第22話 久しぶりの舞踏会
首都は飾り付けられ、人々は街の至る所にある限定のショップに並び、広い場所にはパフォーマーや歌手が集まってショーが始まっていた。キリヤナギはその日、早朝から専用の衣装を着て馬へ跨り、街の入り口から大通りを通って王宮へと移動する。首都へは各領地の国民が、成人した王子を一眼見ようと集まり、設営された鑑賞スペースを埋め尽くしていた。彼らはデバイスの撮影機能を使い、声援を上げながらその行軍を撮影したり、名を呼んだりする。
穏やかで優しい笑みを浮かべる王子は、そんな声に応えるように手を振っていた。そんな様子を、ヴァルサスは自宅の窓から眺め、ライブで配信されている映像で確認する。ククリールもアレックスもテレビからそれを眺め、大学で見る彼とは全く違う雰囲気に感心していた。
パレードを終え、王宮まで戻ったキリヤナギは、王よりお祝いの言葉をかけられ、成人の祝いに作られた剣と、冠を乗せられる。そして王宮の首都を見渡せるバルコニーから、桜花の王子は成人し、国はこれからも存続してゆくとメディアを通して世界へと発信された。そこから、ホールで貴族達一人一人の挨拶に応じ、広い部屋での食事会がはじまる。
王宮でもかつてないほどの豪華な食事だが、キリヤナギは緊張で味がせず吐きそうになっていて、気付いたセオに裏に控えさせてもらい、おにぎりだけ食べて席に戻った。
午後からはアークヴィーチェ主催の通信ネットワークの開通式へ顔を出し、つづけて着替えて初代王へ謁見を終えたキリヤナギは、ようやく王宮に戻って裏手にある広場へと向かう。
「大丈夫ですか?」
「吐きそう……」
十八歳の時もこうなっていて懐かしい気持ちが込み上げてくる。去年は王宮に閉じこもっていたこともあり、元々大勢の前に立つのはひどく苦手で緊張して気分が悪くなる。それでも国民向けの儀式は全て終わり、あとは王宮内のイベントと貴族に向けた夜会を残すのみだ。フラフラだが、座っていれば良いため席に着く。
バルコニーの中央には玉座があり、父がいてキリヤナギは隣へと座る。それを挟むように母が座っていた。具合悪い所を見せてしまい、何を言われるのかと思って緊張していたら、母が体調を気遣い父は騎士達の壇上から目を離さず、無理はしなくて良いと言ってくれた。
十八歳の頃は、席を離れるだけで「根性がない」と言われていたのに、真逆の言葉がでてきて反応ができなくなる。だがようやく緊張がほぐれ、体から力が抜けてゆき目の前の試合が頭に入ってきた。
よく見ると、ジンとグランジも参加していてニ人はそのまま勝ち進み、決勝で顔を合わせる。キリヤナギは、ボーっとみていてこれは以前の騎士大会と同じ組み合わせだと思い出した。何も言わずに対峙した2人は、お互いに銃を抜かず組み合いを始める。その鮮やかな動きに、観戦している他の騎士達が湧くが、キリヤナギは一目で分かった。
遊んでいると。お互いにあえて受けられる攻撃をする事で、まるでラリーのようにそれが続く。観客は2人の動きに合わせて湧くが、当人達は気にした様子もなくそれを続けていた。楽しそうに、踊るように遊ぶ2人は、何かの拍子に動きが変わる。その動作で、キリヤナギはグランジが【未来視】を使ってはいないとわかった。それは相手がジンであり、使ったその瞬間から負けると分かっているからだ。「タチバナ」を相手に「王の力」を使う事は、勝ちに行かせるものであるとグランジは理解している。そしてジンもそれを理解していて、極論的な素手での戦いに行きついている。
すごいとバルコニーを乗り出してみていたら、とある一瞬でジンがグランジを投げ、彼は場外で受け身をとって着地。
ジンが優勝する。湧き上がる拍手に、キリヤナギも釣られて拍手をするのを、王と王妃は嬉しそうにみていた。
日も暮れてくる首都にキリヤナギは一日の速さを感じていると、再び使用人に手を引かれ夜会用の礼装へ着替えさせられた。
