第37話 ローズマリー領へついた
目が開けると視界の先に青い空が広がっていた。狭く窓で切り取られた空は青く透き通りキリヤナギはしばらくそれを眺める。ゆっくりと意識が戻って来る中で、心には何故か悲しい感情が残っていたが、見ていた夢も思い出せず不思議な気分にもなっていた。
夜に発車したローズマリー行きの列車は、キリヤナギが眠っている間にマグノリア領をでた筈で、すでに動いている気配はなく、天窓の景色も止まっている。
まだ眠くて傍のぬいぐるみへ抱きついていると、入り口をガリガリと扉引っ掻く音が聞こえる。犬のエリィが起こしにきたのだろうがまだ眠気が強く、起き上がる気になれなかった。
もう少しだけと寝返りを打つと、閉まっていたはずの扉が開き、エリィが床を蹴って一気に飛び込んできた。犬でも中型のエリィは、重さが数十キロはあって思わず変な声が出てしまう。また顔中を舐められてとても睡眠どころではない。
「重い重い重いーー!! エリィどいてーー!」
「王子めちゃくちゃ貴族してんなー」
起こしに来たのは、ヴァルサスだった。舐められて髪もベトベトになり、とても人に見られて良い姿ではない。
「ヴァル、ひどい!」
「あん? 起こしてやったんだよ。そこは感謝だろ?」
時刻はたしかに8時半と書かれていた。列車は到着してからすでに30分経ち騎士達は既に荷物をまとめているらしい。
キリヤナギは渋々顔を洗い、軽く整えてダイニングへと向かった。
「殿下。おはようございます」
「ジン……おはよ、セオも……」
「おはよう御座います」
「起こされてご機嫌斜めかよ」
「そんなんじゃないし……」
ダイニングのテレビには、朝のニュースが流れていた。天気予報とか星座占いが流れた後、トップニュースとして映ったのは、火を帯びた山だった。暗い森林にぼうっと映る赤い光は炎で、僅かな月明かりで黒い煙が照らされている。
「山火事?」
「違うね。集落の火事みたい」
「火事……?」
アナウンサーが現場に直接赴き、火が消し止められたと言う村の入り口を取材している。しかし村はブルーシートで囲われていて、中を見ることができなかった。
画面には死亡者と消息が不明の住民一覧が公表されていて、ガスが通って居ない地域でもあり、自前に火おこしによる火の不処理が原因ではと言われて居た。
「今日ってメディアきてる?」
「一応取材したいと連絡はありましたが、控えてほしいとこちらから断わりました。ローズマリー公爵との会合での取材になるかと」
「この事、聞かれるよね。ちゃんと話せるかな……」
「流石にライブではないと思いますけど」
顔へ暗い影を落とす王子を見かね、セオはテレビを消してしまった。ローズマリーへは、たしかに公務もあるが目的は「旅行」だからだ。
「今は、どうか前を」
「……わかった」
「王子って意外と気にするんだな」
「うん、だからあんまり付けないんだよね、テレビ」
「なんか納得だわ……」
朝食を食べていると、エリィが寄り添ってくれる。セオが犬向けのミールフードを出すと嬉しそうに食いついてくれて、キリヤナギも安心して居た。
「そういえば先輩とククは?」
「王子が起きねぇから、騎士連れて駅前を見に行ったよ。このローズマリー駅って建物が珍しい形してるんだってさ」
「へー、僕も見たいな」
「なら、さっさと行こうぜ」
ローズマリー駅には、貴族向けの専用ホームがあり降車するとヴァルサスの父、サカキ・アゼリアが待機してくれていた。
昨晩の夜の見張りは、セシル、セスナ、グランジ、リュウドで行われ四名はすでに休息も兼ねて荷物を別宅へ移動させているらしい。
「キリヤナギ王子殿下。本日よりこのサカキ・アゼリアを含めた5名が御身の護衛の為に同行致します。以後お見知り置きを」
「ありがとう。よろしく」
「各騎士の紹介は、車内で行いましょう」
父の言葉に、ヴァルサスは少しだけ戸惑っていた。サカキの率いる四名の騎士は、彼の隊の部下達で所謂「アゼリア隊」となるのだろう。
「中隊長って聞いてたからもっと人数多いと思ってた」
「私もストレリチア大隊長閣下と同じく、十名ほどの小隊での護衛を提案致しましたが、大人数が苦手と伺ったので無難にと」
「……うん。ありがとう」
「当然の配慮です、どうか私兵の如くお申し付けを」
ヴァルサスが言葉を失っていて、キリヤナギは少し面白いとも思ってしまった。王子と騎士なら普通のやり取りだが、たしかに息子でかつ友人の立場から見ると困惑するのは理解できる。
「スッゲー複雑……」
「ヴァルサス、無礼のないように気をつけるんだぞ」
「サカキさん、僕は気にしてないよ」
「殿下の寛大なお心は、我々の安息でもありますが、それは御身を大切にされてこそのものです。なんでも受け入れては示しがつかないでしょう」
「え、ご、ごめん」
「王子、困ってんじゃん……」
サカキも少しだけ困っていた。片付けを終えたセオと共に駅を出ると、そこはまるで首都のような都市が広がっていて思い描いたローズマリーの風景とは乖離がある。
しかし駅を出て振り返ってみると、ローズマリー駅の建物が真っ白の木造式で見た事のないアンティークな雰囲気が演出されていた。
「時計塔見たい」
「なんか思ったより普通だな……」
