第32話 おばけがこわい

 ウェブではまだ交通情報が停滞し、夜までは続くだろうと予報される中、二人はしばらくの間勉強をしていた。その間の雑談で、去年の生徒会での事なども聞きているとツバサによる厳格な生徒会がみえてくる。


「去年の生徒会は、本当に実力主義で1カ月の間に成果がでなければ問答無用で役員の交代が行われて居ましたから、みなさんピリピリしてて」

「ツバサ兄さんらしいね……」

「でも、今の会長はそれはしないと公言されて支持を集めたのでとても気楽ですね」

「へぇー」


 キリヤナギの思うツバサの想像通りで懐かしいとも思えてしまう。彼とシルフィは、兄妹でありながらも性格は真逆で周りからも本当に血が繋がっているのか疑われることも少なくない。


「僕はそうやってメリハリをつけて政治やれるツバサ兄さんを尊敬してるかな」

「私は、殿下にはあーなってほしくはないと思ってしまいます。やっぱり怖いので……」

「怖い?」

「怖いです」


 ツバサは、穏やかな実母より叔母となるヒイラギと性格が似ていて、キリヤナギはそこまでの恐怖はなかった。しかし、ツバサに言われても恐怖はないが、母に叱られるとわかると怖くなる事もある。


「うーん、不思議」

「何がですか?」


 なぜ母を怖いと感じるのか、キリヤナギは自分でもよく理解はできていなかった。

 そんな2人だけの賑やかなその場所へ2本の傘を持つ1人の女性が立ち寄る。少しだけ濡れた衣服を纏う女性は、キリヤナギとリーシュを見つけて微笑んだ。


「ご機嫌よう、殿下」

「……こんにちは」

「規則違反となりますが、お声掛けをお許しください」


 この言葉に彼女が王宮の関係者だとわかる。キリヤナギぐ首を傾げていると女性は、笑みを崩さずに続けた。


「事務員の身ながらも差し出がましく存じますが、ツバキ様より傘を預かって参りました」

「セオから?」

「はい」

「なんで君が?」

「私は本日退職の身で学園には最後のご挨拶にと立ち寄ったのですが、殿下が立ち往生されていると伺い、王宮より持ち込まれた傘をお持ちしました」


 王宮と桜花大学院は、王立の関係上、王宮の事務員もよく出入りしている。その中でキリヤナギも成績表を届けられた事があるのは記憶に新しかった。


「そっか、ありがとう。僕が使ってもいいのかな?」

「はい、どちらにせよ。返さなければならないものでしたので助かります」


 よく見ると傘には「桜花宮殿」と手書きの印が付けられている。王宮から持ってきた傘なら、キリヤナギが持ち帰ることは自然だとも思えた。


 差し出された傘をキリヤナギが受け取ろうとしたとき、突然リーシュが間へと入り、傘を蹴って壁側へ飛ばした。

 キリヤナギの腕を掴み、まるで庇うように前に出る。


「リーシュ?」

「手……」


 向かいの女性の右手の指には、針が仕込まれた指輪があり、キリヤナギは思わずゾッとする。

 ポケットのデバイスを取り出した直後。女性が手を掲げて飛び込んできて、リーシュが腕を掴み、捻るようにして投げ飛ばす。しかし『敵』は床へ叩きつけられても怯まず、さらにキリヤナギへ飛びかかろうとしたところを、リーシュが背中から押さえ込んで止める。


「殿下、逃げてください!」


 一旦は動きが封じられたが、振り払われ乱闘が始まっていた。

 キリヤナギは、リーシュの声に従い騎士を探して一旦屋内テラスの出口へと向かう。巡回騎士を探すが、外の廊下には倒れている騎士がおり言葉を失った。彼はまだ息があり担ごうと肩を貸すが、彼はキリヤナギを突き放してしまう。


「構わず、今はどうか……! ここでは死にません……」


 騎士の顔色に問題はない事を見て、キリヤナギは唇を噛みながらも一旦は離脱した。護身用の拳銃はバックに置き去りで冷静になれていない自分を悔つつ、母との約束を守りたいと騎士を探す。