胸に薔薇の花を刺した華やかなその礼装は、ダンスをするととても映えるデザインとなっている。しかし、その表情は疲れきり、少し虚ろになっているのがセオは気がかりだった。早朝から休憩がほとんどなく、動きづめの王子に限界がきている。ここからまだしばらく立ちっぱなしだが、持つだろうか。
「いけますか?」
「……」
王子はしばらく目を瞑っていた。そして顔を上げ堂々と背筋を伸ばす。
「いってくる」
「はい」
セオと共にその煌びやかな空間へ、王子は出てゆく。一際目立つその衣装に、皆はこちらへ視線を寄越し、お祝いの言葉を言う為に集まってきてくれた。セオはそんな王子の周辺で、給仕を行いながら護衛をする。
疲れを見せず笑顔で応じる様は、表面だけでみるなら誰もが憧れる理想の王子だった。周りの皆は歓迎するように彼を迎え、談笑を楽しみ、ダンスをするものもいれば、ソファで寛いでいるものもいる。そんな高貴な空間でセオは隠れるように、不審な者がいないか【千里眼】で見ていた。
今のところ参加人数は、名簿の人数と一致する。会場には、同じく礼装で紛れ込んだグランジとジンもおり、称号を揺らして参加者へ紛れ込んでいた。
問題はない。とセオは判断する。目の前の王子は、足を運んだ公爵令嬢達に囲われながら、世間話を楽しんでいた。
「王子殿下。この度は、二十歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう。シルフィ、……ツバサ兄さんは?」
「ごめんなさい。私が殿下をみつけたところ、外の空気を吸いたいと外してしまわれました……」
「大丈夫、生徒会長だった時の事少し聞きたいと思ってたぐらいだから」
「せっかく成人なされたのに、無礼で申し訳ない限りですわ」
「大丈夫だよ」
話していたら他の令嬢が現れ、シルフィは、ツバサの様子を見てくると言って去ってゆく。
「王子殿下、ご機嫌麗しゅう。お誕生日、おめでとうございます」
「こんにちは、ありがとう」
「昨年度の突然の誕生祭の中止より、何かあったのではと心から不安でありましたが、復帰されて何よりですわ」
「心配をかけてすまない。もう大丈夫」
「よかったですわ。大学でのご活躍のこと、沢山伺っております。生徒会長に立候補されたとか」
「えぇ、生徒のみんなが推薦してくれて、僕にも出来ることがあるかと思って受けたんだ」
「素晴らしいですわ。二回生の生徒会長は、未だ例を見ないと聞いております。心から応援致しますわ」
中身のない褒め言葉だと、キリヤナギは心が締め付けられる想いだった。国家の役職持ちが集うこの夜会は、貴族達が親睦を深める事が目的で開催されるが、その貴族達の殆どはその『人物』ではなく、相手の持つ『肩書き』に対して話しかけている。キリヤナギなら肩書きは『王子』で、彼らは『キリヤナギ』に興味があるのではなく『王子』に興味がある。
だからこそ学生選挙の話をしても、「何故そうなったのか」は問わず、ただの『事実』を褒める。キリヤナギはこれがひどくつらかった。生まれ持った肩書きのみで、そこに本人の努力を認識しない空間にストレスばかりが募って疲れてしまう。
「桜花大学にはマグノリア公爵家のアレックス様もおられ、王子が出た事で生徒会長を辞退されたとか」
「あら、流石のマグノリアのご令息も殿下には逆らえなかったのかしら」
「それは、僕が先輩の出鼻を挫いてしまったからで、今はその責任を取る為の立候補でもあるんだ」
「責任、ですか?」
「先輩が目指していたものの為に、僕にできる事を探すつもりだよ」
唖然としていて皆言葉に困っていた。敬われるべき人間の想定外の謙遜は、自分を卑下しているともとれるからだ。
「謙虚であらせられるのですね。しかし殿下は人々に敬われるべき立場です。どうかその身に誇りを持ち、堂々としてくださいな」
お決まりの説教に耳を塞ぎたくなる。それでも彼らはあくまで国に仕え支えてくれている立場で、蔑ろにはできない。
