第35話 列車の旅
線路を辿りながら国境沿いのロータス川と並走した列車は、車窓から広大な川を眺めることができ、奥にうっすらと見えるのは隣国のガーデニアだ。
川が見えたと言われて起こされたキリヤナギは、もう一度楽しそうに窓から身を乗り出して写真をとる。
「昼食はどうされますか?」
「食べる食べる」
「王子だけだぜ、さっさと行け」
「え、う、うん」
「お気になさらず」
昼食を済ませて居ると、アナウンスからまもなくマグノリア領のモクレン町へ到着すると伝えてくれる。
午前に沢山寝てしまったことが残念だが、お陰で疲れもなく意識がはっきりしていた。
「ローズマリー行きに乗り換えするんですか?」
「乗り換えと言えば乗り換えですが、この専用車両が明日の夜に発車するローズマリー行きへと連結されるので少し語弊がありますね」
「すげ……」
「明日の夜に乗車するまでの間は、再乗車ができないので忘れ物には気をつけて」
特に荷解きもしておらず、キリヤナギは心配もしていなかった。スピードを落とし徐々にホームへ入ってゆくと、まるで行列のような人だかりができていて、キリヤナギは驚いた。
大きな機械を肩に乗せるのは、マグノリアの地元メディアにみえる。
「き、きてる」
「日を公開したのだから当然では?」
「あれ王子のファン?」
「貴方以外と人気あるのね……」
市民に見つかると囲われるぐらいには知名度がある。首都では、メディア慣れしていないことを知る市民もいて、テレビに出たことを褒められることもあった。
「何か喋った方がいいかな?」
「喜ばれるでしょうが、迎えを待たせて居るのであまり……」
既に駅前には、送迎用の自動車が到着していて、交通を圧迫しているらしい。迷惑がかかっているなら立ち止まれないと思い、キリヤナギはその日は手を振って応じていた。
マグノリア家が手配した自動車は3台あり、キリヤナギはアレックスと席を並べて公爵家へと向かう。
「結構大掛かりだけど……」
「公開旅行ならこのぐらいは当然だ。堂々としていればいい」
「故意だよね」
「当たり前だ、部下が上司を持ち上げなくてどうする?」
思わず頭を抱えてしまった。アレックスは、キリヤナギが質素なことが好きだと分かっている。分かっているからこそのこの歓迎は、軽い当てつけだからだ。
「マグノリアでの王子殿下の人気はアイドルだ。旅行の告知を出しただけで問い合わせが殺到。これ以上のチャンスはない」
カーテンを除くと窓の外には、国章を振る市民がかなり居て震えてしまう。ここまでやるのは、「王子を重宝している」と市民へと誇示したいアレックスの政略だ。
「せ、政治利用……」
「私を誘うとは、『そういう意味』だぞ。ここは学校ではないからな」
言い返せなかった。貴族と貴族ならば、お互いに利用し合うことは日常で驚くこともない。
「気分を害したか?」
「うーん、むしろ潔くて安心した」
「はは、よくわかってるじゃないか」
知らずに利用される方が不快になる為、分かりやすいのは助かる。それは公開旅行の時点で、ある程度覚悟はしていたからだ。
マグノリア領モクレン町は、公爵が住居を構えており、首都並みに街は発展しているが、高度文明の四角い建物とオウカ国の文化家屋が混在し、まるで時代の狭間に来たような気分にもなる。
キリヤナギは、流れる景色を動画や写真へと収め、アレックスと共に公爵家へと向かった。
邸宅へ辿り着くと、セオが扉を開けてくれてキリヤナギは公爵との公開会談のための準備を行う。ククリールもラグドールとヒナギクに付き添われて準備をする様子に、ヴァルサスは困惑を隠せなかった。
「お、お前ら何やってーー」
「貴様もテレビにでるか?」
「え"っ」
「出ないなら、着替えだけしてここで待っていろ」
まるで嵐のように駆け回る使用人達に、ヴァルサスは何も言えない。マグノリア家の使用人いわれるがままスーツと着替えさせられ、ヴァルサスは広い部屋にお茶をだされ待機させられた。
