第34話 いざ! 旅行へ!
夏の爽やかな日差しが注ぐオウカの国で、騎士棟の首都が見渡せる巨大な窓を眺める初老の男がいた。
堂々とした彼の視線の先には、遠くにこの国最大の広さを持つクランリリー駅が存在する。そこは全領地へと張り巡らされた線路が集結するまさに全国有数の駅ともいえた。
そしてその日。夏休みを迎えた王子は数年ぶりに首都の外へと旅行へと向かう。駅を眺めるクラーク・ミレットは、かつての部下へ、全て賭ける思いで見送っていた。
「クラーク」
「……アカツキか」
外を眺めるクラークの横へ並んだアカツキは、同じく多くの建物が並ぶ街を眺めていた。文明の発達した都市はまるで血管のように自動車が行き交い、まさに生きているようにも見える。
「そろそろ立つのか?」
「あぁ、殿下を見送った後、私も向かう」
「気を遣いすぎでは?」
「嫌われている限り、出来るだけ視界に入らない努力はするものだ。貴様はもう少し配慮を知れ」
睨んでくるクラークに、アカツキは困っていた。横にいるクライヴ・シャープブルームも呆れてため息もついている。
「敵の目処は?」
「既にあるが厄介な土地だ。多少強引になるだろう」
「あまり焦るのも良く無いとーー」
「悠長な貴様に言われたくは無い。そっちは?」
「マグノリアで、アゼリア卿と合流する」
「アゼリア……私は聞かないが……」
「ご子息が、殿下のご友人だと言う」
「……貴様はそういう人選しかしないのか??」
「閣下……」
クライヴが、苛立っているクラークを制止してくれる。アカツキのこの態度は昔からだが、クラークはこの男の『緩さ』に何度助けられたかわからなかった。
「アゼリア卿の信頼と実力に心配はない。問題があるとするなら……泳げないぐらいか?」
「もういい。盗難犯は私が捉える」
「必要なら、そちらへ援護をーー」
「遅いわ! もう貴様の力など借りん!!」
「アゼリア卿はかつて『タチバナの隊』にもいて……」
「いらんわ、ボケが!!」
クラークは背中を向けてしまった。何故かガッカリしているアカツキを、クライヴはじっと睨んでいる。
ふと、クラークは立ち止まった。
「何かあればフォローはしろ」
「言われなくともーー」
立ち去るクラーク・ミレットを、アカツキは見送らなかった。残されたアカツキは、時計をみてまもなく発車する列車へと思いを馳せる。
「我々も列車が安全と確認出来次第動く」
「は、」
アカツキ・タチバナは、自身の片手にデバイスを持ち、同じく列車の出発を待っていた。
*
オウカ国首都、クランリリー領。オウカ町から南側にあるコノハナ町には、この国最大の面積を持つ巨大な駅が存在する。
そこは国に張り巡らされた線路が集結するまさに拠点で、あらゆる場所へ行き来が出来る言わば全ての列車の終着点でもあった。
日頃から市民が利用する首都循環のホームから少し離れた西領ゆきのホームで、オウカ国の王子キリヤナギは、2人の騎士と共に大きめのトランクケースへと座り、待機している。
「みんなもうすぐ着くみたい」
「何よりです。発車までまだ時間があります焦らずにとお伝え下さい」
「セシル、ありがとう」
「飲み物もご持参されなくともいいと」
「ヒナギクもありがとう」
夏の洋装を纏うキリヤナギは、サマージャケットを羽織っていて、その日旅行にゆく若者であることは明らかだが、普段の雰囲気とは違い市民の中へと無難にも溶け込んでいた。
隣にいるのは特殊親衛隊長、セシル・ストレリチア。彼はヒモタイにブローチをあしらい、七分袖のシャツにベストを着てフォーマルな印象がある。また隣にいるヒナギクも白ワンピースに鍔の長い帽子をかぶり、気品のある夏のモデルのように見えた。
「2人とも似合ってる」
「光栄です。殿下」
ここにいるのは2人だが、残り6名の騎士達は発車までの間に車内へ荷物を運び込み、貴族を迎えるための準備をしていて、セシル、ヒナギクの二人は、キリヤナギが友人と無事合流できるよう護衛としてついてきてくれていた。
待ち合わせ場所の西領行きのホームは、様々な人が行き交い、時々大勢のツアー客も列車へと乗り込んでゆく。
久しぶりの駅の光景に新鮮さを得ていると、改札口の方から、四名の男性がこちらへと歩いてくる。普段学生らしい装いの2人は、その日キリヤナギと同じく洋装だった。
