第24話 優しい彼女
セオのデバイスは、マリーの投棄した短剣で粉砕されていた。背中へ刺さる数本の短剣は、幸いにも急所は外れていて、セオは痛みに耐えながら、サーベルを振るう王子をみる。キリヤナギの姿が見えなくなった事へ、最初に気づいたのはセオだった。衛兵が多くおり、また散歩に出てしまったのだろうと呆れた気持ちで探したところ、倒れている数名の衛兵がおり、ひどいものは急所を刺されて絶命していた。
王子を捜索する最中にも殺された兵が隠されており、セオは彼を見つけた瞬間に飛び込んだが、向かい側にいたのが王宮で見覚えのある女性であったことに理解が追いつかない。またそれに躊躇いなく剣を向けて戦う王子は、どこでその決意を固めたのかと思うと、セオは悔しくて仕方がなかった。
気づいた事実を相談されないまま、こうして守られている現実が、ひどく情け無く涙すらでる。再び銃を握ろうとしても右腕の感覚がなく動かない。身体中が痛みに支配されたように痺れ、ただ見ることしかできなかった。せめて助けを呼ばなければならないと、体を無理に起こそうとした時だ、オープンテラスとなった廊下へドレスの影が見え、セオは絶句する。
「こちらへ来ては行けない! 逃げて!」
その悲痛な声に驚いたのは、外の空気を吸いに来たククリールだった。
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ククリールは、一人舞踏会の会場のソファへ座り、退屈な時間を過ごしていた。目の前には公爵や伯爵、令息や令嬢が親交を深め雑談やダンスを楽しむ空間は、まさに貴族の象徴と言うに相応しく、高貴な雰囲気で彩られている。
公爵家の貴族達は、みな家族でくるのは当たり前なのに、今日はククリールが1人だけだった。それはククリールの父たるクリストファー・カレンデュラが、夜会へ参加したくない事が災いし、ククリールが代わりに駆り出されていると言っても過言ではない。その上でククリールも、同立場の公爵家とは価値観が合わず、話す相手もいなければ話しかけてくる貴族も僅かだからだ。幸いアレックス・マグノリアとの親交と王子とダンスを踊った事で、今日は平和に過ごせているが、以前ならば何が起こるか分からず挨拶のみで帰っていただろう。それほどまでに、この空間は、ククリールに「合わない」。寛いでいたら、バトラーが空いたグラスへワインを注いでくれて、ククリールは少しだけ口をつける。
馴染み深い味は、カレンデュラで取れた葡萄のもので、注いでくれたバトラーへ感心する。お酒はそこまで飲まないが、自分の領地で生産したものが王宮で振舞われているのは、領主の娘として少しだけ誇らしくもあった。
時計は二十二時を回り、そろそろ帰ろうと会場を見回すが、アレックスは居ても、王子の姿が見えなかった。目があったアレックスがこちらに気づき歩み寄ってくる。
「ククリール嬢、王子はみなかったか?」
「……さっき話しましたが、すぐ別れたので、そのあとは見てないですね」
「そうか。私もさっき会ったきりだ。皆探しているが、休憩しているのかもな」
この夜会は、王子が主役であり、貴族達は、みな彼がどのように成長したかを見に来ている。この王国の行末を果たして任せる事のできる逸材か見極め、この先の立ち回りを決めてゆきたいと言うことだろう。しかしそんな主役は今ここにはいない。皆お茶を濁すように王子の噂をして待っているのだ。
「父にも会わせておきたかったが仕方ない」
「儀式は参加しておられたのに、残念ですね」
アレックスは苦笑していた。彼は他の貴族に呼び止められ、再び輪の中へと戻ってゆく。マグノリアはここ数百年で、何度も領地を任せられる程の名家だ。よって王家との信頼も厚く、社交会で貴族は無視ができない。
ワインを飲み、少しだけ熱ってくる体を冷ましたいと、ククリールは庭と繋がるバルコニーへと出た。誰もいない開けた空間に一瞬は、ほっとするが、それは同時に違和感へと変わる。そのバルコニーには不気味なほど「本当に誰もいなかった」。使用人だけでなく衛兵すらいないのはこの王宮ではあり得ず、思わず外を見回してしまう。
またバルコニーから廊下へ出ても誰もおらず、ククリールは一度会場へ戻るべきか悩んだが、風に乗り響いてきたわずかな金属音に驚きククリールはそちらへと歩を進めてゆく。その道中にも誰ともすれ違わず不安すら募る中で、ククリールは見てしまった。