「ヴァルサスさん、お疲れ様!」
「あ、え、リュウドさん。だっけ?」
「うん、心配で見に来た」
リュウドはさっきまで私服だったのに、今は騎士服を纏っている。しかし周りが慌ただしすぎて何もできなかった手前救いにも思えた。
「な、何がおこってるんですか?」
「殿下の挨拶の準備をしてるんだよ。マグノリアに来たよって言うのをメディアに撮ってもらうんだ」
「あぁー」
「握手するだけだけど、テレビみてない?」
何年かに一度、視察に行ったと言う王がメディアに流れていた。握手しか流れないが、これが裏だと思うと狂気すらも感じる。
「アレックスさんと殿下、大学で仲良いならそれも撮ると思うし、しばらくかかるかも」
「俺、どうしたら……」
「スーツなら映り込んでも大丈夫だろうし、見学できると思うけど?」
はっとして、アレックスの気遣いに気づいた。スーツを着せられたのは「自由にしていい」と言う意味だったのだ。
「でも、そのスーツ本当に普通のスーツだから、暇そうにしてるとメディアにマイク向けられるだろうし、スケジュールとか話さないように気をつけて」
「ま、まじ?」
「細かいスケジュール分かったら多分、旅行が終わるまで張り付かれるし? 俺ら騎士は、メディアも『話さない』って分かってるからスルーなんだけど」
感心もしつつ身に刻みつける思いでヴァルサスはリュウドの話をきいていた。そして、人の隙間を縫うように屋敷の散策へと赴く。
その道中の庭園に、花園をバックにしたククリールが、メモを取る記者に囲われていた。
「ここ最近、大学にて王子殿下の関係性が噂されておりますがお付き合いされているのですか?」
「まさか。私はただマグノリア公爵殿下との関係性がきっかけで、お目通りがかなっただけですわ」
「マグノリア殿下との関係性も噂されておりますが……」
「二人はよき学友です、強いて言うなら、私が歴史学専攻で王子殿下が『教えてほしい』と声をかけてくださったぐらいですわ」
「それは、王子殿下が貴女を意識されていると言う事でしょうか?」
「さぁ、存じませんね」
手慣れていてヴァルサスは絶句していた。メディアの歓びそうな内容をぼかしながら話す彼女は、王子とは真逆で『メディア慣れ』しているとも言えるからだ。
顔を撮影しないと言う条件で、撮影にも応じたククリールは、日笠を指す様子をメディアへ撮らせ満足度そうに笑っている。
ヴァルサスは見つかる前にその場を離れ、一際人が大勢いる方向へと足を伸ばした。リュウドに道を開けてもらいながら奥を覗くと、広いホールで向かい合い歓迎を受ける王子がいた。
広間で要人たちに囲われながら笑顔を見せる彼は、正にテレビを見ているようにも錯覚してしまう。
夢中でみていたらいつのまにか日が暮れ、場は夜会へと映ってゆく。旅の疲れがあるとして早い目に切り上げられるとも言うが、長時間の移動からほぼ休憩なしのスケジュールにヴァルサスはげっそりとして、テーブルへ腰掛けていた。
「ヴァルサス……」
疲れて目の前に並ぶ料理も手がつけられずにいたのに、突然名前を呼ばれて驚く。久しぶりのその声に、恐る恐る振り返ると見慣れた男性騎士がいたからだ。
「……お、親父!」
「よく来たな」
少しだけ嬉しくなる自分がいて、情け無くもなる。貴族ばかりのこの空間に孤独を感じずにもいられなかったからだ。
「寂しかったか……?」
「さ、寂しくねぇよ!」
ヴァルサスの父、サカキ・アゼリアは、そんな息子の本音を察したようだった。
「アゼリア卿!」
はっとして2人が振り返ると、グラスを持つ王子とアレックス、そして豪華な礼装の男性がいる。
サカキが深く頭を下げるのは、この二人の位が自分より上になるからだ。
「こんにちは」
「王子殿下、ご機嫌麗しゅう。公爵閣下もおそろいで」
「アゼリア卿。定時から呼び出してすまない。顔を出してくれて光栄だ」
「お気になさらずに、殿下へお目通りが叶ったことを光栄に思います」
