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第38話 海だー!

 晴天。

 夏の日差しが照りつけるアカシア町、カルミアビーチでキリヤナギは、水着でビート板を抱えて目を輝かせていた。白い砂浜には、沢山の観光客がシートを引きパラソルを広げて皆で海水浴を楽しんでいる。

 今にも走って行こうとするキリヤナギを、ヴァルサスが足を引っ掛けて転がすと、一気に砂まみれになっていた。


「ヴァル! 何するの!」

「準備運動ぐらいしろ! 溺れるぞ!」


 律儀だなぁと思いながら騎士の皆は、広い場所へ大きなシートとパラソルを2本設置する。組み立て式のガーデンチェアも持ち込み場所を確保した皆は、セオを残し海へ入る者から準備体操を始めていた。

 旦那ばかりが身体を動かす異様な光景に、水着に日笠を刺すククリールは、一歩引いた目で彼らを静観していた。


「ククはこないの?」

「いきません!」


 ククリールに断られ少し残念なキリヤナギだったが、数年ぶりに足をつけた海水に以前来た時の記憶を呼び起こされる。子供の頃はまだ波が怖くて父に促されながらゆっくり入ったが、今は何故怖がっていたのか分からないほど体も心も成長していた。

 リュウドとヴァルサス、アレックスを追うように海へ入ってゆく。キリヤナギを騎士隊達は観光客に紛れ込みながら護衛する。目を離さず、囲うように海へ入ったり、砂浜で山を作ったりしている様は、仕事をしながらも寛いでいるようにも見えた。


 セオはそんな皆の様子を【千里眼】を使いながら敵を慎重に探っていた。

 その広い視野に入ったセスナが、浮き輪に乗って寛いでいて、セオもまた危険はないと判断する。しばらくは安全だと思い、セオは海水浴場を俯瞰しながらキリヤナギを見守っていた。


 パラソルの下に建てられたガーデンチェアへ座っていたククリールだが、ラグドールとヒナギクが、砂の山を作っているのを見て、ふと興味が湧いてくる。


「貴方達は何してるの?」

「お城を作ってるんですよ。ほら、水を混ぜればちょっと固くなるんです」

「ふーん」

「お嬢様もよかったら手伝って下さいませんか?」


 少し興味が湧いてククリールが日傘を置いて見にゆくと、思いの外手触りがよくて面白い。バケツに砂と水を入れて土台を作ったり、型を使って模様をつくったりと、凝れば凝るほど完成度が上がってゆく。

 そんな夢中になる彼女をみたキリヤナギは、邪魔するのは悪いと思い、ヴァルサス、アレックス、リュウドの3人に泳ぎを教わりながら、海水浴を楽しむことにした。

 太陽の光に照らされた海水は暖められてずっと浸かっていたくなる程に心地よい。ビート板があれば沈まず、どこまでも泳ぐことができた。


「遠くに行くほど深くなるから気をつけろよ」

「うん。でもこれあれば大丈夫な気がする」

「足を着かない場所には行かない方がいい。何がおこるか分からないからな」

「浮き輪あれば連れて行くけど、クラゲに刺される可能性もあるし?」

「クラゲって、あのクラゲ?」

「おう、めちゃくちゃいてぇぞ、俺の同期が刺されてそのまま病院行きだったな」

「こ、怖い……」


 素直に怖がるキリヤナギをセスナは、「平和だなぁ」と微笑ましくみていた。クラゲはたしかに出るものの、大事に至るクラゲはまだ時期的が早い。

 そこまで危険視する必要もないが水中を見たいとも話していて、王子の好奇心にも感心していた。


 青く輝く海へ、王子が早速潜ってみると、沢山の魚や海藻が漂い、差し込んできた光が青の世界を作っている。

 プールとは違う水の中の大自然は、写真や水族館でしか見た事が無かった世界で驚いた。海の中の海藻に隠れる魚とか、頭だけをだす魚もいて、面白くてどんどん奥へ進んでしまう。

