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第21話 誕生祭がんばる

 土曜日から始まった最初の練習は、凱旋パレード用の乗馬だった。早朝から起こされて寝不足で望んだが、馬は乗せてくれても綺麗にはのれず、見かねたトレーナーが早めに切り上げてくれて、少し仮眠を取ってから午後に臨む。

 午後は、誕生祭用の礼装の合わせで、パレード用、夜会用、儀式用などかなりの種類があって頭痛がした。全部着なければならず、全て終わった頃には夕方でぐったりしてしまう。また日曜日も儀式の打ち合わせや、式典場の視察などに周り、週末は一瞬にして過ぎ去ってゆく。

 そして再び訪れた平日の月曜日。ヴァルサスが二限を終えてテラスに来るとそこにはテーブルで泥のように眠るキリヤナギがいた。誰かが歩いてくる音にも、椅子をひいた音にも全く反応を示さない彼にヴァルサスは起こすべきか数十分悩む。


「ご機嫌よう。相変わらず、驚くほど人が来ないなここは」

「アレックス……」


 王子を観察していたらアレックスが現れ、後ろにはククリールもいた。一限と二限で姿が見えなかった王子は、ヴァルサスに今日も休みかと思われていたのに、いつもの屋内テラスで寝ていて呆れられてしまう。


「お姿が見えないと思ったら、王子殿下も不真面目でおられるのね」

「つーか、出席大丈夫なのか? おーい、昼だぞー?」


 突いてみると王子は微妙に反応をみせ、ヴァルサスの顔に絶句していた。時間をみて震えている王子に三人は自ずと考えている事を察する。


「起きた」

「な、なんでいるの?」

「昼だぞ?」

「え??」

「いつから寝てたんだ?」

「朝、早めにきて三十分だけ……って」

「はー?」

「寝過ぎだな……何があったか?」

「誕生祭の練習が始まってて、今日は朝四時に起こされて……朝六時から八時までパレード用の乗馬練習で……」

「大変じゃん……」

「儀式の予行練習も午後からあって、十五時には帰んないとだしもう辛い……」

「マジ? 授業どうすんだよ」

「もう王宮が話つけてるって……」

「……出席足りんの?」

「わ、わかんない……」


 せめて三限を受けて帰らなければ、心の平穏が保てない。それでも、朝八時からぐっすりと寝られたため意識ははっきりしていた。


「部下として大学でのサポートはしよう。我々貴族にとって、この誕生祭は国王の物よりも重要だ。しかもこれは王子にしかできないからな」

「先輩、ありがとう……」

「皆、誕生祭誕生祭いうけど、そんな重要なのか? 唯の祝日だろ?」

「アゼリアさんは、本当何もご存知ないのね」

「どう言う意味だよ!」


 キリヤナギはお弁当を広げて聞こえない振りをしていた。アレックスは、王子の普段の態度からヴァルサスへ身分の違いを意識して欲しくないことを察し続ける。


「現国家情勢の話にはなるが、我が国オウカとガーデニアが存在するマカドミア大陸は、二十を超える小国と大国で成り立っている。この二国を囲む周辺国家の殆どは自治権が認められた族国で、支配権はガーデニアとわが国へあると言っても過言ではないが、オウカの王族の衰退により、その支配力の低下が懸念されている為、現状を不動のものとするためにも、王子の現存を大々的に誇示し、支配の継続を外国へと示す、これがこの誕生祭の意義だ」


 一気に話された言葉に、ヴァルサスは理解が追いついていない。しかし「世界へ王子の存在を示す」というのは理解できたようだった。


「こいつ、そんな重要なの?」

「重要だ。それこそ居なくなればこのオウカの支配力は低下し、牽制となっている『王の力』の存続ができなくなる。そうなればこの国に未来はない。ガーデニアの支配下になるか、敵国の侵略をうけるかだな」

