第23話 騎士の舞踏会

 闇世に潜む多くの影は、首都の王宮周辺へ潜伏していた。入念に準備された作戦。王宮の近衛兵を撹乱し、騎士の意識を別の場所へ向ける事で、その隙に王宮を襲撃する作戦だった。主力の騎士は皆、「王の力」盗難を図った者のところへ行っていると踏む。

 たとえ捕えられても、王子さえ手に入ればどうとでもなると言われ、影は決死の覚悟で挑みにいった。そして二十一時の定刻。花火に紛れて突撃を測っていた影は、後ろからサイレンサー付きの銃で狙撃され絶命した。また周辺にいたものも僅かな血で命を失ってゆく。


「何故……」


 首都の数十ヶ所に潜伏していた「敵」の一人を、ヒナギク・スノーフレークは【認識阻害】を使いながら、弓を射た。銃よりも殺傷力が低い矢は、敵の生命を奪い切らず最後の疑問をなげかける。


「セシル隊長。こちら殲滅完了です」

『ヒナギク。よくやった』


 他にも同隊員から、殲滅が完了した方向があがる。王宮での夜会が開催される中、セシル・ストレリチアは、集中するセスナを助手席へと載せて、自動車で首都を走り回っていた。

 助手席の彼は、地図を持ち時々目を開けては地図へ赤いペンへ印をつけてゆく。


「多いな……」

「……」


 セスナ・ベルガモットは、セシルの言葉へ反応を見せない。セスナの「王の力」【読心】は、相手に認識される事で心の声を拾う七つの異能の一つだ。散らばった騎士達の心の声を頼りに敵の位置を特定し、「声」が消えたと思われた者へ斜線をつけてゆく。


「僕が聞いた四十名の声のうち、約十名前後が王宮へ突入しました」


 全ての敵を把握するのは難しく、その数はあくまで「ある程度」に収まる。セシルはセスナの報告から、即座に自動車へ常備されるデバイスで通信をとばした。


「こちらストレリチア隊、大隊長セシル。タチバナ隊のアカツキ殿へ。想定で10名以上が王宮へと侵入の可能性あり、対応を」

『いい戦果だ、ストレリチア卿。あとは任せてくれ』


 貫禄のある男の声だった。彼は宮廷騎士団騎士長。そしてジンの父。アカツキ・タチバナだ。アカツキはその日、王宮の敷地内での警護を担い防波堤の役割を担う。侵入した「影」は、騎士達の報告から十五名。タチバナ隊の騎士は、城壁を乗り越えてくる影を狙撃して侵入を防ぐが、数名を打ち損じて逃して追う。

 想像以上に『派手』だと、セシルは違和感を得ていた。この戦いの傍ら、誕生祭は未だ滞りなく進行し、貴族達は優雅に時を過ごしている。敵はそんな彼らに、自分達の姿を見られたくない筈なのだ。それも派手になればなるほどに、顔が割れ逃亡が難しくなるからにある。セシルは自動車の中で必死に考え、ジンとの対話へと行き着いた。

 セシルは一旦車を止め、降車してグループ通信デバイスの回線を開く。


「ジン、応答できる?」

『はい、こちらジン』

「今すぐ殿下のところへ行ってくれ、こちらの敵は多分『囮』だ」


 外にいた三十名以上の敵は、騎士の気を逸らすための「囮」。本命はもう王子の近くにいる可能性に気づいたセシルは、ジンへ焦りながらも連絡を飛ばす。しかし、彼は動じず当たり前のように返した。


『分かりました。でも、多分大丈夫です』

「大丈夫……?」

『殿下、全部知ってるんで……』


 セシルは、しばらくジンの言葉が理解できなかった。

 

 

