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第33話 買い物にいこう!
その日は晴天だった。
季節の中で最も太陽が輝き日差しが照りつけるオウカの国で王子は、午後に配達された封筒と向かい合っていた。
春の時のように王立桜花大学院と書かれた封筒は、単位習得を通知する成績表で今日はセオだけでなくジンとグランジもいる。
その日の午前は、以前延期されたメディアの撮影に応じていて、装いはネクタイとジャケットを羽織るフォーマルなものだ。撮影が終わり部屋に戻った所で唐突に現れた結果発表に心の準備ができていない。
「この封筒、雑すぎね?」
「経費削減」
「……」
確かに関係者しか見ないが封をするテープすら貼られていない。宛先も「殿下」としか書いていないのは、どうなのだろうとジンは困惑していた。
キリヤナギは、ソファで成績表を開く事ができないまま、しばらく表紙を見つめていたが大きく深呼吸をして一気に開く。
ざっと成績一覧を見て、歴史学がCのギリギリの通過で言葉が出なくなった。
「歴史単位とれた!!」
「おー」
「おめでとうございます!!」
欠席の多い授業はいくつか落としていたが、テストに自信があったものはA+〜B判定で殆どが習得出来ていた。これだけ取れれば補講も受ける必要はなく秋までの休講が決まる。
「海にいける……!」
「よかったすね」
グランジはずっと拍手していた。
週末にはヴァルサスとの買い物の約束もしていて、初めての学生らしい夏休みが始まる。
「どこに買い物いくんです?」
「レンゲ町のモール街? ヴァルが連れてってくれるって、でも電子通貨使えなかったら違うとこがいいかなって」
「俺とラグドールさんが同行しますから大丈夫すよ」
「ありがとう。ヴァルにも連絡しとく」
キリヤナギが護衛を嫌がらずジンはしばらくぼーっと彼を見ていた。学園での一件が相当怖かったのだろうともわかって気の毒にも思えてくる。
「武器どうしよ……」
「俺が一応は持ちますね」
少し複雑なキリヤナギだが、セオとグランジの「ないよりはあった方がいい」という後押しから、一応は持ってゆくと言う結論となった。
一度経験した恐怖から、ジンは彼が武器を抜けるのかと言う心配はあるが、そもそも抜かせる環境に持って行ってはいけないのだと意識を改め当日へと臨む。
そして週末を迎えたキリヤナギは、ジンとラグドールと共に人混みに紛れるよう洋装に身を包み、王宮前の広場で待ち合わせする。
夏真っ盛りの気温を観測した今日のオウカ町は、雲ひとつのない青空が広がり、散歩する人々は、みな日傘や帽子を利用しているまさに夏の風景だろう。また王宮の正面玄関の周辺は、宮殿が一望できるよう建物が低くとられ光を遮る建物がなく直射日光が降り注ぐ。ジンは王宮前でデバイスをいじるキリヤナギへ日傘をさしつつ、こめかみから汗を流していた。
「暑いっすね」
「本当あつーい。殿下、喉乾いてませんか?」
「僕は平気。でも2人とも無理しないでね」
白の石畳の照り返しで、体感気温がひどく高い。ラグドールは麦わら帽子を被りできる限り薄着できたが、それでも汗が止まらず手で仰いでいた。
「ラグドールも日傘使っていいのに」
「帽子かぶってるので、大丈夫ですよ」
ジンは、自身のバックから2人へ飲み物を配ってくれていた。せめてベンチは空いて居ないかと場所を探そうとすると、視界に見覚えラフな男性が姿をみせる。
カジュアルな夏服の彼は、キリヤナギを見つけ手を振ってくれた。
「ヴァルー!」
学校と少し違う雰囲気を纏う彼は、こちらへ苦笑しながら駆け寄ってくる。
「相変わらず優雅だな?」
「優雅?」
「ヴァルサスさん、こんにちは」
「ジンさん、どうも。そちらの女の人も騎士さん?」
