第40話 影の人達
空に美しく咲く花は、爆音を立てながら花開きオウカ国、ローズマリー領の空を彩る。花火大会の会場から、少し離れた林に、マリア・ロセットはとある装置を握りしめて震えていた。
その機器は、スイッチの役割があり押せば大事故を引き起こすであろうと言う仕組みが施されている。マリアは、その機器が作動しなかった場合、アロイスへすぐさま連絡しなければならないが、マリアの心はもう限界に近かった。
誕生祭での襲撃は、以前から潜伏していた同胞へ呼びかけられ、かき集められた者達だった。王宮の警備が硬く、なかなか進捗が見込めない工作員達へ、アロイスは「王子さえ手に入れれば後で助けにゆく」と言いくるめ、彼らを全て捨て駒にした。
ジギリダス政府は、工作員達の育成をしながらも派遣した後のフォローは一切なく期限だけを設け、ある程度の成果が認められなければ、粛正にかかる。
アロイスに集ったもの達は、死にたくはないと藁には縋る思いで協力してくれたのに、皆が殺されたり捉えられてしまい、また自分だけが何事も無い事実が受け入れがたく罪悪感で潰されそうになる。
しかしアロイスと共にいれば、ある程度の戦果は約束され、本国に居る母へもう一度会えると思うと、マリアはそのスイッチを押すしか選択肢がなかった。
花火が上がり明るい林で、マリアがスイッチを押す覚悟を決めた時、後ろから僅かに草木を踏む音が聞こえ、振り返った。
そこにはすでに武器を抜いた男。金髪の彼は両手剣を鞘から抜かずこちらを殴りに振り込んでいた。
マリアは驚いたが、息を吸い込み後ろへ下がって身を翻すように懐から短剣を投機する。
鞘で弾かれた短剣が床へ刺さり、金髪の男。リュウドはさらに踏み込んできた。
「何故ここが……!」
「騎士団をなめんな!!」
リュウドの両手剣は重く、マリアの短剣では受けきれない。止めることを諦め、マリアは一旦距離をとると、片手に持っていたスイッチを押した。
直後。連続した電子音の後。祭り会場の方角へ爆音が響き渡る。リュウドはその音に思わず足を止め、マリアは林の中を通って闇へ紛れた。
そこから聞こえてきたのは悲鳴だった。多くの人々がパニックを起こした断末魔に、リュウドの手が思わず止まる。マリアはその隙に後退し、リュウドから逃れた。
感情を堪えながら林を走り、こちらを見失ったことを確認するとちょうど林が終わりを迎え広場へとでる。その広場は、その日花火大会で経路を統一するため通行禁止になっていた広場だった。
間も無く人が来るであろうと言う場所に、マリアは崩れ落ち悲鳴を上げるように泣き出してしまう。
*
『ごめん、サカキさん。見失った!!』
「リュウド君か。大丈夫だ。【見て】いる」
花火大会の会場から少し離れた林で、サカキ・アゼリアは、護衛騎士のツクシと共に【千里眼】にて敵を追っていた。
久しぶりに宮廷騎士のグループ通信へと入ったサカキは、その賑やかさに困惑もしたが、突然起こった爆発に思わず身がこわばってしまう。
『アゼリア卿。何がおこっている?』
「ストレリチア卿。花火師達の施設で爆発が起こった。会場でパニックが起きている」
『殿下は?』
サカキがみると、ジンに庇われているキリヤナギがいた。しかし犬がパニックを起こし、首輪から抜け出して走り抜けてゆく。キリヤナギが後を追いかけて、ヴァルサスと一名の騎士も続いていた。
「林の方へ犬を追われています」
『そうか。なら私も殿下の元へ向かう。敵は?」
「私の目には十名ほど、一名が会場方向へと向かっている。周辺にいた敵はすでに掃討した」
『ありがとう。貴公を連れてきて正解だった』
「労いは終わった後で構いません」
サカキ・アゼリアの【千里眼】は、夜目に長けており暗い場所でも敵を捉えることができる。セオにはないその特性は、アカツキ・タチバナが「役に立つ」とだけ言ってセシルへ同行を勧めたものだった。
一旦通信をおえた直後、ツクシが背後へと反応をみせ、サカキは瞬時に身を翻す。
響いたのは銃声で、サカキは騎士と共に木の影へと隠れた。しかし敵は接近しているのか草を踏む音が聞こえ、サカキはさらに距離をとる。
大胆に接近してくる敵の【認識阻害】を理解したサカキは、月明かりが無いことを念頭において凝視した。