花畑の元、傷だらけで倒れる使用人と剣を振って戦う王子がいて、相手は両手に短剣をもちながら、攻めてくる王子の剣をいなしていた。
「こちらへ来ては行けない! 逃げて!」
悲痛な叫び声に驚き、ククリールはまた見てしまった。建物の影に隠された衛兵の遺体は、正気のない目でククリールと目が会い、恐怖が限界を超える。
「いやぁぁぁぁ!!」
響いた悲鳴に、マリーが動きキリヤナギは背筋が冷えた。ククリールの元へ駆け抜けてゆく彼女の後を必死に追いかける。そして、投棄された金具は、ワイヤー付きのものだった。当たると思われたがキリヤナギが体で払いのけ命中は免れる。しかしワイヤーへ触れたことで、それがキリヤナギの左腕へ巻き付いてしまった。
「やっと……」
マリーの感嘆が酷く悔しい。ワイヤーは儀礼用の剣では切れず、後ろには座り込んだククリールもいて離れることができない。
「クク」
「!」
「前は一緒にいれなくて、ごめん」
「……どうして」
「君は、僕が守る……!」
マリーは、捕えた王子に向けて更に短剣を投げてきた。キリヤナギは足を止めたままクロークで払うが、その一本が頰を掠める。さらに投機武器を取り出すマリーに向けて、キリヤナギは間合いを詰めるために突っ込んだ。ワイヤーが絡んだ事へ油断した彼女は、向かってくるキリヤナギへ反応が遅れ、腕を掴まれて床へ一気に投げられる。キリヤナギはワイヤー根本を壊そうとしたが、それはマリーの体に固定されていて抜ける気配はなかった。
「どこまでも、優しいのですね」
マリーの笑みの直後、月の光が翳りキリヤナギは驚いた。マリーは銃を取り出し、キリヤナギが下がると、翼のある物体が空へと浮いている。そこからマリーへ何かが降りて接続し、彼女は一気に空中へと巻き上げられた。そして更にキリヤナギも吊り上げるように運ばれてゆく。
「殿下ー!」
ゆっくりと離れてゆく地面に、必死にもがいていた時、闇夜に甲高い銃声が響いて、ワイヤーが切断された。
登りきったマリーが絶句し、キリヤナギが、数メートルから落下しかけたとき、滑り込んだジンがクッションになるように受け止める。その一連の様子を見たマリーは、飛来した飛行機のパイロットから声をかけられた。
「どうする?」
「今回は諦める。後の人に任せます」
「分かった」
オウカへ飛来した飛行機は、静音のグライダー飛行からエンジン飛行へ切り替え、天空へと消えていった。それを呆然と見送った王子は、起き上がって来ないジンを見る。
「飛行機、はじめてみた」
「冷静に感想言わないで!」
ジンはカナトから写真を見せられていたのを思い出していた。しかし、奥にはセオも傷だらけで膝をついていて倒れている。キリヤナギは駆けつけようとしたが、足元がふらつき、剣を杖にして座り込んでしまった。
「殿下……!」
「ジン! 早く、救援……」
「セオも動くなよ!」
「この剣、多分毒が……」
ジンは、言葉を失った。王子はそのまま横へ倒れ、ククリールが必死に呼びかけにゆく。グランジとリュウドも合流し、その場にいた全員が救助されるように運ばれていった。
セオは救護室で、王子は自室で医療処置がとられる事となる。ジンは骨折はしても軽度であったことから、手当だけされ安静にするようにとだけ言われていた。
すぐ目覚めると思われたキリヤナギだったが、痺れのみを訴えるセオとは症状が違って発熱がおこり、軽度の呼吸不全の症状が見えはじめる。その上でセオの話から、王子の席へ運ばれた酒へ毒が含まれていたことが分かり、すぐさま解毒剤が投与されることとなった。
昼間の儀式から、夜の社交会までこなした王子は疲れ切り意識はない。傍に座るククリールは、何も言わず静かに泣いているようだった。
「どうして、私なんかの為に……」
ククリールの言葉に、ジンは敢えて何も言わなかった。以前の事件で「一緒に居られなかった事」を気にしていた王子を責めることもできない。キリヤナギはただ「自分で守る」と言う意思を貫いただけだからだ。
グランジとリュウドが警備をする中で、王子の自室へノックが響き、赤の騎士服のセシル・ストレリチアと、青の騎士服のセスナ・ベルガモットが現れる。
「隊長、お疲れ様です」
「リュウドもグランジもありがとう。殿下の容態は?」
「よくはないみたいです。毒は致死量ではなかったけど、体力的にどうなるか……動き回ってたみたいなので」