入り口の正面には、広場があり特産物を並べる出店がが沢山並んでいた。果物や野菜だけでなく、バナナにチョコレートをかけたものや、ジャガイモにバターをかけて蒸した物などもあり、雰囲気はまるでお祭りにも見える。
「何かのイベントかな?」
「そうじゃね? めっちゃ人いるし」
よくみると甲冑を着た人や個性的な衣装の人々もいて、彼らは出店のスィーツを買って楽しんでいるようにも見えた。
そんな賑やかな雰囲気を写真に納めようとすると突然ジンに手を引かれ、キリヤナギは後ろへと隠される。
「ご機嫌よう。観光客さんですか?」
目の前に夢中になり、近づいてくる人間に気づいていなかった。現れたのは長い髪の女性で、初めてみる顔立ちをしている。
「よろしければ、私達のお店を見て行かれませんか? ここよりも格安で果物を販売していますよ?」
「格安……ですか?」
セオは首を傾げ、皆もコメントに困っている。指された先にあるのは、移動販売用の自動車で彩豊かな果樹が首都の半額以下の値段で並べられていた。
「よろしければ試食されませんか?」
「申し訳ございません。それは遠慮致します」
「残念です。ではご覧になるだけでも」
キリヤナギは、ジンの後ろから興味深く見ていた。セオに釣られるように眺めにゆく彼をジンや皆が後を追う。
「ローズマリーの果物ってこんなに安いんだ?」
「はい。今年は大変豊作でした。それとあの……よろしければ、記念撮影をお願いしてもかまいませんか? 殿下が来て頂いたならきっとお客様も増えると思うので……」
「構わないよ」
「ありがとうございます。では、果物を手に取ってお願いします」
女性は自らカメラを構えて自分は映り込もうとはしなかった。緊張しているのだろうかと騎士達が静観していると、ふと女性の後ろに大きな影が現れる。
手首を掴み撮影をやめさせた彼女は、長い金髪を一つにまとめ腰まで下ろしていた。
「殿下だけ撮影して何しようとしてんだい?」
「だ、誰ですか?」
新しく現れた女性は、王子の周りにいる騎士達を見回し、もう一度女性をみる。
「あんたら首都から来たんだろ? 顔つき見ればわかるぜ」
「あの、離して頂けませんか?!」
「あー、そうそう。最近西側の果樹園で果樹が大量に盗まれたんだ。犯人は何も知らない観光客に格安で売りつけて稼ごうとしてるみたいだから、気をつけな」
「えーー」
ジンはそれを聞いた直後、キリヤナギを下がらせた。それを見た金髪の彼女は、販売員の女性の手を離す。
「い、言い掛かりです!!」
「オレは注意喚起しただけだよ。商売頑張ってな」
その目に宿る怒りに、販売員は即座に店をたたみ自動車で走り去っていった。思わず呆然としてしまった一行だが、セオがハッとして我に帰る。
「警告ありがとうございます。助かりました」
「ただの観光客かと思ったら殿下って聞こえちゃ自然と手が出ちまった。お節介だったら悪かったな」
「とんでもございません。写真に撮られていたらどうなっていたか……」
「はは、まぁ気をつけなよ」
「差し支えなければ、お礼の為にご連絡先をお伺いできませんか? 私は、桜花宮殿バトラー、セオ・ツバキです」
「名乗るほどでもないさ。あ、でもーー」
女性と目が合い、キリヤナギは前へと出てゆく。まるで男性のような口調の彼女は、胸に手を当てて深く頭を下げてくれた。
「お目通りが叶い光栄です。殿下」
「助けてくれてありがとう。僕、ローズマリーは、久しぶりで……」
「いえ、あのような物を摘発できない騎士団の責任でしょう。ここに来てすぐに対面させてしまったことをお詫びします」
「君は、僕へ名乗りたくない?」
「名乗るほどの者ではございません」
「なら今の僕にできることはあるかな?」
「できる事……なるほど、ではこちらを」
女性は、ポケットから小さな紙の束を取り出し、跪いてキリヤナギへと渡してくれた。カラフルなそのチケットは、束になっていてスィーツ無料券と書いており、シリアルコードもついている。
「私はこのローズマリーにおいて加工食品店を運営しております。もしよろしければ、殿下のご感想をお聞かせください」
「わかった。ありがとう。この店に感想送るね」
「はい。お待ちしています」
女性は礼儀正しく一礼し、このイベントの主催業務があると言って立ち去ってしまった。残されたチケットをマジマジとみるとクレープだけでなく、タピオカとか、ソフトクリーム、ジェラートなど色々あって感心してしまう。会社名はコルチカム商会、協賛にヤマブキグループとも書かれていた。
「なんか凄そうな人でしたね」
「挨拶上手だったし、騎士さんかな?」
「食品会社の社長だと仰っていましたが……」
「イベントの主催者っていってたじゃん。つーか、助けてもらって何で貰ってんだよ」
キリヤナギは首を傾げているが、ジンはも同意していた。
その後、街を散策していたククリールとアレックスにも合流し、キリヤナギは2人が持っている紙袋に驚く。
「買い物してたの?」
「えぇ、ヒナギクからこの駅前大通りにガーデニアのコスメショップがあるって聞いたの。試したいと言ったらアレックスが買ってくれました」
「へぇー」
「み、貢がせてんじゃん……」
ヴァルサスは、サカキに後ろから蹴られていた。アレックスはそんな様子を嘲笑うかのように観察する。