「初めまして、宮廷騎士団、ストレリチア隊。特殊親衛隊所属のラグドール・ベルガモットです」
「ヴァルサス・アゼリア。女の人も居たんだな」
ヴァルサスの感想に、キリヤナギは新鮮な気持ちを得る。男性の職業と言われる騎士だが、騎士団には女性もそれなりに多く居て、現代では人数差もそこまで離れてはいないからだ。
「普通にいるよ。男の人でも女の人みたいな人もいるし」
「そ、それは違うくね……?」
「確かに! 珍しくないですね」
「ラグさんマジ??」
ジンすらも困惑していて、ヴァルサスは何故か不安になっていた。
ヴァルサスが合流したことで、4人は路線バスにのってモール街を目指す。王子は慣れているのか、流れている外の景色を眺めているが、ヴァルサスは王子の傍に立ちながら大きめの荷物をもつジンが気になって仕方がなかった。
肩にかけているそれは、黒のケースで例えるなら部活動で使う竹刀のようにも見える。
「ジンさん、それなんですか?」
「これはーー」
「僕のなんだ。気になるならあとで見せるね」
「ふーん」
「ジンさん、変わりましょうか?」
「そんな重くないので大丈夫です」
ラグドールの気遣いにジンが照れている。ヴァルサスは関係性を少し察して微笑ましくみていた。
話している間にバスが到着し、4人はモール街へと繰り出す。様々な店が並ぶそこは、公園のように花壇もあってテーマパークのようにも見える。
「人がいっぱいいる……」
「なんか田舎者みたいな感想になってんな」
「とりあえずどこ行きます?」
「まず殿下の水着ですね。お兄様のもついでに頼まれてるので」
「お兄さん?」
「私には兄がいるのです。同じ親衛隊で、殿下のご旅行にも同行することになってて」
「へぇー」
「お兄さんのセスナは男なんだけど、女の子の服も好きなんだって」
「そ、そういう??」
「そうなんすか……??」
ジンのまるで初耳のような感想に、ヴァルサスは驚いて居た。キリヤナギもヒナギクから聞いた事で、詳しくはよくわからない。
「お兄様の為にもかわいいお洋服えらびますね!」
この妹は寛容すぎるのではないかと、ヴァルサスはそれ以上突っ込まなかった。深く考えるのを止め、4人は建物の中へと入ってゆく。
モール街は賑やかで、スポーツショップだけでなく、ゲームセンターとか、雑貨屋、ブティックなどがならび、家族連れや友人グループなどさまざまな人々が行き交っていた。
案内を見ながら訪れたスポーツショップは、ちょうど時期に合わせるように沢山の水着が男女で分かれて並べられ、他の客もも楽しそうに水着を選んでいる。
「どうすっかなー」
「色々ある……!」
「選んだことねぇの?」
「うん。最初で最後の海が8歳で用意されたやつ使ってて」
「へぇー確かにそんな子どもなら、まだ選ぶにも早いか」
「ヴァルは海、久しぶりなの?」
「3年ぶりぐらい? 高等学校の修学旅行で行ったなー」
「修学旅行?」
「学校卒業するまえに、クラスで旅行いくんだよ。王子はいってねぇの?」
「僕、通信制の騎士学校を出たからそう言うのなくて」
通信制と聞いて思わずギャップを感じてしまう。しかし、王族なら個人教室として学ぶことは確かに珍しくはない。
「友達いたのか?」
「うーん、そんなに? 訓練は出てたけど、ヴァルみたいに仲良くできる人はそこまでいなかったかな……」
「ふーん」
「家庭教師みたいなもんです」
「じゃあジンさんは、一応は殿下の先輩だったんですね」
「一応? でも、学校では訓練ぐらいしか合わなかったすね」
学校以外ではよく会っていた。
懐かしい記憶がよぎり、キリヤナギは想いにも耽ってしまう。
「騎士ってことは、ラグドールさんも同じ?」
「私はマグノリア領の騎士学校だったのです。兄弟推薦で宮廷にきたので、殿下とお近づきになれたのは去年からですね」
「へー」
「兄弟だと優遇されるもんね」