同席しているのは、エドワード・マグノリア。アレックスの父にあたり、このマグノリア領を収める領主でもある。
「貴殿がヴァルサスか、普段経験できない空気だろうが、楽しんで行くといい」
「あ、ありがとうございます」
「エドワード閣下。明日よりこのサカキ・アゼリアは、王子殿下の護衛任務のためマグノリアを離れローズマリーへと同行します」
「あぁ、話は聞いている。相変わらず宮廷は過酷だな、休みぐらいあっていいものだと思うが」
「ローズマリーにて、休暇を頂いておりますので問題はありません」
「休暇というのか? それは」
どうなのだろうと、王子も首を傾げていた。公開旅行で、騎士達も交代で休んで良いとも聞いていたが、自由な時間かと言われればそうではないとも思えるからだ。
「ふ、王子殿下の問題ではありませんよ」
考えていたら【読心】で読まれてしまい、コメントに困ってしまう。アレックスの父、エドワード・マグノリアは相手の心に寛大で、どんな本音を心へ抱いても笑って許してくれる。それは口や行動にでなければ、考慮する意味はないと考えているからだ。
「サカキさんは、セシルとは話した?」
「いえ、今来たばかりでまだお会いしておりません」
「先程一旦外していたので、間も無く戻るでしょう。アゼリア卿とは明日また私を交えての会議も予定しております。焦らずとも」
「そっか、わかった」
「……ヴァルサスは大丈夫か?」
アレックスの言葉に皆がヴァルサスをみると、顔に過労が出ていて戸惑ってしまう。また隠そうとしているのもわかって言葉に迷ってしまった。
「だ、大丈夫です」
「あまり無理をするな」
「王子殿下、お付き合い頂き大変光栄ですが、おつかれでしょう。この夜会も間も無くお開きですので無理されず」
「ありがとう。他に挨拶が必要な人はいるかな?」
「すでに一通り終えられました。私の友人をご紹介できて満足しております。続きは明日にでも」
「わかった。ありがとう、エドワードさん」
「このマグノリアでのひと時をどうぞお楽しみ下さい」
ヴァルサスは大きく安堵し、王子はククリールにも声をかけ一旦、夜会の会場から撤退した。煌びやかな衣装のまま騎士達と共に自動車へと乗り込んで行く中で、アレックスも同行する。
「先輩は家にいなくて平気?」
「友人なら、最後まで付き合えとも言われている。迷惑なら遠慮するが」
「ううん。旅行って感じがして嬉しい」
「光栄だ」
日が暮れたマグノリア領は、灯りのついた建物が流れ、思わずずっと眺めてしまう。アレックスとキリヤナギ、運転する二人の騎士だけの自動車で、キリヤナギはふと思い出して口を開いた。
「そういえば、【読心】は借りた?」
「借りていない」
「え」
「そんなものがなくとも、私は今の地位に満足している」
思わず言葉に詰まってしまった。
キリヤナギが奪取した【読心】はアレックスへ、確固たる立場を与えていたのに彼はそんなものはもう要らないと言ったのだ。
「いいの?」
「別に読まなくとも、王子の行動が信頼できるものであると判断した。生徒会での働きは期待している」
アレックスに言われると照れてしまう。キリヤナギは何も言い返せないまま、その日宿泊予定の王家の別宅へと辿り着いた。数名の使用人しか居ないこの別宅は、マグノリア公爵が管理していて王家がいつでも泊まれるよう常に美しく保たれている。
夜会で既に夕食が済んでいる皆は、各々の寝室へ荷物を置いた後、この別宅で自慢の大浴場を堪能することになった。
「こんな大勢ではいるの初めて!」
「まじかよ……」
「そうだろうな……」
「はは、旅行の醍醐味ですからね」
旅館やホテルなど、一般の宿泊施設が利用できない王子の為に、騎士達は少しでも雰囲気をわかってもらおうと、その日は騎士隊と共に入浴をしようと言う事になった。
セオを除いた男性騎士と共に入りに来た王子は、服を脱いで行く皆に恥ずかしさを感じながらも、楽しそうに後へと続く。
「すっげ、なんだここ広すぎだろ!」