 途中リュウドに引き上げられて、息をするのも忘れていた。


「俺も一緒に行くから、ゴーグルだけつけさせて」

「うん」


 再び潜っていくキリヤナギを見送るように、アレックスは1人浮き輪で日光浴を楽しんでいた。

 ヴァルサスが黒の水着は渋いなぁと感想を抱いていると、砂浜のほうでラグドールとヒナギク、ククリールとプリムが、ボールを使ってトスラリーをして遊んでいる。

 ラグドールは白がベースのパレオがついたビキニ水着を着ていて、腰が細く胸のバランスが美しい。

 ヒナギクも花柄の水着がとても華やかで大きな胸と真っ白な太ももが大変魅力的だった。

 ククリールは黒髪によく似合う黒の水着で、その白く華奢な体に映えとてもセクシーな印象がある。

 彼女達がボールをトスをする度にパレオが綺麗に靡き、思わず食い入るように眺めていた。


「目がやらしいぞ、ヴァルサス」

「めちゃくちゃいいじゃん、アレックスは誰が好みなんだよ?」

「き、貴様ほどあからさまに見てられるか!」

「我慢すんなって」


 ノリが悪いなぁと思っていると、ヒナギクが手を振ってこちらに合図を送っていて、思わず振り返してしまった。


「セスナちゃーん! こっちに来て参加してくださいな!」

「その輪の中に誘わないでくれませんか?! 僕は男です!」

「お兄様ー! もう1人ほしいのーおねがいー!」

「そうは行きませんよ! また両生ってイジメるんですよね!!」


 何故か対抗していてヴァルサスは、羨ましく思いながらも困惑しかできない。セスナが動かずにいると、セシルが笑いながら海水へ入ってきて位置を交代させられていた。

 渋々砂浜に上がるセスナは、女性同士で始まったビーチバレーの審判をさせられる事になったのか渋々応じていた。

 その間キリヤナギは、リュウドと少し離れた場所へ泳ぎにゆく。人が沢山泳ぐ海水浴場は、誰も王子がいるとも思わず、賑やかで皆がそれぞれにレジャーを楽しむ場所となっていた。

 


 しばらく泳いで疲れが出始めた頃、キリヤナギはリュウドに促され一度休憩をする為にビーチへと戻る。

 皆が設置してくれたシートには、パラソルが2台固定され、パーカーを着るジンがで昼寝をしていた。隣でセオも本を読んでいて、キリヤナギが来るとタオルと飲料を渡してくれる。