 土砂降りの最中、せめて本館に向かえばいるだろうと渡り廊下へでると、直後。ガラスの破砕音が響き、何かがテラスから出てくる。

 それは【見えない】が、影が存在し、また雨が人の形を作っていてキリヤナギは、その異様さに判断が遅れた。水溜りを踏み荒らす音が響き、後ろからずぶ濡れのリーシュが出てくる。


「足を止めないで!!」


 悲痛な声に、キリヤナギは我に帰って走る。廊下の先には騎士が見え、扉を開けてくれるが、滑り込んだキリヤナギが振り返ると、居るはずのそれは【見えない】。

 異能【認識阻害】を持つ敵は、素手で騎士の顔を殴り飛ばし、さらに追ってくる。一名の騎士が殴り倒され、キリヤナギは影を見ながら飛び込んでくる敵を回避する。

すると、騒ぎを聞きつけた騎士が、廊下のから顔を出した。


「逃げて!!」


 突然の認識皆無の敵に、騎士は反応ができない。狙撃しようにも動き回り狙いどころでは無いのだ。

 キリヤナギは唇を噛み、再び本館から飛び出して渡り廊下へと出る。テラスまで戻れば銃があると、再び土砂降りの中へ飛び出した。


「殿下!!」


 間近で追いつかれた『敵』を、リーシュが体当たりで止める。屋内より雨の降る屋外の方が、認識しやすいが【未来視】をもってしても、「敵」はシルエットの視認が限界で、リーシュは薙ぎ払われるように床へ倒されてしまった。


 キリヤナギは、呆然と見ているしかなかった。

 母の願いを汲み、戦わないと前を向いたのに、ここに来るまでに何人が倒れたのだろうと絶望する。

 『タチバナ』からすれば、【認識阻害】は、影さえ見えれば互換に戦えるが、あくまでそれは、相手が【認識阻害】だとわかっている事が大前提だからだ。不意に現れた【見えない存在】など、対応出来るわけがない。


「逃げて下さい!」


 起き上がったリーシュの悲痛な声は遅かった。既に敵は目の前で、回避が間に合わない。こちらに来ると、被弾を確保した時。キリヤナギの後ろから銃声が響いた。

 そして、影のみの存在が後ろへと吹っ飛ばされて床へ落ちる。

 誰も当てられなかった弾丸を当てた彼は、屋内テラスへ近道をしようと外から回り込んだジン・タチバナだった。


「ジンです。襲撃犯に遭遇。掃討します」

『本当かい? 援軍は必要かな?」

「一人居そうなので大丈夫です」


 傍には投げ捨てられた2本の傘がある。キリヤナギは、リーシュに匿われるように本館の方へと退避した。

 そしてキリヤナギとすれ違うように、ジンは見えない敵へと向かい合う。敵は急所を外れたのか、まだ動けるようにだった。

 巡回騎士は、『敵』を逃さないよう周りを固めるが、『タチバナ』が到着した事で、【認識阻害】の相手を前に手出しをしないよう指示が回る。それは、先程のように視認し辛いが故、不意打ちの攻撃をもらう可能性があるからだ。


 敵は再び姿を消し、ジンへ狙いを取れないようジグザグに接近してくる。ジンは足音とシルエットを頼りに、振り込まれる拳を視認し、ズレるように回避した。

 その動作に、敵の驚きの声を上げる。

 ジンはまるで見えているように回避し、距離を取っては狙撃、敵の腰や足を掠めた。側から見ればそれは、何もない場所で後退しつつ狙撃する、一人のダンスのようにも見えるが、雨に作られたシルエットは確かに人で、皆は呆然とそれを眺める。