影は見えないが、サカキは夜の方が得意だった。わずかな光からその目に人間のシルエットをとらえたサカキは、狙撃してくる敵の隙をつき狙撃で返す。敵の身体をわずかに掠め、動揺した相手へ更に追撃を加えるが弾丸は何かに弾かれた。
セシルから報告されていた敵の防弾スーツを察し、さらに連続して当てにゆくと隙間へと入ったのか敵は床へと倒され、即座にツクシが床へと押さえ込んだ。
「1人抑えた。みんな、他は頼む」
『わかったので早く【千里眼】使って下さい!』
そうだったと、サカキは再び周辺の索敵へと移る。
*
セシルは、セスナと背中合わせに対面し、お互い向かいにいる敵と対峙する。セスナは、セシルの心を読みながら2名の敵の心の声を探っていた。
その声は臆病なものだった。死にたくはないと言う本音と、逃げても殺されると言う恐怖とのせめぎ合いだ。
戦果を残さなければ、来月は生きているかわからない、せめて騎士を1人でも殺せば1カ月は延命できると言う野心にセスナは、何を話せばいいか分からなかった。
「貴殿らの立場はある程度理解している。対話に応じ、速やかに報復するのならば、オウカは一時その命を保障しよう」
セシルは、捉えた者への尋問から、その命を天秤に掛けられていることを掴んでいた。
死にたくはないと言う彼らがこちらへ寝返るなら、せめて生きる事はできると交渉を行っているが、彼らは皆家族を自国へと残しており簡単には翻らない。
何故そんな条件に乗ったのかと思えば、粛正は国内で伝えられる事はなく、入国してから知らされた事で、ある程度の戦果を上げなければ国にすら帰る事は許されない。それは、例え強制送還であったとしても「工作員であった」と言う事実が「あってはならない」ことだからだ。
そういった報告を聞いたシダレ王は、彼らも被害者であるとし殺人を行っていない者に限り自由を認めずともオウカで生きることを許した。それは自由を認めないと言う建前の元、塀の中で匿う「保護」にも近く。これにより、数年前からは自首するものも少しずつ現れている。
そんなセシルの説得も届かず、二名の敵はまるで機械のように2人へと突撃する。
セシルは、セスナが【服従】の波長をガードするシールド式イヤホンの装着を確認すると声を響かせた。
「-停止せよ-」
敵が、止まる。
振りかぶった時に止められた敵は、そのポーズのまま床へと倒れた。動けず、しかし動こうと悶える二名へセシルは冷ややかな目で命令する。
「-自害しろ-」
敵は、自ら左胸にナイフを突き立て自滅する。セスナもまた場を見据え、二人は王子のいる花火会場へと向かった。
*
突然起こった爆発事故に、ジンは咄嗟にキリヤナギを椅子から下ろして庇う。
ヒナギクとラグドールも、貴族の二人へ覆い被さり、グランジは即座に銃を構えて周辺を見渡した。
敵らしき影はない。
音に驚き、逃げ出した鑑賞客は、我さきにと出口へと走ってゆくが、突然集まった人々に出口がパンクし多く人々の悲鳴が聞こえていた。
ローズマリー騎士団からのアナウンスが流れ出してゆく会場で、爆音でパニックを起こしたエリィが、首輪から力づくで抜け出し走り出してしまう。
「エリィ! ダメ!!」
「殿下!」
ジンを押し除けたキリヤナギは、出口とは逆方向へエリィを追う。ヴァルサスも即座に走り出し、セオも続こうとするが、グランジが彼を止めた。
「セオでは追いつけない」
「くっ……」
グランジは、ジンへ任せその場へと残こるとにした。
エリィはかなりのスピードで走り抜け、整えられた芝生の会場から隣接する林の中へと飛び込んでゆく。草木が生い茂るそこへ足を取られないように追うと堤防へ隣接する歩道へとでた。
乗り越えられない壁が現れた事で、エリィが我に帰り、追ってきたキリヤナギに気づいて飛び込んでくる。 震えるエリィをさすって宥めていたら、後ろからサーベルを持ったジンとヴァルサスもおいついてきた。
「殿下。怪我は?」
「ないよ。大丈夫」
「犬のことじゃねぇぞ。突然どっかいくな!!」
「ヴァル……ごめん」
エリィはキリヤナギから離れる気配がなく。抱き上げて落ち着かせる彼に、ヴァルサスもため息が出てしまう。
「びっくりしたんだな……」
「うん」
ほっと息をつく2人を見てジンは、デバイスで位置を確認しながら、通信用のシールド式イヤホンを装着する。そこには既に騎士の皆がログインをしていて、数名の敵が会場周辺にいることが報告されていた。