現れたのは、大きめのトランクケースを燕服をきた男性に引かせる男性。カジュアルな私服のアレックス・マグノリアとカバン一つのヴァルサス・アゼリア。
「きたぜ! 王子」
「ヴァルに先輩! おはよう!」
「ごきげんよう。お誘い頂けて光栄だ。そちらの2人は騎士か?」
「はい。ご機嫌よう、マグノリア公爵殿下。はじめまして、この旅へご同行させて頂く宮廷騎士団、ストレリチア隊大隊長、特殊親衛隊隊長のセシル・ストレリチアです」
「同じく宮廷騎士団。ストレリチア隊副隊長。特殊親衛隊所属のヒナギク・スノーフレークですわ」
「め、めっちゃ美人……」
「私はアレックスで構わない。謙遜も必要はないと伝えてくれ」
「恐縮です」
セシルは、後ろにいた執事と護衛騎士にも挨拶をし、アレックスの荷物を受け取っていた。男性にも関わらず腰ほどまである巨大なトランクケースを持つ2人にヴァルサスは困惑せずにはいられない。
「お前らなんでそんな荷物おおいんだよ?」
「え、そうかな? むしろヴァルはそれだけ??」
「おう、洗濯できるんだろ?」
「できるけど……」
「どう生活するんだ?」
2人で困惑していて、質問したはずのヴァルサスも返事に困ってしまう。興味深く眺めるキリヤナギへ、ヴァルサスは中身を見せるべきか迷っていると入り口の方から、優雅に日傘を刺す女性が現れた。
女性の騎士と共に現れた彼女は、同じく大きなトランクケースを騎士へ引かせこちらを見て笑う。
「ご機嫌よう。皆様」
「クク、おはよう!」
「姫、キマりすぎだろ……」
「あら、アゼリアさんは野蛮ですこと」
「ん"なっ!」
「貴族の女性を甘く見ない方がいいぞ」
現れたククリールに、セシルとヒナギクは深く頭を下げて自己紹介をしていた。先程の話題の運びから、キリヤナギがククリールの荷物をみると女性にしては少なく思えて驚いてしまう。
「ククの荷物ってそれだけでいいの?」
「えぇ、」
「お前らが多いんだよ」
「アゼリアさんと並べないでくださる?」
ヴァルサスは、歯を食いしばって何かをこらえていた。カレンデュラ邸の騎士へ挨拶を済ませ、2人の荷物を受け取ったセシルとヒナギクは、ヴァルサスの手を借りつつ皆を列車へと連れてゆく。
最奥のホームに止まっていた列車は、発車準備が整えられ、セシルは車掌にも頭を下げて挨拶をしていた。
「皆さんご機嫌よう! お荷物お預かりしますね!」
最後尾の客室から現れたのは、銀髪におさげにしたラグドール・ベルガモット。
「ラグドール、ありがとう」
「はい、こちら寝台車両となりますが、前にゆくとプレイルーム車両がありますので、皆様そこでお寛ぎ下さい」
「プレイルーム?」
「リビングのようなものだ」
キリヤナギがまるで子供のように乗り込んでゆきヴァルサスも後に続いた。そこは個室仕様の寝台車両で、その日は旅行者の4人のために四部屋の寝室が用意されている。
「すっげ、めちゃくちゃVIP待遇じゃん」
「一度体験してみるのも悪くはない」
「優しすぎて怖くなってきたぜ……」
ククリールは、一番手前の個室へ荷物を運び込み一旦は部屋へ篭ってしまった。
キリヤナギはアレックスとヴァルサスと共に早速車両の散策へと赴く。寝台車両から通路を抜けると更に騎士向けの3段ベットを備えた寝台車両が続き、ラグドールの言う通り大人数でも寛げるプレイルームがある。
そこには、バトラーらしき男性が冷蔵庫へ飲料を補充していた。
「殿下、お疲れ様です。お二方ご機嫌よう」
「セオさん、久しぶり!」
「春以来だな」
「はい、本日より数週間、ぜひこのツバキの元でお寛ぎ下さい」
セオが一礼すると、足元から耳に響く鳴き声が聞こえてくる。取手付きの中型ケージの中にいたのは白と茶の毛をリボンで結ばれた犬だった。
「犬!?」
「うん、エリィっていうんだよね。よろしく」
「見ない品種だな、雑種か?」
「うん。保護施設に居た子を定期的に引き取ってて、僕に懐いてくれてるからせっかくだし一緒に行こうと思って」
「そう言うとこは王族らしいな……」
「今日は、向こうに着くまではケージかな?」
「動き出しましたら放して構いませんよ」
「噛まねぇ?」
「酷いことしなかったら大丈夫」
キリヤナギは興奮するエリィを落ち着かせるように、ケージへボトル式の水をセットしていた。
「他のみんなは?」
「ダイニングにて準備をしております」