「遅いっすね」

「っ!?」


 言葉の煽りに敵が一瞬動きを止めた時、ジンが敵の腹へと入った。鈍い声が聞こえ動かなくなったのを確認し、周りの騎士が抑えにかかる。

 一息つき、奪取できるかと周りを見るがキリヤナギがおらず、ジンは迷わず回線を開いた。


「終わりました。殿下はーー」

『保護完了したよ。リーシュ君も一緒だ』

「リーシュ?」

『知り合いじゃないのかい?』


 先程の女性を思い出し、ジンはピンときた。キリヤナギを庇う様をみて、敵ではないと認識したが、セシルの反応からみると関係者だったのだろう。


『とにかく、こちらは殿下を送迎するよ』

「わかりました。こっちの騎士と少し話して戻ります」

『わかった。殿下の荷物が屋内テラスにあるらしいから持って帰れるかな?』

「確認します」


 ジンが通信を切ると、周りの騎士からまるで忌避するような目で見られ、ジンは早々にキリヤナギの荷物の回収へと向かう。



 リーシュに連れられ、自動車へ案内されたキリヤナギは、後部座席で思わず膝を抱えてしまっていた。

 冷静になってくると奪取もしなければならなかったのに、考える余裕もなかった事実へ情け無くなってくる。セシルは運転しながらも、消沈しているキリヤナギへ口を開いた。


「ご無事で何よりです、殿下」

「僕の代わりに、みんなが……」

「大丈夫です。死亡者はおりません。女性であり軽症のものばかりですよ」

「……リーシュ?」


 横に座る彼女は、苦笑していた。リーシュは、デバイスの一画面をキリヤナギへ参照してくれる。それは、宮廷騎士の身分証明書でリーシュ・ツルバキアの名と顔写真が表示されていた。


「嘘ついてごめんなさい。私は宮廷騎士団。ミレット隊嘱託の隠密部隊見習いのリーシュ・ツルバキアです。ミレット大隊長より、秘密裏に殿下の護衛をさせて頂いておりました」

「……」

「殿下?」

「しってる」

「えっ???」


 リーシュの顔が真っ赤になり、キリヤナギは何故かほっとしてしまう。


「わわわ、私、な、な何も話してないですよ??」

「うん」

「なん、なんで知ってるんですか!?」


 ツッコミどころが多過ぎて、「何となく」としかキリヤナギは答えられなかった。先程と同じパニックを起こしかけている彼女を見ていると、緊張していた心も落ち着いてくる。


「……怖かった」

「……そうでしょう。しばらくはおやすみ下さい」


 セシルの言葉に、安堵を得てしまう。リーシュが幽霊ではなかった事を安心していたのに、大雨の中を得体の知れないものが追ってきて、本当の意味での恐怖を感じた。武器もなく丸越しでいることがこんなにも無力とは思わず、ジンが頼もしく感じたのも久しぶりだった。



 王子が襲撃にあったことでその日の宮殿は大騒ぎになり、キリヤナギの自室には両親も現れて様子を見にきていた。

 今回現れた『敵』は、逃亡を企てた上での襲撃であり、逃げる前に王子を王宮から出さないよう恐怖を与えるためだったとも考察される。それは、宮殿の構造の殆どが敵へと割れているため、敵は外に出られる方が事に及びにくいからだ。


 ミレット隊との簡易な報告会を終え、ジンはキリヤナギの荷物を持って王子のフロアへと戻ってくる。服はずぶ濡れで早く着替えたいと足早にリビングへと戻ると、目の前にはリビングのソファで毛布を羽織るキリヤナギがいた。

 向かいにはグランジがいて、キッチンにはセオが立っている。


「おかえり、ジン」

「ただいま……」


 グランジも目線をよこすが、キリヤナギは無反応だった。ジンは一旦礼をし、荷物だけ置いて自室に戻り、身だしなみを整えてからリビングへと戻る。


「……荷物、ありがとう」

「大丈夫っすか?」

「……怖かった」

「確かにやばかったすね……前言ってた?」

「ううん、それはリーシュ」


 ジンはセシルから、彼女は王子を秘密裏に護衛する為、クラーク・ミレットが送り込んだ護衛騎士の一人だと説明された。【未来視】をまるで【認識阻害】のように扱える天才だと聞いたが、一応見習いで、バレたとしても生徒として見守るよう指示されているらしい。