「お疲れ様です。殿下」

「ただいま、セオは入らないの?」

「私は、実は泳げないのです……」

「え、知らなかった」

「足がつく場所までは入れるのですが、海は波があるのでよそうかと」


 かなり長い間一緒にいるのに知らなかった。たしかに王宮での遊泳訓練は、専門のコーチが見ていてくれていてセオが泳いでいるところは見た事がない。


「つまらなくない?」

「いいえ、皆が楽しそうにしていて、釣られて楽しくなります」

「そっか」


 濡れた体に海風があたると程よく涼しくて心地がいい。動いた為かまだ午前なのに、空腹となっている。


「少し早いですが、予約している海の家に参りましょうか?」

「海の家?」

「飲食ができるレジャー施設です。休憩所のような場所ですね」


 聞いた事はあったが、別宅が近い為キリヤナギは利用した事が無かった。皆を呼び寄せたセオは、シートとパラソルだけを残し、海水浴場の中央にある建屋へと向かう。

 多くの人でごった返すその店は「海の花」とも書かれていて、壁のないオープンテラスのような作りになっていた。


「汗臭いわ……。不快なのでビーチで待ってます」

「ごめんなさい。お嬢様、かしこまりました。お料理をビーチへお持ちしますね」

「姫はノリがわりぃなぁ……」

「ねぇねぇ、お面の人が料理作ってる!」

「王子は楽しそうだが……」


 ラグドールとヒナギク、グランジを連れたククリールは、ヴァルサスの言葉を無視する様にビーチへと戻ってゆく。

 海の家は、メニューはどれもカウンターの上側に文字だけで書かれていて、焼きそばやお好み焼き、かき氷、浜焼き、イカ焼き、たこ焼きまである。


「ステーキもあんじゃん、すげー」

「肉は昨日食べただろう?」

「ヴァル、オムそばって何?」

「中が焼きそばで卵巻いたやつだよ」

「浜焼きは?」

「貝を焼いたものだ。海で撮れた新鮮な貝をそのまま焼いたものだな」

「どっちも気になる……!」

「浜焼きは一個単位だろう。二つ頼んだらいい」


 ジンは、キリヤナギの後ろに座り解説される様子に感心していた。ジンの知る限りでは、今まで解説するのは使用人か騎士の仕事だったからだ。

 そんな王子にばかり意識を向けるジンへ、セシルは小さく笑って口を開く。


「ジンはどれにする?」

「え、俺もいいんすか?」

「せっかくだしね。気楽に行こう」

「やったー! 隊長流石!」


 隣の席でテンションを上げるリュウドは、思わずガッツポーズをしていた。

 改めてメニューをみるとこの建屋は、海の家とは思えないほどにレパートリーが豊富で驚いてしまう。上に大きく書かれているものはランキング順になっており、下にゆくとマイナーなメニューが並んでいた。


「カレーかな?」

「俺、たこ焼き!」

「僕、アユの塩焼きにします! せっかくだし」

「セスナ、アユは川魚だがいいのかい??」


 セシルは思わず吹き出していた。ジンも困惑したが、確かにローズマリーは、ロータス川にも面していて間違ってはいない。


「ご機嫌よう。ご注文はおきまりかな?」


 ラフなエプロンを纏い、水着にも近い服装で現れた店員は、並べられた二つの大きなテーブルへ豪快に現れた。健康的な肌に長い金髪をアップにする彼女に、キリヤナギは見覚えがあり驚く。


「助けてくれた人!」

「おや、覚えてられておりましたか。光栄です、殿下」


 ヴァルサスが言葉を失い、アレックスは首を傾げている。オーダーをとりにきた女性は、昨日駅前で注意喚起をしてくれた彼女だった。


「覚えて頂けたなら名乗らないわけにはいきません」


 女性はキリヤナギの元へ膝をつき、まるで見上げる様に名乗った。


「私はこのローズマリー領での産業組合の幹部、セラス・ツルバキアと申します。宮廷騎士団においては、リーリエ・ツルバキアを輩出したツルバキア家の当主の妻となる」

「えっえっ、すごい……」

「この海の家は、殿下へ楽しんで頂きたいとストレリチア卿からリーリエ・ツルバキアに打診をうけ我々が答えたものです。どうぞ、ありのままの海の家をお楽しみください」

「通りで、海の家にしては『ちゃんとしすぎている』訳だ」

「そ、そうなの?」

「確かにもっとチープだぜ? メニューが四つだけとかザラだしな」


 確かにこの店は他の店舗よりもしっかりした空間をとっていて、沢山の人が並びながら休憩したり食事を楽しんでいる。


「この『海の花』は、ローズマリーの産業組合が運営する上で食事の提供だけでなく、海での応急対応もできるよう特別に広く作られております。今回はローズマリー公爵の意向も含め、我々もぜひ楽しんで頂きたいと席をご用意させて頂きました」

「な、なんか申し訳ない」

「特別感はあるが、その言い方なら『席』だけなのでは?」

「ええ、この席は普段から一般の方々も使われている席です。どうかお気になさらず」

「よかった。ありがとう……!」

「殿下のご旅行へ幸がありますよう……」


 セラスは挨拶を終え、皆から注文をとり終えてカウンターへと下がってゆく。それを受けたお面の料理人が、キリヤナギをみてグッドポーズをとるとまるで踊るような動作で料理を作ってくれていた。