「ダイニング?」
「いってみよ!」
プレイルーム車両の先には、広いテーブルのあるダイニング車両があり、3名の騎士が買ってきた食材を冷蔵庫へ収納していた。
「殿下、お疲れ様です」
「ジンとリュウドはここだったんだ」
「プリムもいるよ」
「ご機嫌よう! はじめまして」
「そっちの2人は初めてだな」
「ククがいないし、あとでみんなを集めて自己紹介してもらうね」
「そうだな。揃ってからの方が助かる」
話していると私服のグランジが、ダイニング車両へと乗り込んでくる。手には菓子パンをもっていて小さく一礼をしていた。
「グランジさん、水売ってました?」
「あった」
「助かります」
ジンは、大型のボトルを受け取り冷蔵庫へと格納していた。ダイニングの奥にも通路がありキリヤナギは、さらに興味が湧いてしまう。
「リュウド、この先は何があるの?」
「トイレとシャワールームがあるけど、あっちは一般の旅行客も使うから殿下は寝台車両を使う方がいいかもね」
「わかった。ありがとう」
ヴァルサスが足を伸ばすとリュウドの言う通りで、車掌室や業務員用の収納スペースにもなっていた。
一般客との間には「この先貸切」とも書かれている。
「一応見張りはするので、誰も入っては来ないと思います」
「ご苦労だな。当然だが、よろしく頼む」
アレックスの言葉に頷いたリュウドとジンは頷いていた。間も無く発車するがプレイルームに戻る最中、キリヤナギは1人足りない事に気づく。
「セスナは?」
「先程、隊長を探すと言って出掛けられましたが……」
話しているとセシルが乗り込んできて、向けられた視線に彼は礼をしていた。そして皆が不安に駆られる最中、発車3分前セスナが駆け込んでくる。
「お、お待たせしました!」
「せ、セスナ、大丈夫!?」
「すみません。ちょっと色々ありまして……」
汗だくのセスナに、セオは飲料を渡してくれていた。準備を終え騎士全員がプレイルームへ集まったことを確認したセシルは、ククリールも現れたことを確認すると、座った4人へ向けて口を開く。
「殿下を含めたご友人の皆様。ご機嫌よう。我らは宮廷騎士団における王子殿下専属の護衛部隊。宮廷特殊親衛隊の8名です。本日より私達はあなた方を安全に往復できるよう尽力して参ります。以後お見知り置きを」
セシルの挨拶にヴァルサスは拍手をする。そしてそれを合図とするように発車ベルが鳴り、列車はゆっくりと巨大なクランリリー駅のホームを出てゆく。
「何度か顔を合わせ、ご存知の方もおられるかもしれませんが、改めて我々の自己紹介を。私は宮廷騎士団ストレリチア隊大隊長。特殊親衛隊隊長のセシル・ストレリチアです」
「同じく。ストレリチア隊副隊長、特殊親衛隊副隊長のセスナ・ベルガモットです」
「同じくストレリチア隊副隊長。特殊親衛隊所属のヒナギク・スノーフレークですわ」
「同じく、ストレリチア隊、特殊親衛隊所属のラグドール・ベルガモットです」
「こちらまでが、私の隊より所属する特殊親衛隊員です。他は別部隊から、グランジからかまわないかい?」
グランジは頷き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「宮廷騎士団、タチバナ隊。特殊親衛隊所属のグランジ・シャープブルーム」
「タチバナ隊?」
ジンに目線がゆき、彼は首を振っていた。確かに名前で混合されることが多々あるからだ。
「宮廷騎士団だとジンのお父さん。アカツキ・タチバナ卿の隊があるんだ。グランジはそこ所属」
「ふーん」
「『タチバナ』を使う隊か?」
「ううん、普通の隊かな? 前はあったけど解体されたって」
「『タチバナ』を使う?」
「うち、実家が昔道場やってたんすよ。そう言う流派が『タチバナ』って言うんです」
「へぇー、その流派つよいんすか?」
「武道の中では最弱な気はしますね」
「え???」
「どう評価すればそうなる??」
アレックスに突っ込まれ、ジンは困っていた。終始黙っていたククリールは、そんな様子を不敵に眺めて居る。
「あら、個人戦一位の『タチバナ」さんは謙虚なのね」
「そう言うのじゃ、ないんすけど……」
「はは、『タチバナ』もいいですが、自己紹介がまだ終わっておりません。リュウド」
「はい、隊長! 俺は宮廷騎士団、シラユキ隊、特殊親衛隊所属のリュウド・T・ローズ。よろしく」