宮廷騎士になる為には、18歳で騎士学校を卒業後、追加で2年間学ぶ必要がある。宮廷騎士向けの学校は首都にあり、推薦でしか入れない名門校だが、それゆえに入学するものが騎士の身内や貴族に限られ、一般には狭き門とも言われていた。
「家族多い?」
「宮廷はそうっすね。クランリリー騎士団はまだ色んな人いますけど」
「ジンのお父さん騎士長だし?」
「すげーじゃん。じゃあいつかジンさんも騎士長?」
「ないない」
「ないっす」
「え??」
「い、色々あるんですよね!!」
ラグドールは困っていた。本人だけでなく王子まで否定するのはどうなのだろうとヴァルサスは首を傾げていた。
自分の水着を選んで来るというラグドールと別れ、3人はズラリの並ぶ陳列棚を見る。
「殿下。セスナさんには何色がいいと思います?」
「イメージなら青? セシルが好きっていってるから赤でも喜んでくれそう」
「じゃあ赤と青のやつで……」
ヴァルサスは、女性向けの水着を見に行ったラグドールが気になって仕方がなかった。試着をしているのだろうと思うとすぐにでも見に行きたくて、自分の水着がなかなか決まらない。
「ヴァルってどんなのを選ぶの?」
「え、気分?」
ヴァルサスが手に取っていたのは、赤がベースのものでキリヤナギが興味津々だった。
「赤好きなんだ」
「一応? 惹かれるつーか……」
「僕はどれにしよう……」
「気分上げてくなら派手なのがいいぜ」
「そうなんだ?」
「白とかなら目立たないっすね」
ジンは上の棚にあった白の物を見せてくれていた。ヴァルサスも派手なのを見せるが、地味な方へ惹かれている様子にヴァルサスは納得もしてしまう。
「ジンさんて、使用人だったりするんですか?」
「俺はただの騎士ですね、でも特殊親衛隊は生活面もフォローしてて」
「へぇー」
珍しいと、ヴァルサスは感心してしまった。アレックスには時々見かける執事がいたが、この王子に執事がついている所を見た事がないからだ。騎士が代わりを担っていると言われると、確かにジンとラグドールは使用人と同じことをしている。
「大勢いたら迷惑かかるし?」
「ジンさん大変じゃん」
「俺は別に?」
「と言うか、前、アークヴィーチェ管轄って言ってませんでした?」
「俺、こっちに移動になったんです」
「へー」
「僕は頼んでないんだけどね」
「……」
キリヤナギはそっぽを向いてしまった。普段の王子からは考えられない言動に、ヴァルサスは意表をつかれる。
「仲良いじゃん? 気を遣われたんじゃねーの?」
「知らない」
「つ、付き合いは長いんでまぁ……」
キリヤナギは目を合わせなくなってしまった。喧嘩をした訳でも無さそうなのに、あからさまに辛辣になるその態度へヴァルサスも困惑しかできない。
ジンは既に選び終えたのか2人を待ってくれていて、急がねばラグドールの水着を見れないと再び陳列棚をみる。
「僕、これにする」
「いいっすね」
王子がカゴに入れたのは、白に青のラインが入った無難なものだった。ヴァルサスも、赤のものを選び3人はラグドールを探して女性向けのブースを見にゆく。
「ジンさーん、お待たせしました。こちらもお兄様の分きまったので行きましょう」
「よ、よかったすね……」
女性用ブースからラグドールが帰ってきてジンはもう突っ込むのはやめた。その後四人は店の奥にあるに浮具やおもちゃを見にゆく。
展示されている海のおもちゃは、どれも楽しそうなものばかりで、キリヤナギは目を輝かせていた。
展示品を触ってみるキリヤナギの後ろで、ジンはセオに渡された買い物リストを確認する。
「ビート板とゴーグルに浮き輪2個とボール?」
「めっちゃ遊ぶんですね」
「僕、何も持ってなくて……」
「大体は殿下用なんですけど、そっちがいいです?」