「王家の別宅は各領地にあるのですが、このマグノリアは、慰安旅行をコンセプトに建てられているので、この浴場はとても広く作られてるんですよね」
「僕の子供の頃のおもちゃもある。残しててくれたんだ!」
湯船はプールのように深いものから広く浅いものもあり、皆で入ってとのびのびと足を伸ばすことができる。
自由にしても良いと言われた騎士達は、早速湯船に浸かってみたり、洗い場に行ったりと個性豊かだった。
おもちゃを持ち出したキリヤナギは、いつも声をかけてくれるヴァルサスが湯船でぐったりしていて、恐る恐る横へ浸かる。
「ヴァル、大丈夫?」
「疲れた……。つーか、なんでそんなケロッとしてんだよ」
「疲れたけど、いつも通りだし……」
「場数の違いだな」
「なんか本当に生きる世界ちげーわ、おまえら……」
しかし、湯に浸かると徐々に疲れが抜け思考がはっきりしてくる。水面にアヒルの親子を浮かべて遊ぶ王子にあきれつつも、逆側で浸かるアレックスにも過労がみえて疲れていないわけではないと理解する。
「お前らの荷物多い理由もわかった」
「ヴァルって着替えぐらいしか持ってきてなかったんだね。確かに普通そうかも」
メディア向け撮影や夜会用の衣服の為、王子とアレックス、ククリールは衣服が何着も必要なのだ。数着に妥協したとしてもそのような衣装は嵩張り、自然とケースが大きくなる。
「私も王子と肩を並べるためにも妥協できなかったからな」
「先輩、ありがとう」
「貴族として当然でもある」
「俺だって言ってくれたら持ってきたのにさ」
「招待した相手に気を遣わせたくなかったのでな」
ヴァルサスに来いと言ったのは、アレックスだ。彼はその責任を果たすべく彼が自分たちと同じサービスを受けられる努力をしている。
「なんかちょっと憧れたけど、やっぱり俺平民でいいわ」
「どうしたの突然」
「平民は気楽だぞ、毎日が自由だからな」
語弊はあるが、アレックスの言う通りだと納得もしてしまう。今この時間まで、移動時間を除けば貴族の三人の自由時間などほぼなかったからだ。権力や地位がある分だけ、貴族は自由を捧げ平民達が安心して暮らせる社会を作っている。
ここで言うのならマグノリアへ王子が来た事で、彼の存在をメディアを通して市民に見せ公爵家と王家の繋がりを誇示する、また、嫡男との関係性も報道し、その地位は未来にまで続くと言う「安心」も伝えたと言うことだろう。
これが必要な事で、首都から出るたびに強いられると思うとヴァルサスはとても想像ができず「やりたくない」とも思ってしまった。
プライベートのほぼない環境に息が詰まりそうだが、そんな重みを感じさせず湯船を楽しむ王子に何故か気も抜けてしまう。
「好き勝手言って悪かったよ、反省するわ」
「え、何が?」
「大変なんだなってさ」
「僕、そう言うのに気を遣われても困るんだけど……」
「ならもう普段通りでいくわ」
「うんうん」
湯船の隅には、勢いよく水が噴き出すジャグジーもある。アレックスが先に見つけ、キリヤナギと二人でくつろいでいた。
二人の様子を観察しつつ、ヴァルサスは広い浴場を見渡しながら小声でのべる。
「所でさ、これ女湯どっちなんだよ」
「たしかあっち? なんで?」
「男のロマンだろ?」
「どんなロマンだ!!」
キリヤナギは首を傾げている。
遠くで聞いていたリュウドは何かを察したのか湯船に浸かったまま得意げに述べる。
「んー...... なるほど。それならヴァルサスさん、俺も行こう」
「ロマン?」
「ほ、本気っすか!? やめた方が……」
「し、死にますよ?」
ジンとセスナの警告にヴァルサスは、不敵に笑うだけだった。セシルとグランジは、まるで聞こえないふりをしている。
「リュウドさん。ノリがいいですね」
「男だし、こう言うのには参加しないとな」
「い、いいのか?」
「ねぇねぇ、ロマンって?」
「おこちゃまはそのまま遊んどけ」
「おこちゃ……ひどい、なんで!!」