「T?」
「俺も『タチバナ』なんだ。リュウド・タチバナ・ローズじゃ長いからTで名乗ってる」
「タチバナ? 兄弟?」
「従兄弟です」
三人は感心していた。そしてリュウドの横には、1人の少女が座っている。彼女はリュウドに促され、スカートを持ち上げて礼をした。
「ご機嫌よう。リュウドの妹、プリム・T・ローズです。私は騎士ではないのですが、ツバキさんのサポートとしてご同行させて頂くことになりました。使用人見習いであり、ご無礼なこともあるでしょう。どうかお許し下さい」
「研修みたいな?」
「うーん、どっちかっていうと安全枠?」
「安全?」
「見ず知らずより、身内の方が信頼ができると言うことですね」
ククリールの補足は的を得ている。この人数をセオ1人で賄うのは無理があるため、家事が得意だと言うタチバナ家の身内を頼ったと言うことだろう。王宮の使用人に不祥事があった以上、安易につれてゆくのは危険だからだ。
「改めてとなりますがセオ・ツバキです。キリヤナギ殿下専属のバトラーとしてお仕えしております。私は使用人ですが、昨年度より騎士の1人として特殊親衛隊へと招かれました。よって所属は桜花宮殿バトラー。ツバキ組ハウススチュワート。特殊親衛隊所属のセオ・ツバキです。皆様の安全と生活をサポートさせて頂きます」
「光栄ですわ。ツバキさん、楽しみにしておりますね」
「なんなりと」
「姫も、ツバキさんのこと知ってんの?」
「貴族ならば誰もが一度は憧れる家でしょう。アレックスもそうじゃない?」
「そうだな。ツバキが仕えるだけでそれは格式の証明に繋がる。厳しくもあるのだろうがその目に狂いはない」
キリヤナギは、少しだけ退屈そうにしていてヴァルサスは呆れていた。続きの自己紹介が始まらず、ヴァルサスはジンをさがすと視界に苦笑するセシルも目に入る。
「ジンの番だよ」
「え、でもみんな知ってるし……」
「改めて名乗るものだよ」
セシルの圧にジンは少しみじろぎつつ、口を開く。
「宮廷騎士団、ストレリチア隊嘱託。特殊親衛隊所属の、ジン・タチバナです……」
「嘱託?」
「ちゃんと所属してる訳じゃなくて……」
「隊に所属していない? そんな事あるのか?」
ジンが困っていて、セシルは苦笑していた。嘘でもいいのでストレリチア隊だと言っていいと話していたのに、彼はそれが嫌いらしい。
「ジンはアークヴィーチェ管轄で隊の任務にもなかなか参加できないし?」
「だが騎士学校を卒業した時点で、本来割り当てられるものでは?」
「なかったみたい?」
「なかったっす」
「珍しいのね。騎士学校で何をされたの?」
ククリールの指摘が鋭く、ジンは答えられなかった。キリヤナギも目を逸らしてフォローをする気配もない。
「噂以上に複雑だな『タチバナ』周りは……」
「リュウド君は普通なんで……」
「俺からしたら、なんでジンさんばっかって思うけどね!」
聞かれれば聞かれるほど、訳がわからずヴァルサスは困惑してジンを眺めていた。その顔はまさに「どこから突っ込めばいいかわからない」だろう。
「『タチバナ』って、結局なんなんだ?」
「『タチバナ』は、この国を支える『王の力』に絶対優位とされる武道。その力は、異能を抑制し【服従】すらも寄せ付けないと言う」
「マジ?」
「ま、まぁ……」
「異能使いならば一度は耳にする名だが、王子の言った通り最近は耳にすることはなくなったな……解体されたからか」
「なんで?」
「意味がないんです。『タチバナ』は【能力者】には強いんですが、『無能力者』には強くないと言うか……」
「そんな意味不明な……」
「そ、そう言うものなんです。無駄な動きになるので……」
ヴァルサスは首を傾げて、ジンがさらに困っていた。セシルはそんな様子を笑い、まるでフォローするように口を開く。
「意味がないのはそうだけど、ジンは個人戦を二連覇した確かな実力を持っています。『タチバナ』に意味はなくとも、ジンは間違いなく対人の天才と言えるでしょう」
「う"っ」
ジンがフリーズしていて、それをキリヤナギが嘲笑う。この2人の関係性は謎が深いとヴァルサスは一旦は考えるのはやめた。
「ジンさんて、苦労してるんですね」
「それは自業自得なんで……」
「腰を据えたいならうちの隊に来るかい? ジンなら歓迎だよ」
「隊長、いいんすか?」