キリヤナギが持っていたのはスライドギミックのついた水鉄砲だった。背中にタンクが背負えるタイプでかなり水圧もありそうに見える。
「これなんかすごそうだなって」
「それ1人遊びだぜ。大勢で遊ぶならジンさんの奴のがメジャーだけど」
「へぇー、じゃあそっちにする」
「と言うかそもそも泳げるのか? 王子」
「王宮のプールで浮く練習ぐらいかなぁ、あんまり」
「浮き輪いるな」
「ジンさん、この大きなのどうですか? みんな喜びそう」
「ラグさん、俺らのはちょっと……」
ラグドールは魚の形をした大きな浮具を指差していた、ボートのようなものもありキリヤナギも目を輝かせていて、結局それらも購入し海水浴用の必要な買い出しを終えてゆく。
休憩にとモール街の椅子に座った王子は、ジンに渡された飲み物を飲んで感動していた。中に入ってるものを興味深く眺める様は、まるで子供のようにもみえる。
「ジン、この黒のもちもち何?」
「タピオカって言うらしいです。流行ってるって」
「へぇー、不思議な味」
ジンのポケットには、ストローがもう一本入っていて、おそらく彼が飲む前に毒味をしたのだろうと察した。
アゼリアの姓をもつヴァルサスは、父が騎士であることからその在り方に関してある程度の理解がある。護衛騎士は本来、その護衛対象が安全に気兼ねなく日常生活を送れるようにする事が大前提だからだ。
しかし、この王子は誕生祭にて毒を飲んだ。ヴァルサスは、このオウカの国は安全であると思ってはいたが、それはおそらく『敵』の標的が『王族』に絞られているからなのだと、この買い物であらためて理解する。
「腹減った。俺もなんか食うかなぁ」
「ヴァル、これ美味しいよ。いる?」
「男から貰っても嬉しくねぇよ、欲しくなったら自分で買う」
「フードコートでも行きます?」
「いいんですか? ジンさん達、気が抜けないんじゃ」
「え、別に?」
「……マジ?」
「ヴァルサスさん。私達はその為にいるので大丈夫ですよ」
ラグドールにまでフォローを入れられ、ヴァルサスは考えるのはやめた。
キリヤナギがタピオカを楽しみつつ、流れる人混みを観察していていると、ジンが何かに気づいたように辺りを見回す。
「ヴァルサスさんがお腹空いてるみたいだし、移動しましょうか。行きたいとこあります?」
「レストラン? ヴァルはどこがいい?」
「なんでもいいけど、強いて言うならラーメン食いてえかなぁ」
「ならフードコートですね。この時間は少し混んでそうだけど……」
ラグドールがそう話した直後。キリヤナギの目線が真っ直ぐ前を向いていて、ヴァルサスもそれにつられた。
その先には金髪でサングラスの女性がいて、彼女はまるでジンの目線を避けるように、しゃがんだり物陰に隠れたりを繰り返している。
その意味深な動きにキリヤナギは、思わず吹き出しそうになってしまった。
「殿下……?」
「な、なんでもない」
シルフィの気持ちを理解してしまい、キリヤナギはしばらく観察する事にする。そのまま4人でフードコートへと向かう最中も、ジンは視線を察して何かを探しているようだった。
「殿下、何します?」
「何があるんだろ、おすすめある?」
「おすすめ??」
「ブースごとに違うお店ですから、それぞれにおすすめがあるので、これとは言えないですね」
「フードコート初めてかよ」
「うん。普通のお店ならよく入るんだけど」
「確かにあんまり来ないすね」
ラーメンに決めたキリヤナギへジンが付き添うなか、キリヤナギはゆっくりと接近してくる彼女に気づかないフリをしていた。
そしてジンがデバイスを見たところで振り返ると、じっとこちらを見ていた「彼女」と目が会う。こっそりとついてきていたリーシュは、見つかってしまったことに顔を真っ赤にして震えていた。
「こここ、こんにちは!!」
「リーシュ、久しぶり!」
「リーシュさん……?」