「化粧品は、女性の美しさの基礎だ。美しくあって欲しいと願うものが貢いで何が悪い?」
「た、たしかに……」
「王子、感化されんなよ……」
ククリールは、少し嬉しそうに髪を透く。心なしか昨日よりも綺麗に見えて思わずじっと見てしまった。
「何かしら?」
「え、なんでも、ない……」
「間も無く待ち合わせ時刻です。皆様ロータリーの方へ参りましょう」
お祭りの雰囲気に紛れ、4人の貴族達は一般客へ紛れ込みながらロータリーへと向かう。この時間に来ることは伏せられていたのかマグノリア領の時のように人は見えず、4人はスムーズに公用車へと乗り込み、王家の別宅へと向かった。
自動車に乗り込んだ際、キリヤナギは助手席に座るサカキから騎士達の履歴書を渡されて確認を行う。
「履歴書……?」
「僕、この方が覚えやすいんだよね」
「口でしてほしいなら、自分で聞くといい」
ヴァルサスは少しだけ罰悪そうにしていたが、運転してくれるローズマリー騎士団の女性騎士は苦笑しながらアサヒ・クーコと名乗ってくれた。幹部の1人でヴァルサスにも気さくに接してくれて車内は和やかな雰囲気のまま都市を掛けて行く。
街を抜けてさらに走ると、徐々に塩の香りが舞い込み、窓からは蒼く輝く海が見えてきた。思わず身を乗り出しそうになった王子をヴァルサスが引き摺り込み、一行は海へ隣接する王家の別宅へと辿り着く。
「海見に行ったらダメ?」
「ダメです! 本日はこれからローズマリー公爵との会合があります。すぐ準備されてください!」
合流したセオが手厳しくキリヤナギはガッカリしていた。そこから始まった準備戦争にヴァルサスは再びスーツだけを着せられ、何故かエリィのリードを渡されてしまう。仕方なくペット用の小屋のある庭へと出てもエリィはヴァルサスに全く興味を示さず、少し離れた位置でゴロゴロとくつろいでいるだけだった。
しかしそれでもエリィは賢く、粗相は出されたペットシートの上で全て済ませ、植木のみの仕切りからは外に出ようともしない。驚くほどしつけが行き届いていて、感心しながら観察していた。するとエリィは、小さな小屋からボールを取り出してヴァルサスの元へと持ってくる。
「投げろって?」
吠えた声は元気なものだった。
そこからしばらく遊んでいると皆は準備を終え、エリィをケージに誘導し公爵家へと向かう。
ローズマリー公爵の屋敷は、都市部から少し離れた丘の上にあり、敷地内へドーム式の温室や木々が整えられたガーデンがある、まさにイメージ通りのローズマリー領が広がっているようだった。
屋敷の入り口にはメディアは待機していて、車郡を撮影し中へと追ってくる。
広い庭園を抜け屋敷の入り口へ辿り着くと、そこには既に金髪の男性が釈をついて立っており、笑顔で皆を迎えてくれた。
彼、ローレンス・ローズマリーは、このローズマリー領の自治を司る公爵だ。彼と王子は、挨拶から握手を行い屋敷の中へと通されて行く。
「ヴァルサスさん。見学する?」
「リュウドさん。んー、昨日みたしいいかな……」
「なら、広間に案内するよ。ハルトさんもいるだろうし」
ハルトとは誰だ? と率直な感想を抱きつつ、ヴァルサスはメディアに映らないよう回り込み、屋敷の通用口から中へ入り広間へと入る。
そこはパーティ会場の空気が作られ、使用人達が沢山の料理を運び込んでいた。
「す、すっげ……」
「ここ、ヴァルサスさんも寛いでていいってさ」
「俺、浮かないです?」
「大丈夫。ここの人そう言う人達じゃ無いから」
そう言って、リュウドは警備があると言って広間を出て行ってしまった。使用人は沢山待機しているが、客らしい客はヴァルサスしかおらず、グラスだけ渡されて固まってしまう。
仕方なく勧められたソファで小さくなっていると、目の前に人の気配がして思わず強張ってしまった。使用人だろうかと顔を上げようとすると顔を上げる前にこちらを覗き込む可愛らしい顔がある。
腰を落とし顔を支えるようにこちらを覗き込んでいるのは、ローレンスと同じ髪色の女性だった。
ふわっとしたボリュームのある髪を、サイドアップにしてリボンを結ぶ彼女は、不思議そうにヴァルサスを見上げていて、驚いて思わず飛び上がってしまう。
「う、わっ! す、すいません!」
「きゃっ、驚かせましたか?」
高い声だった。全身を見ると涼しげなピンクのドレスを着ていて貴族である事がわかる。
「はじめまして、こんにちは。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
「早めにきてくださったと聞いて見にきました。クランリリーからようこそ。沢山楽しんでくださいね」
「は、はい。ありがとうございます」
「一般平民の方ときいて、私も緊張しています。その、どうすればお友達になれるかな、とか?」
「え? べ、別になんでも……」
「本当ですか? じゃ、じゃあーー」
女性はまるで太陽のように笑い、ヴァルサスの横へと座ってくる。身を乗り出されると目をキラキラさせていた。
「ティア……」
新しい声に、思わず背筋が冷えてしまう。入り口から広間へ入ってきた男性は、まるで呆れたように彼女の名を呼んだ。
「困っておられるじゃないか……」