「ツルバキアの人すごい……!」

「リーシュちゃんってめちゃくちゃお嬢様だったんだな」


 セラスがあえて名乗らなかったのは、おそらく旅行の邪魔をしたくはなかったのだろう。

 ツルバキアと言う名前が知れればそれは、王宮の関係者として王子の機嫌を損ねる可能性をみていた。確かに最初から知っていれば気乗りもしなかったが、名を誇示しない謙虚な姿勢へキリヤナギは好感を持つ。


「イカ焼きうめー」

「オムそばも美味しいよ」

「私も浜焼きを追加するか……」

「アユの塩焼きも最高です……流石産地……!」

「ローズマリーのたこ焼きってこんなでかいんだ……!?」

「隊長はそれだけでいいんすか?」

「十分だよ。この背徳感がいいんだ」


 セシルは、ビールに浜焼きを数個つまんでいた、しかし、酔っている雰囲気は見えず安心する。


「隊長のお酒の分は僕が働くのでお任せください!」

「はは、頼もしいね」


 各々で昼を終えた皆は、「海の花」をでて待機しているメンバーと交代するために砂浜へと戻る。その中でジンがなかなか店から出て来ず、ようやく顔を出した頃には両手に袋を抱えていた。

 手にはカキ氷も持っていて、目が合うとそっと渡される。


「いいの?」

「いいっすよ」


 いちごみるく味と言われたそれは、甘さにさらに甘さを足した様な味で王宮で食べたものとは全く違い困惑してしまう。


「これいちご?」

「色に名前ついてるだけです。コンデンスミルクは本物ですけど」

「へー……」


 いちごと言われればいちごの気がしてきて不思議な気分だった。

 シートの場所へもどってくるとククリールがセオの作ったサンドイッチを優雅に嗜んでいて、ヴァルサスが衝撃をうける。


「姫! 海に来た意味あるのかよ!」

「無礼ですね。ちゃんと楽しんでますよ?」

「ククはたしかにそっちのが似合う……!」


 大量に袋を抱えるジンは、座って待機しているグランジへ買ってきたものを全て渡す。彼は嬉しそうに中身を取り出してオムそばから順に食べていた。


 食後の穏やかな雰囲気の中で騎士達は、脇のバケツで冷やされていたスイカを運び出し何かの準備を始める。

 綺麗に拭いた新品の木製バットを、何故か砂浜で寛いでいたアレックスが握らされヴァルサスに目隠しされていた。なんだろうと凝視していると、アレックスはぐるぐると回されフラフラになりながら掛け声にあせて指示通りに進む。しかし、回ったことで方向感覚が不安定で左に大きくずれてスイカには辿り着けなかった。


「スイカ割りですね。誰が割ってくれるでしょうか」


 2人目はラグドールだった。しかし、彼女は回された時点で立てなくなり、砂浜へ倒れてしまう。

 セスナに肩をかされ、シートの上へ運ばれてきた。


「ラグドール大丈夫?」

「すみません。私こういうの苦手なの忘れてた……うっ」

「無理されず、袋渡しておきますね」


 ラグドールの次は、妹の敵をとると言うセスナだった。彼は回されたのにそんな気配を見せず、ずり足で真っ直ぐに進んでいるかに見えたが、狙いは僅かにズレかすったのみで割るまでには行かなかった。

 相当我慢していたのか、直後に砂浜へ倒れ込みラグドールの横へ寝かされる。


「ぎもぢわるぃ……」

「せ、セスナ、お大事にして……」

「意地を張るからですよ」


 4人目は、ヴァルサスだった。彼は足元がおぼつかず逸れるかに見えたが慎重に真っ直ぐ進み、ちょうどスイカの間上から振り下ろす。皆が割れると思ったが、パワーが足りず木製のバットはスイカに跳ね返されてしまった。