ラーメンを注文し彼女を席へ案内したキリヤナギは、初対面の2人へと紹介することにした。ジンは顔はみていたが話すのは初めてでもある。
「リーシュ・ツルバキアです。3回生です!」
「俺は、ヴァルサス・アゼリア。王子の知り合い?」
「生徒会の書記なんだ」
「へー」
「ツルバキアって、あのツルバキア閣下のご家族ですか?」
「は、はい。姉です」
「ラグドールさん知り合い?」
「いえ、宮廷騎士団の大隊長閣下なので、お名前だけ存じています。はじめまして、私はストレリチア隊のラグドール・ベルガモットです」
ヴァルサスは名前まではよく知らなかったが、父の関係上、大隊長の地位にある程度理解がある。宮廷騎士団における十数名の大隊長達は、約1000名前後の騎士を率いながら、日夜業務に励んでいるのだ。
ジンは、以前会ったリーシュが再びキリヤナギの元へ現れたことへ違和感しかない。
「リーシュさんは、応援?」
「は? え、何のことですか!? たまたまです!」
キリヤナギは必死に何かを堪えていた。
「そうなんだ。リーシュも買い物?」
「は、はい、姉のお肉を買いに……」
「食材コーナーは地下だぜ?」
「えっ」
「気分転換だよね。ここ色々あるみたいだし」
「はい! そうです。殿下! ここのお洋服とか好きで!」
「このフロアは、半分が子供服であと雑貨屋さんですけど……」
リーシュが焦っていて、ジンは察していた。見習いという言葉の意味を理解して、席を進めておく。
「一緒にお昼食べる?」
「いいい、いいのですか? お邪魔では……」
「席空いてるしいいんじゃね。つーか、殿下って言ってるから、てっきり騎士かと思った」
「がが、学生です! お、王子!」
「うんうん」
リーシュは両手で顔を覆ってしまっていた。全員の昼食が揃いお昼を済ませる中、ヴァルサスがつづけて口を開く。
「王子、この後どうすんだ? 買い物終わったけど」
「考えてなかった」
「ここ映画館もありますから、鑑賞されてもいいかもですね」
「映画?」
「5人で映画は、趣味が違いそうな……」
「そ、そうですか?」
「王子、ゲーセンは? 行った事ないんだろ?」
「ないかも、何するとこ?」
「ゲームすることだよ」
今一つ通じていない王子を見かねヴァルサスは昼食後、キリヤナギをゲームセンターへと連れてゆく。そこは沢山のショーケースにはいったぬいぐるみや景品があって、キリヤナギは感動していた。
「何これ」
「クレーンゲームっすね」
遊び方をレクチャーされると、キリヤナギは楽しそうにコインをいれ景品を動かそうとしていた。何度やっても元に戻り悔しくなってくる。
「反動台にハマってんじゃん……、そのままやるなら運ゲーだぜ?」
「何それ……」
「貸してみ」
ヴァルサスは残り回数を使い、アームを使って景品をズラすと、傾けて重心を移動させる。
「同じとこ狙うとだめなんだよ」
的確にアームを滑り込ませ、およそ数回のプレイでヴァルサスは景品を落としていた。その手際の良さに思わず拍手してしまう。
「すごいー!」
「ヴァルサスさんすごいですー!」
「へ、伊達に通ってないぜ」
景品口から出てきたのは、大きな箱のお菓子だった。ラグドールと興味津々に開封すると同じパッケージこ小さなお菓子が数個入ってるだけでガッカリしてしまう。
「お菓子景品なんてそんなもんだよ。もう手伝わねぇし、頑張れ」
「やってみる!」
「頑張って下さい! 殿下」
ふとジンをみるといつのまにか袋いっぱいにお菓子景品を持っていてキリヤナギは思わず引いてしまう。
「じ、ジン……」
「入ります?」
「ジンさん、もしかしてガチ?」
「こういうのは好きなんで……」
思えば『タチバナ』そのものが分析に長けた武道でキリヤナギは、クレーンゲームとの愛称の良さに納得もしてしまった。
「殿下は、あっちの台のが良くないです?」