「ハル君。……ごめんなさい。つい嬉しくて」
現れた男性は、若く同い年だろうか。気品のある顔立ちに凛とした表現は、理想の王子のように輝いてみえる。
「だ、大丈夫です。俺も緊張していたので……」
「それは大丈夫とは言えないと思うが……」
どうしようと空気に困ってしまう。困惑しているヴァルサスに対し、ハルと呼ばれた男性は手を差し出してくれた。
「挨拶が遅れてすまない。おれは、ハルト・ローズマリー・ウィスタリア。騎士貴族と伺っているが、あらためて聞いてかまわないか?」
「へ、あ、ヴァルサス・アゼリアです。どうも……」
はっと、昨日の夜のことが鮮明に思い出される。王子の知り合いと言うローズマリーの2人は、ウィスタリアから婿養子としてローズマリーへ嫁ぎ結婚したと聞いたからだ。
「ティアは自己紹介したか?」
「ごめんなさい、忘れてました。私はこの南西領を収めるローズマリー公爵家の長女、ティア・ローズマリーです。お見知り置きを」
ヴァルサスは、生汗が止まらなかった。周りに誰も居ないこの場所で、学生でも無い2人相手に何を話せばいいかも分からないからだ。
「王子から剣が得意だと聞いているのですが……」
「え、はい。少しだけ……」
「俺も剣派なんだ。なかなか居ないから嬉しいよ」
「へぇー」
「聞いていいか少し迷うが……今日は、『タチバナ』は来てるか?」
「『タチバナ』? ジンさん?」
「来てるなら、うちの騎士が喜ぶんだが
……」
腕を組むハルトにヴァルサスは少し悩むが嘘をついても仕方なく即答する。
「来てますよ。従兄弟のリュウドさんも……」
「そうか。ならライトが喜ぶ」
「ライト?」
「ウィスタリアの騎士様なの。近衛騎士でとてもつよいんですよ」
「今は警備に駆り出されているが、終われば顔を見せるだろう」
話していると、もう一度入り口から使用人に道を開けられる男性が現れる。ハルトと顔立ちの似る眼鏡の彼は、揃った三人をみて優しく微笑んでくれた。
「兄さん……」
「お待たせ。こんにちは」
「ここ、こんにちは。ヴァルサス・アゼリアです」
「はは、緊張しなくていいよ。僕はタクト・ウィスタリアだ。ハルトの兄。友達が時間をとらせてすまない。キリヤナギ殿下はローズマリーにとって大切な存在でね。市民達へ来てくれたことは伝えておきたいんだ」
「俺なんて、気にしないでください。ただの一般人だし?」
「謙虚だね。僕達も殿下の新しい友達が、どんな人なのか会いたかったんだ。もっと堂々してくれ」
「ひっ……」
「タクトお兄様。それはヴァルサスさんが怖がってしまいますよ」
「おや、すまない。そんなつもりはなかったんだが……」
試されていると思うとヴァルサスは、自分が何も持っていないことに気づいて硬直してしまった。タクトはそんな恐縮してばかりのヴァルサスへ気を使うように席を外してくれる。
「すまん。兄さんに悪気はないんだ。俺より社交界に慣れすぎていると言うか」
「いや、その……えーっと」
「ごめんなさい。私達は歓迎したいだけなのです。どうか殿下といる時のように気楽にお過ごし下さい」
できるだろうかと、ヴァルサスは上手く答えられなかった。しかし少し申し訳無さそうにしているティアをみるとその好意には答えたいと思う。
「ありがとうございます。でも俺、無礼なこと言っちゃいそうで……」
「いいんじゃないか?」
「はい、ローズマリー家は、他の公爵様のようにシダレ陛下とはそこまで面識はなくて、平民の皆様の後押しのおかげでこの地位へ」
「すごくないですか? それ……」
「お父様は、元々経営者で公爵貴族としての経験は本当に素人だったのです。なので平民寄りと言うか……」
「ウィスタリア家も、騎士上がりなんだ。過去に東国寄りの武人が収めた土地で、みんな騎士として誇り高い人間を望んだらしい」
「へー」
「今は公爵家ではありますが、私もハル君も出自は同じです。是非お友達になりましょう」
ティアは手を差し出され、ヴァルサスは強く握りすぎないよう細い手を取った。ハルトとも握手をしてほっと肩を撫で下ろす。
「硬い豆のある手ですね。ハル君、この方騎士さんですよ」
「え"っ」
「そうだな。訓練している証拠だ」
その豆は、大学の授業とサカキの訓練によってできたものだ。王子に出会い負けたく無いと自主的に始めた事で少しづつ固くなっていた。
ハルトとティアは、少しずつ緊張がなくなってくるヴァルサスに付き合い、他の三人が合流してくるまで話し相手をしてくれていた。リュウドから聞いた通りこの夫婦はとても穏やかで、タクトも時々顔を見せて談笑をしてくれる。
そして一時間ほど話した後、一通りの公務を終えた三人が現れ、4人と合流した。
「ヴァル、お待たせ!」
「お、おせーよ」
「心配していたが、及ばなかったようだな」
「平気平気!」
アレックスの心配の通りだったが、ヴァルサスは、あえて黙っていた。アレックスの後ろにいたククリールは、少し迷っているような表情を見せていたが、突然視界に現れたティアに驚いている。
「こんにちは、初めまして、」
「あれ? ティアとククって初めて?」
「はい、殿下。社交界では、お時間が合わなくてあまりお話ができなくて……」
「ごきげんよう……。私はククリール・カレンデュラです。以後お見知り置きを」