「惜しいーー!」

「かってぇーー!」

「ははは、キンキンに冷えてるからねぇ」


 5人目はリュウドだった。

 プリムが一際大きな声を上げてて応援する中、回された後、彼はまるで精神統一をするように停止する。声に合わせて「そのまま真っ直ぐ」プリムが叫んだ時、彼は一歩前にでてそのまま飛ぶようにスイカを破壊した。全員から拍手がおこり、一番大きく割れた部位をリュウドとプリムが分け合ってたべる。


「冷たくて美味しいですね」

「ラグドールにセスナは食べないの?」

「すいません。まだ気分悪くて」

「僕も吐きそう」

「大丈夫なのか?」

「騎士も案外貧弱なのね」

「この2人は、人一倍繊細なのです。ククリール嬢」


 ヒナギクとククリールは、お皿にスイカをのせてスプーンで丁寧にたべている。王宮で出される綺麗に切られたものとは違うが、何故普段とは違う味がしてとても美味しかった。

 セシルもつられて笑う中、グランジもまたスイカをもらいながらアユの塩焼きと浜焼きを上機嫌に頬張っていた。

 キリヤナギが、楽しいなぁと思わず空を仰ぐと、ヴァルサスに呼ばれ彼は砂浜だあみだくじのようなものを書いている。


「ヴァル、何それ」

「ビーチバレーやろうぜ!」

「バレー?」


 1人を審判とし、騎士隊と学生組12人で2人一組でチームを組み、3点先取で勝ちのビーチバレートーナメントをやるという。

 楽しそうで、セシルもキリヤナギが側に居てくれると思えば断る理由もなく、全員で参加することとなった。


「では運動が苦手な私が審判をしましょうか」

「セオ、ありがとう」

「じゃあ王子、好きな場所に名前書いてくれよ」


 ヴァルサスは普段組まないチームがいいとし、ジンとキリヤナギ、セシル、ククリール、ヴァルサスとセスナの名前を並べた。そして、皆へ線を足してもらいながら名前のない彼らに選んでもらう。

 初めにラグドールが選んだ線を辿ると、キリヤナギへと辿り着き、第一チームが決まる。アレックスはジンと、プリムはセシルを引いていた。リュウドはセスナと当たり、グランジはククリールと当たる。残ったヒナギクは、ヴァルサスと組むことになった。


「綺麗にばらついたな」

「よろしく、ラグドール」

「頑張りましょう殿下!」

「よろしくお願いします。アレックスさん」

「タチバナか、頼りにしている」

「グランジ? 貴方強いの?」

「バレーは初めてです」

「隊長さんですね。よろしくお願いします」

「プリム嬢。こちらこそご一緒できることは光栄です」

「リュウドさん。プリムさんと僕チェンジしません」

「え"、べ、別にいいけど」

「セスナさん! だめだめだめ! 決まってたんだから変更なし!!」

「ヴァルサスさんって意外と律儀なんですね」


 第一試合は、ヴァルサスとヒナギク対リュウドとセスナだった。ヴァルサスのサーブから始まり、うまく受けたリュウドがセスナへと渡して打ち込む。一点が早速先取され、そのあまりの手際の良さに、全員が気づいた。


「セスナちゃん! 【読心】使ったでしょう! ずるいですよ!!」

「え、だめなんです? 一応味方しか……」

「大人気ないですが一応一点ですね」

「は? そっちがその気なら本気だしますよ!?」

「え"」


 直後ヒナギクが消えた。

 そこにいるはずなのに、人の認識をずらす「王の力」、【認識阻害】だ。触れるもの全てに影響がでるそれは、ボールすらも認識からずれてサーブのみで得点を得る。


「一点ですね」

「えぇぇぇえ!」

「ずるすぎるだろ!!」

「先に使ったのはどっちですか!? このまま勝ちます!!」


 完全にスイッチが入ったヒナギクに、ヴァルサスは既に置いていかれ、ストレートに3点を取られた。勝ち誇るヒナギクに、キリヤナギがツボに入ったのか必死に笑いを堪えている。