 キリヤナギは、マリーに誘われ二人で王宮の中庭へと出てきていた。ここは来訪者向けに整えられた庭で、手入れされた花がライトアップされる特別な場所でもある。


「初めてきました。綺麗」

「バイトだと、あまり歩き回れないからね……」

「はい、ありがとうございます!」


 風が吹くと散った花びらがライトで輝く幻想的な空間だった。キリヤナギも、心が洗われる思いで庭園の空気へ身を任せる。


「全て、聞いていました」

「え」

「カレンデュラ嬢、酷いですね、あんな言い方、ないと思います」

「……」


 キリヤナギは、少しだけ救われてしまう自分が嫌になってしまう。傷ついた事が否定できず何も答える事ができない。


「殿下、私と外へ出掛けませんか?」

「え」

「気分転換です。辛い時は外に行ってみると気持ちが晴れることもありますから」

「……」

「殿下?」


 キリヤナギは覚悟を決めていた。礼装に合わせ装飾があしらわれた剣をゆっくりと抜き、構える。マリーは、呆然とただ辛そうな王子と向き合っていた。


「……ありがとう。でも、僕は行けない」

「……」

「この国の王子として、生きていかないといけないから」


 武器を構え、キリヤナギは握りを確認する。体は疲れ切ってはいるが、まだ動けると自分へと言い聞かせていた。


「いつから……?」

「……最初は違和感だった。王宮の使用人と騎士は、学校だと僕には触れない決まりがあるんだよ。でも、それだけならよかった。何かが起こる前、君は必ず居て決定的だったのは、金曜日……」

「……」

「金曜日の四限は、一回生の必須授業で、僕は休学してたから取るしかなかったけど、当たり前のように君は居た」


 まるで監視するように、彼女はキリヤナギを探していた。そう断定できたのは、同じく金曜日だ。一人になりたかったあの日、キリヤナギはマリーと会いたくなかったのだ。

 それは前日の夜、ジンとの個人通信でセシルに呼び出されたと聴き、キリヤナギは会話を聞きたいと思ってしまった。襲撃の進捗があれば聞きたいと、軽い気持ちでジンへ通信を繋いだままセシルとの談合へ応じてもらった。

 そこで元々得ていた違和感と、セシルの推察がつながってしまい、とても受け入れきれなかったが、ヴァルサスのおかげで今こうして向き合えている。


「僕は、君と戦いたくはない。全部勘違いなら謝るよ。だけど、無理矢理連れ出そうとするなら相応の抵抗はするから……」

「……」


 真剣な王子へ、マリーはしばらく黙っていた。そのなんとも言えない表情に疑いは確信へ変わってゆく。


「よく抜け出されていると聞いて、とても感情的な方だと思っていたのに賢いのですね」

「感情的なのは否定しない。僕も人間だから。だけど、僕の全てはこの国の為にある。マリー、君は何の為に僕を?」

「全て自分のためですよ。でないと、こんな事出来るわけないじゃないですか……」

「マリー……」


 嘘だと、キリヤナギは直感でそう察した。得ていた違和感は、全て悪いものではなかったからだ。マリーは給仕服の後ろのジッパーを外し、重さのある衣服を大地へと落とす、顕になったのは、全身を金属で包むように、ありとあらゆる武器が装着されたスーツだった。

 その独特のデザインは、オウカでもガーデニアのものではない。


「殿下!」


 後ろからの叫び声と同時に、キリヤナギは押し退けられ、セオが前に出る。セオは護身用の拳銃で狙撃するが、マリーの金属のスーツに弾丸が弾かれ、【敵】は小さな刃物を投棄してきた。床に倒れたキリヤナギへセオは盾になるように背中へそれを受ける。


「セオ!!」

「逃げてください!」


 さらに投げられる短剣をキリヤナギは、礼装のクロークで払いのけ、前へ出る。当たらないよう斜線を逸れながら接近、彼女の手を止めるように剣を振るう。しかし投機から近接に切り替えたマリーは、両手首から短剣を取り出し、キリヤナギのブレードを的確に受けた。


「事故現場の皆さんは、私達の中でもそれなりに戦える人達だったのに……お強いのですね」


 キリヤナギは胸が裂ける思いだった。



 襲撃犯が動き出し、続々と敵が抑えられてゆく首都で、ジンからの話を聞いたセシルは、しばらく呆然としていた。そしてジンが騎士団で「裏切りのタチバナ」と呼ばれる所以を理解し、笑いが込み上げてくる。