「ちゃんとお名前を聞けて嬉しいです。私はティア・ローズマリー。是非楽しんで下さいね」
「姫って意外とはなさねーの?」
「無礼ですね。興味がないだけです」
「私はずっと気になっていました。今日は来てもらえて本当に嬉しいです。ハル君、ククリールさんと少しだけ外してもいいですか?」
「わかった。男同士で積もる話もあるからな」
「ある??」
「久しぶりの再会ではないのか?」
確かに誕生祭では会えず2年ぶりとなる。毎年皆揃ってくれるのに、途中抜けしてしまった事に後悔ばかり募っていた。
「体調を崩したと聞いたが……」
「え、う、うん。お酒慣れてなくて回っちゃって」
「飲みすぎたか? 相変わらず無茶するな」
「つ、つい……」
笑われているそぶりに、ヴァルサスもアレックスも何も言わなかった。マグノリア家はアレックスの叔父が宮廷騎士団へ所属していることから、ある程度の情報は流れてくるが、ウィスタリアとローズマリーには、それがまだ共有されていないと言う事だろう。
「殿下は、見合いの誘いはどうなんだ?」
「え、う、うーん」
2人だけのティアとククリールをみて、ハルトは納得してくれる。
「カレンデュラ嬢は、そっちだと見ていたが……」
ハルトの視線はアレックスへと向き、彼はそれを楽しそうに笑いつつ口を開く。
「私は当然だが、王子が目をつけている以上は静観するつもりだよ。国がかかっているからな」
「今朝も貢いでたじゃねーか……」
「マグノリアは相変わらずだな。逆に安心する」
「うーん……」
「俺からは頑張れぐらいしか言えないか……」
「ハルトさん、王子って昔からこう?」
「そんな何度も会ってないが、浮ついた話は聞いた事はない。今が初めてだ」
「言わないでよ……」
「意識を向ける人ができたのは進展してると思う、頑張れ」
キリヤナギは頭を抱えていた。アレックスとククリールの関係性は、キリヤナギが知る以上に深く他家からも理解されている。客観的に意見されるとまるで2人の間に割って入ってしまったようで、罪悪感を持ってしまった。
「私は静観する以上、妥協は許さないぞ?」
「わかってる。半端なことはしない……」
「面白い事になってるな」
「何で揉めないのか不思議でならねぇ」
「平民の感覚なら、確かに友達は無理だろう」
王子と公爵家だからこそ、この関係性は成り立っている。ヴァルサスは上手く理解はできずハルトの言葉に首を傾げていた。
男性組の談笑から席を外したティアとククリールは、2人で夏の日差しが差し込む広いバルコニーへと出る。
そこは暑くならないよう花や動物の形に削られた氷が置かれ、真夏でも涼しげに過ごすことができた。パラソルが刺された特等席は、ローズマリー邸のガーデンが見下ろすことができ、ククリールはしばらく見入ってしまう。
「好きな食べ物はありますか?」
「特には、ないのですが」
「なら、私のおすすめをお願いしようと思うのですが」
「なら、それで……」
ティアは微笑み、使用人へ広間の料理を持ってきてもらっていた。ククリールは何を話せばいいかわからず乗り切る方法ばかりを考えていたが、ティアは何かを察したように小皿へ料理を取り分けてくれる。
「ククリールさんの香水。とてもいい匂いです、たしか駅前のコスメショップのものですよね?」
「え、えぇ、よくご存知ね……」
「私もよく行くのです。とても高品質で優しい香りがお気に入りで、その香水は実は私も持ってるので分かりました」
「……」
「もしよかったら、他のも試されませんか? ハマった時があって沢山集めてしまって……」
「ティアさん、貴方は、それでいいの?」
「何がですか?」
「私と関わったら、他の貴族達から仲間はずれにされるかも」
「ふふ、大丈夫ですよ。私も実は首都の令嬢の方々とは、そこまで仲は良くないのです。地主の経験もなくて、本当何を言われてるのか考えたくもないですね」
「なら、尚更」
「私は、そんな人とは付き合わず一人になっても意思を通す貴方に憧れてました。だってククリールさんが影で誰かを悪く言ったみたいな事、聞いた事ないから……」
「話さない、だけよ。言うならハッキリ言えばいいと思う」
「堂々としていて尊敬します。私は、にげてばかりだったので」
「……」
「社交界は私達公爵にとって、これは避けられない場です。もしよかったら、私の後ろ盾となってくれませんか?」
「ハッキリ言うのね」
「はい、ククリールさんの受け売りです」
ククリールは、返答に迷ってしまった。同じような申し出は、今まで他の貴族からは数回あったが、誰しもククリールの性格についてゆけず、旨みもないと離れていってしまったからだ。信じられるのだろうかと、出された料理は冷製パスタを口へ運ぶとこの上なく美味で感動もしてしまう。
「美味しい……!」
「本当ですか!? 嬉しい……。このお料理は、我が家の自慢のシェフが考案してくれたのです。我が家だけの秘密の味です。殿下にも献上してないのですよ」
「それは……」
「ククリールさんだけに、特別です」
ティアも美味しそうにパスタを頬張り、ククリールは嬉しくなってしまった。首都の貴族達は利害を求めて交友するが、彼女はククリールを喜ばせようとしてくれているからだ。思わず脳裏に王子が浮かび、答えが出てしまう。