「ヒナギクすごい!」

「当然です! このまま行きますよ! ヴァルサスさん!」

「は、はい」

「リュウドさん、ごめんなさいごめんなさい」

「いや、しょうがないさ。先に『王の力』使ったのはこっちだし……」


 セスナの懺悔が響く中で、次の試合はジンとアレックス対ククリールとグランジだった。【未来視】をもっているらしいグランジは、構えるそぶりも見せずククリールからサーブが始まる。

 アレックスは運動が苦手なのか、受けようとしたところでボールをすべらせ後ろへと飛ばす。

 一点かと思われた時、ジンが返してきた。高速で放たれたボールにククリールが条件反射で受けようとしたとき、グランジが止めて全員が驚く。

 宙を舞ったボールへ、ククリールがトスをするとグランジが打ち込み、枠線ギリギリへとぶち込んだ。

 全員がその気迫に押し黙る中、キリヤナギだけは何故か平然と拍手をしていて、アレックスとククリールが固まっている。


「グランジとククリールさんに一点ですね……」


 ジンは笑っていた、またグランジも楽しそうに笑っている。


「2人とも楽しそう」

「この雰囲気が?? 殺意マシマシじゃん」

「あの2人はいつもこんなだけど……」


 騎士隊の皆は知っていた。グランジとジンは、騎士大会の上位を常に争うライバルだからだ。決勝で出会った2人は、常に「遊び」ながらも誰の追従も許さず「遊び」だからこそ手を抜かない。


 点を取られジンのサーブから始まったゲームも本気だった。しかし、【未来視】をもつグランジは、高速のサーブを見切って確実に止める。

 早い球はククリールに受けれないが、遅いなら取れると理解したグランジは、一度止めククリールにトスを任せた。

 そして空きの場所を正確に狙うが、打ち込んだ直後にジンがカウンターで打ち返し、反応がおくれる。


「ジンとアレックスさんに一点ですね」


 相変わらずキリヤナギだけが、拍手をして皆が騒然としている。アレックスは、つい昨日までセスナに弄られていた彼が隣にいることが信じられなかった。


「次、ゆるいの来ます。取れたら取ってください」

「は」


 グランジのサーブがくる。速度でくるかと思えば、たしかに遅い。アレックスは大きくさがりそれをトスで上げた。

 ジンが打ち込むかと思えば、こちらも遅くまるでククリールへ渡すように投げ込む。彼女が答えるようにボールを上げると、グランジが打ちジンがガードして防いだ。


「ジンとアレックスさんに一点ですね、リーチです」

「ちょっとグランジ。【未来視】使ってるのよね?」

「使えば負けます」

「……!?」


 ククリールはボールを渡されたが、横のグランジとジンの気迫がつよくなり動けなくなっていた。思わず座りこんで抱え込んでしまう。


「こわい……」

「クク! 大丈夫!?」

「これは厳しいですね。じゃんけんにしましょう」

「2人とも本気だしすぎですよ!!」

「ひ、ヒナギクさん。す、すいません」

「……悪かった」


 結局アレックスとグランジでじゃんけんをして、アレックスが勝った。雰囲気が切り替わったジンを彼は睨みつは、吐き捨てるように口を開く。


「本性とは違うが、貴様戦闘になると人が変わるんだな」

「え"っそんなつもりじゃ……」

「ジンは楽しんでるだけだよね。グランジもだけど」

「……」


 出番が終わったグランジは、途中だった食事を再開する。気がつけばセオの作ったサンドイッチのバスケットにも手をつけ、中身が殆ど減っていた。

 一方でキリヤナギは、怖がってしまったククリールへ寄り添い飲み物を渡す、彼女は受け取ってはくれたが目を合わせてはくれなかった。


「次、王子の番でしょ」

「え、うん」

「さっさと行ってきて、……見てるから」


 見ていると言われキリヤナギは少し嬉しくなった。「わかった」とだけいい残しラグドールと共に、ヴァルサスとヒナギクへ挑みにゆく。予選の二戦が終わりここからは決勝だ。

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