を開いた。


「……こういう事って、よくあるのか?」

「え……」

「人が、死ぬとかさ……」

「……僕は、詳しくは把握できてないかな。でも、王宮だと『王の力』を盗んだ人は、取り返すまで殺しちゃいけないって決まりはあるけど……」

「そっか……やっぱり、オウカにきてたら生きれたんだな」

「断言はできないけどね……」

「……俺さ、騎士の息子に生まれて自慢だったところあるんだよ」

「……!」

「親父が宮廷騎士で、マグノリアで頑張っててさ。親父ができるなら、俺にだってきっとできるんだって思ってた」

「……」

「でもさ、そんなん出来るわけなかった。親父に剣を習って、できた気になってたけど、ジンさんみたいに前にも出れねぇし、女の子にすら守られるほど自分は弱いんだって思い知らされちまった」

「……ヴァル」

「俺は、何もできなかった。ただ起こった事に対して泣くことしかできねぇとか、ほんと情けねぇ」

「僕も堪えられなかった……。僕はマリーと出会ってから何度か関わるにつれて、徐々に敵だってわかってきてすごく辛くてーー」

「……」

「その時が来てほしくないと思って見ないふりをしたんだ。だから、もしも直接話していれば、何か違ったのかもしれない」

「王子の所為じゃねぇよ。悪いのは撃ってきたあいつだろ……」

「うん。でも今朝捕まったって……」

「優秀じゃん、オウカの騎士」

「うん……」

「……そんな騎士に、俺もなれっかな」

「ヴァル?」

「マリーちゃん、最後にさ。俺に告白された事喜んでくれたんだよ。母さんに自慢できるって」

「……!」

「だから、そんな自慢しても恥ずかしくないような奴にならねぇとっておもったんだ。何ができんのかなって考えたら、もっと勉強してマリーちゃんみたいな子を助けれたら良いんじゃないかって……これ悪いか?」

「……いいと思う。方法は僕もまだ浮かばないけど……外国人向けの弁護士になるのかな?」

「わかんねぇ、でも今の俺じゃ無理なことは分かる……」


 ヴァルサスは項垂れてしまった。しかし、消沈していた彼が新たな目標を見つけている事にキリヤナギは安心した。


「王子からしたら、敵の味方をするみたいだけどさ……」

「オウカだと、国民を含めた入国者の人にも人権があるって考えだから、そう言うのは結構大事にされてるんだ。だけど、世界には完全に階級制で下層の人たちを虐げながら回してる国もあるから、こっちにきて、その感覚の違いに衝撃を受ける人がいるみたい。毎年かなりの亡命志願者もいて、難しい問題なんだけど……」

「受け入れてるのか?」

「僕は必要なことしか聞かされて無いけど、そうやって虐げられてきた人達って、倫理的な価値観がズレてる人が多くて、人を簡単に傷つけたり、物を奪ったりしてしちゃうことがあってさ」

「……」

「受け入れすぎたら、オウカ国民のみんなが酷い目に遭わされる可能性があって、ここ数年は、殆ど受け入れてないんだよね……オウカでわざと犯罪をして留置所で暮らしたりとか、そういう人達をどうするかとか、色々問題は山積みかな」

「これからの努力次第ってことか……」

「そんな感じ、でも工作員になってる人達は、自分の命を天秤にかけられてて本当の意味で殺されるしかない人達だから、父さんが救済処置を作ったけど……、それを利用して入ってくる人がいる可能性があるから、来年には無くなるかも」

「どうすりゃいいかわかんねぇ」

「僕もわかんない」


 ローズマリーの空は、どこまでも青く広い。考えている問題など、どうでも良くなるほどにゆっくりと雲が動いている。


「俺、強くなるわ」

「え?」

「そう言う政治とか勉強とか苦手だけど、せめて目の前で助けを求める奴がいたら助けたい。マリーちゃんはダメだったけど、マリーちゃんみたいに助けられる奴になりてぇ」

「うん、でも死んじゃだめだよ?」

「死ぬのは、次の人を救えないからしねぇよ……」


 ヴァルサスらしいと思っていたら、彼は立ち上がっていた。疲れた表情は相変わらずだが、その目に決意が籠っているように見える。


「王子も手伝ってくれ」

「いいよ。何をすれば良いかわかんないけど……」

「とりあえず剣だな」

「け、剣は、オウカだともうそこまで使われて無いんだけど……」

「うるせぇ、とりあえずやる!」

「わ、わかった……!」


 彼の意気込みにキリヤナギも辛かった気持ちが和らいでゆく。経験した後悔をバネにして立ち上がる彼は、間違いなくキリヤナギよりも強いからだ。

 グランジと共に堤防を3人で降りていると、ふと用事を思い出す。


「これからジンのお見舞い行くんだけど、ヴァルもくる?」

「ジンさん、何かあったのか?」


 昨日セスナから聞いた経緯を話すとヴァルサスは絶句して驚いていた。

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