セスナは項垂れるジンを心配そうに見ていた。セシルは、そんなジンを見ず口を開く。
「お強い方だから、きっと大丈夫さ……」
「……!」
ジンが顔を上げたのを確認し、セシルは傍へ座るククリールへと跪く。
「ご機嫌よう。カレンデュラ嬢、私はセシル・ストレリチア。この宮廷騎士団において、殿下の近衛兵を務めるものです。本日はもうお時間も遅いため、私がご自宅へお送りさせていただきたく思うのですが、如何でしょう?」
「……近衛兵? 貴方はどこにいたの……」
「この王宮へ侵入していた『敵』の討伐へ参加しておりました。殿下の周りへ居られなかった事を不甲斐なく思います」
「『敵』……ごめんなさい。私……ありがとう。帰ります……」
「お言葉はごもっともです、どうか気にされず。では自動車へお連れ致しますね」
ククリールは、少しだけ名残惜しそうに部屋を出て行った。セシルも一礼して出てゆき、誰も話さない静寂が訪れると思われた時、部屋の外から騒がしい足音が聞こえもう一度扉が開かれた。
現れたのは王と王妃で、三人は跪いて礼をする。王は、意識のないキリヤナギをみると、「家族だけにしてくれ」と口を開き、皆はキリヤナギの自室からリビングへと移動した。
そこから何時間経ったかは分からない。夜会は早くに切り上げられ、使用人達は簡単な片付けだけをして帰路へつく。国民たちは、夜のひと時を二十歳となった王子の映像を見て過ごし、祝い、明日もがんばろうと眠って行く。誰もまだ彼が失われる可能性をしらず、祭りの余波を楽しみ、その日を終えて行った。そして朝となり、ジンが頬杖をついて仮眠をとって居ると、王子の自室から王妃がでてくる。
崩れ落ちて泣き出してしまった王妃に、ジンが確認に向かうと、そこには呼吸器を外し、うっすらと意識が戻ったキリヤナギがいた。ほっとした王妃の涙に騎士の皆もようやく安堵の表情がみえる。そして王宮の長かった誕生祭はようやく終了し、オウカ王国へまた新しい朝が訪れていた。
*
「なんでアイツこねぇんだよ」
振替の休日を終えて、火曜日から登校したヴァルサスは、二限を終えても現れないキリヤナギに向けて不満を溢していた。当然のようにグループメッセージに返事はなく、音声に繋いでも反応はない。
「誕生祭ではあったが、何も聞いていないな、体調が悪そうでもなかった」
「本当出席大丈夫なのか?」
ククリールはまるで聞こえないように椅子へ座り、黙々とパンを頬張っている。その目には生気がなく考え事をしているのは一目瞭然だった。
「姫はなんかしらねぇの?」
「……知りません」
「告白されたんじゃねーの?」
「断りました」
「は?」
口籠るヴァルサスにアレックスすらも唖然としている。彼女の行動は、貴族としてもあり得ないからだ。
「よく断るものだな。令嬢なら行く末は王妃、その家は輩出実績から永劫の反映が約束されてもおかしくはない」
「他の方はそうでしょうね。でもそんな形だけの結婚なんて、私にはとても無理です。どうせなら、もっと仲良くなれる人の方がいいので」
ククリールの言動に、ヴァルサスも唖然としていた。初めて心中を吐露した言動もそうだが、その言葉はまさにキリヤナギが求めているものだからだ。
「なんで断ったんだ??」
「何度も言わせないでくださる?」
アレックスは、あれほど硬派なククリールが僅かに打ち解けていることに驚きを隠せなかった。今までどんな相手にも容赦はなく、まるで敵のようにあしらってきた彼女が、自分の気持ちを話すのは本当に珍しい。
「またなんか巻き込まれてんのかなぁ……」
「誕生祭の直後にか? 考えにくいが……」
「……」
ククリールは何も答えない。普通に話せるほどの仲ではない認識はあるが、今日の彼女は普段とは明らかに雰囲気が違っていた。
「色々考える前に王宮行ってみるか」
「コンビニ感覚で行ける場所じゃないぞ……?」
「前に見舞いにいったんだよ。アレックスもくる?」
「……顔を出す価値はあるか」
「きまりだな。ま、どうせ振られて凹んでるんだろうし。姫は?」
「……遠慮します。きっと門前払いになるもの」
「なんでわかるんだよ」
「王宮なら普通です」
「令嬢なら顔ぐらいは見れると思うが……」