「殿下。あっちに行けば避難経路みたいなので、アレックスさんとククリール嬢に合流しません?」
「うん。付き合わせてごめん。ありがとう、ジン」
「本当、危なっかしいよな……」
ようやくエリィも落ち着き。キリヤナギは、そっと床へと下ろした。しかし、リードを会場へ置き去りにしていることに気づく。
「抱っこしないと……」
再び抱き上げる王子に、ヴァルサスは何故彼が動物に好かれるか理解できた気がした。大人しく抱かれたエリィだが、突然その耳をピンと立て逆方向へと首を向ける。
「エリィ、どうしたの?」
直後、三人の耳へわずかに高い慟哭が響いてきた。泣き叫び助けを求めるような声に、エリィは王子の腕から抜け出し、再び夜の歩道を走り出す。
またも避難経路とは逆方向で、ジンは呆れるが、人がいるなら誘導せねばならないと何も言わずに追った。
そして、歩道の添いにある水飲み場で、寄りかかる小柄な女性を発見する。エリィは嬉しそうに吠え、泣き叫ぶ彼女のもとへと飛び込んだ。
水飲み場のある広場で感情が弾けたマリアは、泣き叫ぶ最中、目の前に現れた犬の驚き思わず尻餅をついてしまう。
「……マリー」
「……!」
ジンは王子の腕を掴んで止め、後ろへと下がらせた。銃を抜くその様子に、ヴァルサスが前に出て彼女を庇う。
「マリーちゃん!」
「あなた、は……?」
「探したぜ! 会えてよかった」
ジンは銃を下ろさない。しかしそれに気づいても、マリアにはもう戦う気力は残されていなかった。
「ごめんなさい。何もかも、嘘なんです、私は……」
「分かってるって、俺と一緒に首都に帰ろう、どうとでもなるってさ」
「……!?」
何を言われているのか彼女に理解できている様子はなかった。それを踏まえジンは、ヴァルサスの為に全てを話す。
「ヴァルサスさん。その人は敵です。国家反逆罪で騎士団で指名手配されてる……」
「知ってますって、でもその事と俺は関係ない。逃げようとも思わねぇ、だからこれは『説得』」
「……!」
「マリーちゃん。俺、支えるからさ。オウカで生きていかねぇ? 裁判どうにかなれば、死なずに済むって王子がいってたからさ、大変だろうけど俺も頑張るし……」
「……」
「あぁ、もう、いい言葉全くでねぇ!」
ヴァルサスは、マリアの右手を掴み跪いた。真剣な表情で彼は手を取り真っ直ぐに続ける。
「俺と、付き合ってください……!」
突然紡がれた恋の言葉に、ジンは思わず緊張が解けてしまいそうになる。キリヤナギも恥ずかしいのか思わず後ろに隠れてしまった。
しばらく呆然としていたマリアだが、目を瞑っている彼にハッとし、突き飛ばす。直後に響いたのは銃声だった。
床を跳弾し、街灯が一つ壊れて灯りが減る。ジンは新しく木陰から狙撃してきた敵へ牽制を行い。キリヤナギを再び林の中へ隠した。
「可愛らしい鳴き声を心配してきてみれば、飛んだロマンス会場にお邪魔したみたいですね」
「アロイス……」
新しく出てきた男に、エリィは震え上がりキリヤナギの元へと戻ってくる。その異様に殺気立つ雰囲気に、ジンは直感で危機を感じた。
「ヴァルサスさん、離れて!!」
さらに狙撃し、ジンはマリアとアロイスを引かせる。しかし状況が不利すぎて、今はキリヤナギの元から動く事ができなかった。人数でみれば2対3だが、キリヤナギとヴァルサスは戦力として数えられないからだ。
「ジン、僕も……」
「殿下、ダメです」
ジンの表情は、必死だった。飄々としている彼がそこまで必死になるのは、本当の意味で危険だと判断したからだ。自身でフォローが効かないほどの劣勢。キリヤナギは冷静にデバイスで応援を募る。
「てめぇがマリーちゃん泣かせやがったのか、ゆるさねぇぞ」
「おや、勇敢ですね。銃が見えませんでしたか?」
「みたよ。ちびりそうなぐらい怖え、でもマリーちゃんより先に逃げれないだろ」
「……!」
「生憎ですが、そこの『マリー』さんは、この桜花でも極刑が免れないことを何度も犯しています。どうせ殺されますよ」
「それは裁判で決める事だろ! てめぇの基準で考えんな!」
「おやおや、失礼しました」
楽しそうに笑うアロイスに、マリアはようやく冷静になり状況がわかってくる。一度状況を俯瞰し、最善の行動が過った。
「アロイス……。行きましょう」