「それは本当ですか? ジンさん」

『はい、殿下。ボヤの進捗が気になってた見たいなんですけど、誰も教えてくれないって怒ってて……』


 セスナの確認に、ジンは少し申し訳無さそうな声色で帰ってくる。だがこれはセシルにとってある意味「朗報」だ。


「なるほど、やられたよ、ジン」

『なんか、すいません』

「いや、独り言を話した私の落ち度さ。でもどちらにせよ殿下が心配だ。今すぐ、グランジとリュウドと一緒に無事か確認して」

『はい』

『隊長、すみません。俺無理です』

 断りの通信を発したのは、リュウドだった。彼はセシルの通信を受けたほぼ同時、目の前に現れた影のみの『敵』と遭遇する。

『二名と接敵。多分タチバナ隊から炙れた奴です。おそらく殿下狙い、ここで止めます』

「そうか、グランジは」

『こちらグランジ、二名と接敵。殲滅する』

「ジン」


 そして、ジンもまた一名の敵と遭遇していた。通り過ぎようとしたところを狙撃し、足止めが成功する。三人が警護していたのは、舞踏会の会場だった。ここはバルコニーが数カ所あり、広い中庭にも出られる構造をしていて、三人はセオから東側にいるとも聞いていたが、駆けつけた時には、既にキリヤナギはおらず急遽捜索を行なっていた。


『ここで殲滅して、殿下のところへ向かいます』

「そうか。わかった、セオと衛兵に賭けよう」

『殿下は弱くないんで、大丈夫すよ』


 ジンの信頼にセシルは思わず笑ってしまった。つい先ほどこのオウカでの騎士大会で優勝したジンは、自身が守る主人の実力を、誰よりも認めている。他の騎士達が、王子は戦うべきでないと口を揃える中で、これは確かに反感も買うだろう。


「騎士貴族なら建前も頼むよ」

『わかりました』


 夜も更けゆく首都で、王子と騎士の戦いが始まってゆく。セシルが一旦回線を落とし、再び乗車しようとした時だ。

 向かいのセスナは、セシルの頭にちらつく拳銃の照準ライトを確認し背筋が冷える。


「-止まれ!!-」


 唐突に発されたのは、セシルの【声】だった。まるで波動のように夜の首都へ響いた【声】は、周りの空気すらも停止させ、セスナすらも止まる。そしてそれは、周辺に潜んでいた「敵」にも同じだった。セシルの頭を狙った照準ライトは、いくら待っても狙撃が来ることはなく。彼はゆっくりと銃を抜き、筒へ弾丸を装填する。そして、トリガーを引けず停止する敵へ慎重に照準を合わせた。

 「敵」は動けなかった。ただ目の前に準備されていく銃を眺め、撃たれるのを待つだけの時間だ。何が起こるのかも察しはつくのに、その体は【命令】に逆らえないまま動けずガタガタと震えている。

 これは、セシルが持つ七つの「王の力」の一つ【服従】。声を介して相手の脳に直接命令を送り隷属させる異能だ。迷うことなく銃口を向けられた敵は、避けることも、声を出すことも出来ないまま響いた銃声と共に絶命する。


@


 リュウドは、一旦は足を止めた敵へほっと息をついていた。タチバナ隊より報告された侵入者は約十五名でそこから十人の殲滅が完了し、また王宮内に潜伏していた工作員十名の殲滅も確認されている。残る敵は五名だと、リュウドも索敵に移ろうとしたが、グランジからキリヤナギの姿がみえないと報告され、三人で彼の行方を追っていた。

 中庭を走り回る最中、花火に照らされる影のみの存在を確認し、リュウドは即座に銃を抜いて狙撃。外れたが、気づかなかったもう一人に間合いをとられ、短剣を回避しながらニ人の進行方向を塞いだ。この敵の目的は、恐らくリュウドと同じだ。敵もそれは分かっていて、王子の援護に回られるぐらいならとここでリュウドを倒しにきたと察する。

 数秒の睨み合いを経て、片方がリュウドを狙って突っ込んでくる。その間で【認識阻害】の敵は、銃を抜き姿を消しながら狙撃してきた。受けられないと、出来るだけ動いて回避しつつ、リュウドは分析へと入る。

 片方が【認識阻害】を持っている時点で、この敵も能力者だと考察するが、同じく【認識阻害】なら、あえて使わない意味もない。その上で盗難にあったとされる他の『王の力』は【身体強化】。たしかに【身体強化】ならば、この先で妨害の可能性を鑑み「出し惜しみ」されるのも仕方ないと結論をだした。

 使わせるのが勝ちだと判断し、リュウドは右手の銃を捨てて、腰の剣を抜いた。ガーデニア式の両刃の剣は、この騎士団でも使用するものは少ない物。重く、切ることは難しいが、その重量で敵の装甲を叩き潰す。