「いやいや、ここは殿下も仲間に入れてあげよう。こっちきて殿下」
リュウドに呼ばれ、ヴァルサスと共に湯船を出る。女湯側の壁は上部が吹き抜けになっていて、うまく足場が取れれば登れそうだった。
湯船に残ったジンとセスナが震えながら観察していて、キリヤナギは首を傾げてしまう。
「何するの?」
「覗くにきまってんだろ」
「え"」
「興味ねぇの?」
「無いわけじゃ、ない、けど……」
「王子、無理するな」
「殿下! こういう事も経験だよ。一回はやってみて損はない!」
ヴァルサスは気にせず登れる場所を探して足をかけてゆく。リュウドの言葉が信じられないが、手を引かれるまま壁に誘導されてしまった。
湿度が高く滑りやすいはずなのに、ヴァルサスは器用に登ってゆく。聞こえない振りをしていた騎士達も横目でみながら、我関せずを貫いていた。
するすると登ってゆくヴァルサスに、アレックスは静止を兼ねて叫ぶ。
「猿か貴様は!」
「アレックスも来いよ。意外といけるぜ?」
「誰がいくか!」
「ヴァ、ヴァル。あぶないって!」
「平気平気」
「殿下。ここ意外としっかりしてるし、のぼるならここからだな。あ、そこは足滑りそうだから気をつけて」
「若いねぇ」
「隊長、命知らずですよ……」
「い、一応警告したし?」
「……」
グランジも珍しく寛いでいる。
キリヤナギが、リュウドに言われた場所へ足をかけると、滑りにくくなっていて上れそうに思う。
しかし、さっき別れたククリールを思い出し、色々想像して恥ずかしくなってしまった。うーんと唸り足が止まるキリヤナギを、リュウドが支えるように押し上げてくれる。
先に登り切ったヴァルサスが、顔を出そうとした時、唐突に飛んできた矢が彼のこめかみを掠め、天井へ当たり折れて床へ落ちた。
何が起こったか分からず、登りかけたキリヤナギ、リュウドも青い顔で固まる。ヴァルサスがしばらく動けない中、逆側で体を洗っていたヒナギクが、護身用の弓を携えて警戒していた。
「ヒナギクちゃん、お風呂で弓はあぶないよ」
「いえ、ここにネズミがいてはいけないと思いまして」
「物騒なことするのね」
ククリールの髪を洗うラグドールが、神経を尖らせるヒナギクに困惑していた。ヴァルサスは、自身の反射神経に感謝しながらそっと湯船にもどる。
「俺、生きてる」
「バカなことをするからだ」
「ぶ、無事でよかったですね……」
「ヒナギクってお風呂にも弓もってきてるんだ。すごい……」
「殿下、そこ関心するとこじゃないっす」
「何ごとも経験だね」
「それもなんか違う気もしますが……隊長がいうならまぁ」
「ヒナギクさん怖え……」
「……」
セシルが見ないふりをしていて、キリヤナギも恥ずかしくかり、素直に湯船へと戻った。リュウドはヴァルサスを慰めに行き、アレックスはキリヤナギの横で溜息をつく。
入浴を終えたキリヤナギは、ヴァルサスと同室の部屋を割り当てられ、早速ふかふかのベッドへと飛び込んで堪能する。ほてった体と冷房の効いた部屋、ひんやりした布団はとても心地がいい。
「寝そう〜」
「そいや、列車でも聞いたけど『王の力』貸し借り? あれどう言う意味なんだ?」
「あぁ、『王の力』ってね。元は僕の先祖が作った力だから今は父さんの物なんだけど、それは人に貸す、『貸与』することで初めて力を発揮するんだよね」
「ふーん」
「僕ら王族は、『王の力』は使えない代わりに『命令』をすれば、返してもらう事もできる。だから貸し借り」
「へー」
「オウカだと力の原本はまず父さんがもっていて、それを公爵へ預け、そこから騎士へもう一度貸与されてるかな? 公爵は無制限に貸与できるけど、公爵から貸与された人には、個人差で回数制限があって闇雲に貸与したら、自分が使えなくなるんだって」
「個人差?」
「人によって個数が違うんだ。ある人は五人だったり、違う人は十人だったり?」
「管理めちゃくちゃ大変じゃん」