「そんなに……?」

「その辺のホラーよりヤバい。俺もちょっとびびった」

「ジンも……?」

「大雨で足音とシルエットだけとか、大の大人でも無理です」


 倒した後、周りのミレット隊には腰を抜かして震えているものもいた。キリヤナギは走って逃げていたらしいが、騎士ですら動けなくなる相手から逃げ出せる彼は、やはり勇敢な方だとも言える。

 

「もうやだ……」

「騎士が不甲斐なくてすいません……」


 キリヤナギは元々幽霊が苦手なのだ。リーシュですらも不安に思っていた最中の出来事で、整理がつかない気持ちも理解できてしまう。



 その次の日、キリヤナギは休日で午前は部屋から出てこなかった。嵐が過ぎ去った首都は、雲が晴れてどこまでも美しい青空が広がり、水たまりが空を写している。


「私も人の事は言えないか……」

「ミレット卿……」


 会議室にて集まった騎士。シダレ王が率いるアカツキ・タチバナ、クラーク・ミレット。セシル・ストレリチアの4名は再び起こった襲撃に頭を抱えてしまっていた。クラーク・ミレットは、大学を自身の騎士で固めていたにも関わらず、嵐に紛れて逃げ出した工作員を捉え切れなかった事へ反省を述べている。


「早々に掃討へ回りたくもあるが、今は殿下の心身こそ最優先にーー」

「アカツキ、構わん。旅行に連れていってやってくれ」

「……しかし、キリヤナギ殿下は勇敢なお方です。それが恐怖されたなら相当のーー」

「いい。我が家を安全にすることこそ、最優先だ……」


 シダレ王の目は、冷やかな怒りを募らせていた。セシルだけでなく、クラークすらも擦り抜けた敵へ妥協をしてはならないと理解したともとれる。


「長期休校はいつからだ?」

「来週のテストが終わり次第かと思われますが……」

「そうか。今回の件で、ヒイラギも状況の悪さを理解してくれた。戦うなと釘を指すのではなく、やむ終えないのなら戦って自衛すれば良いと」

「陛下……」

「お前達を信頼していない言っていない。子供を信頼する事も親には必要だ」


 3人の騎士は、何も言葉を返せなかった。



 一方で、自室に篭っていたキリヤナギは、昼になってようやく起き上がり、部屋に置いてある2本のサーベルを眺めていた。

 一本は使い慣れ、騎士学校の卒業時に進呈された桜紋の装飾の入った物。もう一本は、誕生祭に渡され、若い王子向けにハイカラな装飾が鞘へ彫り込まれた真新しい物だった。

 刀の文化が色濃く残る東国の技術で作られたオウカのサーベルは、軽くありとあらゆる物を斬り払う事から、近接武器においてこれに勝るものはないとも言われている。今でもオウカの騎士達が愛用し腰へと刺してはいるが、銃の普及により、殆どが使用されなくなってきているのが現実だった。

 キリヤナギは、銃よりもオウカのサーベルが好きで得意でもあるが、それを持つことにもう何度疑問を得たかわからない。

 騎士学校をでて騎士の称号を得ても、王子が戦う事を誰も望まず、ただ危険な事だと忌避される事へ、果たして意味があるのだろうかと思う。

 諦め戦わないと割り切っても得たものは、何もできない無力感と恐怖だけで後悔しかなかったからだ。

 どうしたいのだろうと自分と向き合うと、心は何もしないのはやはり耐えられないのだとわかり、それは武器を見てもう一度再確認した。

 周りはその剣を「王子の趣味に合わせ」とか「儀礼用」とも言うが、この2本の武器はそんな形式だけのものではない。身を守る為に作られ、キリヤナギの元へと来たのならそれは使われるべきであるとも思う。

 使い慣れたサーベルは、もうぼろぼろだ。こっそり出かけて使用しメンテナンスに出せば、抜け出しがバレる事から、何度も断ったツケが回って来ている。お陰でかなり切れづらくなっていて鋭利に見えても怪我をさせないが、武器としてはとても使い物にならない。

 もう一本は、渡されたばかりの新品だ。刀身は美しくまさに芸術品で飾る為に作られたようにも見える。以前の剣はとても手に馴染み、共に戦ってくれる仲間にも近い印象があったが、新しい彼は戦ってくれるだろうかとキリヤナギはしばらく眺めていた。