 抜かれた剣に、敵は一度引き、ワイヤー付きの金具を投棄してくる。リュウドはすり抜けるように後退。狙撃していた【認識阻害】の敵へと突っ込んだ。落とされていた庭の照明だが、打ち上がった火花で位置の特定は容易であり、リュウドは掬い上げるように敵へ殴り込む。吹っ飛んだ敵は、身に纏っていた金属の防護スーツが砕かれ、弧を描くように芝生へ転がった。


「馬鹿か!!」


 敵の叫びに思わず意表をつかれたが、リュウドは足を止めた敵へと、さらに突っ込んでゆく。短剣では受けきれないと判断したのか、投棄されてくるナイフを前転で避け、リュウドは足へ【身体強化】を発動。両手剣とは思えない速度で飛び込み、敵の武装を肩から叩き潰した。

 その余の衝撃に耐えられなかった敵はそのまま気絶し、同じく芝生へと倒れた。


「使う暇なかったかい? 【素人】さん」


 リュウドはそう言って、キリヤナギの捜索へ移ってゆく。


@


 美しく輝く月の元、舞踏会のわずかな音楽が響く庭で、ジンは1人の敵と向き合っていた。リュウドとグランジの接敵情報から、自分だけ1人とは舐められたものだと思ったが、敵は無策では無いと警戒を解かずに向き合う。

 狙撃の足止めから銃を抜かない敵は、こちらの狙撃を警戒しているのか、それとも銃へ対抗する手がないのか確証が持てない。情報を引き出すためにも殺害は避けたいが、王子を狙う可能性がある以上、ここで止めることに手段は選んではいられないとジンは冷静に判断をしていた。

 そして先に動いたのは敵だ。姿が見えなくなり、【認識阻害】と判断する。

 ここは明かりがないと不利を悟ったが、わずかに感じた空気の動きに、ジンは腰を落として拳を回避した。驚いた敵の息遣いが聞こえ、そのまま一気に胸へとカウンターを入れる。しかし、敵の固い防護服のようなものに阻まれ、力の入りが悪い。ジンはそのまま前転で後ろへと回り込み、膝をついて狙撃した。

 当たったが、響いたのは跳弾音だ。オウカの騎士も同じだが、弾丸を通さない防弾ジャケットを理解し、集中力を高めてゆく。防弾されていない場所はどこだろうかと、ジンは目の前の敵を見えないながらも探しながら考察した。

 時々上がる花火に合わせ、先の場所を予測して狙撃するが、どれも当たらず、勘が鈍いと自分でも呆れる。

「見えるのか?」

 見えていない。しかし、避けやすいのは【素人】だからだ。【認識阻害】は見えなくなったとしても、その存在は消えたわけではない。足音、声、息などの音は、たとえ見えなくなっても消すことはできないからだ。その上で人間は、八割以上の物事を視覚に頼って判断するために、戦場においては絶大な力を発揮する。

 ジンは「タチバナ」として、この異能を影に頼らず対策する方法をずっと考えていた。見えない敵に対しどう戦うかと考えると、それは自ずと視覚に頼らないことが最適解となるが、それは武道の基本たる「相手をよく見る」という行為に反するため、ジンはその基本から踏み外さない戦い方を考えた。

 ジンは床を見ていた。整えられた芝生。毎日手入れをされ美しく茂るそれを、貴族達は踏みたがらず、ベランダから見て楽しむのがこの王宮に住む要人たちだ。その上で踏まれた草は、すぐには起き上がらない。踏まれないまま日の光で育った草は、今ここにいるジンと敵に初めて踏まれ、綺麗な足跡を残していた。

 見えて居ない筈が、的確に回避してくる騎士へ敵が苛立っているのがわかる。そしてよく見ていると、相手の癖が徐々にわかってきていた。銃を使わないのは、ジンが見えている可能性を鑑み、離れている方が当てられる可能性があると判断したのだろう。たしかにジンは銃が得意で、数秒狙えば当てることはできる。しかしそれはあくまで、構える時間があればこそだ。この時間がなければ、狙えず打ってもほぼ当たらない。

 敵の判断は正しいと攻め時を悟った時、敵が突如間合いを取り、ジンは銃を抜いた。イレギュラーで何かの策かと思ったが、敵の速度が変わり反応が遅れる。

 【認識阻害】の最中で起こったそれに、ジンは想定外にタックルを喰らい、一気に吹っ飛ばされた。

「ち……」

 肋骨が折れたような痛みに身体がうまく動かない。しかし銃口はこちらを向き、無理に体を起こして退避した。こちらも狙撃するが速度についてゆけず、短剣が振り下ろされ左手のストッパーでガード。右手の銃で相手を引かせた。