「私で、良ければ友達になれるかしら?」
「友達?! 嬉しい……もちろんです! アドレス交換しましょう!!」
はっとした。後ろ盾になって欲しいと頼まれたのに、あえて対等な「友達」をもちだしてしまったからだ。王子と交わした約束が尾を引いている事に気づき、後悔もするが、ティアはとても嬉しそうに画面をみせてくれる。
「よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく……!」
悪くはないとククリールは、ティアと二人で昼食を楽しんでいた。午後の歓迎会が盛り上がりを見せてくる中で、公務を終えたローレンス・ローズマリーは、セシルとサカキを執務室へと招く。
「クランリリーからよく来てくれた。ローズマリーを治める公爵として貴公らを歓迎する」
「光栄です。春の調査へのご協力ありがとうございました」
「異能の件か。【認識阻害】を貸し与えられているものとして当然の事だ。しかし、死亡した可能性から盗難を推測するのは、流石だろう」
セシルは深く頭を下げていた。誕生祭での襲撃は伏せながらも、セシルはことが起こる前から、異能がどこから流出したか調査を行なっていた。本来なら貸与された者から洗うだけだが、セシルはさらに「死亡者」を洗う事で、異能の数合わせを行なったのだ。
そこで出てきたのが、異能を貸与された後、物の数ヶ月で死亡したものが数名いた。
1人は女性。ローズマリー騎士団へ所属し、【認識阻害】を貸与されて数ヶ月後。山岳地帯の崖に転落したと言う。遺体が出ていないことから、セシルが目処を付けていたところを、敵は案の定【認識阻害】を使用してきたのだ。
「異能盗難犯は、既に我々宮廷騎士団の別働隊が確保に向かっておりましたが……」
「火事か、酷い事をするものだ……」
「かの燃えた村は、文化迫害の末裔が住む地区であるとも聞き及んでおります」
「まだ私の元にも調査報告は上がってきていないが、宮廷になすり付けたいようにも見える。犯人確保を据え置き人命を最優先にと動いてくれたことは、公爵として心から感謝しよう。ありがとう」
「担当者へとお伝え致します」」
「住民達へ貴公らへ誤解が波及しないよう最大限の努力はするが、異能盗難犯であろう放火魔の確保はできそうか?」
「生憎火事のどさくさに紛れ逃亡を許しております。私に連絡がこないのは、難航しているのでしょう」
「手間をかけさせるな。潜伏しているのなら、指名手配する手もあるが……」
「敵は市民へ手をかける事を厭わない凶悪犯です。公にしては尚更被害が拡大するでしょう。ここはどうか我が宮廷騎士団へお預け下さい」
「毎度、異能に関しては頭が下がる思いだ。すまない」
「我が宮廷騎士団は、『王の力』を持つ者へ対抗する専門家がおります。アゼリア卿もその1人でしょう」
「えっ」
「そうか、実に頼もしい」
思わぬ振られ方をして、サカキは少し焦っていた。サカキはかつて存在した「タチバナを使用できる隊」へ所属していたが、数年前に解体されている為、言葉に困っている。
「ある程度は……」
「警備の硬い殿下の元までくる可能性はないとは思うが、気をつけて欲しい」
「ローズマリー閣下には、確信が?」
「我が領地を【千里眼】で見守る騎士が、村の真上を飛び去る飛行物体を目撃している。ウィスタリア領の方角だったそうだ。載っているなら、逆方向だろう」
「……」
「どうかしたかい?」
「いえ、飛行機に関してはこちらも連絡を受けておりませんでした。即座に伝えましょう」
「立て込んでいるだろうからな……人命の恩は必ず返そう。できることがあれば言うといい」
「感謝致します」
サカキは、セシルに続いて頭を下げていた。騎士と公爵との秘密裏な会談が終わる中で、王子を含めた四名は、ティアからの提案で皆はローズマリー家が管理するガーデンへと足を伸ばすこととなった。観光客向けにと多くの花が植えられるそこは、広大で、空がどこまでも開け、まるで心が洗われるようだった。
「すっごい綺麗ー!」
「広いですから、迷子になられないようお気をつけ下さい」
他にも多くの観光客がいて、売店にはソフトクリームとかお土産用の花も売られている。連れてきたエリィも機嫌が良く、今にも走ってしまいそうだった。
ククリールも日傘を刺しながら腰を下ろし、可愛らしい花々を観察している。
「王子」
「? 先輩?」
「今回は譲ろう」
アレックスの意図にキリヤナギは身を引き締めた。マグノリア領から一転、ここはローズマリー領だからだ。キリヤナギは、エリィのリードをセオへと任せ、ククリールと共に花畑を歩きにゆく。
騎士達が2人の邪魔をしないよう距離をとって観光を楽しむ中、花畑の入り口で警備を任されたジンは、同じく警備を任された騎士を不思議に思っていた。
ローズマリー家の婿養子へ張り付いていた彼は、つい先ほど「待っていろ」と言われ、素直に入り口で待っている。
ジンは興味がなく、観光客に紛れるようベンチに座ってデバイスをみていたが、ふと隣の騎士から強烈な視線を感じた。
「てめぇ、『タチバナ』だろ?」
「え"っ、だったらなんすか……」
「ハルト坊ちゃんから、不真面目っぽい奴って聞いてたからすぐ分かったぜ」