「うんうん、だから異能の管理は、公爵に書面で記録してもらってて問題があれば、宮廷騎士団で対応するってことになってるかな? セシルはこの仕事の大部分引き受けてて、僕の親衛隊になるのはある意味都合が良かったみたい」
「ふーん、確かに詳しそうに見えたけど」
「盗難されてないか定期チェックもしてるみたいだし、もしかしたらセシルって騎士達の誰がどの力もってるかある程度把握してそう」
「そんな大変なのに、王子の親衛隊もとかやばくね?」
「うんー、だから最近は大人しくしてる」
「最近??」
はっとして、キリヤナギは目を逸らした。その意味深な態度にヴァルサスは困惑している。
「王子、程々にしろよ」
「は、反省してるから……!」
キリヤナギはそのまま寝たふりをしてしまった。ヴァルサスも過労が限界で、横になると自然と眠くなってくる。
キリヤナギが気づいた頃には、ヴァルサスは寝てしまっていて初めての友人との相部屋に新鮮な気持ちにもなっていた。
「なんで貴様なんだ?」
「え、ご、ご不満です??」
アレックスの布団を整えつつ、ジンは睨んでくる彼にしどろもどろしてしまう。
「俺は一応、今晩の見張りなので」
「王子の部屋はどうなってる?」
「ヴァルサスさんと相部屋です」
「王子の扱いとは思えないが……」
「え、えーっとぉ……」
言葉に詰まってしまう。本来ならばここは個室でなければならないからだ。
「言いたい事は分からんでもない。確かに現情勢をみれば今ぐらいしかこんな事出来ないだろうからな」
「うん、まぁ、そんな感じです……」
「そこまで対人関係に経験ないのか?」
「俺は幼馴染でも距離があったので深くは知らないんですが、友達と呼べる友達も俺らぐらいしかいないって」
「本当の意味で箱入りか、哀れでもあるが確かに私が王ならば、そうせざる得ないのもわかる」
これは年相応の経験ができなかった王子へ、平凡な楽しさを知ってもらおうというセオの提案だった。
騎士学校ですら遠征という名目上、他の領地へ研修へ行き、多少の自由時間もあるのに王子はそれすらも参加ができないまま卒業して今に至るからだ。
年齢が上がれば上がるほど時間も限られ、王や王妃がいたなら許されない事ではあるが、この旅行を介して王子はようや腐る人並みの自由を手に入れたと言ってもいい。
「いつまでいる?」
「え、すいません。俺は入り口で立ってますので、ご入り用なら鈴を鳴らしてお呼びください」
「騎士なのに、ご苦労だな」
使用人をほぼ連れてこなかった一行は、騎士が使用人の代わりとして動いている。ジンもここにくる前、セオからある程度レクチャーを受けたが、点数で言うと40点だった。最悪見張りだけさせると言われてきたのに、アレックスが寛容で今夜は担当させてもらえることになっていた。
*
「ククリールお嬢様。本当に美しい黒髪をお持ちですね」
「お世辞は好きでは無いのだけど」
「とんでもないです。私、こんなに綺麗に管理できないので」
入浴から戻ったククリールは、ラグドールとヒナギクを部屋に招き、ドライヤーをかけてもらっていた。部屋の照明をわずかに落とした部屋は、暖かい色に染まり、窓からは月明かりが差し込んでいる。
「マグノリアの素材で作られた化粧水などご用意があります。宜しければためされますか?」
「あら、ヒナギクは気がきくのね」
「光栄です。実は香水を集めるのが趣味でして、こちらもご用意が有りますよ」
ククリールは、一つ一つ丁寧に試して満足そうにしていた。優しい香りが漂う空間は、心身ともに穏やかになり心も落ち着いてくる。
「貴方達は騎士なのにプライドはないの?」
「プライド?」
「気にした事はありませんね。私は私のお仕事をこなすだけです。ククリールお嬢様はお優しいので、私も楽しいです」
ラグドールは首を傾げていて、思わず吹き出してしまう。
「楽しい人達ね。騎士じゃないみたい」
「よく言われますが、よそはよそ、うちはうちです!」
「ふふ、そうね。私も気に入った。ありがとう」