ククリールは、それ以上は何も答えず2人の元を去ってしまった。そしてその日の最終授業の後、再び合流したヴァルサスとアレックスは、迷わず王宮へと足を運ぶ。正門へゆくと今日もヴァルサスの叔父モッコクがいて、彼を経由して事務所へ確認をとってくれることとなった。それなりに待ったが、会っても良いと言う許可が降り、ヴァルサスは思わずガッツポーズをする。案内の者が来ると聞いて待って居ると、サーマントを下ろす騎士が現れた。
「ジンさん」
「ヴァルサスさん、どうも」
「『タチバナ』か、厳重だな。貴様優勝者だろう?」
ほぼ初対面なのに名前を言われ、ジンは驚いた。騎士大会・個人戦は一般にも公開されるが、あくまで王宮内の行事である為に、その結果は公式サイトぐらいでしか公開されない。しかし、オウカの全国から代表となる騎士達が集う為に、入賞した彼らは少なくともその強さを認められ、評価される事となる。アレックスから話を聞いたヴァルサスは、感心した表情をみてジンを見直した。
「すげぇじゃん」
「恐縮です」
「でも、ジンさんてアークヴィーチェ管轄じゃなかったっけ?」
「先々週から一時的にこっちに異動になってて」
「へぇー、王子、凹んでる?」
「いえ、これ以上は会っていただければ……、出来たら他言無用にお願いします」
深刻な表情にヴァルサスは言葉に迷った。そしてアレックスもまた、彼がここに居る事へ違和感を得ていた。アークヴィーチェ管轄だと言うジンは、本来「居ないこと」が正常なのだ。平和であり、必要が無いのなら大使館に居るはずの騎士がここに居る。
これは、彼が必要なほど王宮が厳重な警備を求めている事へ同義する。 そして衛兵のいる扉を介したその奥には、更にもう1人騎士が控えていて感心もする。
「ようこそ王宮へ、私はセオ・ツバキ。キリヤナギ殿下のバトラーを務めさせて頂いております」
「ツバキか。光栄だな」
「アレックスは知り合い?」
「ちがう。騎士にも格式があるように、使用人にも格式があるんだ。一般の枠から出ないが、ツバキ家は代々より王家へと支え、その品格を守ると言う」
「恐縮です。マグノリア卿にアゼリア殿。本日はこのツバキの元、ごゆっくりお過ごしください」
セオの以前と違う雰囲気に、ヴァルサスは困惑してしまう。アレックスがいるからなのだろうが、これが身分の差だと理解してもどかしくもなった。お茶菓子をワゴンに乗せるセオは、左手首から腕にかけて包帯を巻いていて、怪我をしているのが見て取れる。
「セオさん怪我?」
「ええ、つい昨日まで伏せっておりましたがどうかお気になさらず」
「えぇ……」
怪我と寝込んでいた事の関連性に思わず首を傾げてしまう。アレックスはこの時点で何が嫌な予感を察したようだった。そして案内された部屋に、ニ人は思わず荷物を落とした。
毒の影響はかなり落ち着いたが、未だ身体中が痛くて起き上がるのも辛い。熱もなかなか下がらず、解熱剤と点滴でやっと落ち着き、キリヤナギは意識を取り戻していた。
「王子、お前……」
「ごめん。ニ人とも、辛くてデバイス、見れなくて」
「どうなってる、騎士!」
思わず掴みかかってくるアレックスに、ジンは冷静だった。当たり前の反応を彼は見せたからだ。
「宮廷騎士を名乗りながら国家の存続を担う王子がこのあり様だと! ふざけるな!」
「アレックス! 落ち着け!」
「黙れ、国が滅ぶかもしれないんだぞ……!」
「先輩。僕、大丈夫だから……」
「かばうな!」
「マグノリア卿のいう通りです、全ての責任は我々騎士にある……」
「ちっ、何があった?」
セオは、視線を落としながらもゆっくりと起こったことを話してくれた。ニ人は肩の力を抜いてそれを聞き、ヴァルサスはため息をつく。
「振られてヤケ酒のんだら、毒入ってたなんて世話ねぇな……」
「もうしない……」
「おい、ヴァルサス!」
「良いじゃねぇか、もう山超えたんだろ?」
「……はい、あとは体内の毒が自然排出されるまで安静にと……」
「これは学校これねぇな」
「ごめん……」
「俺はいいぜ。出席はしらねぇけど」
キリヤナギは横になりながら絶望し、項垂れていた。
「まぁ、テストよかったら単位ぐらいどうはなかなるんじゃね……」
「ノート貸してください……」
「しゃあねぇなぁ……」
ただの学生の会話に、張り詰めた空気が解けていく。アレックスもまた落ち着いたように椅子へ腰を下ろした。
「ククに振られちゃったぁ……」
「めちゃくちゃショック受けてんじゃん。な。でも気持ちはわかるぜ。俺でも飲みたくなるわ」
「何がだめだったんだろ……」