「お優しい殿下だからこそ、カレンデュラ嬢もお話できるのでしょうね」
「カレンデュラ嬢……?」
「はい。かの領地は大変田舎で、みな首都の事情を知らないと聞きます。殿下を含めた王族にも偏見をお持ちだとか、どうかお気をつけて」
「彼女は『友達』です。そんな事は……」
否定しようと声をあげると、目の前に新しい人影がチラついた。「失礼」と令嬢の間に入ってきたのは、王子に並ぶ礼装のアレックスだ。
「そろそろ私にも祝辞をいわせてくれないかな?」
令嬢達は驚き、礼をして去っていった。思わず内心でホッとしてしまう。
「先輩。ありがとう」
「ここでは名で呼んでくれ、その方がしっくりくる」
「じゃあ、アレックス先輩。きてくれてありがとう」
「ならば改めて、キリヤナギ王子殿下。お誕生日を心からお祝いします」
アレックスは心なしか学校と同じ雰囲気を纏い、キリヤナギは安心してしまった。
「ククリール嬢と話さないのか?」
「え、ククきてる?」
「きているが挨拶もなしか……『らしい』が……」
「どこだろう?」
「バルコニーでみたぞ。私のダンスは断られてしまった。王子なら違うかもしれん」
アレックスの後押しに、少し照れてしまう。
「アレックス先輩は、やっぱり気付いてるよね」
「【読心】がなくとも分かるほどには、態度に出ていたからな」
まるで釘を刺されるようだと、王子は堪えた。今ここで伝えるべきかどうしても悩んでしまう。
「私からすれば、些か不本意だが……」
「え」
「彼女の幸せを思うのなら、ここは潔く引こうと思っている」
「……!」
しばらく呆然としてしまう。言われれば確かに、アレックスもククリールを特別視していたからだ。
ヴァルサスの話で、アレックスはククリールを派閥へ引き入れようとしていたと聞き、ククリールもまたアレックスを気にかけていた。
「大学にて、暴言に歯止めが効かなくなっていた彼女を止めたのは、この先の彼女の見据えてのことだろう?」
「……そうだね。ヴァルから聞いたことがきっかけだったけど、どう転んでも良くはならないとは思ったかな」
「想いを寄せる相手へ、なかなかできない事だ。あのままでは社交界だけではなく、学校にまで多くの敵を作ってしまっていただろう。私は彼女に嫌われることを恐れ、そこまで踏み込む事ができなかった。この時点でどちらが幸せにできるかなど目に見えている」
「僕より仲がよく見えたけど……」
「彼女にそんなつもりは無いぞ。ただ居心地のいい場所にいるだけの女性だからな。王子の元へ居場所をみつけたなら、私も本望ではある。大切にできるか?」
「……うん。僕が最後まで守るよ」
「その言葉を信じよう」
王子は、アレックスに肩を叩かれて、一人でバルコニーへと向かった。黒髪へよく似合う白のドレスを纏う彼女は、他の貴族達から距離をとり、ひっそりとバルコニーの手すりへ座っていた。晴天の美しい月を見上げる彼女は、舞踏会のために美しく着飾ってはいるが、夜会には興味がないのか星空を眺めている。
王子は一旦呼吸をし、身を引き締めて彼女の元へ向かった。王子としての自分のあり方を、彼女に見てもらえるだろうかと、淡い期待を持って歩を進める。
「ククリール嬢」
彼女は、突然現れた王子にとても驚いていた。嬉しそうな笑みが見え安心する。
「ようこそ、来てくれてありがとう」
「光栄です。王子殿下」
手すりを降り、ゆっくりと礼をした彼女へキリヤナギはしばらく見惚れていた。舞踏会の為に着飾る彼女は、学校でとはまるで別人にも見えたから。
夜会の雰囲気は、もう親睦会から皆のダンスへと切り替わっている。そっと手を差し出したキリヤナギは、彼女の前で真剣に口を開く。
「どうか私と一曲...…」
「ええ、お受けします」
王子の選んだダンス相手に、他の令嬢達はバツ悪そうな表情しながらそれをみていた。気を配っていたら、彼女のドレスへ飲み物がこぼれ、キリヤナギは手を引いてそれを回避させる。