騎士の男は嬉しそうに笑い、こちらに何かを期待しているようだった。
「名乗れよ」
「そっちから名乗って下さいよ」
「俺はウィスタリア騎士団。ラインハイト・ネメシアだ」
「ジン・タチバナ……」
「『王の力』の打点ってきいてんだが、強いのか?」
「さぁ……?」
「試させろよ」
「嫌ですよ。仕事中だし……」
「釣れねぇ、騎士大会は?」
「騎士大会? もう終わったんじゃ?」
「秋だよ」
そんなものもあったなぁとジンは思いを馳せた。騎士達の実力を誇示する大会は年に2回あり、一つは春、若輩騎士向けの個人戦。もう一つは秋、年齢制限のない集団戦がある。ジンは個人戦を二連覇したが、秋の集団戦はチーム戦となるため呼ばれもしなかった。
「しらないっす」
「は? でないのか?」
「去年呼ばれなかったんで……つーか、個人戦は?」
「そん時はまだ未完成だったんだ。『タチバナ』が来るって聞いて完成させたんだぜ。試させろよ」
「何を……」
「俺の異能だよ。どれかはネタバラシになるからいわねぇ」
「……」
「なんで黙るんだよ」
「【未来視】か【認識阻害】のどちらかっすね」
「はぁ!?!」
単純な消去法だ。【服従】は強力だが、そもそも『タチバナ』を認知している時点で効力が無いことは知っている筈で、【読心】も、対面で読めていないならあり得ない。戦って試さなければならないなら【千里眼】もなく、【細胞促進】は活用するのなら戦時向けだ、そして【身体強化】は、そのシンプルさゆえに「完成」と言う形を持たない。
ここで絞れるのは、戦闘時に活用できるか否かの異能で【未来視】か【認識阻害】になる。
「やるじゃねーか」
「まぁ今日はこのぐらいで……」
「秋に出て来いよ。ウィスタリアの本気を見せてやる」
【未来視】だろうとジンは確信していた。ウィスタリア公爵へ預けられる異能は【未来視】だからだ。
人がまばらな花畑は景色を楽しむ観光客ぐらいしかおらず、皆がとても優しい表情で過ごしている。
ククリールはそんな様子を浮かない表情で眺め不思議にも思ってしまった。
「ククは、ローズマリーに来たことあるの?」
「そうね。前に来たのは家族旅行かしら……」
「久しぶり?」
「……えぇ、前はもっと内陸の方だったけど、とても楽しかった」
「今回は……」
彼女は笑ってくれた。キリヤナギは思わずギョッとしたが悪い意味ではないようにも見える。
「とても、楽しいですよ」
「よかった。……来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お誘いありがとうございます」
「あの、敬語は別にいいよ? 友達だし……」
「それは、体裁もあるのだけど……」
「難しい?」
「努力はしてみます」
無理をさせてしまうだろうかと、キリヤナギは少し不安だった。しかしこちらの要望を聞いてくれる彼女は、春には想像もできず心が躍ってしまう。
話していたら、庭園の噴水広場へと辿り着きそこには数匹の鳥が水を飲んでいた。彼は嬉しそうにそれを観察し、隣に座っても逃げずククリールは少し驚いてしまう。
「ここ座っていいって」
「鳥と話してるの??」
「ち、違うけど……」
ククリールが座っても、確かに鳥は逃げなかった。それどころかキリヤナギの肩や頭にのって寛いでいる。
「飼ってるの?」
「飼ってないけど、子供がこわいから隠れたいのかも?」
「どうしてわかるの??」
キリヤナギは上手く応えることができなかった。動物が寄ってくるのは子供の頃からで、迷子になってもカラスに助けられたり、落とし物をしても野良犬が拾って届けてくれたこともある。
そんな経験からキリヤナギは動物とは「助けあうもの」と言う認識だが、回りからは稀に忌避の目で見られることもあった。
「……」
「ぼ、僕もよくわからなくて……」
ククリールは何一つ理解できていないようだったが、うとうとしている鳥の顔を見ると聞こうとする気も失せてしまう。
「そう言うものと理解しておきます……」
「ありがとう……」
触ろうともしないククリールへ、鳥達は少しだけ興味を持ったようにも見えた。
ローズマリー庭園の観光が終わる頃にはもうすでに日は暮れかけ、キリヤナギは一度ローズマリー家へにも挨拶を終えた後、再び別宅へと戻った。
別宅を管理する使用人達は引き上げ、騎士と貴族達だけどなったその場所へ、皆は庭へバーベキューセットを持ち出してセッティングを始める。
「セシル、これもしかしてバーベキュー?」
「はい、ローズマリー公爵とツルバキア家の方から是非食べて欲しいと差し入れをいただきました」
「ツルバキアって、宮廷騎士の?」
「ええ、彼らは昔、傭兵騎士として仕えられておりましたが、現代ではローズマリーで商家として活動されているそうです」
「リーリエ・ツルバキア大隊長閣下のご実家ですね」
「へぇー」
大半はお肉だが、野菜だけでなく沢山の果物もありテーブルは彩り豊かだった。
多少のお酒も用意されていて、好きに飲んでも構わないらしい。回されてくるからのグラスにキリヤナギはワクワクしてくる。
「こう言う雰囲気初めて」
「ご家族では味わえないものだと思います」
グラスの次に回されたのは串だった。ここに好きな食材を指している皆にあわせ、キリヤナギも野菜を刺してゆく。