「好きならもっとアプローチしねぇと、その気がないって思い込んでる相手に突然告白されたってびっくりするだけだろ? こう言うのはフリも大事なんだよ、フリ」
「そうなの……」
「そ、そう言うものか??」
一般の感覚は、アレックスにもよくはわかっていなかった。起き上がれそうにもない王子だが、雑談をできるぐらいに元気だともわかりニ人は安心する。
「そういえば先輩、誕生日プレゼントありがとう」
「あぁ、開けられたか?」
「昨日、代わりに開けてもらって、すぐ連絡したかったんだけど……」
「こんな状況では無理だとわかる。便利なので活用するといい」
「何送ったんだ?」
キリヤナギが指を刺し、ジンにデスクの上の端末を運んでもらっていた。通信デバイスを大きくしたようなそれは、ガーデニア製の最新機器だ。
「うぉーすげー、これめちゃくちゃ高いやつじゃん」
「先日、父がアークヴィーチェと会う機会があり、ついでに購入しておいてもらったものだ。小型端末と一緒に使うといい」
「ありがとう。大事に使うね」
ジンに助けられ、王子は体を起こしていた。しばらく雑談をしている最中でヴァルサスは徐に口を開く。
「そうや、マリーちゃん。あの子も今日みかけなくてさ、忙しいのか?」
「……マリーは、わからないかな。また会ったら話しとくね」
「おう」
少し困っている王子を、アレックスは意味深な表情でみていた。
あれからマリーは、キリヤナギのアドレスリストからも消滅しまるで最初から居なかったように忽然と姿を消した。
メイド達に聞きに行っても、誕生祭の前日に祖父の危篤で退職したと話され、もうその足取りはもうどこにもない。記憶に残るのは、犬達と楽しそうに戯れ合う彼女の姿だった。与えられた動物達の世話役は、確かにキリヤナギへの刺客として理にかなっているが、あの時の彼女の表情は、きっと嘘ではなかったのだろうとも思うからだ。
「学生ならまたそのうち会えるだろ」
「うん……」
「……」
そして一週間の療養期間を経たキリヤナギは、ようやく体調が改善し医師からも問題ないと判断され、約十日ぶりに学校へと顔を出す。大学では、既に選挙の投票期間がおわっていて、今日には結果が張り出されるらしいが、朝の掲示板には見当たらずキリヤナギはそのまま一限へと急いだ。
その道中で教室へ入ってゆくククリールと鉢合わせし思わず足を止める?
「クク……」
「……」
彼女も言葉に迷っている。しかし今はもう授業が始まってしまう。
「また、テラスで……」
「......わかった」
今日も彼女との席は遠い。キリヤナギは、その日もヴァルサスと席を並べ、二限まで授業をうけていた。そして久しぶりの屋内テラスでの昼食は、一旦売店に寄ると言うヴァルサスと別れ、キリヤナギは1人で向かうこととなる。
明るい屋内テラスでは、先にククリールがテーブルへ座っていた。彼女はこちらの気配に気づき振り返ってくれる。
「ご機嫌よう」
「こんにちは、向かい座っていい?」
「えぇ……」
向かい合ったククリールは、少しだけ浮かない表情をみせている。何を話そうかと考えていると、彼女の方から先に口を開いた。
「ごめんなさい」
「え、」
「貴方のプロポーズへのお返事、言いすぎてしまったと思っています」
「……」
「貴方は何度も私を助けてくれたのに、私は『友達』として最低のことをした。まるで恩を仇でかえすように、追い討ちをかけて最低な『友達』だった」
「クク」
「謝って許されることではないですが、これだけは言わせてください」
「……」
「あの時、庇ってくれてありがとうございました。もし許されるなら貴方の『友達』として、もう一度やり直したいと思っています」
目を合わせない彼女は、反省した面持ちで机の上をみていた。あの時の彼女の言葉は、とても鋭利でつらかったが、キリヤナギもまたククリールの言う『友達』の意味を理解していなかったからだ。それは2人とも『友達』となれていなかった反省であり、結論として『お互い様』だったと言う事になる。
「僕で、よかったら……!」
気がつくとアレックスとヴァルサスが、屋内テラスの入り口で笑っていた。ククリールはしばらく照れて何も言えず、以前のように賑やかな昼休みが戻ってくる。
そして、その日の放課後。生徒会選挙の結果が張り出され、キリヤナギは生徒会の副会長として活動を開始してゆくのだった。
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