「あの大きいの?」
「確率機……」
「上手くやれば実力でも?」
「……」
「ヴァル?」
ヴァルサスは、しばらく言葉を失っていた。ふと周りを見ると、いつの間にかリーシュの姿が見えず、キリヤナギは探しながらゲームセンターを歩く。
クレーンゲームばかり並ぶそこは、人が多くいて迷いそうになるが、一番奥のひっそりした台に彼女は張り付いていた。ぬいぐるみの台で景品が固定されているのか上手く押し込めずなかなか動かない。
「リーシュはそれが気になってるの?」
「で、でん、……王子! はい、あのかわいいなって……」
「僕が続きやっていい?」
「は、はい。お願いしまう!」
噛んでいる。ショーケースの隅には親切に獲得方法も書かれていてキリヤナギは、それを見ながらクレーンを動かしてゆく。ぬいぐるみは出口付近の突起に引っかかって動かないが、少しだけ持ち上げるとそれが外れ僅かに動いた。
「お上手です!」
返事に困ってしまうが、慎重に頭を持ち上げてずらし、先ほどヴァルサスに言われたように重心を外へと持ってゆく。失敗を重ねながら、順調に動いたそれは最後に持ち上げた時点で景品口へと落下した。
「やった!」
「おめでとうございます!」
「取れてよかった。あとリーシュ」
「なんでしょう?」
「前は言えなかったけど、助けてくれてありがとう」
ぬいぐるみを渡されたリーシュは、まるで沸騰するように顔を真っ赤にして固まってしまった。遠目でみていたジンも安心し、散々あそんだ5名は、夕方にモール街をでる。
自分の身長にも近い大きなぬいぐるみを抱えたラグドールは、とても楽しそうに帰り道を歩いていた。
「まさか取れるとは思いませんでしたけど、とっても嬉しいです!」
「ラグドール、その大きいぬいぐるみどうやったの?」
「皆さんが全然運べない台だったんですけど、何故か私のときに出口まで運んでくれて」
「へぇー」
アームが3本あるクレームゲームは、およそ1割の確率で景品が確実に手に入る台だ。主に「確率機」ともよばれていて、実力で取るには高度な技術がいる。
「ジンさんもすごいです」
「お菓子しかとってないすよ」
「なんてお菓子ばっかり?」
「他はかさばるんで」
ヴァルサスにも持っているその袋は2つになり、入りきらなかったものの箱を破棄して中身だけ入れてきたがそれでも傘が減らなかった。
よくみるとウィスタリア産の調味料や、ローズマリー限定の袋麺なども混ざっていてありとあらゆる台に手を出したのがわかる。
「リーシュもお疲れ様」
「お、お疲れ様です。ありがとうございました。あの、ご旅行に行かれるんですよね」
「うん、来週かな?」
「あの、ローズマリーには、私の実家があって海の家もやってるのでお見かけしたらどうぞよろしくお願いします」
「そうなんだ。リーシュも来る?」
「は、はひ?? いえ、その、私は来週、出張なので、行けないです、すみません」
「そっか……」
「学生なのに、出張??」
「ち、ちが、ちがいます!! え、えーと、家族で、旅行です!!」
「ふーん」
話しながら歩いていると、バス停へと辿り着き、ちょうどオウカ町行きのバスが来た。
帰宅ラッシュなのか座る席がなくとも王子は気にした様子もない。
「つーかリーシュちゃん、こっちでいいの? 俺はオウカ町だけど」
「え"っ!」
「一緒に王宮に帰る?」
「だだだ大丈夫です!! あ、次でおります。皆さん、今日はありがとうございました!!」
降車ボタンを押し、リーシュはその後10分ほどバスで揺られた後、恐縮したように降りていった。
思えばリーシュは、キリヤナギにもらったぬいぐるみしか持っておらず、買い物もできていないことに気づく。
「付き合わせちまったのか?」
「違うと思うよ」
キリヤナギは終始笑いを堪えていた。ヴァルサスは首を傾げているが、あくまでリーシュは学生だからだ。