 暖かい日差しが差し込む自室へノックが響き、セオが昼食を運ぶ為部屋へと入ってくる。彼は起きているキリヤナギへほっとしたようだった。


「おはようございます」

「おはよう。朝の公務出れなくてごめん……」

「お気になさらず、昨日の事を踏まえれば致し方ありません」

「……」


 今日は、全国メディアから公務に復帰した王子を正式に流したいと連絡が来ていた。簡単な撮影とコメントだけではあったが、とても「普段通り」を見せられる体調でなく断ってしまった。


「本日は、スケジュールも入れておりませんのでゆっくりお過ごしください」

「……うん」


 父と母は、旅行で気晴らしをすればいいと言ってくれていた。その上でもし何かあれば身を守ればいいと、実力を信頼しているとも話されたが、そんなも騎士へ信頼喪失にすぎず、とても前向きに捉える事はできなかった。


「海へ旅行となりましたが、遊びは考えておられますか?」

「え?」


 セオの唐突な言葉に、呆気に取られてしまう。海に行きたいと言ったのはキリヤナギだが、確かに「行きたい」と言っただけで、何をして遊ぶかは考えていなかったからだ。


「海での遊びは様々です。ぜひ色々お考え下さい」


 昨日の出来事から戦うことばかり考えていたが、本当の目的は遊びなのだ。作戦はあくまで「ついで」であり、20歳の記念旅行とも聞いている。


「わかった。考えてみる」

「私も楽しみにしています」


 思えば、ずっと一緒にいたセオも久しぶりの旅行だ。使用人の立場で自由が効くはずなのに、キリヤナギだけが耐えるのは違うと、仕事を除いて私的に出かけることはしていないと言う。キリヤナギは気にしてもいなかったが、お陰で何も文句も言わずここまで来れたのだ。


 昼を済ませた王子は、久しぶりに動物達のいる宿舎へと足を運ぶ。昼下がりでは、お昼を終えた飼育員達が動物の食事を補充し、ブラッシングをしたり庭へ離して遊ばせていた。キリヤナギも手伝いながら、戯れあっていると、隅に少しだけ寂しそうに座り遠くを眺める犬がいる。

 視線の先は通用口で、誰かを待っているようにも見えた。


「あの子は?」

「あぁ、マリーちゃんが居なくなって寂しがってるんです。一番懐いてましたから……」


 マリーの名に、キリヤナギは複雑な心境を得てしまう。彼女が工作員であった事実は、騎士団でしか共有されていない。それは失態を外部に漏らさないためでもある。

 キリヤナギは驚かせないよう、犬へと近づきそっと撫でていた。犬のエリィはキリヤナギをみて嬉しそうに尻尾を振る。


「僕もマリーが心配かな」


 エリィは、キリヤナギを押し倒すように飛びついてきた。

 そして週末が明け、学園はテスト期間へと入ってゆく。一回生の授業もあり、周りよりも倍近いテストが控えるキリヤナギは、気持ちをフラットにしてテストへと臨んだ。普段集まっていた屋内テラスは、嵐でガラスが割れたとされ立ち入り禁止となっており、キリヤナギとヴァルサスは仕方なく中庭でお昼を済ませ、終日のテストを終えてゆく。


「なんか王子、元気なくね?」

「え、そうかな?」

「全然しゃべんねーしさ、考えごとしてんのかなって?」


 確かに相槌ぐらいしか打っておらず、申し訳なく思ってしまった。旅行で話された作戦やマリーの事、リーシュ、先日の襲撃、戦うな言いつつ結局自分の身は守れと言う両親など、このテスト期間にも色々ありすぎてキャパが超えかけている。話せることはあるだろうかと考え、結局無言になっているとヴァルサスは痺れを切らしてしまったようだった。