「マリーちゃん?!」
「貴方なんて知りません。そんな名前ではないもの……」
「そうでしたね。マリア・ロセットさん」
「……っ!」
「マリア……?」
「私は、この国の人間じゃない。だから知らない。アロイス。あそこの騎士さんは、王子に触らなければ見逃してくれるわ」
「たった1人の負ける気はしないのですが」
「私達の隠れ家の一つ破壊したのは、彼よ」
「ほぅ?」
キリヤナギは、誕生祭の前、事故現場の付近にあった敵のアジトを思い出していた。大勢の人間が飛び出してきて、ジンと2人で対処した記憶がある。
「『タチバナ』。確かに部が悪い」
能力者だとジンはピンときた。そして慎重だと感想する。
本来なら『タチバナ』と聞いただけでその単語に畏怖を抱く事はないからだ。ここであえて名を出し、自分達が『引く』ことを示唆するのは、『タチバナ』の強さをある程度知っていると言うことになる。
「王子を前にして残念だが、私も命は惜しい。ここは素直に帰りましょう」
「マリー……ちゃん?」
マリアは、ヴァルサスを無視しアロイスの元へと歩いて行く。
呆然と身送ることしかできないヴァルサスは、ずっと目が合わなかったその男と今初めて目があった。
「ついでに我々の命の為に、死んでおいてください」
瞬時に向けられた銃口に、ヴァルサスは反応ができなかった。ジンもほぼ同時に狙撃したが、引き金は引かれ弾丸はヴァルサスへと向かう。
ジンも距離があって間に合わない状況下で、ヴァルサス前へ覆い被さる影があった。
工作員は皆、オウカ製の銃の威力に合わせたシールドアーマーを着用しているが、ジギリダス製の銃は、それを破壊する威力で作られていて打たれると鎧ごと破壊され致命症となる。
またアーマーを破壊し、威力を削がれた弾丸は、背中側を守るアーマーによって止まり体内へ残る。
咄嗟にヴァルサスの盾となったマリアは、アロイスの銃によってアーマーを破壊され、胸にその弾丸を受けた。ゆっくりと倒れてゆくマリアに、ヴァルサスとキリヤナギは理解が追いつかず硬直する。
ジンは、さらに狙撃しアロイスへ打たせない為に前へと突っ込んだ。直後、キリヤナギは、後ろから現れたセシルに赤の騎士服を被せられ、退避させられる。
ジンは、ヴァルサスからも距離を取る為さらに狙撃をしてアロイスを引かせるが、敵はまるで戦闘を拒むように下がるばかりだった。
「貴方と戦う気は無いんですが……」
「異能、返して下さい」
「ふむ、意外とドライなんですね」
一番言われたくない相手だと、ジンは舌打ちをする。途端敵は足へ【身体強化】を使用したのか。付近の低い建物へと跳躍し屋根の上へと乗った。さらに狙撃を続ける最中、1発が肩へと命中し、アロイスを建物から叩き落とす。
即座に回り込み、待ち構えた敵の弾丸をやり過ごすと、敵は銃を捨て向かってきた。
威力のある銃は、一度に装填できる弾丸の数は少ない。打ち切ったのだろうと察し、ジンは攻撃へ転じてきた相手の回避へと全力を注いだ。
肩から流れる血をみて肩にシールドは無い事がわかる。今まで弾かれてきたのは、胴体と背中だ。つまりそれ以外には通ると、ジンは時間を稼ぎながら逃げられないよう、障害物の多い林へと誘導する。
アロイスは、拳で木の幹を凹ませ、蹴りはまるで剣のように草木を薙ぐ。一撃でも当たれば死は免れない威力だが、当たりさえしなければ問題はないと、ジンは暗がりに気をつけ、木々を盾にしつつ集中する。
そして相手の腕を掴みパワーを利用する形で床へと倒した。
「なるほど、厄介です」
アロイスはまるで飛び上がるように起き上がり、短剣をとりだして向かってくる。
ここ数ヶ月で戦ってきた敵の中で最も強いと、ジンは考察さえも惜しみながら僅かな思考の隙間で感想する。
どっしりとした身体に弾丸を弾くシールドを思わせない動き、攻撃のテンポは不安定で僅かでも驕れば死が見える。躊躇いがないのは、おそらく今まで当たり前のように人を殺してきたからだ。
おそらくこの男にとって、マリアもヴァルサスも差なくただの駒でしかない。自分の為に利用し、「どちらが死んでも良かった」。
「貴方は、私と同じ素質がありそうです」
「一緒にしないで下さい」