「ジンさんがきてくれるなら、みんな大喜びですよー! うちの隊、弱いってよく馬鹿にされるんでー」
「えぇ……どうなんですかそれ」
「私がまだ大隊長としては新人で若いから、隊としての実績が少ないのもあるかな」
「他の隊で居心地が悪くなった人が流れてくるんです、落ちこぼれの集いみたいな言われがついていい迷惑です!」
「ヒナギクちゃん、落ち着いて……」
騎士団も大変なのだと、ヴァルサスは同情しかできなかった。ジンもそれ以上は言及せず、キリヤナギも楽しそうに騎士達の話を聞く中で、車窓からみえる建物が徐々に低くなっていることに気づいた。
「もうすぐ都市をでるな」
キリヤナギはスピードを上げてゆく列車にから身を乗り出し、風を受けながら遠のいてゆく街を眺める。
「列車も初めてなのか?」
「ううん。結構乗ってるけど、クランリリーから出るのは本当久しぶりで、嬉しくて」
「へぇー」
「マグノリアまでかなりかかりますから、それまでリラックスをしてお過ごし下さい」
「あんまり乗り出すと危ないから入っとけ」
ヴァルサスに引っ張りこまれるのを見たセオは、何故か新鮮な気持ちにもなっていた。
遠ざかる都会を見えなくなるまで見送り、キリヤナギは外の風景を通信デバイスの写真へと収める。犬のエリィをケージから出すと興奮して走りまわり、しばらくは持ってきたおもちゃで遊んでいた。
ここから列車は西側へと方向を変えてマグノリア領へと向かうが、朝からずっと上機嫌だったキリヤナギは、遅れて疲れがきたのかエリィに寄り添われ眠ってしまった。
「小学生かよ……」
「はは、楽しみで眠れなかったといっておられましたからね。間も無く昼食ですから、お好きなタイミングでダイニングへお越しください」
「隊長さん、サンキュー!」
王子をソファへ寝かせ、ヴァルサスが覗きにゆくとアレックスと談笑する騎士達がおり、皆の和気藹々と昼食を済ませていた。
「ヴァルサスさん、ご機嫌よう」
「ヒナギクさん、あと」
「セスナです」
プレイルームにはセシルとラグドール、リュウドがいたが、一般客室側の出入り口には、ジンとグランジが向かい合わせでゲームをしている。
「特殊親衛隊って意外と緩い?」
「緩く見えますけど、一応ちゃんと警戒してるので安心してください。みんな気を抜いてるのは、この列車に不審な人が乗っていなかったからですね」
「分かるんすか?」
「はい、僕、こう見えて【読心】のプロなので、グランジさんも入り口にいますから、【未来視】ですぐ捕まえてくれますよ」
本当だろうかと、ヴァルサスは半信半疑だった。アレックスは、セオに水を注がれ窓際で優雅に昼食を楽しんでいる。
「マグノリア領出身の貴殿が、こうして特殊親衛隊にいるのは誇らしくはあるな」
「えへへ、覚えてて頂いてて光栄です」
「そっちは知り合い?」
「ある程度はな、ほぼ名前だけではある」
セスナは少し照れているが、横のヒナギクには何故かスルーされている。
「親衛隊ってみんな『王の力』持ってるって聞いたけど、皆さん誰がどれを持ってるんですか?」
「僕は、今お話した【読心】で、グランジさんは【未来視】。ヒナギクさんは【認識阻害】、ツバキさんは【千里眼】ですね」
「へー」
「ラグドールは【細胞促進】。リュウド君は【身体強化】、隊長は【服従】です」
「ジンさんは?」
「ないっす」
「な、なんで……?」
「俺からしたら【倒すもの】だし?」
「えぇ……」
「はは、流石『裏切りのタチバナ』だな。潔い」
「よくわからないんですけど、ジンさんにめちゃくちゃ温度差感じると言うか……」
「言われてるよ。ジン、少しは反省したら?」
「セオ?? な、何を……」
「僕らストレリチア隊は気にしてないのですが、確かに浮きますよね……」
「噂とは乖離がありましたが、概ね間違ってないのではとは思えてきますね」
「ひ、ヒナギクさん……」
ヒナギクは目すら合わせてくれない。グランジも何も言わず、ジンは一人で焦っていた。
騎士達もくつろぎ、数時間線路に揺られる一行は、緑豊かな森を抜けてマグノリアの土地へと入ってゆく。
アレックスが懐かしそうにそれを眺めている中で、ククリールもまた窓を開けて真新しい景色を楽しんでいた。
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