「あのさ、結局マリーちゃんはどうなったんだよ」

「え、マリー?」

「地元帰ったとか言ってたけどさ、そんな簡単に帰るかフツー? 嘘ついてね?」

「……」


 答えられず呆れられてしまう。彼は何も言わず横に座り、飲料を飲んでいた。


「俺、マリーちゃん可愛かったし狙ってたんだよ。王子とは身分ちがうしさ、振り向いてもらえねーかなとか」

「え……」

「でもさ、王子が俺の家に来た時『敵を切る勇気ない』とか話してたじゃん」

「……」

「誕生祭おわって、マリーちゃん消えたし、まさかってさ……」

「うん……」

「『敵』だったのか?」


 キリヤナギは頷いた。全てを話せないことをヴァルサスはわかっている。彼女はただキリヤナギの『敵』であることは、間違いはなかった。


「……気にすんなよ。躊躇うなっていったのは俺だし、見る目ねーな俺」

「僕は、マリーをそうは見てなくて……」

「?」

「王宮での彼女は、とても優しくて周りの人達や動物にも好かれるとてもいい子でさ、だから僕も疑いたくなかったんだ。事実はそうだけど、本当は別の本心があるんじゃないかって期待しちゃってる」

「王子……」

「でも、僕に手を出した時点で、僕はもうマリーを救うことはできないし、どうしようもないんだけど……」

「救わなくてもいいんじゃね?」

「え……」

「王子は言いたいのはこれだろ『好きでやった訳じゃないかも』ってことだろ?」

「う、うん……」

「その先つかめてんの?」

「……マリーの仕事先、あんまりいい噂聞かないから、帰っても酷い目に遭わされるんじゃないかって、殺されないかなとか」

「仕事先わかんの?」

「僕を狙う相手って限られてるから、目処が立つ感じ……」

「オウカで捕まるとどうなるんだ?」

「異能盗難の時点で無期懲役は避けられなくて、僕を狙ったら国家反逆だから……最悪極刑かもだけど、何か理由があったら僕の心象次第で生きれはするかなって、反抗したら拷問されるかもだけど」

「オウカのがマシ?」

「わかんない……」


 拷問はどうなのだろうと、ヴァルサスは首を傾げていた。しかし、やらざる得ない事情と被害者の心象で生きれるのなら、それはある意味「救い」の可能性もある。


「死ななくて済むならそっちのがよくね?」

「そうだけど、向こうがどうかわかんないし」

「敵なんてどうでもいいだろ。王子はオウカ人なんだからさ。それで救えばいいじゃん。アレックスの言葉借りるみたいだけど、それがこの国の正義だろ?」


 思わず呆気に取られてしまう。生きるか死ぬかの大罪を犯した『敵』を、生かすことができるなら、確かにそれは救いにもなるからだ。


「マリーちゃんどこにいんの?」

「わかんない。でも、ローズマリーにいるかもとは言われてて」

「旅行先じゃん。会うのか?」

「ううん。ククやヴァル、先輩は巻き込みたくないから、今回は僕も関与はしないつもり。でも『会いに来られる』可能性はあって、騎士団は今それで揉めてる」

「……!」

「マリーともう一度戦えるのか、僕はまだわからないけど、もしそれで彼女を『救える』なら、価値はあるのかなって」

「結局、どうしたいんだ?」

「僕の本心は『死んでほしくない』かな」

「決まりじゃん」


 ヴァルサスは笑っていた。キリヤナギもつられて笑ってしまう。


「じゃ俺、マリーちゃんに会ったら告るわ」

「えっ」

「なんだよ悪いか?」

「……は、犯罪者」

「根はいい子なんだろ? 壁越しでも愛は語れるぜ?」


 ヴァルサスが浮ついていて、キリヤナギは困惑しかできなかった。彼は大きく伸びをして飲料のカラ缶をゴミ箱へ投げ込む。


「んじゃ、その旅行のために残りテスト頑張るぜ。買い物もいかねーとな」

「うん。ありがとう、ヴァル」

「王子は考えすぎなんだよ」


 話せたことをキリヤナギは後悔して居なかった。彼の単純な解答は、キリヤナギへいつも新しい道をくれるからだ。

 そして1週間のテスト期間を終えた学生達は待ち侘びた夏の長期休校へと入ってゆく。

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