否定はするが、ジンは心では同意してしまった。人が目の前で死んだ時、本来ヴァルサスやキリヤナギのように動揺する。つまりアロイスはジンから逃げる為に、ヴァルサスを殺し、ジンの動揺を誘おうとしたのだ。結果的に死傷したのはマリアだが、この男にとってその人物は誰でも良かったのだろうとすら思う。
人が傷付けば自ずと騎士は救護に回るしかない。それは火事が起こった時、宮廷が人命に任務をシフトした成功体験があるからだ。しかしジンは、マリアへ救護へ行かずアロイスへと突っ込んだ。つまり人命よりも敵を優先したジンは、他ならぬ目の前のこの男のように、人の死へ心が動かない非道な人間とも言える。
距離を取り狙撃するが、単に打つだけではシールドに弾かれて通らない。攻撃は早く、短剣に切り替わったことでより距離を詰められて構えるのが難しい。また今は騎士服ではなく浴衣で、普段服の中へ来ているオウカ製の盾もない。
このまま回避を続け時間切れを待つのもいいが、そんな相手ではないとジンは奢らなかった。
アロイスの攻撃をギリギリまで引き付け、すれ違う形で前転したジンは、その僅かな距離から銃を構える狙撃する。
狙ったのは頭だった。敵のこめかみや髪を掠め、殺意を察した敵の口角が緩む。
「躊躇いのない人は好きです」
こちらは大嫌いだと舌打ちをした時、アロイスの後ろへ更に人の気配がありジンは身構えた。草木を踏むわずかな足音はテンポが速く、アロイスも反応をしめす。
茂みから飛び出し突っ込んできたのは、リュウドだった。彼はアロイスが銃を持っていない事を確認したからか、両手剣を下から薙ぐように振り上げる。
しかし、その大ぶりな動きは読みやすくアロイスは風に乗るようにひらりと後退し、懐から投機武器をなげてくる。ジンの方向へも投げ、木を盾にさらに狙撃した。
「流石に分が悪いか……」
「……っ!」
更に接近を試みるリュウドだったが、アロイスは残りわずかに迫る【身体強化】をつかい、林からでて建物の屋根へと登る。
「遊びすぎました。それでは、ごきげんよう」
「まて!」
ジンが再び狙撃しようと構えるが、直後リュウドも【身体強化】を使い建屋の屋根へと追う。
味方には当てれないとジンが渋るうちに、アロイスは次々と屋根を飛び移り、視界から消えていった。周辺で確保の準備をしていたローズマリー騎士団が次々にあらわれ、自動車だけでなく救護の搬送車まで来ている。
「大丈夫ですか?」
「え……」
ふと身体をみると浴衣のありとあらゆる場所が避け、傷だらけで血まで出ている。痛みがないのかと思えば、徐々に増してゆき、朦朧としてきてジンは、騎士団へ支えられる形で倒れた。
*
騎士の皆が王子の元へ合流してゆく中、暗がりで広がってゆく血溜まりに、ヴァルサスは必死に呼びかけていた。まだ少しだけ息があるマリアは、口からも血が逆流して溢れ、まさに染まっていると言える。
「マリーちゃん! 嘘だろ!!」
「……ごめん、なさい。貴方の名前、ほんとうに、覚えてない……の」
「……っ!」
「でも、うれしかった……こんな私でも、すきになってもらえた、かあさんに、じまんできる……ありがとう」
マリアは、ヴァルサスの手に触れ意識を失ってゆく。涙が止まらないままヴァルサスは叫ぶしかなかった。
キリヤナギもまた、セシルとセスナに抑えられ退避させられたと思えば、無理矢理自動車に乗せられかけて抵抗していた。
状況を見にゆこうとするキリヤナギへ、グランジも出てきて羽交締めにしてくる。
「放して!!」
「落ち着け!」
「マリーがーー!」
行かせてはいけないと、普段以上にグランジの腕は硬かった。そんな状況下で、自動車へ押し込もうとしてくる他の騎士を引かせ、セシルはキリヤナギへと跪き真剣な表情で述べる。
「殿下、ジンが戦っています」
「……!」
「ヴァルサスさんは無事です。犬のエリィも、ここへ」
セスナは、抱き上げたエリィを床へと下ろしてくれた。犬はキリヤナギを離さないグランジへ吠え、浴衣の裾を加えて放そうとする。
「ジンから、拡張マイクで会話を聞いておりました。今ヴァルサスさんは、『マリー・ゴールド』嬢と最後の時を過ごしています」
「!」
「どうか2人きりに、最後の時を……」
キリヤナギは感情が抑えきれず、泣き出してしまった。それはある時から泣くのをやめた王子の数年ぶりの涙だった。
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