「肉もっとささねぇの?」
「ヴァルは肉ばっかりじゃん」
「ツバキさん。串は慣れないので焼けたものを切って下さいな」
「かしこまりました」
「私のも頼む」
「おまえら……」
暗くなってくる庭へ照明がつけられ、皆の食材が音を立てて焼かれてゆく。プリムとセオが、サカキの騎士を含む全員へ飲み物を渡し終え、高らかに声を上げた。
「皆様この度は、殿下のご旅行へご同行頂きありがとうございます。先程のローズマリー公爵との会談から、公務の全ては終了致しました。よって明日からは、本格的な旅行期間となります。皆様是非お楽しみください。また、本日はローズマリー家とツルバキア家より、是非嗜んで欲しいと新鮮な食材を提供していただきました。明日の海に備え、どうか好きなだけお楽しみください」
「騎士の皆も?」
「はい、お酒は少し制限を設けておりますが、日をずらして決めております」
「よかった」
「では皆様、二日間ありがとうございました。これより殿下の久しぶりの旅行へ乾杯!」
サカキの騎士達を含めた、皆のバーベキューパーティがグラスを当てる音と共に始まってゆく。学生達だけでなく、アゼリア隊や親衛隊も初めての飲み会のような雰囲気で、皆自己紹介などで盛り上がっていった。
ほぼ肉ばかり食べるヴァルサスとか、野菜ばかり食べるククリール、カクテルを楽しむアレックスなど個性豊かで、観察しているだけでも楽しい時間を終えてゆく。
そんな賑やかなバーベキューパーティを終えた皆は、片付けをすると言う騎士達を残し、その日の汗を流しに向かう。
マグノリア領とは違い騎士全員は来なかったが、キリヤナギ、ヴァルサス、アレックスの三人は、ジンとセスナと共に広い別宅の浴場へと現れた。
「マグノリアだったら女湯あったのに、なんでこっちにはないんだよ……」
「マグノリアは慰安旅行的な別宅なので広いんですけど、こっちはレジャー向けなので庭とプールに敷地を取ってるんですよね」
「説明しなくていいぞ? セスナ」
「ここたしか庭に繋がってるんだっけ?」
「はい。海からでてすぐ入れるようになってます。って殿下、今はダメですよ!」
「流石にないだろ……」
考えると恥ずかしくなり湯船に顔をつけてしまう。マグノリアのものより狭いが、ホテルの大浴場並みの広さがあり、ヴァルサスはやはり困惑しかできなかった。
「聞きそびれてはいたが家族は息災か?」
「え、はい。いつもお世話に……」
「二人って意外と親しい?」
「殿下、僕、マグノリア領出身で宮廷に入る時に推薦して頂いたのです」
「そうだったんだ……」
「毎度【読心】は、その使用者へ多大な負担を強いるからな、元気そうなら安心したぞ」
「僕は、セシル隊長と出会えたので大丈夫ですよ」
「負担? リスクとかあるんです?」
「ヴァルサスさん。僕。普通の人より【読心】の届く範囲がちょっと広いタイプなんです。だから余計な声きいちゃってないか心配される時あって」
「へー……」
「相手の認知範囲で読める人間レーダーみたいな? もちろん制限はあるんですけど」
「認知範囲……?」
「【読心】でも心の読める範囲には制限があるんすよ。読まれる側が、読む側の存在を認知しないと読めないというか」
「流石の『タチバナ』。詳しいな。簡単に言えば有名になればなるほど【読心】は多くの人の心を読める。存在を知られることが大前提と言うことだ」
「『王の力』って意外と複雑?」
「ゲーム的に言うと『仕様』みたいなものです。でも人間が使うので、稀にセスナさんみたいな人が出ると言うか」
「しよう……??」
「優秀なんだな……」
「照れますね……」
王子は首を傾げながら、湯船に浸かっていた。
「ならこうして『タチバナ』と二人で配置されているのは索敵が目的か」
「はい。もし能力者がきても、ジンさんがいればなんとかなるので相性が良いかもしれないです」
「いいっすか……?」
「僕、ジンさん大好きですよ? 殿下が気に入ってるの分かります」
「え??」
「セスナわかってくれる?」
「だってこの人、殿下の事しか考えてなかったですもん。自分が輪を乱さないかとか、親衛隊のみんなを怖がらせないかとか……」
体を洗っていたジンがフリーズしていて、セスナは我に帰った。キリヤナギがニコニコしていて、やってしまったとすら思う。
「そう! ジンはそんな感じ!!」
「セスナさん!! 勘弁して下さいマジ!!」
「ジンさんはもっと口にだしていいですよ、誤解生んでますって」
「なんか俺、ジンさんがかわいそうに見えてきた……」
「騎士隊の愛情表現なんじゃないか??」
髪を洗いながら項垂れているジンを、セスナが洗い流している。ここまで言われて怒らないジンは、やはり優しいのだろうと、ヴァルサスとアレックスは納得していた。
明日はいよいよ海が控え、キリヤナギは寝室の窓から見える僅かな海に心を躍らせる。リビングにはすでに、膨らませてある浮具もあって準備は万全だ。
遊び方を調べる為にデバイスを触っていると、次第に眠くなってそのまま意識を落とす。誰もが皆明日は楽しめればいいと心待ちにしていた。
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