「ご兄弟も居られないものね」

「それは僕のせいじゃないんだけど……」

「現国王のご兄弟は居たそうだが、皆、暗殺されたそうだからな……」

「一人は誘拐だから、まだわからないし」

「そうか、だが今現在、このオウカでの正当な後継者はキリヤナギ王子、貴方しかおられない。くれぐれもその命をおとされるな」

「大学でそういう話は、ちょっと……」

「真面目な話じゃん」

「王宮で散々いわれてるし……」


 目も合わせず吐き捨てる王子に、三人は困惑してしまう。しかし、確かにこれは何より本人が一番理解している事だろうとアレックスは理解した。


「誕生祭では、王子のクラウンもお披露目されると聞いている。楽しみだな」

「え、うん……」

「クラウン?」

「冠ですね。世界より買い集められた至高の宝石で作られると聞いています」

「すごそうじゃん」

「経済力も国力の一つだ。王子のクラウンは国の財力を示す意味もある」

「税金だから申し訳なくて、父さんので良いって言ったんだけど……」

「この国の豊かさは、王子の存在がもたらしていると言っても過言ではない。堂々としていれば良い、先日侵入者を相手にした時のようにな」


 キリヤナギは、何故か釘を刺された気分にもなっていた。そして昼を終えた三限終わりにヴァルサスとククリールと別れ、キリヤナギは迎えにきたグランジと合流する。半ば引きずられる形で帰宅した王子を使用人達は、足早に部屋へ連れてゆき、儀式用の礼装へ着替えさせる準備を始めた。

 シャワーを浴びろと言われて入ってきたが、洗い方がなってないと言われて髪だけ洗い直しをされたり、服を着せられて手伝おうとすると、皺になるからと止められたりなど、皆の必死さが怖くなる。初めて着せられた服は、昼間アレックスが話していた新しく作られた冠の授与式用のものだった。二十歳の記念にと作られたそれは、若い王子に合わせたシンプルなデザインをしていて、冠というよりも、ティアラのような形をしている。僅かな金属の土台に、沢山の宝石があしらわれ触るのが怖くなった。儀式の際に乗せる場所の位置確認をすると言われて震えていたら、ふと名前を呼ばれ振り返る。

 そこには母がいた。優しく笑い、嬉しそうにこちらを観る彼女は、冠をのせ王族の礼装を纏うキリヤナギを見て泣き出してしまう。そして、膝をつき「生きていてくれて、ありがとう」と話してくれた。「立派になりましたね」と続けられて、思わず涙をもらいそうになるが堪える。


「ありがとうございます。母さん」


 数年ぶりに笑った王子へ王妃は思わず抱きついて静かに泣いていた。王子の「まだまだ相応しくない」と言う言葉へ、王妃は首を振り、「ありのままであっていい」と言ってくれた。

 その後、記念の写真を撮られ儀式の部屋での本格的な練習が始まってゆく。久しぶりの練習で何を言われるか不安で仕方なかったが、わかりやすく手本も見せてもらえ、思いの外スムーズに練習は勧められていった。朝五時に起きるのは酷く眠いが、遅くなりつつあった眠る時間を早めにずらし、どうにか対応できるよう体を合わせてゆく。そしてあっという間に木曜日がきて、本番を兼ねた練習が始まる。

 馬で歩く経路を自動車で周ったり、王宮での挨拶で立つ場所などを確認していると、使用人がどうにかカンペをおけないか相談してくれていて、すでに覚えられているので大丈夫だと断ったら、何故か手を握られてお礼を言われた。

 午後は屋外の儀式で、キリヤナギは再び着替えさせられた後、皆の準備ができるまで待機椅子へ座らされる。手伝おうとしたら服を汚されるとまずいと言われて動けず、素直にボトル飲料を飲んで待機していた。

 春の日差しに心地よさを感じていると、王宮の中から、ジンが差し入れを持って現れる。


「ジンだ。きてくれたんだ」

「お疲れ様です。今日からしばらく王宮勤務なのでよろしくお願いします。これはカナトからの差し入れ」

「ありがとう。明日から制限かかるから嬉しい……」

「制限?」

「健康診断あるみたいで、そっから外食ダメだって……」

「相変わらず厳しいっすね……」


 当日にはない束の間の休憩時間だと思う。脇には撮影用の機械とか機材用のテントもあってまるでイベント会場のようになっていた。キリヤナギは、ぼーっとそれを見てジンの持ってきた差し入れのおにぎりを食べる。辺りを見回すと準備をする使用人達しかおらず、王族はキリヤナギしかいなかった。


「この儀式って殿下だけなんですか?」

「ううん、父さん暑がりだからぎりぎりまで王宮にいるって」


 暑がりと言われてキリヤナギの服を見ると確かに暖かいのに藍の深い色をした礼装を着ていてようやく気づいた。


「ここ父さんの曽祖父のお爺さん?……のお墓? 何代か覚えてないけど初代王様のお墓で、二十歳になったよって報告の儀式?」

「へぇー」

「王族はみんなここに入るんだって、僕の父さんのお兄さん? 叔父さんも会った事ないけどここにいるって」


 少しずつ声の元気がなくなってゆき、ジンはキリヤナギこ背中を何も言わずに摩った。


「報告できるならよかったですね」

「うん……」


 ジンは聞いた話しか知らない。だが王族の衰退は、この国とっても深刻な問題で、かつてキリヤナギが生まれた際は、側室として妻を何人も迎える事も視野にいれられていた。しかし、現王シダレは、過去に兄弟を失った経験から、ヒイラギ王妃以外求める事をせず今まできている。王族に兄弟が居ないのも珍しく、臣下はキリヤナギを見れば見るほどにこの国の未来が不安になっていた。