「重複貸与……」


 敵の動きは見間違うことはない【身体強化】だ。セシルと共に懸念していた敵である事にジンは認識を改める。

 「王の力」を二つ以上宿す【重複貸与】は、使用するもの全ての人間に禁忌されている。それは単にその力が強力すぎると言う話ではなく、その健常な身体を維持できない多大なリスクがあるからだ。


「死ぬ気なんですね」

「王子さえ手に入ればあとはどうとでもなる」


 おそらく敵も、使うつもりはなかったのだろう。逃亡のために取っておいた力を、こちらを倒すために勝負を仕掛けてきた。だが、【重複貸与】は、「そう言う問題」ではないとジンは感想を思う。

 走り込んでくる敵は早く、痛みが伴う体では追いつかない。だが、ここで敵を行かせる訳にはいかない。キリヤナギは確かに強いがニ対一で戦うことは、どんなに強くとも不利であることは間違いないからだ。敵の【身体強化】の持続時間はわからないが、ここで止めなければ騎士の意味が無いと、ジンは痛みをこらえ、狙撃してくる敵へ狙撃で返す。

 回避は遅れ、サー・マントへ穴が空き、右腕を掠めた。当たった事で油断した敵は、直後に姿が消えたジンに混乱する。そしてまるで足元へ滑り込むように足を引っ掛けられ、勢いのまま、芝生へ転がった。

 ジンは膝をつきオープンサイトから狙撃。3発の弾丸は敵の片腿を撃ち抜き、肩にも入った。


「ぐぁあぁぁ!!」


 突然響き渡る悲鳴に、ジンは驚く。そして、まるで糸が断裂するような音が響き渡り、敵は身体中から出血した。

 【重複貸与】でのリスクは、この異能が「人間の能力の延長」であることから、その身体負荷に体が耐えられないことで起こるものだ。全てに何がおこるか確認されてはいないが、【重複貸与】に活用されやすい【身体強化】は、全身の筋肉が断裂し、死ぬまで体がまともに動かなくなると言う。

 ジンは、それが起こる現場を初めて確認した。またこのリスクの怖さは、どんなに苦痛があろうとも「死ぬことはない」こと。つまりその体の機能を失った状態で「生きなければならない」。神の慈悲なのかは分からないが、乱用は許さないと、この国の「神」は騎士達を戒めているのだ。

 敵が動かなくなり、ジンも思わず痛みで膝をつく。見ていた衛兵が救護に来てくれるが、ジンは断りながらキリヤナギの捜索を急いだ。



@


 【認識阻害】を持つ敵へ、グランジは遅れを感じていた。花火の灯で影は見えるが、【未来視】の性質上、この敵は相性が悪く、攻撃の手がうまく取れないからだ。狙撃しようとすれば、もう1人が止めに来てとても引き金を引くことができない。また、空の花火は【認識阻害】を視認できたとしても、グランジにとってはむしろ不利にも感じる。

 それは片目の視力がないグランジが、左側で起こる事柄の全てを「音」で判断しているからにある。

 耳へ響く花火の破裂音が、まるで身体の鼓動のように響きさらにペースが乱れてゆく。動き回るもう1人を捕まえ、盾にしながら押し込むが、そこへ既に敵はおらず回り込まれて狙撃。左肩の衣服を掠め、グランジは距離をとる。花壇の内側へ隠れながら狙撃するが、何度も回り込まれ、体力のみが削られていた。しかし、負けるわけには行かないと動きながらマガジンを入れ替えた時。脇の影から突然金髪のリュウドが飛び出し、敵へ膝蹴りをいれて吹っ飛ばした。

 グランジは驚いたが、気を取られた姿の見えない敵へ狙撃。足元を狙い倒した。


「グランジさん、よかった」

「リュウド、助かる」

「ジンさんは……?」

「北側へ向かったのは見たが……」


 舞踏会会場から、リュウドは西、グランジは南、ジンは東で手分けをしたが、全員で北へ回り込む最中に敵と遭遇し対応におわれていた。


『殿下は王宮の中央庭園です! 誰か、早く......! 衛兵はもうーー』


 セオの通信が途切れ、2人の背筋が冷える。即座に身を翻し王宮の中央にある庭園へと向かった。

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