「ちょっと恥ずかしがり屋なだけだと思う」
「ちょっとじゃねぇって」
ヴァルサスは呆れていた。バスを降りヴァルサスとも別れた3人は、王子の門限にあわせて帰宅する。王子を夕食へと送り出したジンとラグドールは、リビングに買ってきたものと大量のお菓子と数個のぬいぐるみを運び込み休憩していた。
事務所から現れたセオは、電卓と書類を持ち込み使った経費の計算をしてくれる。
「また沢山とったね……」
「久しぶりで楽しかったかな……」
「ジンさんとても上手でしたよー」
「よかった。殿下用の交遊費も毎年余りすぎてるから助かったよ」
「そんな使ってねぇの?」
「元々行ける店が少ないんだよね。使わなかった分は、いつも殿下のご意志で寄付してるぐらいだし、本当欲のないお方だよ」
確かにジンもラグドールもキリヤナギが、お金を使って遊ぶ所を見たことがなかった。外に出ても公園や散歩ばかりで、時々友人と喫茶店に行くぐらいなら確かに減る事もない。
「海グッズはいいとして、景品本当にこれだけ? ぬいぐるみは?」
「一回でとれました」
「取れそうだったやついじったら2個落ちて……」
想像の七割ほどの金額しかつかわれておらず、セオは半信半疑だった。しかし、ジンのゲームの上手さはセオもよく知っていて、肯定されれば納得もしてしまう。
「お菓子台安いんだぜ?」
「知ってるって……」
疑われないか不安を抱え、セオが悩んでいるとノックから、青の騎士服を羽織る男性がはいってくる。
*
一方でキリヤナギは、グランジに付き添われ食卓からリビングへと戻ってきていた。
普段通り誰も話さない緊張の食卓はとても疲れたが、戻ってきたリビングから突然ショックを受けるような叫び声が響く。
扉から中へ入るとセスナが咽び泣いていてジンとセオ、ラグドールまで揃っていた。
「ラグ!! これ女性用ですよね!? 僕男ですよ!?」
「でもお兄様クローゼットに最近女の子の服増えてたからこっちかなって」
「あれはヒナギクさんが勝手に買い込んで渡してきたやつで……」
セスナの手には白い女性用の水着が握られていて、キリヤナギが思わず吹き出してしまった。
「ヒナギクにもらった奴だったんだ。着たところみせてよ」
「殿下! おかえりなさ……って、冗談はやめて下さい!」
「せ、セスナさん。ちゃんと男性用のも買ってきたんで……」
ジンが袋から出してきたそれにセスナはまるで救われたような表情をして、水着ごとジンの両手を握る。
「ジンさん、貴方だけです。僕の味方は、大切にします」
「え、えーっと……??」
「殿下。ヒナギクちゃんからもらったお兄様の写真みますか?」
「みせてみせて!」
「やめてください!! もうこれ以上羞恥をさらすのは……」
「着たんですか……」
「ストレリチア隊の飲み会の罰ゲームで……」
「めちゃくちゃ可愛いんですよー」
「あれ以来同僚から意味深なメッセージが……」
「ホラーじゃないっすか」
キリヤナギはずっと笑っていた。先日の事件から心配を得ていた騎士達は、そんな王子の笑みにほっと肩を撫で下ろす。
少しだけ、外を歩くことへ恐怖していたキリヤナギは、この買い物がきっかけで調子が戻ったとも言えるからだ。
ジンは、戻ってきたグランジへお菓子が大量に入った袋を渡し、彼が満足そうにしているのを見て安堵する。
ジンがお菓子台へと拘るのは、そもそも景品に興味がないこともあるが、グランジはそれを喜んでくれる数少ない仲間でもあるからだ。
「グランジさん好きなんですね」
「俺はそんな食べないので、消費してもらってますね」
そんなジンへ、セオは少し呆れていた。
「みんな当日はよろしく!」
騎士達は、意気揚々と同意していた。
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