「あ、ジンさんだ」


 キリヤナギの横に立っていたら、脇から金髪の彼が姿をみせる。左に剣を刺すのはリュウド・ローズだ。


「リュウド君も警備?」

「そうそう、ちょうどよかった、安全検査頼まれてるから付き合ってよ」

「安全検査って?」

「殿下、不審者が隠れそうな場所を探しとくやつ。屋外だから……」

「あぁ、いいけど」

「ごめんね。殿下。ジンさんをちょっと借りるよ」

「僕もそろそろ練習だし、気にしないで、ジンも差し入れありがとう」

「はい。またきますね」


 手を振る彼に背を向け、ジンはリュウドに連れられて墓のある広場を歩いて回る。林を切り開くことで作られたこの場所は、大きな慰霊碑から円状に草原があり、周辺には林が広がっていた。


「ジンさん、隊長から作戦聞いてる?」

「え、何の話?」

「今回の誕生祭、かなりやばいって聞いててどうなるかわかんないって」

「そんな掴めてないの?」


 リュウドは、「しっ」と楽しそうに口を噤む。そして何ごともなかったかのように続けた。


「もういっぱいいっぱいで王宮には手が回らないんだってさ。だから殿下周りは今回甘くなるかもっていってて」

「ふーん」


 これは「フリ」だとジンは察する。あえて大声で話し潜む敵へ伝えているのだ。


「ま、今回も頑張ろうね。ジン兄さん」

「ジンでいいって……」


 横目で見ている限りでは、聞き耳を立てていそうな使用人は見えなかった。以前聞いた事が本当なら、今はキリヤナギが心配になってしまうが、暗殺か誘拐かの二択なら、『敵』もできる限り殺したくない筈なのだ。居なくなれば『王の力』は衰退するが、生きていればその軍事力を掌握できる。よって敵にとって王子は生きている方が価値はある。

 ふと鐘の音が聞こえ、二人が振り返ると多くの花びらに撒かれるキリヤナギがいた。どこか寂しそうに花を手向ける彼は、悲惨な死を遂げた先祖を哀悼する。それはまだ練習である筈なのに、皆は引き込まれるように見入っていた。



 そんな嵐のような1週間はあっという間に過ぎて、体調も問題はないとされたキリヤナギは、前日の朝に泥のように眠る。好きなだけ眠れたその日は、午後までゆっくりしていて、キリヤナギはグループ通信で四人と雑談をしていた。皆朝から見てくれるようで嬉しくも思うが、同時に複雑な気分にもなってしまう。

 もし何者かが危害を加えようとした時、護身用の銃で躊躇うなと言われているからだ

 キリヤナギは銃は苦手だった。

 レクチャーは受けていても構造が複雑で打つまでに時間もかかるし、それが顔見知りだったなら、引き金を引ける自信もない。

 その武器は、ほんのわずかな動作で人の命を奪い、倒す事で命を守るものだからだ。そんな事を考え自室でボーっとしていたらノックからセオと共に騎士の彼らが入ってくる。

 現れたのは王宮の騎士服を羽織るセシルでキリヤナギは、謁見のことをすっかり忘れていて思わず飛び起きた。


「殿下。どうか気を使われずお過ごし下さい」

「ごめん、セシル……」


 セシルは優しく笑ってくれた。彼は後ろにジンとグランジを連れていて、キリヤナギの元へ膝をついてくれる。


「キリヤナギ殿下。私はこの誕生祭にて、『王の力』を盗み出した騎士を捉えにゆきます」

「……そっか」

「はい。敵はシダレ陛下の力を盗み出し、他ならぬ殿下へ危害を加える可能性がある。私はそれを防ぐ為、敵を捉えに赴きます。よって私は当日は参加できません。どうかお許しを」


 心配そうにするキリヤナギへ、皆が沈黙する。セシルはそんな王子に応えるように続けた。


「ご安心を、殿下の周りには我が国の一、二を争う近衛兵、ジンとグランジがおります。どうかニ人と離れず何があればすぐにお呼びください」

「……わかった、ありがとうセシル。僕も頑張るよ」


 セシルは少しだけ困った笑顔を見せ謁見を終えてゆく。そしてキリヤナギはその日、最後のスケジュールを確認して当日へと望んだ。

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