「本日はこのヒナギクが、お部屋の前で見張りをさせていただきますので、いつでもお気軽にお呼びください」
ククリールは鏡を見て、自分の肌を見ていた。湯上がりで保湿したばかりの肌は、潤いもありとても調子が良いい。
「2人から見て私と王子の関係性はどう見えるかしら?」
「お嬢様と殿下ですか? 今のところご友人止まりなのかなと言う印象ですが」
「え、そうかな? 誘われたらちょっと気があるのかなとか……」
「正直ね。でもヒナギクの言う通り、まだ友達止まりなの。ラグドールに期待させてるなら悪いわね」
「いえいえそんなことないです。確かに、こう言う話題デリケートで、気持ちが大事ですし……」
王族の旅行へと同行することは、もはや婚約を確約したとも受け取れる行動でもあり、誤解されていてもおかしくは無いからだ。
「正直、色々あって断りにくかってたのもあるのだけど……」
「そうなのですか?」
「でも、部屋を分けてくれて『気遣い』も感じてしまって複雑なの」
周りが「婚約者」のつもりで扱っているのに、本人にその気は無いとククリールは話している。言葉にしなくても良い事をあえて話すのは、ククリールなりの義理でもあった。
「……私達も殿下にお目通りが叶ってまだ一年ですが、多分殿下はお嬢様のそんな気持ちも汲まれていると思います」
「そう、かしら?」
「友達ってやっぱり対等が大事ですし、そのラインを見つけるのは時間もかかりますから、この部屋割りが物語ってるのかなって」
本当に婚約者なら同室なって当たり前だからだ。あえて分け大切に扱ってくれる女性騎士を割り当ててくれたのは、友達として最大限の配慮ともいえる。
「私も答えられるかしら」
「是非、この旅行を楽しまれてください。サポート致します!」
「ヒナギク、ラグドールありがとう」
そうして、マグノリア領での夜は更けてゆく。屋内に放されたエリィにも犬用のベットが用意され、皆は期待した旅行初日は、平和に穏やかにすぎていった。
*
ローズマリー領の南東へ位置する山岳地帯、まるで崖に挟まれるれたような場所に小さな集落が存在した。
高度な文明が持ち込まれたオウカ国は、ここ数百年で急激な文明発達が起こったが、未だ主要都市から離れた集落には行き届かず、僅かなライフラインを頼りに生活する人々も存在する。
ローズマリー領アオキ村は、暮らすものの大半が老人となり定期的に来る給水車と移動販売によって繋ぐ小さな村だっだ。
「いやぁ、助かったよ。あんたらが来なかったらもうどうすりゃいいかわかんなかったわ」
「はは、我々もお力になれて何よりですよ」
タンクトップ一枚のアロイスは、向かいに白髪の老人に対して笑みで返していた。
そこは集落にある小さな一軒家。畑を営むその男性は、農具を仕舞う巨大な倉庫を所有していたが、古かった倉庫は以前の嵐でめちゃくちゃになり途方に暮れてしまったと言う。
「俺ぁもう歳もあって家内にも息子にも、もう屋根に昇るのはやめとけといわれてなぁ。でもこの村にゃもう直せる大工はいねぇし、ほんま助かったわ」
「少し時間は掛かって申し訳ありませんでした。一応雨漏りもしないところまで修繕はできましたので、当分は問題ないでしょう」
「若い人はありがたいねぇ、あんなハイカラなもんも初めてみたわ。あんた工作も得意なんだなぁ」
巨大な倉庫は、昔家畜の飼育に使われていたらしく、アロイスは飛行機の格納に使えると踏んだ。そして数週間かけて倉庫を修繕する代わり、しばらくの間飛行機を置かせて欲しいと条件を持ち出したのだ。
「幾らでもいてくれや、壊れてんなら材料は沢山あるで、山だからな!」
「助かります。今困っているのは燃料でしょうか……」
「燃料か、ガソリンでいいならうちのコンベアの使ってもええぞ」
「それは、助かります」
アロイスは注がれた酒を煽り、クードは毛布を羽織りながら呆れて見ていた。元貴族のクードは、合流した当初、国境で怪しまれないよう新品のスーツできたのに、ここ数週間のサバイバルと集落生活でぼろぼろ、泥だらけになってしまって居る。