「鋭いのね」
「人並みには」
ククリールは満足そうにしていた。二十一時が近くなり、間も無く花火が始まると言うアナウンスに合わせ、キリヤナギは彼女を王宮のバルコニーへと連れてゆく。月明かりの元で、機嫌のいい彼女は夜、風を心地よくうけて、空を見上げていた。
2人だけの空間は、いつのまにかカーテンで仕切られ、誰にも聞かれない環境が整えられている。そして王子は、彼女の前へ跪き胸へ刺していた薔薇の花を差し出した。
「ククリール嬢。どうかこの僕とお互いに合意を持った婚約を……」
目を合わせられず言葉が飛ぶ。彼女は楽しそうな表情から一変して真顔になっていた。
「本気?」
「……はい」
「大変うれしいお誘いですが、お断りさせていただきます」
「え……」
「だって貴方、私と『友達』だと言っておきながら、私のことを何一つ聞いてくださらなかったではないですか。私は、私に興味が無い人となんてお付き合いはできません」
想定外の言葉に思わず息が詰まってしまう。彼女が学校で関わりに来てくれていた時のことが、まるで走馬灯のように思い出され何も言えなくなってしまった。
「そもそも王子殿下は、『友達』とは何かわかっておられないのではなくて?」
「それは……」
「『友達』が何かもご存知ないのに、よく『友達』を語れたものですね」
ククリールの言葉に迷いはなかった。プロポーズを断られた事実と、友達ではないと言われた衝撃で理解が追いつかず、ただ黙って言葉を聞くしかない。
「……確かに思い出せばその通りかもしれない」
「……っ!」
「僕は王子で公爵令嬢である君を政略的な相手として見ていたのは事実だと思う。ごめん」
「……」
「でも、少しだけいいかな?」
「なんですか?」
「僕は、この世界で生きる君に幸せになって欲しいと願った。この気持ちは嘘じゃない。君の後ろ盾になって、君にとって退屈なここが少しでも楽しくなればいいと思ったけど、……『友達』でもなんでもない僕がそれをやるのは、余計なお世話だね」
キリヤナギは跪き、もう一度ククリールを見上げた。その表情に迷いはなく堂々と告げる。
「カレンデュラ嬢。僕の独りよがりに付き合ってくれてありがとう。でもこの数週間、共に過せてとても楽しかった」
王子の言葉に、ククリールは驚いていた。僅かな微笑がまざるその表情は、涙を堪えているようにもみえ、口にした言葉に後悔すら湧いてくる。それはキリヤナギへ『友達』が何たるかを説いたククリールが、『友達』へしてはいけない事をやったことになるからだ。
「また、学校で……」
王子は一礼し、ククリールの前から立ち去った。見ていたセオは、王子をホール外の誰もいないバルコニーへと連れてゆき、休憩させることにする。座ってぐったりとする彼は、相当疲れていて意識すら虚に見えた。
「セオ」
「はい」
「ちょっとだけ、1人になっていい?」
少し悩んだが、セオは一礼しその場からカーテンの裏へと隠れた。二十一時の定刻から、空には王子の誕生日を祝う花火が打ち上がり、合間に歓声や拍手が僅かに聞こえる。
キリヤナギもまた、たった1人でそれを眺め、ここ数ヶ月の出来事を思い出していた。楽しかったはずなのに、結局全てが独りよがりだと気づくと後悔しか出て来ない。ただ背もたれに体重を預け、ため息をついた。
そんなキリヤナギを見つけたのか。使用人が現れ、キリヤナギのテーブルへお酒の入ったボトルとグラスを置く。まだ控えた方がいいと言われていたが、今は少しだけお酒の力を借りたいと思ってしまった。チェリーの入ったグラスに口をつけた時、持ってきた使用人の彼女が優しく笑ってくれる。
「ご機嫌麗しゅう。王子殿下」
給仕服のマリーは、疲れ切った王子へ寄り添うように言葉を続けた。
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