「あんちゃんも、アインズさんみたいに開き直ってええんやぞ、そんな泥の服着てんと着替えや」
「そうですよ、グレイス」
「……」
アロイスはアインズ、クードはグレイスと偽名を名乗っているが未だ呼び名になれず反応ができない。
「は、はい。助かる……」
「はは、謙虚だのう」
マリアは、リリスとも名乗っていた。彼女は男性の妻の手伝いに席を立ち、洗い物や家事を手伝っては酒のつまみも持ってきてくれる。
「しかし、主要都市はあれほど賑わって居ると言うのに何故あなた方はこんな辺境に?」
「ふーん。それ知らないのはあんた外の人かい?」
「これは鋭い、私は東国人でオウカの研究をしておりまして」
「はー、なるほどな。あんなのに乗ってくるから通りで不思議な奴だとおもうわけだ」
クードがヒヤヒヤして聞いて居る中、アロイスは笑っていた。そして、男性の声のトーンがおちたことに少し驚く。
「ここはなぁ、かつての文明迫害で追いやられた子孫達の隠れ家みたいなもんよ」
「文明迫害?」
「おれぁ、もう知らんけどな。もう数世紀前の話か? ここがオウカになったとき、初代のサクラ王は、元の文明を根こそぎなくそうとしたんだ。そんで、それに反発した国民を文明維持を名目にこんな辺境へ押し込めたんだ」
「……なるほど」
「まぁ、そりゃ当時は反発したが俺らの先祖は、超能力に太刀打ちできなくもあってどうしようもなかった。そいでも当時の王は、移した責任を取ると言って村の整備もしてくれたんだが、みるみるうちに発展してく他街ながめてたら、思う所もあってなぁ」
「……なるほど」
「俺らの先祖には、オウカ家を恨みながら死んでった奴もおるし、今更本格的に乗っかる気にもなれなぐて、ここまできてもうたな。今でこそ面倒みてくれるローズマリー公爵には頭はあがらんが、オウカ家は好きになれんでな」
笑いながら語る男性に、クードは複雑な心境を得ていた。
文明迫害の歴史は、もう数百年前に王族は非を認め、国民へ謝罪しその子孫達へ街での生活の保証を行なっているからだ。発展した都市への移転や暮らしの保障は、移り住んでから二世代まで認められ国家的には解決したとされている。つまりこの男性がここへ住み続けるのは、老人であるが故の意地もあるのだろうとクードは思う。
「こんなクソ田舎で電気と水ぐらいしかなく、火は自分で起こさんとやが、生まれ故郷やしここで死にたいしの」
「素晴らしい覚悟です」
「はは、アインズは話がわかるのぅ」
高らかな笑い声が響き、アオキ村の夜は更けて行った。クードが男性に勧められた薪起こしの風呂へはいる最中。アロイスは飛行機を見てくると言って、マリアと合流する。
「王子が、マグノリアに来たそうよ」
「やっとか、思いの外長かったな。首都は?」
「連絡役から返事が来ないから、何があったのかもしれない」
「掃除が始まったか。まぁ、今更遅いが……、こちらは逃げ出した仲間と数日中に合流できそうだ」
「どうする?」
「せっかくだ、歓迎して旅立とうじゃないか、リリス」
その冷ややかな目にマリアは、思わず目を逸らしてしまった。ならず者の自分達を彼らは何も聞かず、ただ助けてくれたと言うだけで受け入れてくれた彼らへ、アロイスは何かを考えている。
「もうしばらく、お世話になりましょう」
この男は、何をするか分からないとマリアは、思わず黙ってしまった。自分が無事に逃げ出す為に、長く潜んでいた同胞を全て使い捨てにした彼は、この街の住民すらも使い捨てにしようとしているからだ。
「えぇ、先に戻ります。おやすみなさい」
「あのつまみはとても美味しかったです」
先程持ち込んだつまみは、男性の妻が作ったものだ。マリアは返事も返さないまま、その日の寝床へ戻ってゆく。
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